第2話 チート1つ目、ヒロイン1人目

 俺の不安な心を牛の脳みそが察してくれるわけもなく、そもそも言ってないんだから伝わるはずもなく。

 ミノタウロスは華やかな転移部屋を抜けるとずんずんと城の裏手へと進んでいった。

 先ほどまでの明るさから一転、じめじめとして暗い階段をひたすら降りる。

 

 と、その時。

 ミノタウロスが何かにつまづいてこけた。俺は大きな肩から投げ出され階段の縁に後頭部を打ち付けながら何段か転げ落ちた。


「%&$#L”」


 ミノタウロスが焦った顔してるが、なにを言ってるかわかんねえ。

 大丈夫だよ♡って声をかけてあげたいと思ったその瞬間。


 【全言語理解】

 

 そんな単語が脳裏に浮かぶ。

 と同時に実感があった。

 俺は全種族の言葉を理解できるようになった


「ああ、ビートル人を傷つけてしまった!どうしよう、どうしよう」

「痛くねえから大丈夫だよ」


 突如俺がミノタウロス語を喋ったことにミノタウロスは腰を抜かすくらい驚いていた。


「この言葉、ミノタウロス語でいいのか?ひょっとしてキュプクロスとかとも通じる?」


 まん丸の目で俺を見つめるミノタウロスのところまで、俺は階段を上る。どうやらヤマナミのバッテリーが切れたらしい。


「しゃ、喋った……俺たちの言葉をビートル人が…」

「そりゃあだってなんせ俺は、ふりょ……特級品だからな」

「も、もうしわけありませんでしたー!!!」


 俺がミノタウロス語を話せると知った瞬間、それまでの堂々とした態度を一変させて、いきなり土下座をしてきた。


「わたくしめのミスでビートル人様のお身体に傷をつけるようなことになってしまい、本当に申し訳なく思っております!わたくしはどのような処分も受けますので、故郷にいる家族だけは、どうか、どうか……」

「……あー、わかるよ、うん、家族っていいよな。俺も年の離れた妹がいてさ」


 ミノタウロスが何度も頭を床に打ち付けるので、罪悪感が湧いてきた。

 あ、でも階段の角にぶつからないようにはしてる。


「はい!はい!さようでございます!!」

「……よし、よし!いいか、落ち着け。冷静に状況を見てほしいんだが、お前を処罰できる権力のあるビートル人がこんな薄暗い階段で後頭部ぶつけるか?」


 はっとした顔で俺を見上げるミノタウロス。その眼には恐れが宿っていなかった。


「言われてみれば確かに……もしかしてあなたは落ちこぼれ」

「核心を突くな、話が早くて助かるが」


 せっかく話も通じたことだし俺は身の上を語って聞かせた。現代日本という異世界で呑気に学生生活を送っていたら突如まばゆい光に包まれ気づいたら血まみれでこの世界に転移してきた。現代日本という国についてミノタウロスのミノは興味津々だった。交換でミノタウロスのこともあれこれ聞いたが……。


「いきなりこの国のやつらに拉致られて、強制的に下働きさせられてるだと!?」

「はい……彼らビートル人の言葉は、日本語というのですか、彼らが何を言っているかも理解できないまま、無理やりこの城に連れて来られ、脅されて彼らのいうことを」

「そりゃあ……悲惨だな」


 48人の異世界転移者はこの世界でよほど好き勝手しているらしい。俺はミノが仕事をさぼったという理由であいつらにぶん殴られないように、大人しくミノの後ろをついていった。ミノの仕事は城で出たゴミの処分だそうで、力仕事ばかりで腰が痛いのだという。そして俺の処分先は、


「なんだここ」


 狭い梯子を下りると、排水路だった。少し歩くと地下鉄くらいの開けた場所が見えた。

 ひゅーとかいう冷やかされたみたいな音の風が俺とミノの間を通り抜けた。見下ろすとトンネルの下半分にはごうごうと水が流れている。

 涼しいを通り越して寒いな。


「ここは城で出たゴミが流れていく場です。川から引いた水を城の下に引いて、そのまま海に繋がっていま……」


 ミノの解説途中で俺たちのいるところの上にある扉がパカンと開き、そこからゴミが落ちてきた。飯の食べかすやら着古した服やらなんだかよくわからないヘドロやらがくす玉みたいにどさどさ落ちて濁流に飲み込まれ、あっという間にトンネルのかなたの点になった。


「……あなたもああやって廃棄される予定でした。ビートル人以外はこうして廃棄されるんです。この城でケガや病気の手当てを受けられるのはビートル人だけで、それ以外は何の治療も受けられないままゴミと同じように捨てられるのです」


頭の角に引っかかったバナナの皮を指で払いのけ、淡々とした様子でビートルバムによって変わった世界について話すミノ。だがその大きな手はきつく握られていた。


「この川が流れつく先はかつて自然豊かな平野でしたが、この濁流とゴミによって世界で見る影もなくなりました。そうやって世界のあらゆるものごとを変えてしまったのです」

「詳しいんだな」

「その自然豊かな平野に住んでましたから」


 俺はつぶらな瞳の牛さんに何も言うことができなかった。こういう肝心な時に感情に寄り添えるいい言葉が言えないんだから俺もまだまだ未熟だ。


 俺は足場の縁まで歩いて、つま先を宙に投げ出す。

 流れはガンジス川並みに全てを受け入れているようで、絶対に入りたくなかった。

 風向きによっては臭い。


「一応建前のために来ましたが、帰りましょう。暗くなるのを待てばあなたを逃がしてあげられるかもしれません」

「かくまってくれんのか、うれしいねえ。女装でも何でもするよ」


 その時、再び錆びついたくす玉が開いた。つぎに落ちてきたのは、


「人間……!」


 俺と同じ年くらいの少女だった。がさついた黄色の髪とよれよれの服が彼女の疲労を物語っていた。


「あれはもしや、セーレさまでは!?」

「セーレ?」

「ロンド王国のお姫様です!」


 おお、お姫様。

 ちらっと見えただけだったけど顔可愛かったな。


「そんな姫様がなんで」

「おそらく落とし前でしょう。異世界転移をおこなったのはロンドですから」


 あいつの国が異世界転移をおっぱじめやがったのか、なら、ぜったいに死なせるわけにはいかねえ。俺は脚に力を籠める。眼下を流れる川は昔家族で行った激流下りを思い出させた。


「そうだ、ミノ。お前に1つ言っておきたいことがある」

「はい?……いやそれより、まさかあなた飛び込もうとしてるんじゃ!正気ですか!?」

「いいか、俺はビートル人じゃねえ、あんなこの世界を踏みにじるやつと一緒にすんじゃねえ、そしてもう1つ」


 俺はいまにも着水しようとしているセーレから目を離さず、空中に飛び出した。


「今度会った時はため口でいい、てかミノさんのが年上だ!じゃあなっ!」


 ミノが「2つじゃん」とか言ってた気がするがあいにく川の流れにかき消されてしっかり聞き取れなかった。

 2個上なのかな。じゃああいつも未成年だったのか。

 でも俺牛の成人もとい成牛が何歳か知らねえや。

 

 てか、今ため口使われたらもう俺と二度と会えないみたいじゃん。

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