#052 アルビオンの炉心
ギルに聞いた話ではアルビオンは大きく3つの区画で成り立っているらしい。区画ごとでも細かく分かれてはいるそうだけど、今は置いておくとして。
まず外縁研究区画。僕とエンタイルさんが最初に踏み込んだゴーレム生産工場があった区画で、外縁とつく名前の通りにアルビオンの外側をぐるりと取り囲む形になっているんだとか。ちなみに、外縁という言葉の雰囲気から、土星の輪っかみたいなものを想像してしまうけれど実際には球状の都市を覆う三次元的な膜のようにこの区画は成立している。
そして都市としての機能を担い、居住を目的とする中央都市区画。普通に想像をする都市としての場所である。
最後に深奥中枢区画。ギル曰く、アルビオンの心臓――とのことだ。アルビオンは今のこの世界の技術力とは比べ物にならないほど発展をしていたから、都市のインフラ機能を賄っていた場所なのではないかと僕は睨んでいる。
具体的な広さというものは分からない。けれどとにかく巨大であるとは言える。外縁部だけでも普通に一周歩くなんてよほどの散歩好きか暇人か罰ゲームだとギルは言っていた。列車のような乗り物を使って行き来をしていたらしい。
そんなことを教わっている内に、アルビオンの中央都市区画へ再びやってきた。
一度、下に降りる必要があった。これもエレベーターめいたものがあったらしいけど動いていないとのことで、階段を使って延々と降りていった。
「こりゃ、復旧できるなら先に深奥中枢区画にでも行っといた方がいいかもな」
「復旧なんてできるの?」
「さーてね、俺は魔導技師の真似事なんざできる気がしねえよ……。けど案外、できるかも知れねえって可能性もなくはないだろ?」
「まあ、確かにね……。じゃあ、行く? 場所とかギルは分かってるよね?」
「そらな、体感じゃ10年前にゃここにいたんだ」
「……そっか。そうだよね」
ギルは過去から未来へ飛ばされてしまった、時間の漂流者めいた存在だ。具体的に何がどうして、というのは本人も分からないそうだけれど。
都市区画へ降り立つと、上から眺めただけでは見つけられなかったものがたくさん目についた。白骨化したアルビオンの人々の遺体だ。着の身着のまま、いきなり倒れてそのまま息を引き取った――そんな風に見えた。白骨遺体に怖さは感じないけれどとても寂しくさせられる。外傷らしいものは少なくとも衣類から見て取ることはできない。
「異常だな……」
「うん……。どうしてアルビオンは滅んじゃったんだろう……」
例えば病気なんかであれば、遺体はしかるべきよう生きた人間によって葬られると思う。けれど道端で倒れるようにして遺体は転々としている。つまり、誰も葬ってあげられる人がいなかったというわけで、推測するに一度に人々は死んでしまったという可能性が高まる。
「あとで弔ってあげないとね……」
「お前がそうしたいならそうしろ」
「え? ギルはいいの?」
「興味がねえやな。行き倒れてくたばって、そのままずっと吹きさらしになっちまう人間だっているが誰も困りやしねえ」
「……ギルってドライだよね、そういうとこ」
困るとか困らないの話でギルがこの問題を語る限り、きっと僕とは平行線だ。
こういうものは気持ちの問題であって、損得なんかでは語れないというのが僕の考えだから。
そう考えてからふと、思ってしまった。
「じゃあさ、例えば旅歩きしてる朝に、ギルが起きたら隣で僕が魔物なんかにむしゃむしゃ食べられてたら、弔ってくれないっていうこと?」
「ああー、まあ、有り得ない話ではないよな……。お前がくたばったら土に埋める程度はしてやんよ」
「……じゃあ、僕とここの人達の違いは?」
「顔も名前も知らねえ連中で、しかもくたばってからこんなになるまで時間が経ってやがるんだ。その差だろ」
「……そう」
「キリの悪いことは嫌いなんだよ、俺は。ここだけでどんだけの死体がある。1人だけ弔うなんてキリが悪いし、全員やるにゃあ骨が折れすぎらァ。ただそんだけだ」
やっぱりこのことについては相容れなさそう。
例え1万人の死体が積み上げられていたって、それなら1万回穴を掘って埋めてあげたいと僕は思う。
「お前のことだから、てめえの気が済むまで何千回も弔いたいとか言うんだろうな」
「そうだけど? 悪いこと?」
「それをてめえがやる意味が俺にゃ分からねえな」
「その場に僕がいたから、かな」
「ああそうですか」
「はいそうですよ」
「……それが死ぬまで続いて、死に際に後悔しなきゃ立派だよ」
「ヤなこと言うなあ……」
「誉めてんだって。お前はガキなのに妙に賢いがよ、知恵をつけりゃあ、世の中、正しいことをしてんのが正解だとは思わなくなるもんだろ。なのに、お前はずっとそいつを頑固に持ちやがってて……」
「正しいことこそが正解だよ。問題はそれを正解にしてあげられない社会だからね」
「何つーか、そこがお前の違うとこだよな。……俺に言わせりゃ、手に負えねえ野郎に無謀に喧嘩売ってるようなもんなのによ」
無謀な喧嘩というのは言い得て妙かも知れない。
けれど僕からすれば無謀とは違う気がする。強大だけど策を弄すれば勝ち筋は見えてくるものだと思う。意地を通したいという意味では喧嘩と変わりはないかもだけど。
「深奥中枢区画はここからずんずん降りてくことになる」
「この建物、立派だね」
ギルが足を止めたのはよく分からない施設のようなところだった。大きなガラスの1枚壁が印象的で、ガラスの押戸もついている。手慣れたようにギルはガラス戸を押して中へ入っていく。
何だか元の僕がいた世界に戻ってきたような錯覚を抱く。
古代魔導文明の技術力は元の世界と大差なかったのかも知れない。そうなると、さらに滅んでしまった原因が気になってしまう。
地下へ続く階段を降りていく。
踊り場を過ぎる度、そのフロアの扉があったけどギルはことごとく無視をしてひたすらに降りていく。たまに白骨化した遺体があった。
「しっかし、炉心に行ったとこで復旧できるか、お前?」
「さあ? 見ないことには分からないよ。取説とかあればいいんだけど……」
「とりせつ?」
「こうしたら、こういうことができますよーってマニュアルみたいなさ」
「ないんじゃねえの、さすがに」
「で、これって地下何階くらいまであるの?」
「ろくに行ったことねえから知らねえ。それに昇降機も使わねえで階段移動とか、よっぽどの物好きか、階段昇降好きしかやらねえよ」
「なるほど……」
どうにか復旧しないと、降りた分だけ階段を上がらなきゃいけないわけで、きっと足がパンパンになっちゃうんだろうなあ。
長い長い階段を降りていって、ようやく底に辿り着いたかと思ったけど、まだそこが行き止まりではなかった。何というか、下層に進むほどに工場チックになってきていた。
大きな機械があって、人の移動なんて二の次、三の次といった具合に細く入り組んだ通路となっていたり、足の踏み場がないからしょうがないとばかりにキャットウォークが張り巡らされていたり。
やはりというべきなのか、何なのか、アルビオンは近代化された都市だったのだ。それも科学ではなく魔術による近代化である。しかしある程度、文明が進めば行きつく姿というのは似通うのだろうとも思えてしまった。それほど何だか新鮮味が逆になかった。
工場見学なんて僕の大好物だったのだ。ちょっと胸が弾む。
「お、あった、あった。これだな」
ようやくギルが足を止めたのは一枚の鉄製っぽい扉の前だった。鋲で打ちつけられたプレートも古代文字。
「……読めない」
「立入禁止とさ」
あっけらかんと言ってギルがドアを開けてしまう。
中に入ってまず目についたのは大きな装置だった。中央に赤くて大きな半透明の――宝石みたいなもの埋め込まれている。そのサイズが半端じゃない。高さはどれくらいだろう。宝石めいたもののサイズだけでも直径5、6メーターはあるんじゃないだろうか。それが機械に埋もれている。装置からはチューブやらパイプやらが伸びているし、計器もたくさん設置されているし、何が何だか分からない。
「こいつが炉心だな。見たとこ、炉心そのものも停止してやがるから、こいつを叩き起こせばアルビオンの機能が戻るはずだ。……が、俺にはやっぱ絶対分からん。お前、できる?」
「うーん……仕組みさえ分からないし。計器も読めないし。下手なことしたら、大変なことになっちゃったり……?」
「するだろうな。最悪、どかんだ」
「どかん」
「アルビオンなんざ丸ごとぶっ飛ぶだろうよ。さすがに死ぬ」
「さすがにって……」
つまり、いじって失敗をしたら、とんでもない規模の爆発が最悪起きてしまうということだ。
「やれるか?」
「とりあえず、見てみる……」
操作盤らしき装置に近づく。
電源みたいなものがあるんだろうか。いや、魔導動力なら魔源? とりあえずパワースイッチだ。
「ねえギル、こういうものを起動させる時の、その、動力を入れるボタンとかスイッチみたいなものってある? 何か色々書いてあるけど読めないし……」
「ん-、と……お、これじゃねえか?」
ちらっとギルが覗き込んで、かと思うと装置の側面を見た。僕も側面を覗き込むと赤い、大きめのボタンがある。
しかしそのボタンの下に何か文字が箇条書きされたメモみたいなものも貼りつけられている。明らかに後からつけました、という感じだ。
「これ、何て書いてある?」
「起動時注意事項」
「おお。気にして良かった……」
「1つ、前回終了時状態確認の上、再設定。2つ、サブパワー終了の確認。3つ、コア状態確認」
「……注意を喚起されても、その内容が分からない件」
「俺も」
頼りにならない。とりあえず、1つずつ片づけないと。
前回終了時状態の確認。こういう機械系は強制終了なり食らってしまったら良くはなさそう。その線での注意喚起でいいのだろうか。しかし、再設定とは一体。電源を入れる前に再設定をしなさい、ということ? つまり、この装置より先に設定をしなければならない機械がある?
中央の巨大装置から伸びているコードを目で辿る。
今触っている装置までの間に、1つ別の機械が挟まれている。それを見る。つまみやらダイヤルやらのついた、比較的、小さめの装置だ。計器なんかも一緒になっている。こっちの装置も電源は落ちている。
計器の1つずつの目盛りに赤い印なんかがつけられている。何となくだけど、計器の針やらがここに振るようにという目印に見える。というか、そうとしか思えない。
よくよく見てみると、計器の針が全て、振りきれている。
計器の下にあるつまみをいじってみると、針が戻せる。つまみやらダイヤルやらで全ての針を目印に合うように調整をしておいた。これで1つ目の注意事項はクリアと思いたい。
「サブパワー終了の確認……っていうのは、何だろう」
「あー、そりゃ、あれじゃね?」
「あれとは」
「専門家じゃねえからよく知らんがよ、こういう大型のもんはいくつかの装置に分けて魔力を供給するんだと。だから、そういう支流分のこと言ってんじゃねえか?」
「なるほど。……3つあるね」
「どれ……。外縁研究区画分?」
分かれている3つの装置の1つをギルが見て文字を読み上げたような声を出す。
「そっか。3つの区画にそれぞれ分けるんだね。ギル、そっちの装置のパワー落ちてる?」
「ん-、いや、オンになってるな」
「オフにして」
「あいあい」
これで2つ目もクリア。
最後はコア状態確認。コアっていうと、やっぱりあの大きくて赤いやつだろうか。
装置に近づいて眺めるけど、どこをどう確認すればいいか分からない。
「……何固まってやがらァ」
「いや、こればかりはサッパリ分からない……」
「んじゃ、もういいんじゃね?」
「起動しちまおうぜ」
「いやいや、それはどかんが怖いか――らぁっ!?」
振り返るとギルがこともなげに主電源と思しき装置のスイッチを入れていた。
「何を素っ頓狂な声出しやがる。ほれ、装置が動いたぜ」
「……ば、爆発したらどうするつもりだったの?」
「そうそうあってたまるかってーの。そんなん」
ひどい。煽るだけ煽っておいてこんなオチをつけてくるだなんて。
「これで、もう都市の機能は戻ったのかな?」
「お前バカか? ついさっき、てめえで各区画への供給を切ったろうが。またそれも入れてやらねえとなんねえぞ」
「言い方」
さっきまで専門家じゃないから分からないとか言って僕に丸投げばっかりだったのに、この偉そうな態度だ。
ほんともうギルってこういうところ直すべきだと思う。
「炉心さえ動けばあとは各区画の制御室であれこれいじれるらしいが……ま、そんなちんけなことをする必要もねえだろ。これでおおよそは復活してるはずだ」
「じゃあ、上りは昇降機使える?」
「使えんじゃねえ? 試してみようぜ」
長い階段は降りるだけでも絶望的だった。
これでまた階段だなんて、絶望のどん底に叩き落とされかねない。
意気揚々と炉心を後にして昇降機に向かうとギルがボタンを押した。エレベーターだ。最高だ。文明の利器って素晴らしい。
「お?」
「え? どうかしたの?」
「いや、押しても反応がねえ……」
カチカチとギルがボタンを押している。
しかし、ボタンが沈んでも何も反応がない。
ギルの横から僕もボタンを押す。しかし、何か変わった感じはない。意地になって連打してみるけどやっぱり何も反応はない。
「ほんとは、どんな感じになるの?」
「押したボタンが光ってよ、チーンて音が鳴んだよ」
まんまですね、ハイ。
「こりゃ、帰りも階段だな。やれやれ……。何かの弾みにぶっ壊れたか」
「え」
「そら、行くぞ」
「……ねえギル、お願いがあるんだけど」
「あん?」
「おんぶして」
「……三回ジャンプして、チビガキなのでおんぶしてくださいって言えたらいいぞ」
素直にジャンプした。三回。
そして何の恥じらいもなくギルに強要された台詞を言う。
完璧に呆れた顔をしながらもギルはおんぶしてくれた。適材適所だよね、こういうのは。
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