#047 謎の襲撃者

 名前を決めた。

 キュウキュウと鳴くから、9から発想してナイン、だとド直球だから少し響きを変えてノインというところで落ち着いた。ドイツ語で9を意味する言葉でもあるし。

「そんなわけで、きみはノインです」

「キュッ」

「ああもうどうしてそんなにかわいいの?」

 お返事をしたように鳴いたノインを思わず抱きしめる。まるで僕の好みの全てが具現化されているかのような感じだ。

 毛皮もさることながら、さっき気がついたのは肉球だ。小さいおててやあんよの裏の小さい肉球。これがまたふにふにで、たまらん。

「よう、エル。けだものに骨抜きになろうが構わねえが、そろそろ目的地も近づいてんじゃねえのか?」

「んー、どうだろう。地図と照らした通りに来てるなら、町があるはずなんだけど」

 ビンガム商会の出張所もちゃんとある、そこそこの規模の町。

 そこから半日くらいの距離にエンタイルさんがいると聞いている。

「ギルの時代、この辺りって栄えてた?」

「ん、ああ……。魔導士が集まって研究やらをする組織っつうか、ま、そういうもんがいくつかあったんだが、そん中でも最高峰だなんて言われてたアルビオンってのがこの近くにゃあったな」

「ふうん……。多分、エンタイルさんって人はその研究をしてると思うんだよね」

「研究なあ……。ピンとこねえやな」

「まあねー、ギルからしたらそうなのかもだけど……」

 しかし、本当にこんなところに町があるのだろうかとも思う。

 何というか、荒れ地ばかりが広がっている。西部劇に出てきそうな景色だ。大地は茶色で、だだっ広くて乾燥している。

「この辺、昔からこうだった?」

「いんや?」

「違うの?」

「多分だが……ここ、海だったと思うぞ」

「えっ」

「アルビオンは海上都市でな。街が丸ごと海の上へ浮かんでたとかで……。だから地形なんぞはさっぱり分からん。海の底だったとは思うがよ」

 地形変動が起きるくらいの大昔っていうことだよね、それ。

 地震か何かでずずんっと隆起して海からせり出てしまった大地? 何だかロマンを感じてしまう。ギルの時代、ここが海の底だっただなんて。地層とかが見られたらよく分かるんだろうか。

「そのアルビオン? どうして魔導士が集まって暮らす必要があったの?」

「よく分からねえが相互監視してやっべえことをしでかさねえようにする抑止的な意味合いだとか、よその研究を盗むのに都合がいいだとか、共同研究する時に楽だとか、そういう?」

「ポジティブな理由がほっとんどないのはギルの独断と偏見じゃなくって?」

「魔導士なんてえのは大多数がクズだぞ?」

「ええー……」

「キキュゥ」

 インテリジェンスな人達っていうのは間違いないんだろうけど、ギルをもってしてクズ呼ばわりされちゃうってどういう感じだったんだろう。今夜はサルヴァスさんの手記をまた読み直してみようかな。でもあの手記って筆者バイアスかかりまくりだからどこまで信用していいものかも分かりにくいんだよね。

「おっ、人家発見。あれが町か? ようやくだな」

「えっ、ほんと? やっとベッドで寝れる……。お風呂入りたい」

「酒だ、酒ィ!」

「キキュ? キュ!」

 とにかくゆっくり、寒さに震えず眠れるのは大きい。


 なーんて、るんるんで町まで行って、その入口のアーチで思わぬ足止めを食らってしまった。

 何がどうなっているのか、そこに物々しく武装した全身鎧でハルバードを持って仁王立ちする人がいた。

「よそ者を今は入れられん。帰れ」

「はああ? そりゃどーいう権限があっての物言いだあ? 何様だ、タコが。こちとら目の前にした酒を取り上げられるとあっちゃ冗談なんか通用しねえぞ」

「ちょっとギル、そういう喧嘩腰やめてってば……」

 たかだかお酒を取り上げられそうになるっていう程度の理由でここまでキレて見せるだなんて大人気おとなげないんだから。

「これは領主たるアーノルド様の決定だ。よそ者は入れん!」

「ええと、あの、僕、エルと申します。こっちは書類上の兄のギルです。近くにアニス・エンタイルさんという学者さんは住んでいらっしゃいませんか? 僕らそこに行ければいいんです。場所だけでも教えてもらえません?」

「エンタイル……? ああ、あの女ならあっちの山だが、登山道は町を通過しないと入れんから諦めろ」

 何と。

 取りつく島もない態度で衛兵さんは鼻を鳴らす。

 こうなったら、あんまりこういう手を使いたくはなかったものの、仕方がない。荷物を下ろして、ヘイネルに立ち寄った時に持ち出してきたブローチを取り出す。

「僕ら一応で騎士爵を預かる身なんですが、それでも入れてもらえないですか?」

 竜殺しで叙任された際にもらった、騎士爵の身分を表すブローチを見せる。サファイアを金の台座に埋め込んだゴテゴテギラギラのブローチでけっこうな値打ちものだ。台座の下のところには叙任理由として、竜殺しの英雄だなんて文字も刻まれている。

「どうでしょう?」

 ブローチを見せて尋ねたら、メイルを外して衛兵さんが覗き込んできた。それから顔を青くして、汗をたらたらと流し始めた。


 ▽


「おい、酒だ。俺は酒を飲みてえんだよ。なのにどうして茶ァすすらにゃならねえんだよ」

「しょうがないでしょ。こうでもしなきゃ門前払いだったんだから」

 衛兵さんの態度はあの後に豹変して、緊張しきった強張った態度で懇切丁寧に僕らを町の中にある一軒のお屋敷へと案内してくれた。

 そしてどういう理由があるのか、領主のお貴族様に会ってもらいたいと言われて屋敷の中へ通されてしまった。

 そして待たされている。

 お茶とお菓子が出てきて、それをいただいているけどギルは不満らしい。ノインだって僕の膝の上で焼き菓子クッキーをもらって良い子にしているというのに。

「話なんざ俺にゃ関係ねえから、お前が聞け。俺は酒場に繰り出す」

 痺れを切らしたギルが部屋を出ていこうとして、またこのパターンかとうんざりしかけたら、部屋に人が入ってきた。

「きみ達かね、竜殺しの英雄兄弟というのは」

「違う。じゃあな」

「ギル! 失礼しました、すみません、申し訳ございません。質問の答えは、はい、そうです」

 さっさと行こうとしたギルをどうにか引き留めてソファーへ座らせた。むしゃくしゃしてるみたいだから口にお菓子を突っ込んでみたら、バリバリとむしゃむしゃと食べている。口の中の水分がなくなったのか、お茶を飲む。そしてまた口へお菓子を近づけてみたら、ぱくっと食いついて咀嚼する。

 よし、しばらくこれで黙っていてもらおう。

「あの、僕ら、この先に住んでいるというアニス・エンタイルさんを訪ねに来まして」

「足止めをしてしまう非礼は詫びよう。だが今、この町は未曽有の危機に襲われている。是非とも貴殿らの力をお貸しいただきたい」

 アーノルドさんという人は口髭を蓄えた壮年男性だった。

 もしもアーノルドさんが妙齢の美女だったらギルの機嫌は手の平くるりんぱで直っていたかもだけれどしょうがない。

「失礼いたします――」

 と、女性の声がして通されていた部屋に長い髪が綺麗な女性が入ってきた。

「妻のドローレスだ」

「……」

 ちらと、ギルをうかがう。

 口の中いっぱいに僕が詰めておいたクッキーをごくりと飲み込んでいた。値踏みするような目で夫人を見てから腰を浮かせ、何と座り直してしまった。

「これだからギルは……」

「キキュゥ……」

 やれやれである。

 しかし人妻でも美人さんなら関係ないのか。それってどうなんだろう。


「んで、わざわざ呼び止めて何だ? 謝礼金他多数の心遣いの準備はできてるんだろうな?」

「そういうこと言わないの」

 小声でたしなめておく。心遣いを要求するってほんと常識知らず。しかも地味にお金とは別口での要求っていうがめつさ。

「近頃、正体不明の賊、あるいは魔物の襲撃が相次いでいて被害が絶えないのだ」

「賊か、魔物? んなもんの見わけもつかねえのか?」

「奴らは必ず夜に現れ、火で照らそうとも黒いもやのようなものを纏っていて何も見えんのだ」

「帝都に救援を要請したりはしないんですか?」

「こんな北の僻地に救援など送るなど考えられん。弱味も見せられん」

 アーノルドさん、一応はピンチなのにそういうのってどうなんだろう。貴族社会の弊害なんだろうか。あんまりそういう事情には関わりたくない。

「自警団の皆さんも傷ついて起き上がれず、途方に暮れていたところにあなた達がいらっしゃったのです。どうかお願いします。わたくしどもをお助けいただけませんか?」

 縋るような弱々しい表情でドローレスさんが言うとギルがふんすと鼻を鳴らす。

「金と酒をたんまり用意しときやがれ。俺が全部もらってやらァ」

 絶対にこれドローレスさんがこの場に来なかったらこんな台詞吐かなかったよ。

「あの……失礼かも知れませんが、本当に大丈夫でしょうか? お助けいただきたいのはやまやまですが、正体も分からず、意思疎通もはかれないほど凶暴ですので……」

「あ、そこは大丈夫です。ギルなら人でも魔物でも余裕です。ほんと、そこだけは心配無用なので。あとギルの要求したものはなくても大丈夫ですから」

「おいこらエル、てめえ何勝手に言いやがらァ」

「賊でも魔物でもギルだけいればどうにもなるので、僕はお先に用事済ませていいですか?」


 ▽


 お酒代だけ渡せば、ギルはとりあえず良しという感じで嬉しそうに酒場へ繰り出していったので、僕は一足先にエンタイルさんが住んでいるというところへ向かった。

 街を抜けた先が渓谷への入口となっていて、そのほとんど整備なんてされていないような登山道めいたところを歩いていく。ノインは定位置の僕の肩へ乗って悠々としているけれど、僕にはけっこうひやひやするような険しい道のりだった。一歩踏み外せば底が見えない崖の下へ落ちてしまいそうな断崖絶壁を壁へ張りつくようにして進んだり、本当に渡れるのか不安になりそうなぼろぼろの吊り橋を渡ったり、何と言うか進むほどに秘境感を抱かされる場所だった。

 気分はグランドキャニオンだ。ただし、寒い。

 ブーツに乾燥させた唐辛子を詰めていなかったらどうなっていたことやら。あとノインが地味に暖かくて防寒具代わりの役目もこなしてくれていると思う。もちろん、レティシアにもらった襟巻きも大活躍だ。これの中へノインが潜り込むことであったか感アップである。

 しかしどれだけ歩いても、なかなかエンタイルさんの住まいが見えてこなかった。ほぼ一本道というか、脇へ逸れるようなところは見当たらなかったから素直に進んできているはずなのだけれど——だんだんと自信がなくなってくる。

 空も少しずつ暗くなってきてしまった。

 でも夕焼けに染まった渓谷は息を飲むほど綺麗だった。雄大な自然を感じさせられる。草木がほとんど茂らない不毛の荒野だとしても、そこに美を見出せてしまう人間の感性に対する不思議さえ感じてしまう。これは自分の手に負えないという、大きすぎる存在への畏怖にも似た感動なのだろうか。

 束の間の絶景もしばし、すぐ日は暮れてしまった。

 明かりとしてファイアボールを浮かせて歩きつつ、ギルはどうしているだろうと考える。飲み潰れてアーノルド夫妻に今ごろしかめっ面でもされてしまっているだろうか。夜になってから現れる謎の襲撃者というのも物騒な話だけれどギルならどうとでもしてくれるだろう。

 そもそもギルの得意分野なのだし、他に取柄を見つけるのが難しいほどなのだから、まあ大丈夫だとは思う。

「キュッ」

「あ、ノインっ?」

 ぼんやり歩いていたらぴょんとノインがいきなり僕の肩から地面へ飛び降りてしまった。そのままたたたっと小さな体で走っていくので慌てて追いかける。

「ちょっとちょっと、どうしたの、ノインってば」

 見失ったらこの暗さでは探すのに骨が折れる。

 しかしノインは初めて見せる敏捷さで走っていく。少し急な斜面を駆け下りて、左の方へとノインは何かを目指すようにして突き進む。と、こんな荒れ地に柵が見えた。その柵の下をノインは何もないように飛び込んでいき、見失わないよう僕も柵に手をかけ飛び越える。——瞬間、体重をかけた柵がぐらりとしたのを感じた。思ったよりも柵が浅くしか地面に突き立てられていなかった。

「痛ったあ……」

「キュッ?」

 尻餅をついたらノインが戻ってきて不思議そうに見上げる。

 どうして何もないところですっ転んでるんだろう、とでも言いたそうな瞳に見えてしまうのは僕の心が汚れているからだろうか。

「んもう、誰のせいだと――あれ」

 お尻が痛い。さすりながら起き上がると、明かりの灯った小屋が見えていた。ノインがまた僕の肩まで上がってくる。

「ここに案内してくれたの?」

「キキュ」

「いい子だねえ、ノインは」

「キュゥ」

 撫でてあげると頬ずりしてきた。かわいい。

 さて、多分、こんなところに家があるということは、ここがきっとエンタイルさんのお住まいだろう。暗くなってから訪問するなんて失礼で迷惑ではあるけど、変な足止めさえなければまだ多少は明るい時間のはずだった。

 だから仕方がないということにしておく。

 ノックする。

「こんばんはー。夜分にすみません。ヘイネルでエイワスさんにご紹介いただいた、ビンガム商会のエルです」

 無音。無反応。

 明かりはついてるのに。

「留守かな……? でもなあ、明かりはあるのに……」

「キュッ。キキュ!」

 ぴょんとノインが飛び降りて、閉ざされているドアを前脚でかりかりする。寒いから中に入りたいのかな。寒さもへっちゃらです、っていう感じではないのは分かってるけど何だか性急な雰囲気だ。

「失礼しまーす」

 ドアを開ける。何だかたくさん物が置かれている。がらくたっぽく見えてしまうのは僕に価値が分からないからか。——いやでも、これ、おかしい。金属だ。配線みたいなものもくっついている。こんなの文明レベルが違う。けれどやっぱりゴミだ。スクラップ以下。素材としての価値しかもう残されていないレベル。配線千切れちゃっているし、金属部品もぼろぼろに摩耗してしまっているし。

「キュ!」

 僕を呼ぶようなノインの声がする。いない。

 声のした奥の方の部屋を覗くと床にエンタイルさんが倒れていた。その傍らに何だかよく分からないものがいて入ってきた僕を振り向く。

 黒い何か、湯気めいた、でも湯気とは異なるものを体に纏った何かだ。大きい。単純な背丈だけで言えば3メーター以上は確実にあって、猫背で屈んでいないと小屋に入らないといったほどの大きさだった。上半身の大きさに反して下半身が何だか小さいアンバランスさがある。

 これが町にも出没している正体不明の何か――だろうか。というか、エンタイルさんのところにまで出てきてしまったのか。

 とにかくこいつを野放しにするのはまずい。

 <ルシオラ>を抜いてにじり寄ろうとした瞬間、それが動いた。気がついたら水面にお腹からダイブしてしまった時のような、強烈な痛みが体の前側全身にぶつかって吹き飛ばされる。

「痛っ――ぶほっ!?」

 小屋の壁を突き破って転がされ、息つく間もなく謎の何かにお腹を踏み潰された。容赦なしで、殺しにかかってきている。

「<ルシオラ>!」

 呼ぶと吹き飛ばされた拍子に手放した<ルシオラ>が飛んで戻ってくる。それを掴んで僕を踏みつけてきた足へ突き刺す。——でも刃が立たない。湯気みたいな、もやのような、皮膚の本当に表面に纏わるそれが防いでいる。

 みしみしみし、と自分の骨が軋むのを感じるほど強くそれに踏み潰されていく。やばい、内臓出る、肋骨折れる、胸だけ二次元にされる。

 咄嗟に魔術で吹き飛ばそうとした。パンツァー・フォーの突破・貫通力なら押し返せるのではないかという考えだった。

 が、僅かに、一瞬だけ加えられていた圧は軽くなったけど踏ん張るようにして耐えてしまっていた。

 これは——ヤバい。

 焦りながら、もう一度、魔術をぶつける。今度は相手の側面から五発連続で僅かな時間差をつけてぶつける。さすがにこれはたたらを踏ませてどうにかできた。

「げほっ、はあ、はあっ――」

 こいつはまともに相手してどうにかなる類のものじゃない。

 とにかく圧倒しなくちゃいけないけれど、周囲を壊すことはできない場所だ。この近辺でエンタイルさんが調査しているなら、それを壊すのはきっとまずい。

「それなら……こうするしかないかな」

 魔力障壁を三重に重ねてまずはよく分からないそいつを閉じ込める。

 閉じ込めた障壁の一番内部にジップ・ファイアボールを作り出す。

「力ずくの耐久力勝負だ。食らえっ!」

 ジップ・ファイアボールを爆破させ、後から後へと同じ規模のものを作り出しては爆散させる。連鎖爆発させまくることで火力も、熱量も障壁内部で高める。その分だけ障壁が壊れそうになる。

 障壁を保ちながら、ひたすらに威力を上げていく。ゴリ押し以外の何でもない荒業だけど、これで効果がなかったら本格的にまずい。炎と黒煙ばかりが充満していく障壁内を見つめる。姿が見えないから効果のほども見えない。一番、内側の障壁をあえて壊す。2つ目の障壁に衝撃と熱波が一気に広がって内部で炎さえもなくなった。多分、酸素まで一瞬で消費されたんだろう。お蔭で中は見えたけど姿を保っていた。消し炭になってくれていたら良かったのに、めちゃくちゃ頑丈じゃないか。

 というか、今さらだけど密閉してしまった障壁内でどれだけ火力上げようとしても酸素が足りないはずだと今さら気づいてしまう。いけない、いけない。上は開けよう。いや。上――上か、上なんだ。

 高度という距離を使って質量攻撃を仕掛ければさすがに堪えてくれるはず。四方を囲む障壁を高く高く伸ばして、その最上端に岩を形成する。炎も纏わせる。

「これなら、どうだ!」

 立っているだけ、声を出すだけでも体に響くような痛みが奔る。かなり、やられてる。でもこれならいけると思いたい。障壁をレールにするように大岩は落ちていく。形成して落としてから、10秒弱をかけて大岩はそいつにぶつかった。衝撃が大地を揺らして大きな爆発が起きる。その拍子にガクガクだった足腰がやられて尻餅をついてしまう。障壁の上の方へ爆風と炎とが及ぶ。何だかゲージでも見ている気分だった。

「……」

 僕は注意深い男だ。だから、やったか、なんて口にしない。そんなフラグは立てないけれど、保たせた障壁の中をじっと見つめる。

「キュ?」

 ノインが僕の足に可愛く右前脚だけ乗せて見上げてくる。片手でそっと頭を撫でてあげながらじっと目を凝らす。障壁の中で動いているのは煙ばかりだった。障壁を消して、ノインを肩に乗せてやって<ルシオラ>を握りしめながらそっと近づく。

 我ながら――やりすぎた感もある。

 直径5、6メーターはありそうなクレーターができてしまっている。深さはどれくらいだろう。直径の半分くらいかな。完全に焼け焦げて真っ黒の地面だ。そのクレーターの底で、そいつの正体をようやく目の当たりにする。

「……骸、骨?」

「キキュゥ?」

「熱っ……」

 クレーターの中へ踏み出そうとしたら、足の裏が焼けそうになった。まだすごい熱を持ってしまっていて、とてもこの上をすぐには歩けそうにないから遠目に見るしかできない。でも人骨に似ていた。似ているけれど、人骨とは思えない。頭骨には角のように突き出ているところがある。しかも二本。額から二本、正面へ生えてから天を衝くように反り曲がっている。

「……まるで、鬼だな」

 たった一体だけでこれほど強いだなんて。こんなものが大量発生して押し寄せてきたらどれほどの被害が起きるのか。

 <ルシオラ>に魔力を通して体を治す。

 謎の襲撃者――あるいは魔物も気にはなるけれど、エンタイルさんの方へ走り戻った。

 金属ゴミばかりの小屋の中でエンタイルさんは大穴の空いた壁のある部屋で、最後に見た時のまま倒れている。駆け寄って首筋に指先を当てて脈を取る。

「…………よし、息がある」

 外傷を確かめる必要はない。<ルシオラ>を刺して魔力を流せば治癒の光が広がった。

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