第4話 王女との同盟、そして、ファクトリー
異世界ってのは大抵が中世ヨーロッパ風の街並みをしている。
あくまでも風だ。
中世ヨーロッパの国家は現代のそれとは違うはずなのに、現代人が思い浮かべる国家がなぜかそこにはある。
ロンド王国もご多分に漏れずそうだった。なんならミノタウルスを奴隷的に働かせているという点で、ビートルバム共和国のほうが中世的だった。
「やっぱりあなたのこと信用できない」
そりゃそうだ。だってお互いまだ自己紹介もしてねえんだもん。お前俺の名前も知らねえだろと言いたかったが、セーレはすたすたと森の方へと歩いていく。
「待ってくれって、なあ。改めまして、俺はユキノ。49人目のビートル人らしいがあいにく追放された。役に立つ人脈はミノタウロス1人」
「私はセーレ、ロンド・セーレ。世界でもっとも誉れ高き王国の第1王女よ。世界中の王族貴族に顔が利いたわ」
だがそれも過去の話ってニュアンスが漂っていた。
「そっか、それは誉れ高い。俺はあっちの世界じゃ平民だった。だから貴族サロンでの高貴な振る舞い方ってのも知らないし、そもそも敬語なんてろくすっぽも使ったことがない。だから、今から言うことは失礼かもしれないんだが、王女様」
「何」
「休みの日とか何してる?」
「は?」
やはり中世ファンタジーの美少女はコミュニケーションの教科書通りにはいかなかったか。たいてい「ゲームしてます」とか「ショッピングしてます」とかいうところを「は?」の一文字で一刀両断にされてしまった。
これでは話の広げようがないじゃないか。
「今の私に休みなんかないわよ。王国の人たちは散り散りになっちゃったし」
「散り散り?」
「あんたたちが攻めてきて国を潰したから」
その眼は殺気に満ちていた。だから俺はビートル人じゃねえってのと否定してみてもその否定する手に49と刻まれているんだから説得力がない。
「……まあでも、自分たちで蒔いた種なんだけど」
「ん?」
「事実、アシハラたちが異世界転移してきたことでロンド王国はかなり豊かになったわ」
どうやらこのセーレって女子は年の割に大人びている。やっぱり第一王女だからだろうか。ロンド王国がどういうシステムかは分からんが、たぶん皇位継承順の上位に位置していたりするんだろう。
歩き方矯正とかされたんだろうか。
「王国にいたころ一番の思い出は?」
「家庭教師に泣きついてお忍びで城下の祭りに遊びに行ったこと。買ってもらったお菓子がすごくおいしかったのを覚えてる。‥‥‥あなたは」
「俺?」
「向こうの世界にいた頃の一番の思い出」
「あー‥‥‥修学旅行かな」
「それビートル人みんな言う」
「まじかよ!ってか結構話してくれるじゃんか、うれしいなあ」
「なっ……!」
怒ったような恥ずかしいような顔をしてセーレが早足になったから、俺もおいてかれないように小走りになる。
さて。
俺は友達がいない。いや、たしかにミノはいいやつだよ。でも亜人じゃんか。いや最近のご時世的にこの言い方は不味いな。亜人だろうが人間だろうが生まれたところや皮膚や目の色で差別するのはよくない。
言い方を変えよう。俺はセーレと友達になりたい。
だって淋しいじゃん。よくある異世界転移みたいに奴隷買うのは却下。だって奴隷って可哀そうだから。
「セーレ。俺と友達になってくれ」
「………ビートル人と友達になんかならない」
けんもほろろ。
「じゃあ同盟は?俺と同盟を結んでくれないか」
「同盟?私とユキノが?」
「そ、俺という国とロンド王国が」
「何言ってんの?」
怒っていいのか、どうすればいいのかわからないといった感じでセーレはあっけに取られて、思わず足が止まっていた。
「貴族でも何でもない名字もないあなたがロンド王国と同盟って……あり得ないあり得ない」
「これが意外と悪い条件じゃない。俺は肉壁になるし、ビートル人としての情報も持ってる。信用ができないってんなら、不平等条約を結んでもいい。俺は国だ」
「不平等条約って‥‥‥そうまでして私に付きまとって何がしたいの?」
「俺はあいつらに復讐がしたいんだ。そのために仲間が要るんだ、少しでも多い方がいい」
「ほっといて。私は仲間なんかいらないの。そんなに仲間が欲しいんならリイとでも仲良くしてれば」
「誰だそれ」
「私たちが闘ってたカクラの王女よ。カクラをビートル人が滅ぼしたせいで行方不明だけど」
セーレのロンド王国がなぜ異世界召喚なんてことをしでかしたのか。それは圧倒的強さを誇るカクラ帝国に起死回生するためであった。最初に召喚された異世界人たちはロンドの期待通りにカクラを制圧。一気にカクラ城を攻め落とした。カクラの王ケンリウは降伏し、カクラ王国はロンドの支配下となった。だが突如異世界人がビートルバムを建国したことで事態は一変。ロンドだカクラだという争いはより厄介なビートルバムのまえに消滅。両方ともビートルバムに飲み込まれてしまった。そのごたごたの中でセーレは家族と別れたった一人でビートルバムに立ち向かうことに。リイは行方不明。
以上、この世界の歴史。
「そっか、なら三国同盟だな」
「なんでそうなるの!だいたいあの子が私を許すわけないでしょ」
「なんだよ、同盟したら現代日本のカルチャーを輸出するのに」
そのとき。というより、このときになってようやく。俺たちは囲まれていることに気づいた。屈強で上半身裸で毛深いあまり風呂に入ってなさそうな野郎どもが5人。山賊だ。
「ひひひ、楽しそうにピクニックしてんなお嬢ちゃんたち」
多分こいつがボスだ。ヴァイキングみたいな角の生えたヘルメット被ってるから。
「山賊!全くつぎからつぎへと……!」
セーレが虚空から鎖を出現させる。どうやら鎖を出現させるのがこいつの能力らしい。
一瞬にして殺気が張り詰めるけど。
ちょっと待て。
「ちょっとまってくれ、風向きが変わった。あんまり動かないでくれ、その……臭いんだ」
「!?てめえ男だったのか!」
「なあ知ってるかセーレ。臭い男ってのはな現代日本だとスメハラっていわれて嫌われてるんだ。この世界はそうじゃないのか?」
「ちょっとあんた、何でそんな余裕ぶって……」
「おい、てめえら!!男は売れねえ!やっちまえ!!!」
山賊の1人がリーダーの掛け声に反応して機敏に動いた。手に持ったこん棒を振り上げて俺に振り下ろさんとしてくる。
遅いな。
俺を撲殺しようとしてくるひげもじゃのおとこの血走った顔から、腕の盛り上がった筋肉から、叫んだ口の歯並びまでが、実に鮮明に捉えることができた。あまりに隙だらけだ。
俺は地面に落ちてた石ころをつま先で蹴り上げ、宙に浮いたそれをミドルキックで蹴り飛ばした。
「がはあっ……」
弾丸みてえな速さの石ころがどてっぱらに突き刺さった山賊Aは声にならない叫びをあげてその場に倒れた。
全員が俺の動きについてこれなかった。
「てめえ……やりやがったな!」
「これがサッカーだ!ビートル人ならみんな大好き!」
今度はその辺になっていた木の実を引きちぎって山賊Bにシュートする。吹き飛んだ山賊Bの後ろにいたCも同じく吹き飛ばされる。あと2人。
「どっからどう見てもサッカーだな、フットボールともいう」
「お、おめえ……いったい。ああっ」
山賊Dが俺の手のひらに刻印されたナンバーに気づいた。そのDの様子を見て山賊リーダーも俺の49の意味を理解する。
「あいつ、ビートル人ですぜボス……」
「し、しまった……襲う相手を間違えた」
数十秒前まではあんなに粋がっていた山賊のボスたちが俺の49を見た瞬間顔が青ざめ全身をガタガタ震えさせ始めた。あたりには地面に大の字になっている山賊たち。
ボスがそんな仲間たちを見捨て、しっぽをまいて俺たちから逃げようとした。
すかさず枝を蹴り飛ばして逃げる足の間に挟み込んだ。
ボスは枝が足にもつれてずしゃあっと地面にダイブした。そのすきに山賊Dはどこかに消えた。
「お前いくら持ってる」
「あ、これくらいです」
「これくらいって出されてもわかんねえな俺ビートル人だから、何日分の生活費だ」
「質素に暮らせば一週間ぐらいにはなるかと」
「よし、帰れ」
俺はボスがポケットから出した一週間分の生活費になるらしい金貨を強奪した。ボスはすごすごとさっき出てきた草むらに帰って行った。その草むらが家なのか?
「とまあ、このように俺はとても強い」
「正直びっくりしたわ」
「俺もびっくりした。正直言って自分の強さを把握してなかった」
「……えぇ……」
セーレがジト目でこちらを見つめているが、だが俺も異世界人だ。きっと能力はデフォルトで高いだろうとはふんでいた。
ステータスオープンできれば正確に把握できるんだが。
「で、えーと、こっちに歩けば街につくのかな」
「それが、私も感覚で歩いてきたから何とも」
「おい、ボス」
「ハイ!」
試しに草むらに呼びかけてみたらさっきのボスが飛び出してきた。
ワニワニパニックかお前は。
やっぱりそこ家なんか。
「この道をまっすぐ行きますと、かつてのロンド王国の首都アルジェに辿り着きます」
「アルジェ」
「かつては豊かな都市でした。ですがビートル人に侵略されファクトリーというものが建てられたせいで、住民たちは過酷な労働を強いられております」
「だからファクトリーか。なるほどね」
「実を申しますと私もそのファクトリーで働かされてまして、ある暗い夜のこと、意を決して脱走を決意し何とかこうして生きながらえているというわけなんです」
どうやらこの山賊ボスもかつては平和に暮らしていたらしいが、ビートルバムの侵略でファクトリーに強制収容され、そのままブラック労働を強いられていた。脱走者は問答無用で射殺されるところを、どうにか隙をついて逃げきれ、今は山賊として暮らしている。
「……私はそのファクトリーを破壊するために乗り込んだんだけど、失敗。城に連行されて廃棄されたところをあなたに助けられた」
ビートル人に殺されかけて、ビートル人に救われるなんてね、とぼそっと一言付け加えたが聞かなかったことにしよう。
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