#042 何だかんだで安定のギルっていうのが何だかなあと思いつつしっくりきちゃう

 引き金が絞られる寸前にギルは<黒轟>の銃身を払いのけていた。

 それとともにクリフォードの背後へ瞬時にギルは移動している。<黒轟>の謎自動追尾弾さえも標的を失って出鱈目な軌道を描いて床をぶち抜く。

 背後を取って完全に一太刀で仕留められる場所取り、タイミングだった。もちろん、ギルには初対面の相手なんかに躊躇するほどぬるくはない。

 だがクリフォードが<黒轟>を取り回してギルの一撃を受け止めていた。

「ほおーん? 信じちゃいなかったが、ほんとにいくつも精霊器を使えるってわけかよ。一体何をどうしたらできやがらァ」

 どこで確信したのか分からないけどギルは信じたようだった。

「精霊器とは、精霊の力が宿った道具。人が精霊の力を引き出す。――が、人でなく精霊自身であればその力を振るうことに制限はない」

「はああ?」

「精霊自身って……人なのに?」

「人ではないと、言っているのだ。人の身に生まれ、精霊へと変革を果たした。我らはアルスマグナ。精霊そのものと思え」

 精霊なんて言われたところで、正直それが何なのかはよく分からない。精霊器に特別な力を与えてくれる、目に見えない親切な隣人みたいなものなんだろうか。でもどう見たって目の前の、頭が電波なことになってる人は親切そうに見えない。

「精霊だあ? なるほど、そんなら精霊器を自在に使える理由は分からァ。―—が、精霊ってえのはシャイでよ、人に姿を見せることなんざしねえ連中だぜ」

「好きにのたまって構わん。人の身に理解される存在ではないのだ」

 <黒轟>で受けていたギルの刃を振り払うなりクリフォードは腰から剣を抜いた。見覚えのあるそのサーベルに目を奪われる。凄まじい重力とともに僕の魔力まで封じてきた精霊器――確か<グラヴィオール>。

「ギル、受けちゃダメ!」

 叫んだけど遅かった。<黒轟>でギルは刃を受け、瞬間、ギルにしがみついていた僕まで猛烈な重さに襲われて床へ叩きつけられる。

 どんどん強烈に加えられていく重力――いや、最早、加圧と言っていい。文字通りぺしゃんこに、薄く延ばされるがごとく潰されていく凄まじい苦痛で体内から込み上げてきた何かを吐き出す。

「カ、ァァ――ギ、ル……!」

「ヘバんなって、これしき、どうにもならァな!」

 骨が軋み、耐えきれないと思った瞬間に重力から解放された。息を吸い込み、血が巡る度に痛みが激しくぶり返す。顔を上げるとクリフォードの精霊器<グラヴィオール>が叩き折られていた。

 あの重圧の中でギルは<グラヴィオール>を叩き折って切り抜けた。到底信じがたい推測だけどそれ以外には考えつかなかった。

「てめえよォ、確かに精霊器なら何でも使えるってのは上等だろうが、頼りきりじゃあそりゃ、つけいる隙がありすぎるってえもんだぜ」

 虚を突かれているクリフォードに<黒迅>を叩きつけてギルが弾き飛ばす。だが<黒轟>が撃たれる。ギルの<黒迅>を握っていた手が打ちぬかれて手首から先が消失する。

「いかほどに肉体が頑強とて、精霊器を用いることもできぬのではつけいる隙があるぞ」

 さらに<黒轟>の銃声が続けて轟いた。

 魔力障壁を展開してギルを守る。

「エル、退くぞ! ぶっ壊せ、この部屋!」

「分かった! ジップ・ファイアボール!」

 天井に魔術を放って、落ちていた<黒迅>を拾いながらギルの方へ駆ける。<ルシオラ>をギルにぶっ刺して魔力も込めて治癒を始めるとすぐに手が生えてくる。

「おいこりゃ、お前、やべえな。俺、いつの間に人間辞めてたんだ?」

「僕と出会った時にはすでに人じゃなかったでしょ!」

「しっかし、精霊そのものなんざ自称しやがるとは異常だぜ。まともにやり合ったって、消耗すんのがオチだ。立て直さねえとどうにもならねえ」

「<黒轟>はどうするの?」

「仕方がねえやな。浮気を許すのも男の度量だ」

「あ、そう」

 回復したギルが僕を肩に担ぎ上げる。

「まぁだ潰れるほどじゃねえ、もっぺん、思い切りぶっ放せ」

「了解!」

 ギルが階段を踏む。

 思い切り、全力で魔術をぶっ放しておいた。


 ▽


「無事だったか。突然の失踪で随分と皆が心配してしまっていた。エイワスから書簡を受けた時は安堵したものだ」

「ご心配をおかけしました。すみません」

 朝を待ってから商会本部へ行くと、すぐにそこの皆が迎え受け入れてくれた。色々と挨拶したい人はいたけどいの一番にボスに会いに向かった。

「……しばらく見ない内に、少し顔つきは変わったようだ。少年の成長というのは早いものだな」

「そりゃ、そうだ。ガキなんざ、2、3日も目え放したらすぐ四六時中マスかく猿の本能を手に入れるもんだ」

「ギル、意味は分からないけどそれ成長じゃなくない? 退化じゃない? 猿の本能って何」

「んでよ、ビンガムの旦那。ちょいと俺らが留守にしてる間のことを尋ねてえんだ。あんたくらいの立場なら、その辺の一般庶民が知らねえことも知ってるだろう? アルスマグナとかいう連中知ってるかい?」

 我が物顔で一緒に来たギルがソファーへ座って足を組む。

「……いや、知らんな」

「そうかい」

「無事をまずは喜ぼう。しばらく滞在するのかね」

「いえ。支度だけ整えたらすぐに発とうかと。休暇は5年しかないのに、もう1年弱使ってしまってるので」

「そうかね。旅路は危険がつきまとうもの――というのは、よく知っているか。気をつけなさい」

「はい。ではこれにて失礼します、ボス。行こ、ギル」

「あいあい……。あ、そうだ、旦那ァ。例の護衛の件だがよ、報酬はいらねえや。気づいたら居眠りしちまってたからよ」

 意味深にボスに目線をやりながらギルも部屋を出る。

 何だかギルが挑発したみたいであんまり良い感じはしない。だけどギルのことだから反応を見たかったのだと思う。

「ねえ、ボスが臭いって話って……確信的?」

「分かんねえな、ありゃあ……。腹芸なんぞ商売人の得意技だろ?」

「適当なこと言ってこの人は……」

「が、やっぱり連中の仲間だったってえんなら、もうやっこさんも見抜いてんぞって理解しただろうよ」

「もし違ってたら?」

「そりゃお前……」

「……何?」

「お前のクビでも飛ぶんじゃねえの?」

「何してくれちゃってんの!?」

「大丈夫だろ、お前なら。さ、どこ行くか知らねえがとっとと行こうぜ。お前ずっとここ離れたがってたんだしよ」

「人の苦労も知らないで……! 決めた、毎晩、僕がどんなに大変だった言いまくるから、絶対に言いまくるから、全部聞いてよね」

「へいへい」

「聞いてよ!」

 まったくもって危機感の欠片もないギルの態度には怒りを通り越して、こっちがさらに焦ってしまいそうになる。

 本当にもう、逆の立場だったらギルは僕ほど必死になってくれただろうかと思ってしまう。きっと、そうはならない。そんな気がしてしまうから何だかやりきれなかった。


 ▽


「再調教サービス? んで、何、お前、調教されたの?」

「<ルシオラ>使う前に傷が塞がりかけたりしてたから、古傷がいっぱい残っちゃったよ。ほら、ここもそうだし、こことか、こんなとこも」

「男前じゃねえか」

「傷は傷で勲章じゃないよ。そんなおかしな考えが横行するようになったら世の中、怪我人だらけになっちゃうじゃない。だから傷なんてない方がいいの」

「んだよ、慰めてやろうと思ったのに」

「ギルには似合わないことしようとするからだよ」

 やはり旅というものは1人より2人の方が楽しいかも知れない。

 夜に眠る前のお喋りというのがこれほど良いものだっただなんて。ケントお兄さん達といた時や、リアとの旅路では何だかんだで気遣ってばかりで気楽さというものとは少し遠かったから尚更だ。

「んで? その女の奴隷商とはどう決着つけやがったんだ?」

「そりゃもう、追い詰められてからの背水の陣だよ。<ルシオラ>をアグネスが身につけてたのは知ってたから、呼んで手元に戻して、足の腱をやって立ち上がれないようにしてから」

「ほーん……」

 ものすごく適当にギルは聞き流してくるけど、一応は聞いているというポーズを続けてくれてはいる。

「それからどうにか外に逃げて街を離れる途中で転んで、そのまま寝ちゃって、今度は旅の医者の親子と出会ったんだ。その護衛役のおじさんもいて、3人組のね。手当して傷の様子とか診て、お薬塗ってくれたりしてしばらく一緒に旅したんだよ」

「旅の医者ねえ……」

「息子さんがケントお兄さんって言って、お父さんのロニー先生と、あとロニー先生のお友達で護衛役のヘルマンさんっていう人。ロニー先生は色んなことを知ってる人で、ケントお兄さんはまだ見習いで半人前って感じだったけど、やさしくて色んなこと気遣ってくれてさ。ほんっと、ギルと大違いのやさしいお兄さんだったなあ」

「へいへいそうですか」

「でも……やさしさって、一口に言っても色々とあるよね」

 ケントお兄さんは本当にやさしいとは思う。けれど僕に対して見せたやさしさは哀れみ、憐憫――そんなものからくるものだった。

 見ていると痛々しい。見ていられない。だから特別に気になるというものだった。

 確かにそれもやさしさだ。

 けれど哀れみを受けると、何だか自分が本当に哀れな存在じゃないかと思い知らされるようで惨めさも感じてしまう。それは居心地が良くなかった。

「何をしみじみ言いやがらァ……」

「ほんとにそう思ったんだよ」

「やさしいだの、やさしくねえだの、どーだっていいだろうに。てめえが気に入らねえことを正して、それが誰かの悩みの種だったら感謝されて、それで誰かの悩みが増大すりゃあ恨まれるってだけだ。それをいちいち、やさしい、やさしくねえと言ってるだけだろうよ」

「それは違うんじゃない? 親切っていうのはあるよ。自分が少し苦労しても人のためだからって泥を被ったりさ。それも立派なやさしさだけど、気に入らないからやったとかっていう動機とは異なるよ」

「目に余ったから泥を被ってやるってことだろ? 一緒じゃねえか」

「ええ? 違うって」

 ほんとにギルって僕と考え方が異なる。

 でも問答を続けても平行線だろうなあ。

「今だから感じるけど……最初はギルのこと、いい人とか、親切かもってちょっと思ってたかも」

「俺は一時的な荷物だと思ってた」

 お荷物ですか、そうですか。

 確かに最初はいきなり肩に担がれたしね。

「あとね、僕が奴隷として炭坑労働してた町にも立ち寄ったんだ。すぐ出たんだけど、その当時の奴隷仲間だった女の子が脱走して、捕まえたら800ロサだぞって喧伝してたの聞いて、先にその子を保護したんだ。リアっていうんだよ」

「好きだなあ、お前、そういうの」

「何さ、そういうのって」

「何つーか……自分から面倒ごとに首突っ込むやつ」

「……好きですよ? 好きですとも? だって見逃せないんだもの、ギルが言うところの、僕が気に入らないことを正してるだけですしー?」

「何拗ねてんだよ」

「でもね、いいことだってあるんだよ。ケントお兄さん達に迷惑かけたくなかったからリアを連れて離れてね、そしたら、レティシアと再会できたんだ。前に僕が必死で逃げてった道を辿って、レティシアの住んでる小屋に辿り着けてさ」

「ああ、その襟巻きの女?」

「襟巻きの女ってやめて。すごくやだ」

「お前の女な、はいはい」

「それもダメ! 何だかすごく不埒な響きの禁止!」

「ああめんどくせ……」

 まったく、普通、人が特別に感じてる相手の女性をよりにもよって女だなんて言い方するかな。そんなのギルだって知ってるはずなのに。デリカシーというものがない。

「レティシアすっごい綺麗な人になっててね、やっぱり、こう、居心地の良いやさしさっていうかさ。それも健在で、でもお茶目だったり、何か少し抜けてるというか、そんなところもあってね」

「へいへいへい、そうですか良かった」

「ちょっと、大事なとこなんだから聞いてよ」

 横で寝ているギルが寝返りを打つのを見て、ギルの背へくっつく。

「何が楽しくてガキのくだらねえ好きな女の話を聞かにゃならねえんだよ」

「僕が楽しければいいの。ギルはそれくらいのことしなくちゃ、僕が報われないの」

「知るかっての」

「ちょっと、ギル!」

 まだまだ全体の流れだけしか話せていないのに寝落ちされるなんて許せない。揺さぶり起こそうとしたら、それに嫌気が差したのか、がばっといきなりギルが起きて僕を羽交い絞めにしてきて、首が絞められたかと思ったら、朝を迎えてしまっていた。


 ▽



















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