#036 ある意味では里帰り
せめて、手元を見たい。
だけど自分についてる首輪の錠前をいじるという都合、鏡やらでも使わないととても見られない。そして鏡なんてものはそうそう庶民に普及していない。
だから僕は見つけた針金を指先の感覚だけを頼りに鍵穴へ突っ込んでいじっている。本当は鍵開け用のピックなんかが必要なんだけど、針金で代用中。これは絶対にムリだとも思うけどやってみなくちゃ分からない。
「…………」
うん、さっぱり手応えが感じられない。
知識だけ知っててもやってみて体で覚えなきゃいけないことってたくさんだ。それでも粘ってみてどうにか首輪の錠前を外せないかと試みる。
「…………」
あ、針金曲がった。もうあかんやん。
「ああもうっ、やだ——痛って……ああ、いたた……」
投げ出そうとしたら痛んだ。ほんとにもうやだ。
腹筋とか使うとビクンビクンしちゃうくらい色々と痛む。けどもう我慢してごろーんと横になる。家々が集まっている村の中心部から離れた小川に面したところにいる。人の気配はない。川のせせらぎと、木々の心地良いざわめきが静かに満ちている気持ちの良いところだ。
さわさわさわーと静かに葉っぱが揺らされる音。そして、そんな音とともに爽やかに駆け抜けていく風。お昼寝でもしてしまおうかと思うけど、ケントお兄さんに早めに戻りなさいと言われているし、そういうわけにもいかない。
でも、お昼寝とまではいかずとも、ちょっとうたた寝というか、それくらいなら大丈夫のはず。
はあ、癒しだ。
でも本来、僕の年頃なら「癒し? 何それおいしいの?」て感じで駆け回って遊ぶべきだと思う。でも今、駆け回れないし。そもそも1人で何を楽しくて走りなさいというのか。
そんなわけで、のんびりごろごろしているのがいいのだ。
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3日ほど滞在をし、村を出るということとなったらしい。
僕の体と言えば今は全身、瘡蓋と打ち身で赤と紫の入り乱れたマーブル模様である。毎日、包帯を巻き替えてもらって治り具合も診てもらっている。
「エルはいくつなんだ?」
「うーん、分かんない。物心ついた時には奴隷だったし……」
「そっか……。今の傷も、古傷もやたらに多いが、どうもちょっと痩せすぎな感じもあるよな……。脱走奴隷になってからはちゃんとご飯食べられていたのか?」
「けっこういいものも食べてたよ!」
「そうか……。じゃ、体質なのかもなあ。もっと太った方が健康なんだが」
「……僕も体大きくしたい……」
どうせならボスくらいのマッチョになりたい。かっこいいもの、筋肉。
だけど肉づきはすごく良くない感じだと思う。肋骨とか浮いてるし、腕も細いし、僕の足よりギルの腕の方が太い疑惑まであった。
でも小さいころの栄養失調なんかは背を伸びなくするとかって話も聞いたことはある。もしかして僕って、ずっとチビのまんまだろうか。筋骨隆々の大男なんて夢のまた夢だろうか。
「よし、終わり。きついとかはないか?」
「うん、ありがとう、ケントお兄さん」
「それじゃあ荷造りが済み次第、出発だからそれまで休んでろよ」
「はーい」
包帯を巻いてもらった上から服を着る。
最初ほどの痛みはなくなったけど、それでも今度は全身がむずむず痒くなる。我慢はするけど、無意識にぽりぽりやっちゃうこともある。でも治ってきてはいた。
そんなわけで再びの旅歩きは自分の足で歩くことにした。
ただただ平坦な草原を歩いていく。
ところどころに木が群生していたりする。でもせいぜいが直径10メートル以内という感じで、そんな群生地がぽつん、ぽつんとあるような草原だ。
「この辺は昔、戦があったんだ。まだグラシエラが統一されていないころで、この平地で大勢の兵士が戦って命を散らしたそうだ」
ロニー先生は物知りだった。
お医者さんだから医術やお薬の知識もあるだろうけど、それ以外にも色々なことを知っている感じだ。
何もないだだっ広い草原を歩いている間でも、ここでかつて起きた戦について話してくれた。あんまり知らないグラシエラの歴史について質問してみると、するする答えてくれる。
「ロニー先生って、ただのお医者さんとは思えないくらい物知りだよね」
「ああ。昔、色々とあったとか聞いたな。詳しくは教えちゃくれないんだが」
ひとしきり講義が終わってからケントお兄さんにぼそりと漏らしたら、お兄さんもよくは分かってないっぽかった。
「ヘルマンさんも教えてくれないの?」
「どうも、その色々の時は一緒じゃなかったらしい」
「なるほど……」
ロニー先生は見た目はくたびれた白髪交じりのおじいさん手前っていう感じだ。でも思ったより声はしわがれていないし、体のどこかを労わっているという仕草もほとんど見られない。見た目よりも体は老けていないのだと思う。
近くで薬草を採取できるところがあるということで寄り道をすることになった。ほぼボランティアでお代をもらわない診療の旅をしている都合、薬草なんかの無料で手に入るものは積極的に採取する必要があるようだった。
そんなわけで村を出てから2日ほどで森へと入った。
薬草を探しては摘んで、それを乾燥させたり、生のまま磨り潰して小瓶に保管したりといった加工をする。傷の治りを良くしてくれるという薬草も採取され、僕の傷口にも塗布してくれた。
ケントお兄さんはロニー先生につきっきりで薬草の見分け方や、効能、保存法などなど、色んなことを教わったり、逆に質問されて試されたりとしていた。僕はヘルマンさんと一緒に薬草を摘んだり、磨り潰すといった単純作業を手伝っておいた。
そんなことをしつつ、やっぱりロニー先生は気になる人だった。
だから夕食の時に尋ねてみることにした。
「ロニー先生」
「何だい?」
「先生はどこで勉強をしたんですか? 薬草についても、歴史についても物知りですし」
「我が家は代々、医者の家系だったんだよ」
「家系……」
「だからわたしも父や祖父に教わったんだ」
「歴史とかについても?」
「そうだね……」
「そうですか……。何だかすごく知識の引き出しが多い気がしたから、特別な教育でも受けたのかなって思っちゃったんですけど、そういうわけでもないんですね」
「うん、まあね……」
何だか少し引っかかったけど、そうと言うのならそうと思うしかなかった。
「お前の妙な知識の幅も気になるけどな……」
ケントお兄さんに突っ込まれて露骨に顔を背けたら小突かれた。
「そうだ、次はどんなところに行くんですか?」
「あ、話逸らすつもりだな?」
「もう、いいでしょ、それは。で、どこ行くの? どんなところですか?」
「今度行くところは炭坑があるんだ。少し遠いから6日か、7日かはかかるだろう」
「炭坑……」
「医者も常駐しているだろうから、少し医療品を確保するくらいだろう」
「ん? エル、どうかしたのか? 難しい顔して」
「あ、ううん、別に……」
グラシエラで炭坑って、どれくらいあるんだろう。
前に僕がいたところだとしたら近寄りたくはない。万が一、前の僕の持ち主がいて出くわして、僕の顔とか覚えられていたら厄介ごとにお兄さん達を巻き込みかねない。
何より気になるのが、僕が脱走してから一緒に炭坑労働に従事させられていた子達がどうなったのかというところだ。
僕が脱走したばかりに連帯責任の罰でも与えられてしまったんじゃないかとか、あるいは僕と同じように脱走したものの捕まってしまい、酷い目に遭わされた子とかもいるかも知れない。気にはなるけど積極的に知りたくはない。
何か酷い目に遭わされたのならば僕のせいでもある。その責任を僕は取れない。こんなことが罪になるとは思いたくはないけれど理不尽な罰を彼らが与えられてしまったのだとしたら――そう考えると胸が痛む。
食事の後に腹ごなしにストレッチをしていたらケントお兄さんが来る。
「エル。何かさっき、ちょっと険しい顔してたけど何かあるのか?」
「え」
「え、って。何だよ」
「あ、ううん……」
「別にとか言ってたけど、何もないって顔じゃなかったぞ?」
僕の横へ座ってケントお兄さんが尋ねてくる。僕としたことがポーカーフェイスをしなかったとは情けない。
「グラシエラって、炭坑は何箇所あるのか、知ってる?」
「炭坑の数? いや、分からないけど……それがどうした?」
「ずっと僕が奴隷として働かされていたのって、炭坑なんだ。で、逃げたから、もしかして、そこに行くことになるのかなって。僕はどうにか逃げられたけど、残された奴隷の子達がその後どうなったんだろうとか考えたら、あんまり良い想像ってできなくて」
「そうか……。そういうことか。炭坑が国内にいくつあるかは分からないけど、少なくとも俺はそこしか知らないからな。多分、お前がいたところだとは思う」
「やっぱり……?」
となると、いよいよ、ちょっとなあって感じだ。
「でもそういう事情なら、父さんには俺から言うから本当に少し買い物をするだけで済ませるだけにしよう。何なら俺も一緒に街に入らずいてやるよ。立ち入らなきゃ大丈夫だろう?」
「うーん、まあ、うん……」
「引っかかるか?」
「僕がしでかしたことがどうなったのか、知っておくべきじゃないのかなとか思っちゃって……」
「……そうか」
ケントお兄さんまで神妙な顔をしてしまった。
知ったところで何ができるのかという話でもあるけれど、でも目を逸らして知らんぷりをするのも違う気がしてしまう。
悪いことをしたつもりはない。
奴隷などというものが認められていることこそが、僕からすれば悪いのだから、この国の法がどうなっていようとも一切悪びれるつもりはない。
けれど――僕が逃げ出したせいで誰かが鞭でぶたれたのならば。さらに厳しい管理体制を敷かれたり、僕が抜けた穴を埋めるために別の誰かが奴隷として捕まえられたりしてしまったのならば、それは僕が撒いた種ではないだろうか。
それが心苦しい。僕の行動の善悪ではなくて、理不尽な被害者がいるか、いないかという点が苛んでくるのだ。
答えの出ないことを考えるのはどこへも流れることのできない水溜まりにも似ている気がする。そこに鎮座して、最初は新鮮だったかも知れないけれどだんだんと濁って腐っていって触れるのも嫌なことになってしまう。
ふと、ケントお兄さんの腕に抱かれた。肩まで腕を回され、そのままぽふんとお兄さんの胸へ抱き込まれる。そして頭をぽんぽんされる。
何故か僕は、慰められている?
「お前さえ、良ければなんだけどさ」
「うん……?」
「このまま一緒に、俺達と旅をして暮らさないか?」
「えっ?」
「何だか、見ていられないっていうか、お前と別れたら、ずっと気がかりになるんじゃないかって思うんだ。こんなに小さいのにお前は賢くて、そのせいで自分で背負い込もうとするのが……悪い言い方だけど、見てられないくらい痛々しいっていうか」
ああ、なるほど。痛々しいか。
僕は哀れみの対象としてケントお兄さんには見えるんだ。
親兄弟も知らず、ただ奴隷だったという背景があって、苦労に苦労を重ね、全身には人に見せられたものではない傷跡がたくさんあって、その上で自分のことでなく他人のことを心配してしまう。
そんな子どもがいたら、確かに痛々しいと思う。もっと自己中心的でいい、辛い思いをたくさんしたんだから、あとは面白おかしく愉快に暮らせばいい。そんな風にしたって罰は当たらないじゃないか、と。
「ありがとう、ケントお兄さん」
「じゃあ――」
「でも、遠慮するよ」
「何で」
よいしょ、とお兄さんの腕から脱出する。
「理由は色々とあるんだけど、僕はやっぱりアルソナに帰ってやらなくちゃいけないことがあるから」
「ろくでなしの兄貴だろ? そんなの手紙の一通でも書いてやればいい」
「ああ、うん、そうもいかなくて。確かにギルはろくでなしだけどね、一緒にいると楽しいんだよ。腹も立つし、ほんとに世話が焼けるけど……ギルは僕を哀れまない」
「は……?」
「それに、ずっと、ずっと欲しかったお兄ちゃんなんだ」
どんな時も――というわけにはいかないのが玉に瑕だけど、僕をちゃんと守ってくれる、時と場合によってのみ頼りきりになれる。そんな人が成り行きで、本人が勝手に決めてしまったことだけどお兄ちゃんになってくれて、それがどれだけ嬉しかったか。
「気持ちだけ、ありがとう。
心配かけちゃうのは申し訳ないけど、ほら、意外と僕って頑丈なんだよ。あんな大怪我でも、ケロッとしてたでしょ?」
「何でそうもお前は大人びてるんだ? もっと子どもらしいこと言えばいいのに。誰もお前を責めやしない」
「……責めるよ。世の中って酷いくらいに理不尽だから、口に出す、出さない、態度に出す、出さないっていうのを抜きにして、きっと僕は疎まれるし、やっかみがられる方だよ。同じ奴隷からは、きっと、奴隷なのに逃げやがってって思われる。逃げる勇気も、逃げる算段もないから、逃げ切れちゃった僕のことを知ればそう思うんだ」
「だがそんな連中のこと考えたらキリがないだろう」
「うん。でも、そういうのが世の中だもの。しょうがないよ」
「そんな折り合いを、つけるなよ。お前まだ……子どもだろう……」
予想外の反応だった。ケントお兄さんは困惑しきったような、弱りきったような、そんな顔をしてしまう。
つくづく、僕ってやらかしちゃうのだなと反省する。
何と声をかければ良いのか分からずに黙りこくってしまっていたら、ケントお兄さんは悲しげな顔で行ってしまった。
▼
何となくケントお兄さんと気まずいまま、例の炭坑の街に来てしまった。
あからさまに僕とケントお兄さんがぎくしゃくしているので、ロニー先生もヘルマンさんも声をかけてきたけど、お茶を濁した対応をしておいた。
奴隷だったとは言え、炭坑とその近くの掘っ立て小屋しか行き来はしていなかったから、街中へ入っても僕の顔が知られているということはないだろうと判断した。顔を見せてはいけないのは、あくまでも僕の主人であった人だけだ。
だから襟巻きで顔の下半分をぐるんと巻いちゃって、ささやかに顔を隠すという程度で済ませることにした。
「エル、大丈夫なのか? 街に入っても……」
「何となく顔隠して、見つかっちゃいけないのは1人だけなんで」
「それでもあんまり離れるなよ」
「うん」
とは言え、積極的に人の顔をじろじろと見て、脱走奴隷がいるんじゃないかと目を光らせるような人間はいないと思う。あくまで自然体で周囲に溶け込むようにしていればきっとリスクは低い。
ずっと炭坑ばかりで街の方へ降りたことがなかったけど、思っていたよりも栄えていた。まあでも考えてみれば当然で、石炭は鉄にもなるし、アルソナにも炭坑はあったけれど採掘量はさほどでもなくて輸入頼り――グラシエラからの輸入で支えられているという側面もあった。
グラシエラで見てきた発展している場所だと、再調教をされていた時のところとどっこいくらいの印象だ。本当に正直なところ、全て焼けてしまえばいいのに——げふんげふん、この発展ぶりの下にどれほどの悲惨な屍があるのかと考えたら吐き気さえ催す。
ともあれ、気分の良いところではない。
街並みを見下ろすようなはげ山を眺め上げる。
あそこで何人も、奴隷が死んでいくところを見て感じた。ほぼ毎日のように新入りの奴隷が連れて来られては同じだけの奴隷が事故や衰弱で死んでいくのだ。中には腹いせに殴られ、周りの奴隷が助け起こすことさえ禁じられてそのまま事切れてしまった子もいた。
しかし奴隷の命というものは消耗品でしかなかった。そうして死んでいくことにいちいち心を痛める暇などはなかった。次は我が身かと思ったところで何も講じる策はない。唯々諾々として身命を磨り潰していくのだ。
「お前の首の、外してくれる鍵屋とかいるかもな。探してみるか?」
「えっ……でも、買い物もあるんでしょう?」
「父さんとヘルマンさんがいれば大丈夫だよ。それ、外したがってたろ。行くか?」
「じゃあ、うん……。ありがとう」
鬱々としてきたところへ水を差すようにケントお兄さんに声をかけられ、ロニー先生とヘルマンさんと別れた。
「顔色良くないな……。大丈夫なのか?」
「うん、大丈夫」
何か話をするなり、全く関係のないことに集中するなりしないと、延々と昔のことを考え込んでばかりになりそうだった。
生憎と鍵屋はなかったけれど、鉄細工を扱う工房の看板を見つけてお邪魔した。ケントお兄さんが僕の首輪をどうにか外せないかと相談してくれる。
「錠前はシンプルだが、頑丈そうな造りだな……。ベルトの方をちょん切った方が早いかも知れんぞ」
「それでも大丈夫です」
親方っぽい人が工具を持ってきてくれたけど、首輪のベルト部分が壊れなかった。
「な、何なんだ、これは……? もしかして、呪いとかじゃないだろうな?」
「呪いなんてそんな……」
笑って否定しかけ、ふと思う。
魔術があるんだし、ないとは言い切れない。
「おいっ!」
変なところでへらへら笑いをやめてしまったせいか、親方を不安がらせてしまった。
「じゃあ、やっぱりこの錠前をどうにか……」
「壊して平気なんだろうな……?」
「きっと、多分……」
「そもそも何したらこんなもん――ん? もしかして……」
まさか、奴隷とか、脱走奴隷とかって気づかれたかな。奴隷の焼印は今は包帯の下で見えないはずだけど。
「何だ、あんちゃん、その年で奴隷使うのか。一体、どんな仕事してんだ?」
「は? いや、エルは——」
親方に背を向け、ケントお兄さんにしーっとやっておく。都合の悪い勘違いではないのだから黙っておいていい。ただ、ケントお兄さん的には奴隷への嫌悪感があるせいか絶対に快くは思わないだろう。
「何でもいいからやっちゃってください」
親方に向き直ってサムズアップしておいた。
結論、外れなかった。
首だから派手に思い切りがつーんてやるのも難しいとかだった。ニッパーみたいな工具もそもそもなかった。がっかりである。
「ないとは思うが、まさか本当に呪われてるとか……ない、よなあ?」
「呪いなんて見たことも聞いたこともないんだけど……ずっと前、占い師っぽいおばあちゃんに、自分だったら絶対ヤダって言われる程度には災難が降りかかってくる体質ではあるよ」
「嫌な占い師だな……」
けど、今にして思えば、あのおばあちゃんが使っていた水晶玉って精霊器だったんじゃないだろうかとも考えてしまう。つまり、
実際に生命力がめっちゃ強い誰かにすぐ会うって言われた直後、ギルと出会って、ギルがいてくれたから生き延びられた場面はかなり多かった。
そう言えばだけど、あのおばあちゃんに占ってもらった時にすでに結ばれた縁の人とこの先で出会うのは2人とか言っていたような。その内の一方がレティシアだったら個人的に万々歳なんだけど、もう1人って一体、誰なんだろうか。
もしかして、僕の元持ち主――なんてことは、ないよね。そう願う。
「――奴隷が脱走したぞ! とっ捕まえたら800ロサだ!」
ロニー先生とヘルマンさんと合流しようと歩いていた、その時にいきなりそんな声がしてどっきーんとしてしまった。心臓が口から飛び出たんじゃないかと思うくらいビックリした。
思わず声のした方を見ると、大勢に呼びかけている。ああ、何だか見覚えがある。炭坑主の子分Aみたいな立ち位置のおじさんだ。いわゆる腰巾着的なポジション。
「11だか12くらいの女のガキ! 片目を隠してる炭坑の奴隷だ! 捕まえたら800ロサ! 800ロサ出すから、とっ捕まえてくれよ!」
どうも僕のことじゃないっぽい。
しかし怖ろしすぎるタイミングだ。
「良かったな、お前じゃないみたいだ。早いところお暇しよう」
「……ケントお兄さん」
「どうした?」
「……ごめんなさい、僕、ここで。アルソナはもう近いし」
「は? いや、でもお前」
「脱走して連れ戻されちゃったら、酷い目に遭わされちゃうよ。同じところにいたよしみもあるし、ほら、僕がそれを受けたばかりっていうのもあるから……放っておけないよ。何十人も助けて一緒に脱走っていうのは難しいけど、1人だけなら自力で送り届けられると思うし」
「お前はまだ俺の患者だ。途中で放り出せるか。……一緒に行く」
「でも危ないし……」
「危ないって自覚してるならやめろ」
「……ありがと、ケントお兄さん。じゃあ一緒にお願いします」
「でも、どこへ逃げたかなんて見当つかないよな……」
「ううん、何となく予想はできるんだ」
一度は僕もやったことで、朦朧とする意識の中で必死に逃げ出した。
誰にも見つからないようにっていう一心でひたすらに。
だから当時、どこを通ったのかを思い出せばそこにいるのではないかという計算が働いていた。
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