#053 呪いと祝福

「あー、ここもダメか……。炉心起こしてこれじゃ、どうにもならねえかもなあ」

 アドリオン中央都市区画に戻ってきてギルがあちこちの施設を回って、5か所目でそう結論づけてしまった。いまだにギルの背中で楽させてもらっている。

「何か探してたの?」

「飯」

「ご飯? ……ここ、食堂?」

「そ。前はボタン1つで飯が出てきたもんだが、やっぱ死んでたわ。こういうのはメンテやら必要らしいしなあ」

「どういう仕組みでご飯出るの?」

「知らね」

 それじゃもう、どうにもならないじゃない。

 でも確かにお腹も空いてきた。

「一旦、エンタイルさんのところに戻るの?」

「そんでまた戻るってか? 面倒でたまらねえよ。仕方ねえから飯はお預けだ。晩飯だけたらふく食えばいいだろ」

「僕、成長期なんですけど」

「あん? クソチビのまんまだろ、お前。ずっと。一生そのままだ、良かったな。栄養なんざ考えねえで済むぜ」

 とっても腹が立つけど、グッとこらえた。

 いいもん、いいもん、だったらギルに甘え倒してとことん楽させてもらうもん。この広い背中をずっと独占してやるもん。不本意だけどお兄ちゃんじゃなくて、お父さんみたいな扱いにしてやって女の人が寄りつかなくなる工作をすることまで視野に入れてやる。

「そんで、こっからどうする?」

「どうって?」

「お前が探検してえんだろ? だからどこ行くって話だ」

「……じゃ、ギルの実家」

「あん?」

「だって、アルビオンの一番偉いおじいさんと暮らしてたんでしょ? だったらそこに何か貴重なものとかあるかもだし、ギルのことも知らないことだらけだから知りたいし」

「……そんなん知ってどうすんだよ?」

「どうもこうもないでしょ? ギルなんて、一番親しい人なのによく知らないんだもん。知りたいなーとか思うのは普通じゃない?」

「そーいうもんか?」

「ギルって友達いた?」

「おう? お前、今日イチで切れ味あったぞ」

 やっぱりいなかったか。ギルっぽい。

「ほら、早くギルの実家行こ」

「へいへい」

「ギル号、レッツゴー! ゴーゴゴー!」

「……お前って、内弁慶とか言われねえ?」

「え? 初めて言われた」


 ▽


 中央都市区画は卵型に縦に少し長い構造をしている。

 吹き抜けの三層構造になっているものの、二階部分も三階部分も、床面積はそれなりに広くて、床を支える柱は三階ぶち抜きの巨大ビルも利用されていたりする。そんな高層巨大ビルの中でも、ひと際高い建物の最上階にギルは向かった。

 もちろん、エレベーターは使えなかった。

 ので、たっぷり階段を上ってもらっている。楽ちんである。

「ギルってほんと、体が頑丈で羨ましいよね」

「だったらてめえも歩いて鍛えろってんだ」

「ぶっぶー、僕の体は一生このままだから筋肉量だって変わりませーん」

「この野郎……」

「はあー、ギルがいてくれて良かった。ねー、ノイン?」

「キキュウ」

「ちゃっかりこの小動物までどうして俺が運んでやらにゃならねんだか……」

 しかしこれ、建物だけで何階建てなのだろう。

 ギルは何も疲れないとばかりに一定のペースで延々と階段を上り続けてくれている。

「はいはい、ギル、ギル」

「何だよ?」

「質問。ギルは喧嘩で強くなったの? それとも何か秘訣があるの? 精霊器だけの力ってわけでもないでしょ? 前に喧嘩してたとか言ってたけどそれ以外にないの?」

「あー、知らね。特別な訓練なんざした覚えもねえし」

「ええっ……」

「生まれつきってわけだな」

「そんなのあり?」

「だったら、てめーの魔術はどうなる? 似たようなもんだろうがよ」

「……う、うーん、確かに……? 言われてみるとそうかもっぽいけど、何だか腑に落ちない」

「生まれつきってえのはよ、そりゃ、色々と人間にはあるが、中には呪われて生まれ落ちるような野郎だっているさ。それもまた、生まれつきだな」

「呪われて……?」

 それはつまり、僕みたいな望まれずに受精卵となってしまったような命のことを言うんだろうか。

 また別のニュアンスを含んだことなのか。

「どういう意味?」

 考えても分からないから直接尋ねてみた。

 しかしギルは足を止めず階段を上がって沈黙してしまう。

「おーい、ギル? ギルってば?」

「まんまの意味だ。お前は知らなくてもいい」

「知りたい」

「ダメ」

「教えて」

「ああもう、仕方ねえな……。迷信だがこーいうもんは、知らねえ人間の方がいいんだぞ?」

「でも知りたい」

「へいへい、そーですかっと。呪いってえのはよ、魔術ともまた違うんだとよ。魔術は魔力だろ? だが呪いってえのはまた違うもんを利用するらしい。でもって、呪った側もまた、呪われちまうんだとよ」

 人を呪わば穴二つってやつか。

 それとも因果応報が似合うのかな。

「そんなくらいでも、知らない方がいいことなの?」

「呪いってえのは信じねえ、知らねえって野郎の方が縁が薄くなるんだと。知ってるだけでも、どこぞでてめえを呪おうなんて野郎にはしめしめと思っちまうんだとよ。だからよ、お前さんは呪いを知ってるかなんてえ話をするのは頭のおかしい野郎ってわけだ。うっかり口滑らすんじゃなかったぜ」

 なるほど、そういうものなのか。知らぬが仏システム。

「ごめんね、ギル」

「謝るんならいつか呪われた時、てめえに謝れ」

「でもギルも知ってるね?」

「そらそーだろ」

「うん?」

「あん?」

 何かちょっと引っかかる物言い。

 そらそうだろ、って何だか、何というか。うーん。何だ、この違和感。

 知ってて当然みたいな雰囲気だけど、何だか僕とは違う感じに知った——いや、そもそも関わっていて当然、みたいな。

 つまり、ギルは。

「呪われてるの?」

「そうらしいな」

「らしいって……。一体、誰に?」

「お袋」

「はいっ?」

「しっかし、どんな呪いやらかは知らねえが、相当に強烈なもんくれやがったそうでな。呪っておいて産んだらすぐ死んだとよ。呪い殺されたんだろうぜ」

 さすがに絶句させられる。

 僕も親というものには恵まれていなかったと思うけれど、ギルの方がよっぽどじゃないだろうか。それでいてこの語り口の平淡さときたら。

「ごめん、ギル。ちょっと、嫌な話だったよね……」

「別に今さらどうもこうも思っちゃねーよ。そもそも実害なんざねーし」

「え、実害なし? 呪われてるんでしょ?」

「そうらしいって話だ。何が何だか分かりゃしねーがよ、お前の最初の疑問の答えがそれじゃねえかって勝手に思ってんだよ」

 ギルが異常に強い理由は、呪いによるもの?

 でも何だか、それじゃあ呪いとは別物みたいに思えてしまう。

「呪いって、何が源なんだろう?」

「知ーらね」

「恨みつらみ?」

「そうかもな」

 母親が実の子に恨みつらみ。

 ない話ではない。そんなことが分かってしまうのも妙な気分だけど。

 だけどギルの場合は、その呪いだろうというものの副作用みたいな影響で異常に強い。これって最早、呪いとしての体をなしているんだろうか。

 呪い。

 呪いというより、最早、

「祝福?」

「あ? いきなり何言いやがる」

「だって、実害なくってこんなに強いんでしょ?」

「……はぁーあ、ほんと、いい子ちゃんだよなあ」

「何さ」

「いんや、お前はそれでいいさ」

 すっごく気にさせられる発言だ。小馬鹿にされたような気がする。

 

 どれくらい階段を上り続けたか、ようやく最上階に辿り着いた。

 マンションの内廊下を彷彿とさせる空間に出たけれど贅沢間取りがそこからでも見て取れた。通路はL字になっている。階段から出ればすぐそこにエレベーターがあり、角を曲がるとひたすらまっすぐな廊下。外壁面も突き当りの壁もガラスで外が見える。

 そして、そんな通路に扉は1つだけ。

「そら着いたぞ。いい加減てめえで歩け」

「はーい」

 ギルの背を降りる。扉を開け、中に入ると思い切りお家だった。

 ここは本当に集合住宅なんだろうかというほど広い。二階もある。しかも吹き抜け。窓際まで行くとすごく天井も高くて開放感がある。まあ、ちょっとというか、かなり、埃っぽくなってしまっているけど。

「おい、エル。窓開けろ、窓」

「え? ……これ、嵌め殺しじゃないの? 開け閉めできるの?」

「できる、できる。魔力でちょいと開けろ」

「魔力で、って……」

「そういうようにできてんだよ、この街は」

 ふと――以前、古代遺跡でスイッチのない電球を思い出した。

 もしかして、あれと同じだろうかと思って試してみたら、壁の窓ガラスがゆっくりとスライドするようにせり下がった。大人の首くらいの高さにまでガラスは下がってそこで止まる。なるほど、転落防止仕様。

「そこだけじゃねえぞ。窓って窓を開けちまえ。風通さねえとどうにもなんねえやな」

「はーい」

 長い階段をひたすらおんぶしてもらったし、それくらいはやらないとね。

 窓を開けていく間、ギルは家の中をあちこち歩き回っていた。

「おう、お前、魔術でこの辺綺麗にできるか?」

「はいはーい」

 掘りごたつのように段差のついたスペースにソファーとテーブルが設置されている。それを綺麗に掃除していく。粗方、掃除が終わってからギルと一緒にソファーへ腰かけた。

「ここが、ギルのお家だったの? 何だかすっごく……ぽくない」

「ああそうかい」

「ノインもソファー気に入った?」

「キュッ」

「折角、綺麗にしたのに毛え落とすんじゃねえぞ、小動物?」

「だからノインって名前があるんだってば。もう……」

 ノインの小さな顎の下を指先でかりかり撫でてやる。

 しかしこうして落ち着いて座ってしまうと、何だかとても――お腹がすく。

「ねえギル、ご飯どうしよ?」

「だからさっき断念したろうが」

「でもお腹減っちゃったよ……」

「……どれほど時間経ったか知らねえが、食いものなんざとても食える状態で残っていやしねえだろうよ」

「まあねえ……。あれ、そう言えばアルビオンの食糧事情はどう賄ってたの? 元々は海にあったんだよね? お魚だけ……ってわけにもいかないでしょ?」

「あー、ここで作ってたな。ん、そうか。外縁に行くぞ。ワンチャン、食材ならあるかも知れねえ」

「ほんとっ? ――って、また、階段……?」

「行くのは上だから、こっからならそう手間じゃねえよ」


 ▽


「わあ、すごいことになってるね……」

 外縁研究区画の上部にその農園はあった。ゴーレム工場と同じく、そこは稼働していたが、逆にすさまじいこととなっていた。

 そこは人工的に、自然に頼らず作物を生産するための工場めいた農場だ。

 天井のパネルが時間ごとに点いたり消えたりする。お日様の光の代わりになる。

 そして新鮮な水が定期的に巡回される。そんな環境なので虫さんもいて、作物の受粉であったり、土を耕してくれたりする。

 つまりは自然の環境を魔術で再現しているという作物工場なのだが——それだけではさすがに回せない。作物を収穫したり、種を撒いたりといったことまでは自動化されていないのだ。

 その結果、作物工場は好き勝手に植物が繁殖しまくるということとなった。

「ハーブばっか……」

「地下茎があるからねえ。繁殖力強いんだよねえ、こういうの」

「食えるもん探して、土掘るか」

「そうだね」

「お? 珍しく俺にやらせようってハラじゃねえのか?」

「食べものっていうのはさ、自分で収穫するとおいしさが高まるんだよ。心持ちの問題で。だからこういうのはやるの」

「お前、食い意地張ってるもんな」

「ギルは何でも食べられそうで羨ましいよね。ハーブ、いっぱいあるよ?」

「食えってか? おい」

「でも、農具がないっぽいよね……。どうやって収穫とかしてたんだろ」

「魔術だろ。お前、やれよ」

「……土、か。でも適当にやったら作物までめちゃくちゃにしかねないし、ここは……」

 地面に触れて、魔力を浸透させるイメージで広げる。

 地面の下にミキサーみたいなものを用意できたら、そこをぼこぼこ回せば耕せるんだろうけど、そんなことしたら作物もめちゃくちゃだ。

 なのでもう、魔術的に、物理的に、収穫するのが一番だろう。

「おう、いよいよ奇妙なことまでできるようになったな?」

「それほどでも……」

「別に褒めたわけじゃねんだけどよ」

「え、褒めてよ」

「……よくできました」

「もっと心を込めて!」

 地面から魔術で精錬して作り出したのは鍬だ。

 それをギルに投げ渡す。僕はスコップを作り出す。

「んで、これでどうしろと?」

「レッツ・手作業」

「お前もっと賢くなかったか?」

「こういうのは苦労するからいいんです」

 言い切ってやるとギルは呆れながらも鍬を振り落とした。

 かなり様になってる。

「ようし、僕も……えいっ」

「お前、腰入れろ、腰。ほんと頭でっかちだな」

「もう、いちいちうるさいなあ……。いいから、食べられそうなの探してよ」

 本来ならば、ここはこれ、あっちはあれ、という具合に管理されていたと思うけど今となっては好き勝手に繁殖しまくっている植物の海。その人為的な大地をかき分けるようにしてスコップを突っ込んで、顎のところを踵で踏んで体重をかけながら地面を掘り起こす。ハーブ類の地下茎がびっしりしている。これもう、ハーブ以外にあるんだろうか。ザクザクと掘り起こせども、ハーブの地下茎ばかり、地面の下に根を張っている。別のポイントを掘り起こしてみようかと思って、スコップに手をかけたままギルの様子を見る。

「――って、大収穫じゃない!?」

「ハッ、まーだまだガキんちょだよな、お前も。パッと見で分かるだろうが」

「ぐぬぬ……」

 忘れてしまっていた。生活力こそ皆無だけど、ギルは生存力はめっちゃある。食べられるものを探すのも朝飯前ということなのだ。――今はお昼か、夕方前だけど。

 ギルが掘り起こしたのはお芋だった。しかもかなり、おっきい。何てお芋だろう。じゃが芋にしちゃ、長細い。さつま芋にしちゃ色が茶色だし形も不均等。フォルムだけなら巨大じゃが芋なんだけど、僕の知ってる茎や葉っぱとは違う。

「とりあえず、こんだけ獲っておけばいいだろ。お前もっと食う?」

「ううん、そんだけで充分」

 僕の体じゃ、両手で抱えないととても持ち上げられないくらいのサイズだ。冬瓜よりも大きいんじゃないだろうか。味の方も気になるけど、大味なのかなあ。ていうか、こんなに大きく成長するものなんだろうか。

「しっかし、まだちょいちょい、活きてる区画はあるっぽいな」

「だねえ。都市区画の方はサッパリっぽいのに」

「外縁研究区画はよ、魔導士それぞれの管轄なわけだから、炉心から供給される魔力に依存してると不具合が出るとか考えて、個別に動力備えてんじゃねえの?」

「なるほど……」

「そら、戻って食うぞ。俺が掘り出してやったんだから、飯はお前が作れよ」

「はいはい」

 とりあえずお芋を流水で洗って、風をふきつけて乾かしてから持ち帰ることにした。

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