第7話 カクラ帝国皇女カクラ・リイ

 ビートル人どもの作ったファクトリーに三六協定なんかない。一日あたり8時間労働にしましょうなんてモラルもない。

 ただ俺たちはビートルバムにぜいたく品を供給するために存在している。朝飯は毎朝郵便ポストに投函されるブロックミール。味気ないベージュ色の四角い物体は栄養をそのまま固めたようで口に入れるごとに味覚が死ぬ。

 一人当たり2つ支給されるこの朝飯を配達してくれるのが配達用のロボットだ。ビートル人の誰かが作ったらしいこいつが、数万戸ある部屋のポストに一個ずつ投函していく。朝飯は昨日の夕飯と同じくブロックミール。朝と夜はひたすらブロックミール。

 俺は朝5時からせかせか働く配達ロボットに「超配達ロボットランチくん」と勝手に名付けたんだが、セーレの反応は芳しくなかった。


「今日は重役さんたちが出勤するそうよ」

「俺たちを高いところから見て笑おうってのか」


 昇る朝日を見ながらセーレと並んで歩く。かつてドレスに身を包んだ王女様は今や通気性に優れた作業着でそのハイクラスボディを覆い隠してしまっている。


「私も現場の人から聞いただけなんだど、どうも毎週恒例の朝礼らしいの。なんかありがたいお話をしてくれるみたい」

「そうか、ならビートル人たちを一網打尽にするチャンスだな」

「それがビートル人たちだけじゃないの。ファクトリーを管理するのはアルジェ市の元市長だとか学園長だとか」

「そいつらなんでそんなこと出来てんだ」

「……自分の保身と引き換えにロンド市民を売った。市井の人たちはそのことを知らないけれど、あの日リボルビングの雨が降った日、アルジェの門は固く閉ざされていて、市長たちはなぜか揃って市街に出ていた」

「つまりロンド人がロンド人を支配してるってのか。ああなるほど、俺たちの稼いだ金をピンハネして自分たちはクーラーの効いた部屋で昼から酒飲んでると?植民地統治の鉄則をふんでやがるってのかあいつら」


 そんなやりかたを思い付くなんてビートル人の中にはブラック企業の御曹司がいるのかはたまた生粋のサイコパスがいるのか。

 そんな話をしながら俺とセーレは同じ形の建物がひたすら並ぶ道をファクトリーまで歩く。

 今の状況を俺にぶちキレて口利いてくれない……なんてことはなく雑談をしながら作業場まで歩く。

 まるで会っていきなり俺の心臓に鎖をぶっ刺してきたやつとは同一人物とは思えない。


「……それだけじゃない、その重役たちのなかにリイがいるらしくって」

「リイ?」

「カクラ・リイ。私たちロンド王国が戦争してたカクラ帝国の皇女」

「ああ、カクラ・リイさんね。あんたの友達。ビートル人のカクラ侵略で行方不明になったんじゃないのか」

 

 改めてセーレからこの世界の現状を教えてもらう。

 ロンドが召喚した初期ビートル人に一度滅ぼされたカクラ帝国だったが、皇女リイを中心とした人間たちは未だゲリラ的に抵抗をしているとのこと。


「あいつってば組織に属するのなんて大嫌いなはずだったのに。どうして」

「それは確実にやむにやまれぬ事情があるな」


 たとえば国王様を人質に取られているとか。ああ、最初のビートル人が城を落とした時にすでに行方不明なんですか。

 じゃあ兄弟か。あ、最初のビートル人が城を落とした時にすでに散り散りなんですか。


「詳しいんだな、セーレ」

「国同士で戦争する前は仲良かったから。姫同士でしかわかり合えないものがあるっていうか」


 俺だって長男なんだから少しは分かり合えるかもしれないと言ったら無視された。

 気を取り直して情景描写でもしますか。

 

 ファクトリー内にアルジェ市民数十万人を収容できる施設はない。そんな東京ドームみたいな場所をつくるほどこのファクトリーを作ったビートル人はチートではなかったらしい。さぞ悔しかったらしいそのファクトリーの建設者は代わりに服従の習慣を作り上げた。

 それが今から描写するこれだ。

 ファクトリーの各持ち場に辿り着いた俺たちは大した説明もないままそのまま外通路に並ばされた。対面には同じく並ばされた工員が勢ぞろいしている。

 そのなかにセーレもいた。


「重役たちのおなーりー」


 いかにも時代劇っぽい声で時代劇っぽいかけ声が聞こえてくるけど、これ誰の声だ。てかどっから聞こえてんだ。そう思っていると向こうのほうから剣をもったやつが歩いてきて、


「頭が高い!!控えろ!!!」


 やたらめったら剣を振り回してきやがった。危ないから必然的にかがむことになって俺たちは自然に土下座の体勢へと移行させられた。

 ちゃんと時代劇の記憶も引き継いで転移して来いよな。っていうか今の一瞬でちらっと見た限り、あの剣持ってる人間はビートル人じゃない。

 どうやらビートル人の側に寝返ったこの世界の人間らしい。土下座しながら目だけを動かしてみたら、周りの人間たちの目に殺意のこもってるのが見えた。セーレの目はよく見えなかった。

 

「あいつ、ラッダイトでも起きたらぶち殺されるんじゃねえの」

 

 控えろおじさんが離れていった後で今度は聞きなれた音が聞こえてきた。懐かしい現代日本では毎日のように聞いてきた音。そして地面に伝わる振動。クラスの金持ちはベンツだった。

 重役たちを乗せて走るそれはそんな現代日本的な車ではなかった。多分あれ現地の馬車にエンジンを搭載しただけのやつだ。

 そんな自動馬車ゆっくりと俺たちの間を練り歩いていく。

 俺は不満だった。この下らない大名行列にではなく、土下座してるせいでリイの姿が見えないことにだ。

 土の地面を見るだけってあまりに退屈だ。リイを乗せているであろう自動馬車が俺のところに近づいてくるにつれ、顔を上げたい誘惑が大きくなる。

 それと格闘していたら、どっからか雄たけびが聞こえた。


「てやあ!」


 叫び声に反応して俺が顔を上げてみたのは、とある工員が重役たちに攻撃を仕掛けたところだった。そいつはガリガリの少年で、目だけがやたら血走っていた。

 なるほどね、リボルビング魔法に魔力も金も吸い取られたか。このまま干からびて死ぬくらいなら一発喰らわしてやろうってか。

馬車といっても屋根があるだけのシンプルなつくりだ。腹の出たおっさんやら姑息そうなおっさんが仰天しているその中に1人だけ美少女がいた。

 小麦色の肌に紫の髪。セーレよりキリっとした印象のこいつがリイか。

 もっとも眼だった。青く光るその目を見ているとなぜか思考がクリアになって冷静に状況を判断できた。

 青?初め見たとき紫じゃなかったか?

 ナイフを手に管理者たちに一矢報いようとした少年が護衛を振り払う。

 結構強いな。いや、気迫か。

 だがリイの顔を見た瞬間、突如その手を止めてぼんやり立ちすくんだ。

 すかさず駆け付けた控えろおじさんに抵抗もせず地面に投げ飛ばされる。

 受け身も取らずに地面に激突したくせに少年は、頭から流れる血をみても何のリアクションもせず、そのまま控えろおじさんに連行されていった。


 何のリアクションもしないのは他の工員も同じだった。

 少年のひと悶着に巻き込まれて突き飛ばされた工員もいたのに、そいつらも何事もなかったのように土下座ポーズに戻っている。

この時リイの瞳が一層青く光っていたのを俺は強く覚えていた。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「魔眼。リイの能力よ」

「能力」


 セーレがショートブレッド片手に教えてくれた。カクラ帝国皇女カクラ・リイの能力、それが魔眼らしい。


「中二病か?」

「何それ?」

「あ、いや、何でもない。ビートル人だけがかかる伝染病みたいなやつだ」

「え、かかったら死ぬの?」

「死ぬな、心が」

「ふーん?」


 セーレは意味が解らずショートブレッドを咥えたまま首を傾げた。

 魔眼っていうのは、相手の感情を操作できる眼のことらしい。リイの瞳が青く光っていたのは沈静の魔眼を使っていたからだという。


「普通1個持ってるだけでA級の魔眼を、リイは7つ持ってる」

「そりゃすげえな。ってことはそん中に魅了の魔眼とかあるわけ?」

「私も全部は知らないけどおそらく。ただリイはずっとこの能力を嫌っていた。少なくとも小さい頃はね」

「なんで」

「だって、相手の感情を思い通りに操作できる人がいったい誰と友達になれるっていうの」

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