#048 蘇った古代魔導文明の遺産
空を飛べたら、どれほど楽だろうか。
案外イケないものかと試したことはあったけれど、せいぜい浮かんで普通に走るのと変わらない程度の速度しか出せなかったので実用性という観点から、それきりにしてしまっていた。走るのと同等のスピードを出して地形無視ならば良いかも知れなかったけれど、走る以上にめちゃくちゃ疲れるというデメリットがあったのだ。もっともっと速かったりするならばやぶさかじゃないけれど、高度にも限界があったし、やっぱり実用性に欠くのである。
だからギルと町の様子が心配だったけれど、他に取柄のないギルを信じて僕はエンタイルさんの家で待つことにした。
傷を<ルシオラ>で治してもエンタイルさんは目を覚まさなかった。とりあえず壁の穴を魔術で塞いで、目が覚めた時に何か食べるかも知れないと思って、ささやかな台所でスープだけこしらえておいた。女性の家の中を散策するのはマナー違反とは思ったけれど、彼女の家の中に溢れ返っているスクラップめいた金属ゴミへの興味に負けて、それを見たり、いじったりしながら、また謎の襲撃者が来ても迎え撃てるように起きて待つことにした。
しかしそれは杞憂に終わった。
空が白んできても何かが来るという気配はなく、錆びついた金属片の接合部がどうも溶接されているらしいというのを確かめている内にお日様は昇ったのだ。
明るくなったので外へ出て、昨夜のクレーターまで向かった。もう地面はすっかり冷めている。お日様の下で見てみると、自分でこしらえてしまったクレーターがなかなか大きなものになっているのを再認識して少し不安になった。この近くにエンタイルさんの調査対象がないことを祈るばかりだ。
「さてさて……きみの正体は、一体何かな?」
クレーターの底へ降りて角の生えた大きな骸骨を見る。頭だけでも成人の二回りか三回りは大きいだろう。丸ごと人のスケールを大きくしたような人骨に似た何か、という感じだ。昨日は角の生えた頭骨くらいしか相違点に気がつけなかったけれど、どこの骨も地味に人骨とは異なっている。
例えば脊柱。背中を支える要となる重要な骨だけれど、こいつは魚の背びれみたいな突起がある。その突起が、めちゃめちゃに長く鋭い。多分、人は皮膚の内側に収まって、盛り上がって見えることはあるけれど露出なんて絶対しないのに比べて、こいつは体外まで
骨はどれもかしこも成人男性のそれよりかなり太く頑丈そうで、それでいてディティールがこまめに異なる。
「魔物に近いのかな……。あるいは魔人みたいな、人間とは異なるけれど人にカウントする社会性を持った人種とか……? いやでもあれに社会性なんてあるのかな……?」
頭骨から察するに脳みそもただの人間に比べれば随分と大きいはず。だったら人間よりも知能が発達しそうな気がする。そんな推理をしながら角の生えた頭骨を持ち上げてみたら、予想と違っていた。頭骨はやはり大きいけれど、かなり分厚く頑丈になっている。その分、人のそれよりも脳みそが収まるべきスペースというものが極端に小さくなっていた。しかも角が内側にまで伸びている。ついでに、恐らく脳みそは入っていなかったという驚愕の推測材料まで発見してしまった。
「……うーん、アンドロイド的な、何か……?」
角はアンテナめいた機能を備えていたのかも知れない。
内側に伸びた
僕の乏しい想像力ではCPUのような情報処理をする機能だろうという推測しかできない。
で、あれば――やっぱりこれは、アンドロイドみたいなものなのだ。人工知能なのか、単にプログラムみたいな決まった動作、あるいは決まった行動しかできないのかは分からないけれど、それを頭部のパーツへ持ってきたのかも。
だったら、脊柱はどうなっていたのか。砕け散って焼けている脊柱の一片を手にして、試しに割ってみる。
「……うーん、分からない」
脊柱管という、神経を収めたものが人体にはあるはずだ。けれど手の中にあるそれを割っても何も出てこなかった。むしろ、埋められているという表現に近いんだろうか。脊柱管なんか設計段階から存在していない。そんな感じだ。
頭部からの信号を脊柱を通じて身体の各所に送っていると思っていたけどそうではないっぽい。
「キュウ」
「謎だねえ……」
けれど推測するための材料はたくさん出てきた。
昨夜は何が何だか分からない謎の脅威だったけれど、こいつがアンドロイドに似た何かであるならば。
そしてここがかつて、アルビオンと呼ばれた魔導士達が暮らしていた土地であるならば。
「過去の遺物……魔導士の遺産……かなあ?」
「キキュゥ……?」
正体というものは人を安心させる。
謎ばかりのものより、その強さ、脅威が変わらずとも、こうだろう、あるいはこれなんだ、という正体に当たりがついた状態の方が怖くはないというものだ。
あとはエンタイルさんに話を聞いたら何か分かるかも。ギルも何か知っているかも知れない。
というか、ギルは無事なんだろうかと思ってしまう。
案外、お酒で飲み潰れて何の役にも立たなかった――なんてことも、あるんじゃないかなあ? 不安だ……。
▽
大きな鹿——の仲間、だと思う獣を狩りで仕留めて、それを解体するのにけっこう時間をかけてしまった。がんばって吊るして、血抜きをして、毛皮を取って、関節ごとに分けて、さらに部位ごとに分けて、ともう大変な作業だった。けれどどうにか精肉にすることはできた。
とは言え、大きな鹿さんだったからお肉もたくさんである。とりあえず使わない分をカチコチに凍らせて保存しておくことにした。この気候なら直射日光に当てずにおけばそれなりに保つと思う。
使う分は水にさらしておいた。素人の血抜きではちゃんとできているか分からないから、下処理でも念入りな血抜きをしておくことにしたのだ。
それを小さく切って、さらに叩いてミンチにする。鹿肉ミンチに塩を振ってよく練って、小さく団子状に丸めてから鉄鍋で焼く。表面をしっかりメイラード反応させておいて水を投入して煮込む。鹿肉のミートボール煮込みである。
ことことと煮込んでいる間に、ようやくエンタイルさんが目を覚ましてくれた。
「お口に合えばいいんですけど……。勝手に使わせてもらいました」
「いえ、いいの、ありがとう……」
起きたエンタイルさんは状況をよく呑み込めてはいない様子だった。僕の口から昨夜、ここに変な襲撃者が来て倒れていたのだと説明はしていたけれど、その前後のことは覚えてはいないらしい。
「……おいしいですか?」
「ええ……。おいしい。料理上手なのね」
「えへへ、それほどでも」
久しぶりに屋内での、それも時間的余裕がある料理だったから手の込んだものを作った。おいしいと言ってもらえると嬉しくなる。臭み抜きはしたけれどさらに念を入れて自前のスパイスをちょっと入れてある。さっぱり清涼感のあるスパイスだ。これが鹿肉ミートボールの旨味を引き出せている。——と自画自賛できるくらいには良いデキだった。
「あの怪物の心当たりはありますか?」
「……あれは、恐らく怪物でも、魔物でもないの」
「と、いうと?」
「古代魔導文明時代のゴーレム……いえ、その最上級の性能を持ったもの、というのが今の見立てよ」
「ゴーレム」
「古代魔導文明では主要な労働力として用いられていたというのがわたしの見解よ。ゴーレムの身体を形成する素体、そして核の2つが揃ってゴーレムとして成立するの。素体にも限度はあるでしょうけれど、あれは格別のスペックのはずだから核でも壊さない限りはどうにもならないんじゃないかしら……?」
「核」
「何といっても古代魔導文明は人類が最も魔術で繁栄していた時代ですもの。ゴーレムは不眠不休で働き続けられるから、それを使って畑を耕したり、家事をさせたり……」
「不眠不休でいいとしても、人の形で耕作したり、家事をする必要は必ずしも効率的ではないんじゃないですか?」
「え?」
「確かに人型であれば人ができることはこなせるという汎用性はあると思いますけれど文明が栄えたということはそれだけ消費が可能な資源が豊富だったと思うんです。だとしたら汎用性よりも専門性に特化させたものを作り出して運用した方がずっと効率的だし、生産性も上がる――というか、その生産性が文明を発展させるから、何だか順序が逆というか。ゴーレムは労働力を担ったというより、隙間産業的な人がやるには面倒なことをちょっと賄わせる程度じゃないでしょうか?」
「……確かに、そういう可能性も考えられるわね」
「むしろ高度な文明を築く、あるいは築かれるというならば通過点として産業革命はやっぱり必要で、大量生産・大量消費をベースにした効率の追求で発展していく……と思います。その中でのゴーレムの必要性って、正直、どうなんだろう……? 人型である意味にゴーレムの重要性があるんじゃないでしょうか?」
「人型である意味?」
「家事にしたってスイッチひとつで火を点けたり、食品をこまかく刻んだり、そういう道具がありさえすれば人の手でやってしまっていいと思いますし、むしろ、味見をしたり、データとして入力のできない経験値を補うのであればゴーレムは非効率的が過ぎる気がします。
ただ、実際に戦った経験からすると戦闘用ゴーレムというのは人型でもいいのかも知れません。それこそ安全な場所から遠隔で指示をできるのであれば人命が損なわれることもありませんし、歩兵でないと難しい占領地の確保や、捕虜の扱い等を考えると人型で何でもできるようにしておいた方がきっと便利でしょうから。
人の世話っていう意味でもゴーレムは有用かも知れないですね。例えば赤ちゃんの子守りをゴーレムにさせるとか。ハイハイしてどこかへ行っちゃいそうな時でも両手でひょいと持ち上げられるし、ぐずってあやしたり、それこそ食事を用意したり、おむつを取り替えたり、色々なことをしなくちゃいけませんから、それに対応するためには人型の方が都合はいい……って考えです」
思いつくまま喋ってしまってから、はたと気づいてエンタイルさんを見た。
ドのつく素人の僕なんかの意見を専門家が、なるほど確かにと快く聞き入れてくれるなんてことはない。やってしまったと反省しながら、奇妙そうな、険しい表情のエンタイルさんを見守る。
「ごめんなさい、ぺらぺら勝手な素人意見を……」
「いえ……いいわ、いいのよ。さすがはエイワスさんの見込んだビンガム商会の敏腕コーディネーターね……。わたしには思いつかない発想ばかりで、飲み込むのに少し時間がかかりそうだけど可能性としては有り……かも知れないわ。どっちにしろ、ちょっと頭の中を整理しなくちゃ何とも言えないんだけど」
「いえいえ、僕なんてドのつく素人なので、聞き流してもらえれば……」
考え込むようにエンタイルさんは黙ってしまう。
余計なことを喋りすぎた。雄弁は銀、沈黙は金。言葉を知っていても実践というのは難しい。
「というか……エルくん……」
「はい?」
「……倒した、の? あれを?」
「……ハイ、運が、良かった、のかな……?」
変な汗をかいてしまう。
「壁……直してくれたのも、あなたなのよ、ね?」
「……ハイ、素人仕事、です、けれど……」
思い切り魔術でやっつけ仕事だ。人の手仕事では不可能な、地面から壁がせり上がっている壁をエンタイルさんはまじまじと見ている。
だらだらと汗が出てきてしまう。
「あなた……もしかして、魔術……使える、の?」
「……ハイ、実は……」
白状してしまった。だってごまかせないもの。
おもむろに、エンタイルさんが僕の頭を撫でた。——のは、間違いで、髪の毛を少しつまみ上げていた。
「なるほど……」
「……あの」
「あ、ごめんなさい。大丈夫よ、別に隠さなくても。わたしには」
「……と、言いますと?」
「少しだけどわたしも魔術は使えるの。むしろ、それをきっかけに古代魔導文明に興味を持ったと言っても過言じゃないわ。知っている? 大昔は赤髪の人がたくさんいたって。昔話なんかでも魔導士が登場すると、大体が赤髪と描写されているの。だから髪の毛が赤い人は魔術の素養があるんじゃないかっていう説なんだけど」
ギルに昔、聞いた覚えがある。そう、確かアルバムの集合写真に写っていた魔導士もほとんどが赤髪だった。
「前に潜った遺跡で見たことあります」
「そっか、そうよね。あなた、古代遺跡の探索もしたことあるのよね。……え、でも、あれ、倒せたの? 魔術で?」
「まあ、最終的には……」
「一体どうやったの?」
「高いところから岩を落として、ぐしゃーんと」
「なる、ほど……? でも避けられたりとかは?」
「障壁で上だけ空けて高く伸ばして、その内側に岩を出したんで、そのまますとーんと」
「……障壁」
「……ハイ」
何かまずってることでも言っているんだろうか。
他の魔術を使える人と比較をしたことがないからよく分からない。
「ま、まあ、いいわ、うん。……ともかく、あの謎の戦闘用ゴーレムがどうにかなったなら、いいのよ。あんなのが量産されてたら世の中、大変なことになってしまうし……」
「……あの」
「何かしら?」
「町を通ってここまで来たんですけど」
「ええ」
「その町でも、同じのが出てるらしい……です」
「え?」
「……連れが、荒事は得意なので任せてきちゃったんですけど」
「……ほ、他にも、いるの?」
「……おそらく?」
「……そんなっ」
エンタイルさんが頭を抱えてしまった。ガッデム!て感じだ。
顔面蒼白でさっきの僕よりも酷い脂汗をだらだらと流してしまっている。
「あの、大丈夫ですか? とにかく自然発生したのであれ、そうでないのであれ、どこから来たのか、あるいはどうすれば機能を停止させることができるのか、そういったことを考えて手を打たないことには――」
「わたしの、せいなの……」
「……はい?」
「あのゴーレムを起こしたのはきっと、わたしのせいなのよ。ああああああ……何てことを……」
やらかしてしまった人って似たような反応をしてしまうんだなあと思ってしまう。でもこういう反応をちゃんとするということは、その人は悪い人じゃあないはずだ。やらかしてから、まあいいや、なんて開き直れる人はこういうリアクションを取らない。
「落ち着いてください。起こしてしまった原因に心当たりがあるなら、解決する道筋にもなりますから。何があったのか、詳しく教えてもらえませんか? 一緒にどうにか解決しましょう。……ほら、こう見えて、竜殺しの英雄なんて称号と一緒に騎士爵までもらっちゃってる身分なんで、力になれると思います」
「エルくん……あなた、いい子ね……」
仏様を拝むお年寄りみたいに見えてしまった。
僕はそんな大層な人間のつもりはないんだけれどなあ。
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