第3話 2つのチート、1つの野望
だってこうやって美少女のために己の命を投げ出す覚悟で死地に突っ込む男ってなんかかっこいいじゃん。
ただしっかり区別してほしい。死地に突っ込むのと死ぬような真似すんのとは違う。
正直いうと、俺はセーレという王女様を助けて2人で助かるビジョンを描けていなかった。そもそもあの高さから水に落ちて人って死なないのか。セーレはすでに流れに飲み込まれて……。
呼吸が止まるくらいの衝撃を全身に感じて、そして冷たさに全身が包まれた。
着水。
よかった、手足はちぎれていない。
ようやく見つけた陸地にセーレを上げてそれに続いて俺も上陸する。ゴミやら木やらが積もってできた中洲のようだ。
……なんで異世界の中州に空き缶とかペットボトルがあるんだ?
かなり気になる疑問を振り払い、目の前に横たわる王女様を確認する。
カナリア色の髪に白磁のような肌。はっきりした目鼻立ちにピンクの薄い唇。
どえらい美少女だが、肌や髪に疲れが見える。
王女様は一向に目を覚まさない。
…………人工呼吸、するか……。
「お父さん……ゲホッ、ゲホッ」
大人への階段を一歩登る覚悟を決めた瞬間、セーレが息を吹き返した。
俺はお父さんじゃないし、うつろな目から一筋の液体が落ちたように見えるが、今の状態で聞けることじゃない。
王女様は辺りを見回し状況をゆっくりと把握している。どうどうと流れる大量の水。遠くに見えるビートル人どもの城。そして生きてる自分と隣で休憩している俺。
「も、もしかして、あなたが助けてくれたの?」
「おう、目が覚めたようだな」
「え、男!?」
ダメだったか、結構男らしい言葉遣いしてみたんだがな。
ていうか、言葉通じたか。
ミノと同じ言葉ってことは、セーレが牛な可能性を除くと、この世界ではビートル人以外は共通言語を話すっていう結論になる。
セーレは慌てて濡れた自分の身体を隠した。こちらから言わずとも気づいてくれるほどメンタルが楽なことはない。
「ありがとう。この辺の人なの?」
「いや、俺も捨てられた」
「そう……私も」
セーレが同じくびしょ濡れの俺を見て今度は不思議そうな顔をする。
「あなた、どうして火魔法を使って火を起こさないの?」
「魔法!?魔法があるのか、この世界」
「え?その反応……もしかして……!」
「あ、いや……」
俺はセーレに向かって左手を見せる。左手の刻印を見せれば俺の人となりがたちどころにわかる。
ただし、そのせいでセーレが憎しみの炎を燃やさない保証はなかった。
「ビートル人が私の命に何の用だ!」
そう叫ぶが早いかセーレは突如虚空から鎖を出現させ、俺の心臓に突き刺した。俺の薄い胸板はちっとも役に立たず、あっというまに心臓の深くまで突き刺さり鼓動が止まった。
セーレが勢いよく鎖を引っこ抜く。赤く染まった先端には俺の心臓のカスがへばりついていた。引っ張られた勢いで俺は前のめりに倒れる。自分の血が大地にしみ込むのを感じながら、「おおこれさっきもやったな」と俺は呑気に考えていた。
「うっ……」
急に立ち上がって叫んで魔法を使ったセーレは、立ち眩みを起こしてその場にへたり込んだ。
俺は慌てて立ち上がって、支える。
「いや、悪い。もっとゆっくり言えばよかった」
「離し……え!お前!心臓が……!」
セーレは驚愕していた。俺の胸はすでに血が止まって傷が塞がり再び鼓動している。
「【ヒーリングファクター】。それが俺のチート、2つめだ」
濁流に着水した瞬間、俺はこのチートに目覚めた。
おかげで身体に何がぶつかろうが一切気にすることなく無我夢中で泳ぎセーレに追いついた俺は、セーレをおんぶする状態で泳ぎ続けた。
その間ずっと俺は呼吸ができなかったが、チートのおかげで死ななかった。
しかも心肺が破壊と再生を繰り返し、俺の心肺機能が向上している。
血管年齢が永遠の二十歳だ。
「セーレ、お前の気持はだいたいわかった」
「ふん!ビートル人なんかに何がわかるっていうの……!」
虚空から生み出された鎖がコブラみたいにまだ俺の方に先端を向けている。
敵意びんびんだな。キシャーって感じで俺を睨み付けている。セーレのビートル人への恨みはかなり根深いらしい。
「いや……その、俺はビートル人だがビートル人じゃない。確かに異世界から来たからビートル人なんだが、まて、まって、落ち着いてくれないか。そうその鎖を下にして……いいか、よく聞いてくれ。俺は他のビートル人に嫌われている。不良品として追放されたんだ。それになにより、俺もビートル人が大嫌いだ」
大嫌いだ、と再度念押しする。吸い込まれそうな金色の瞳によく伝わるようにゆっくりと。どれだけ女性と間違われようがやはり実際の美少女にはかなわないな。
セーレは少し冷静になったようで、鎖から魔力が消えて重力にしたがいカチャカチャと地面に垂れる。
「……確かに、そんなにも世界語を扱えるなんて、ただのビートル人とは違う。ただちょっとミノタウルス族なまりがあるけど」
「そうだ、ミノって名前の親友がいてな。この世界に来て初めて出来た友人だ。あいつはいいやつでね、俺をここまで逃がしてくれたのもあいつで、きみが生きているのもあいつのおかげだ」
俺の世界語って牛訛りがあったのかという衝撃を感じてないふりしながら、セーレの説得に集中する。どうやら多少の差はあれどこの世界の住人はビートル人を除き共通した言葉を話すらしい。
「ミノタウルスが親友だなんて、ビートル人の口から初めて聞いた……」
「ビートル人の口からは普段なんて?」
「それとかあれ」
「くそだな」
俺のムカつきとセーレの怒りが呼応する。
「それでだ、セーレ。お前と俺の気持ちは同じなんだ」
「同じ?」
「お前、父親の国を取り戻したいんだろ」
その一言を聞いた瞬間、セーレが驚愕の表情となる。「どうしてそれを」っていうんだろうと思ったら案の定、少し間をおいて絞り出すような声で「どうしてそれを……」と聞こえないくらいの声で呟いた。
「そりゃそんだけビートル人に敵意があって、第1王女だっていうなら推測は簡単だ……ていうか、早くここから出た方がいい。多分水没する」
セーレが発現させた鎖を橋のように架けて、向こう岸にわたる。鎖をアーチにしただけなのに人が2人載ってもびくともしないってのはどういう仕組みだ。
あ、魔法か。魔法すげえな。
「これが魔法か、すっげえな」
「ビートル人て魔法のない国からやって来るのよね。そんな世界ってすごく不思議。いったいどうやって生活してるの?」
「どうやってっていわれても」
「例えば水はどうやって用意してるの?」
「あー、俺のいた国だと水道ってのを捻ると……つまり、こう、レバーを上げると出てくるんだ」
「ええ何それ!?よっぽど魔法じゃん!!」
蛇口をひねって水が出ることの素晴らしさを説かれたのは小学生の時にアフリカだか東南アジアだかの貧しい国の話を社会の時間に読まされた時以来だな。試しにお湯も出るって伝えてみたらさらに驚かれた。
「そうか、その力がビートル人の力なんだ……。それは、勝てない……」
「だけど、ビートル人は川を渡るにも何万本って木材が必要だぞ」
たかが10代そこらのやつらに建築の技術があるわけじゃなし、それならばどうしてこの世界は48人のビートル人に蹂躙されたのか、まずそれを俺は知りたかった。
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