いきなり召喚されたうえに不良品扱いされたので転移者の国を潰すことにした。
南京中
第1章 モダンライフ・イズ・ラビッシュ
第1話 転移ナンバー49の語り
「クソっ!不良品だ!」
遠くのほうで叫ぶ声が聞こえる。
ぼんやりする意識が覚醒するにつれ、自分の身体から血が流れているとわかった。
ここはどうやら教会らしい。
「5回目はクオリティ重視でってアシハラ様の指令だったのに!」
「どうすんだよ、お前の魔力精度悪かったんじゃねえのか!!」
「……肝心の転移してきた人は…!?」
どうやら俺のことで言い争っているらしい。
言い争っているのは俺と同じ年くらいの男女、ってことは高校生か。
なんか申し訳ないな。
そう思っていると、男2人の言い争いを制した女がこちらに走って来て俺に回復魔法をかけた。
なぜかこの自分に降り注ぐ緑の光が回復魔法であることが直観で分かった。
「……ありがとう」
「え、お、男!?」
女に礼を言うと、俺の声を聞いた女が驚いた声を上げる。
俺にとって飽きるほど繰り返したやりとりだ。名前がユキノなこともあってか、俺は初対面の人にはまず女子だと勘違いされる。
後から俺のところに来た男2人も俺が男なことに驚いているようだった。
「完全に女だと思っていたが…まあいいユキノ。とりあえずこの水晶に手をかざしてくれ」
髪を逆立てた体格のいい男が水晶を差し出してきた。まだ頭がボーとするがこれに手をかざしてほしいらしいので、俺は言われた通り手をかざす。
………………‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。
「何も起きないな」
「ほんとね」
「そんなはずない、だとしたら無能力者ということになってしまう」
男女3人が口々に声を上げる。会話の中からわかったが女の名前がヤマナミ、髪を逆立てた男がカゲロウ、その隣にいる坊主の禁欲的な男がイタミというらしかった。
なにもないのがそんなに悪いことですかね。
イタミの言う無能力者ってのが何のことかはわからないが、その単語が出た瞬間俺の周りに嫌な空気がまとまわりついた。カゲロウの眉間には深いしわが寄り、ヤマナミは俺の方をかわいそうな目で見ている。
傷が塞がったとはいえ貧血気味なので早く横になりたかったが、そんなことはいえない険悪なムードだった。
「ユキノとかいったな、きみは不良品だ。廃棄処分とさせてもらう」
「……はい?」
不良ではなく不良品。
およそヤンキーとは縁遠い学生生活を送ってきた俺に、どちらにしても馴染みのない言葉だ。ていうか、廃棄処分ってなんだ。退学とは違うのか。
「その水晶が光らなかったからって俺は不良品なのか?どうなる、退学か?」
「……チッ、前世界の知識も多く残ってる。やはり不良品だ」
今舌打ちしたろとカゲロウに言いかけて俺は周りを見渡してようやく気が付いた。
俺が今いるのはさながらスペインの大聖堂のようで、後ろにはなんだかゲートのようなものが鎮座していた。状況を整理して俺は口を開く。
「なるほど、お前らの言うキーワードから察するに俺は異世界に転移してきたってことか」
「パニックにならないのはいい特性だ。だが、やや不遜だ」
「お前が喋るなんて珍しいな。なら、どうせ廃棄処分になるにしても説明ぐらいはしてやろうか」
イタミとかいう切れ長の目をした長身の青年は寡黙なようだ。どうでもいいが、こいつが口を開いてくれたおかげで俺は自分の状況を教えてもらえるそうだ。ありがてえな、このひょろなが。
「お前は49人目の異世界転移者だ。ここは現地住民どもを好き勝手出来るっていう夢の世界で、その入場チケットがチート能力だ。それをお前は持ってない。チート能力がなけりゃただの人。現地人と何ら変わりない、それは不良品だ」
さっきも聞いたよ俺が不良品だってこと。
そんな繰り返す必要あんのかと思うが、カゲロウの目は俺への侮蔑で濁っていた。
「えっと、早く帰りたそうにしてるところ申し訳ないんだが。つまり、本来なら俺はこのぼんやり光ってるゲートを通って退屈な現代日本から転移して、エルフやらサキュバスやらとエロいことができるはずだったってことか?」
「飾り気が多いが的を射ている」
「だがそれは出来ない」
俺が一息で喋ったことに返事をしたのはイタミだった。それに重ねてカゲロウが合図をする。
「そうだ忘れていた。刻印をしなければな、麻酔なんか使わないが」
気怠そうにカゲロウが合図をするとどこからともなくフードを被った男たちがやって来て俺を抑えつけた。
「な、なにを……」
「じっとしてろ」
くぐもった声はどすが効いていて、まるでヤクザかと思った。多分ヤクザだ。異世界にまでシマがあるとはジャパニーズマフィアも捨てたもんじゃないな。ヤクザのうち2人は俺の左腕に体重をかけてきて、3人目の誰かに腕を捻られ左手の平が上にさせられた。
「ちょっと熱いぞ」
いうが早いか左手に火が付いた。焼けるようなっていうか、見えはしないが完全に燃やさされている。俺は絶叫してこの痛みを世界に訴えたかったがマフィアの一人に頭を抑えつけられ謎の布を口に丸め込まれているため声上げることすらできなかった。頬に感じる床の冷たさと左手の熱さがあまりの温度差で、まるで左手だけが別世界にいるようだった。
永遠に感じられたが実際は数秒だったのだろう。マフィアたちが俺の身体から退くとようやく満足するまで息が吸えた。脂汗にまみれた顔で左手を見ると、49と刻印されてあった。
「【ロック】」
聞きなれたシャッター音と飽きるほど見慣れたデバイス。
いい加減こいつらぶちのめしてやろうとやってきたヤマナミを睨み付けようとした瞬間、俺はうつ伏せの姿勢から動けなくなった。まるで首から下が自分のものじゃないみたいに、身体が石みたいに硬直してそのまま顔面から地面に倒れてしまった。
「バッテリーは7%、結構持つよ」
「オッケー、それぐらいあればビートルバムの敷地外までは指一本動かせないだろう」
また知らない単語が出てきた。左手から伝わる鈍い痛みは筆舌に尽くしがたいが、どうにかして抵抗しなければ。
「おいおいおい!てめえらよくもやってくれたな!同意もなしに焼き印しておまけに拘束なんて仮にも民主主義の国民主権国家に生まれ育った少年少女がやることか。同意なんかしないけどな!!で、次は何だ、追放!?あり得んだろ。大体ビートルバムってどこなんだよ。全体的に説明が少なすぎる。意識高い芸術映画か!」
「……口もロックしろ」
耳を振ってうんざりしたようなカゲロウがヤマナミに指図する。ヤマナミが俺の唇に人差し指を当てると、俺の舌がもつれ始めた。
「ごめんうそちゅいた、わけわかんにゃいのもきらいじゃ‥‥‥」
訳わかんない系の話しも好きだという事実を伝えることは叶わず、俺はどこからともなく現れたミノタウロスに抱えあげられた。
逆さになった3人はすでに俺のことなど興味ないようで、次の異世界召喚の準備をしていた。ガタイのいい牛頭に抱えられたことで大聖堂の様子がよく見えた。よく見りゃゲートの周りには何人か人間がいた。
あいつらもまた現代日本から異世界転移してきた奴らなんだろう。目つきで分かる、俺のことを見下している。
ちくしょう、こんなやつらがあと48人いるってのか。ろくでもねえ異世界だ。
「50人目が転移してきます!」
「す、すごい魔力だ…!」
「カゲロウ様!離れてください!」
まばゆい光にゲートが包まれその真ん中から少年が現れた。年は俺と同じくらいで、柔和な顔つきをしているが、その眼には凶暴さが隠れていた。すかさず誰かが水晶を持ってくる。
「す、すごい!この能力!!」
「大成功だ!やったぞ!」
「ビートルバムの繁栄は確実だ!!」
どうやら俺の次は良品だったらしい。そしてビートルバムってのはどうやらこのクソども48人+1人が暮らす国の名前らしい。
10代そこらの少年がぶち上げた国なんてロクなもんじゃない、要はあいつらアフリカの少年兵だろ。アシハラとかいう奴らにこき使われて、地球ならユニセフの支援で学校に通わないといけない。
なんてことを俺はミノタウロスの耳が近くにあったので喋りたかったが、あいにくヤマナミのスマホから放たれた【ロック】によって目しか動かせなくなっている。喋れなくなったら急に不安になってきた。
俺はどうなる?
少なくとも廃棄処分なんだから捨てられるんだろう。捨てるってなんだ、燃えるゴミか燃えないゴミか、リサイクルか、なんだ。
畜生、いい加減軽口も叩けなくなってきた。今手足から血の気が引いてるのは出血のためじゃない。俺はこのまま不良品の烙印を押されて死ぬってのか、まだ10代の高校生でアオハルもしてないっていうのに、その先のヤラシイことも。
いや……とにかく、無駄に思考だけが高速回転するが、そう、俺は死にたくない。たとえ不良品だとしても生きて幸せな人生を送る。異世界だとかビートルバムだとか関係ない。俺にはその権利がある。
そんな脳波を目からビームにして大聖堂にいる奴らを睨み付けていたが、届いたかどうかわからない。ただ、部屋の出入り口が閉まる直前、俺を見るカゲロウの光のない目だけを記憶に刻み込んだ。
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