第6話 労働は義務

 俺ことユキノは中世ファンタジーの世界に異世界転移してきた。

 中世ファンタジーってのは剣と魔法で馬車が走ってて、自由と冒険の世界。

 のはずだ。


「特に連絡はありません、では今日も掃除から始めていきましょう、今日も一日ご安全に!!」

「「「「「「「「「「「「ご安全に!!!!」」」」」」」」」」」」


 朝礼が終わると俺たち工員はそれぞれ担当の機械を掃除する。機械は汚れるからしっかり掃除しないといけない。特にメーターや目盛りはきれいに磨いておかないと数値がよく見えない。

 俺はこれから12時間ひたすら鉄板の指定の箇所に穴をあける作業を繰り返さなければならない。

 あまりにも単調なので特に書くことはない。俺の脳内プレイリストぐらいしか書くことがない。

 穴をあけた鉄板が最終的にどうなるかはわからない。

 隣のおばちゃんもこの鉄板が最終的にどうなるか知らないって言ってたしな。

 

 チュインチュインチュインチュインチュインチュインチュインチュインチュイン……。

 

 ドリルの音を聞き続けて半分解脱した時に12時のサイレンが鳴った。工員である元アルジェ市民たちが一斉に食堂へとぞろぞろ歩き出す。

 建築棟、衣服棟、日用品棟、食糧生産棟、娯楽棟。それぞれが田舎のショッピングモールくらい巨大で、たくさんある出入り口からぞろぞろと人間が出てきて、30分の昼休みを楽しまんとしている。

 今日の昼飯は何かなー。

 つっても昨日と一緒なんだろうが。

 

 はい案の定。

 無機質なプレートが区分けされてなんだかよくわからない食事が四角く盛られている。白の豆腐みてえなのが炭水化物で、ピンク色がタンパク質やら脂肪だったか。んでこのいくつかの錠剤がビタミン類。水は巨大な樽からコップで各自汲んでいく。

 栄養を摂取するためだけの食事。何の味もしないただゼリーみたいな触感の飯をひたすら口に運んでいく作業。

 これがいわゆるディストピア飯というやつか。きっとこのピンクのゼリーは脱走しようとした人間なんだろうな。


「ねえ…ちょっと聞いた?住宅製作工場の人、俺たちはいったい何を食べさせられてるんだって執務室に聞きに行って以来行方不明らしいわよ」

「ほんとに?あ~怖い怖い」


 ………。

 ‥‥‥‥‥‥‥‥。

 はい、ということでね。

自分の機械から食堂まで歩くだけでも結構時間がかかるので、飯食って空いてる個室に入って小を済ませたら、走らないと午後の始業時間に間に合わない。

 なんとかギリ間に合って午後の仕事に取りかかる。

 ああ~また解脱していくんじゃ~……。



「おつかれ~」

「おつかれ」


 ファクトリー女子棟、354187号室。

 工場の外にはひたすら工員が寝るための部屋が広がっている。それはもう地平線のかなたまでと錯覚するくらい。例えるならそう、団地が地平線のかなたまで続いてる光景。

 俺とセーレはその無数にある団地の無数にある部屋の一室に放り込まれひたすら昨日と同じ今日を送る羽目になってしまった。

 4畳半という昭和みたいなアパートの一室でセーレはすでに夕飯のブロックミールを口にしていた。


「今日はほんのり、チョコ味がする」

「ああ、そりゃ最高だ。なんせ俺は今日9834枚の鉄板に穴をあけた」

「私はビートル人が食べるグラタン?とかいう料理のためにエビを凍らせてたわ。ところでボスには会えた?」


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 時刻は数日遡る。


「解放されていない」


 数日前。

 俺が異世界転移してきてビートルバム王国から追放され、ロンド王国の第一王女ロンド・セーレと出会って同盟断られて山賊をぶっ飛ばしてその山賊のボスと一緒にファクトリーを眺めていたあの日、の終わり。

 ファクトリーの社長であるヒャクイチのリボルビング魔法【バンク・アカウント】にセーレもボスも苦しめられていた。


「マジで?お前ら借金まみれなの」

「はい、それがあの日私もアルジェにいまして。雨に打たれてるんです。気付いた時にはとんでもない額の魔力をヒャクイチから借りてることにされて、ひたすら工場で働かされてました」


 なんと山賊のボスはファクトリーの労働者だったらしい。


「どうやって逃げ出したんだ?」

「私の仲間が私に魔力をくれたんです。彼らも同じようにヒャクイチから魔力を借りているというのに、私だけでも逃げてほしいと‥‥‥」


 ボスの目じりに涙が溜まった。俺が思っている以上に雑貨屋の店主ってのは絆が強いらしい。

 ボスは「すいません」とだけつぶやいて顔を背けて目をぬぐった。


「意図せず重い空気なってしまった。ではセーレさん」

「ふぇっ?そんなパスされても困るんだけど‥‥‥えっとまあ、そうね、私の場合は幽閉されてた塔で直接ヒャクイチにかけられたわ」

「押しかけ強盗だな」

「なんか違うような気もするけど‥‥‥」

「で、リボルビング魔法を帳消しにファクトリーに乗り込んだと」

「じゃないと全力が発揮できない」

「あの、ユキノさん。もしかしてこのセーレさんという方は」


 ロンド・セーレだよ。ロンド王国の姫様。

 自分がかつてのロンド王国第一王女を捕まえて人身売買しようとしていたことに気づいたボスは目玉が飛び出るほど仰天してフライング土下座をかましていた。

 さて、と俺は高台からファクトリーを見下ろす。俺が異世界に転移してきてまずやるべき仕事が決まった。

 ヒャクイチってやつをぶっ飛ばしてセーレとついでにボスの借金を帳消しにする。同盟のためにもそれくらいの実績は積んでおく必要がある。

 なんて打算もそこそこに。


「おっけー、では同盟国として全力で協力させていただこうじゃないの」

「だから同盟組んだおぼえはないんだけど‥‥‥でも正直いって私1人じゃ心もとない」

「ほい!任しとけい」

「えらく軽いわね‥‥‥なんか私の知ってるビートル人とは違ってやりづらい」

「だから俺ビートル人じゃねえって。まあとにかく、俺のプランを聞いてくれ」


 プランとは、ファクトリーを出入りする馬車に隠れてこっそり潜入しようというもの。

 まさかジェット機をチャーターして空からパラシュート降下するわけにもいかないし、歩いていったらファクトリーを囲むバカ高い壁とその上にデコられた有刺鉄線が越えられない。


「っという作戦なんだが。きっとうまくいく」

「んーそうですねえ。こちらが少人数である以上隠密でいくしかないです」

「私も賛成」


 速攻で捕まった。

 入るところまではよかった。さすがに入り口の門のところで検問してることぐらいは想像ついたから適当なやつを襲って身ぐるみ剥いで変装するくらいの知恵はあった。そこはボスの山賊テクニックが役に立った。

 俺とセーレは果物が入ってた木箱の中にそれぞれ隠れてリンゴやらパイナップルやらを身体の上にのせてカモフラージュしつつ息をひそめていた。

 だが、そもそも馬車を運転するのはファクトリーの労働者だ。つまり搬入が終わればとっとと持ち場に戻らなければならない。

 といってもボスはどこに戻るべきかわからない。だから管理者に労働に戻るよう怒鳴られる。それでももたもたしていたので管理者が怒り、罰としてヒャクイチのもとに連行されそうになった。

 それを止めるために俺たちは飛び出した。真っ先にセーレが飛び出したのが意外だったが、ボスを助けるために管理者に歯向かった。

 その会話中に小突かれたので、俺が軽くパンチしたら工場管理者、名前は確かアーモン、が鼻血出して吹き飛んだ。そのせいでなんか周りの労働者も興奮して、あとからあとから守衛がぞろぞろ出てきて、結構な騒ぎになっちまった。


 騒ぎを起こした罰として、俺たち3人はリボルビング魔法をかけられファクトリーでの労働を余儀なくされた。

 ファクトリーは男女で分かれているらしく、このままだとセーレがボッチになるとさすがの俺もあせったのだが、またしても俺は女子に間違われ、ボッチとなったのはボスだった。

 それから数日間、俺たちは何の解決策も見いだせないままファクトリーでのブラック労働を続けている。


 結論をまとめよう。俺たちは今ピンチだ。

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