#031 砂漠はつらいよ ~砂漠に現る砂の巨人~

「ただいま帰りました……っと。ふう、お外だ。空気が新鮮っていい」

「おお、戻られましたか。随分と長かったので心配していました」

「何かよく分からないけど、詰まってたみたいなので、それを取り除きました。ので、時間が経ったらまた戻ると思いますよ」

 村長さんの他にも村の人が集まっていて僕の報告でそれぞれ顔を見合わせたりして喜びを分かち合っている。

 これで一件落着になればいいけど、ならないと思うんだよなあ。

「何とお礼を言ったらいいか……。ありがとうございます」

「いえいえ。お礼なんて。僕にできることをしただけですから。それよりも、今日の分のお水、皆さんに配りますよ」

「な、何と、今日もまたあの水の奇跡を!!」

「あ、いえいえ、あはは……。僕にできることであれば何でも。危うく餓死しそうなところを助けてもらいましたから」

 精霊器ということにしたボロ柄杓を使って、家々を回ってお水を配った。


 ▼


「それでね、海賊に海に沈められていたはずのギルが、錨と一緒にまたざばーんと出てきて、まだ生きてたどころか、ピンピンしてたんだよ。死ぬところだったぞ! そうギルは叫んで精霊器を使って大暴れしてしまったんだ。その暴れぷりったらないね。船のマストはへし折れて、空からは槍が降り注ぎ、海賊船は真っ二つになって舳先と船尾に分かれてぶくぶく沈んで海の藻屑へとなってしまいました、と」

「それでっ?」

「……それで一件落着。悪い海賊は退治されて、港町には平和が戻りましたとさ。もういい時間だからアシル、そろそろ眠った方がいいよ」

「もっとしてよ」

「うーん、そろそろネタが切れそうだからこのくらいで勘弁しておくれ。明日は竜退治のお話をしてあげるから。ね?」

「本当っ?」

「うん、本当、本当。だからおやすみね」

「おやすみ」

 アシルくんに毛布代わりの布をかけてあげて寝かしつける。

 いやはや、僕って意外と面倒見が良いタイプだったのかも知れない。ルネに晩ご飯にお呼ばれして、ご飯を食べ終わってアシルくんに色んな話をせがまれて、けっこう時間が経ってしまった。

 しばらく添い寝してアシルくんを布ごしにとんとん叩いていたら僕まで眠くなってくる。ハッと我に返って起き上がる。すっかりアシルくんは眠ってくれたようだった。家の中にルネの姿がなく、表へ出ると外壁にくっつけて置かれていた何かの箱に彼女は座って満天の星空を見上げていた。

「星を見ているの?」

「うん。……アシル、寝た?」

「多分ね」

「ごめんね、何かアシルの世話してもらっちゃって」

「ううん、大丈夫。昼はあんなに熱いのに夜は涼しいを通り越してちょっと肌寒いくらいだね。寒くならない?」

「もう慣れてるから」

「そっか……」

 薄々と勘づいていたけれどルネとアシルくんには両親の影がない。

 どうも姉弟で暮らしているようだった。不幸な事故で失ってしまったのか、何かの事情で離れて暮らしているのか、あるいはまた別の事情があるのかは分からない。

 いずれにせよ、暮らしぶりは良くなさそうだった。

 この一帯の地域はそもそも食料が少ない。この厳しい気候でも逞しく育つ植物の実を採取したり、サボテンのような多肉植物を野菜として利用したり、行商人から食料を買ったり、物々交換をしている。あとは砂漠なのに大きなヤシガニめいたカニさんがいてこれがこのギャラガーのご馳走だった。実際においしかった。不思議。海や沢でもないのにおいしいカニさん。

 話が逸れた。

 ともあれ、食料事情も厳しい環境で、多分子どもだからろくな仕事もできなくて、ルネもアシルも十分な食事はあまり摂れていないようだった。今夜は村長さんからルネにおもてなししなさいと言われていたとかでご馳走料理を振る舞ってもらったけど特別だというのは何だか察してしまった。

「今夜はご馳走さま」

「泊まってってもいいのに」

「ううん、女の子のお家に転がり込んじゃって誤解されたらルネも困っちゃうでしょ」

「誤解しないよ……。いくつだと思ってるの、お互い」

「実は自分の年って知らなくって……」

「えっ? どうして?」

「ああ、うん、まあちょっと昔、奴隷だったもので……」

「奴隷? エルが? どうして?」

「それが理由はさっぱり……。物心ついた時には奴隷だったから」

「でも奴隷って、一度そうなったら……」

「まあ普通はね。……でも何だか、目が覚めたというか、何というか、このままじゃダメだって思って脱走しちゃいました」

「だ、脱走……」

「幸い、アルソナ帝国に近いところにいたから。とは言え、この国じゃあ脱走奴隷だから捕まっちゃったら大変な目に遭うんだろうけど……」

 うん、つくづく早いところ帰りたい。

 ふとルネを見たら目が合った。まじまじと僕を見ていたっぽい。目が合うと、ふっと顔を逸らされた。

「……何かその、エルってすごいんだね」

「そんなことないよ。できることをできるだけやるだけさ。何かしなくちゃ、何にもならないだけだから。……僕はそろそろ、帰るよ。おやすみ、ルネ」

「うん……。おやすみ、エル」

 今夜くらいには何か企んでいる人がいるなら出てきてもらいたい。

 そんなことを思いながら借りている空き家へと帰った。


 ▼


「むにゃ……んん、暑い……」

 暑さで目が覚める。被っていた布を蹴飛ばして寝床を起きる。用を足して顔を洗い、うがいをして、身だしなみを整えて、欠伸を噛み殺す。

 どうやら昨夜も何もなかったのかと辟易とする。

 オアシスの枯渇問題は解決しているというのにどうして何もないんだろう。あの不思議壺を誰かが仕掛けたはずなのに。

「あ……」

 そう言えば調べようと思って、壺を調べていなかった。

 昨日持ち帰ってきた壺を出して、中を覗き込む。底の方に何か紋様めいたものが描かれている。ただの壺とするにはやや凝っている。試しに壺へ少量の水を注ぎ入れてみると、壺の口へ入ったところで水は消えてしまった。下手な合成映像でも見せられたかのような不自然現象に眉根を寄せてしまう。

 やっぱりこれが原因だったっぽい。

 しかしこの壺どうなっているんだろう。適当に細長い棒を壺の口へ入れてみるけど変化はない。水は消える。泥水はどうかと思って注ぎ入れたら消えた。底に砂だけ溜まるということもない。唾をぺっと吐き入れてみた。消えた。ただ単に砂だけをさらさらっと入れる。消えない。逆さまにしたら普通に出てきた。

 液体状のものであればここに消えてしまうということだろうか。不思議すぎる。しかし消えたものはどこに。うーん。

「エル、エルっ!」

「ん? あ、おはよう、ルネ――」

「アシルがいないのっ!」

 いきなり駆け込んできたルネが息を切らして僕に訴えるように言う。

「そ、それで、これ……起きたら、あったんだけど、何て書いてあるかも分からないし……。エルなら字、読めるでしょ? ねえっ?」

 木の皮を剥いだものの裏面に文字が刻みつけられていた。ナイフか何かで削るようにして刻まれた無骨な文字だ。

「『弟を返してほしくばギャラガーの救世主様を連れて東の荒野に来い』……?」

「何でアシルが……」

「……こうなっちゃったか」

 相手が誰かは分からないけど僕に直接、危害を加えたりするよりも人質を取った方が楽だと考えたのかも知れない。

 で、多分どこからか僕を観察していて姉弟と仲良くしていたからアシルくんを巻き込んで人質にしてしまった。

 何でこう無関係の人を簡単に巻き込めてしまうのか。

 僕の考えが甘すぎた。

「ごめん、ルネ。僕のせいだ……。オアシスに誰かが悪さをしたんだろうと思って、その誰かを炙りだそうとしてわざと目立った行動を取っていたのに、僕への直接的な危害じゃなくてアシルくんが巻き込まれちゃった」

「そんなのどうでもいい、アシルは無事なの?」

「きっとね。人質を害してしまったら人質の意味がなくなってしまうから。すぐに行ってくる」

「場所分かる?」

「……分からない」

「……じゃあわたしも行く」

「いやでも危ない——」

「アシルは弟なの! 最後の、たった1人だけの……! だから、行く」

「……分かった。じゃあ準備をしたらすぐに行こう」


 東の荒野というところはガラの悪い集団が商隊なんかを襲うことも多く地元の人間はまず寄りつかないところだと道すがらにルネが教えてくれた。

 そんな賊のところへ呼び出しを食らったということは間違いなく彼らが絡んでいるということだ。あとはその賊がこうも手の込んだことを画策をしたのか、あるいは賊を用心棒のように利用する輩がいるのか。

 ともかく良からぬことを企んでいる人がいたということだけはハッキリした。

「もう、この辺りからはいつ賊が出てきてもおかしくないよ」

「うん、じゃあ気をつけていこう」

 砂と岩ばかりの見通しが悪いところだった。急斜面になっている岩場の上に潜んでいることも考えられるし、あるいは前後を塞ぐように出てくるかも知れない。

 こんな地形でルネを守って、アシルくんを奪還したら姉弟を守って進まなければならないというのはちょっと難しそうに思える。でもやるしかない。幸い、魔術が僕にはある。<ルシオラ>だってある。

「あのね、エル……」

「うん?」

「この一帯を根城にしてる連中……本当に、怖い人なの」

「怖い人? 関わり合ったことがあるの?」

「前に村へ略奪に来たの……。2年前くらいかな。人を殺して、食べ物やお金を奪って、それでまた来る時までに村の蓄えを全て出せって脅してきた」

「……どうなったの?」

「出せる限りのものを皆で出したよ。そうじゃなきゃ本当に皆殺しにされちゃうって。だけど、すでに略奪されてるのにそれ以上なんて用意できなかった。……そうしたら、あいつら、笑いながら、村の皆を、1人ずつ……殺した」

 思い出したくないことのようだった。ルネの顔は憎しみと恐怖とで歪められている。

「お父さんも……お母さんも、お兄ちゃんも妹も……。うち、本当はね、6人家族だったの。一箇所に集められて、それで最初にお兄ちゃんがあいつらに引きずり出されて、お父さんとお母さんが必死にやめてって、お願いしたのに……お父さんとお母さんを殴ったり、蹴ったりして、痛めつけながら、お兄ちゃんの首を……剣で、叩き切って、その後に、妹が……っ……」

「もういいよ。分かったから。……大丈夫、今度は大丈夫だよ。僕が守るから。ルネもアシルも」

 肩を震わせて、涙までぽろぽろこぼすルネを見ていられなかった。落ち着けるようにして背中をさすってあげる。

 相当にタチの悪い人の集団だというのは分かった。

 世の中には人を傷つけることで愉悦に浸れる人間がいる。いかにして人の心にも体にも傷をつけるかということに知恵を巡らせることができる、唾棄すべき人間が存在してしまっている。そしてそういった許されざることを面白半分に、いや、遊びそのものとして嬉々として実行するようなおぞましい人がいる。

 法がある以上、人が人を裁くことは許されない。

 それでもその法を犯し、罰を受けずのうのうと遊び呆けているのであれば最早、人ではない。無法者なんていうのはけだものだ。

 だから——人でなければ、僕は害獣を駆除することに躊躇はしない。


 悲痛な顔になってしまったルネの背をさすってあげながら歩いていたら、ふと何か感じ取って背後を振り返る。通り過ぎた岩場の陰に人影が見えた気がする。

 呼び出しただけあって僕を取り囲む手筈は整っているのだろう。

 そうしてしばらく歩いていったら少しずつ緑が見え始めた。根城にするのだから水辺があるというのは想像していた。

 ヤシのような大きな葉っぱの木が水べりに何本か立っている、ささやかなオアシスだった。水面は綺麗な青色をしている。しかしその水辺の前には一目で分かる賊が待ち受けている。

 その中で——1人だけ、毛色の違う人がいる。顔に傷のある大男に大きな葉っぱで仰がせてゆるりと涼を取っている。褐色の肌に、黒くて艶がある綺麗な黒髪のお姉さん。たっぷりとした下衣。くびれたお腹は剥き出しで、胸は布を巻いたようにして隠している。お腹に大きな、女性らしくない古傷がある。

「てめえがギャラガーの救世主様だな」

「アシルを返して」

「終わったら返してやるよ」

 顔の下半分が髭もじゃで黒い、引き締まった体の中年おじさんがどうやら彼らの頭目らしい。こっちの人もまた、露出している肉体には古傷がたくさん見て取れた。

「僕に何の用事?」

「何、うちのシノギを邪魔してくれた自覚はあるんだろう?」

「僕はただ困ってる人を見かけただけだよ」

「それでうちが困ってるんだ。だからタダじゃあおかねえ」

 わざわざ人質を取っておいて呼び出すだけのことはあった。すでに僕とルネが賊に囲まれている。けっこう数が多い。100人前後はいるんじゃないだろうか。遠巻きに弓矢を構えたり、剣を抜いている。

「僕は屈してあげない」

「好きにしろ!」

 頭目の大声で一斉に弓が山なりに射かけられた。

 魔力障壁を張って弓を全て弾いていく。弓の斉射が効かないのを見て、今度は剣を持った賊が走ってきたけれど僕の魔力障壁はビクともしない。

「出でよ、砂漠の怪奇! 海坊主改め——砂坊主!!」

 水も大差はなかった。

 砂で形成した巨人を作り出してその大質量の一踏みで賊をまとめて潰して吹き飛ばす。スタンピングさせていくだけで賊は次から次へと砂に飲み込まれて、あるいは吹き飛ばされて埋もれていく。最後に砂巨人を丸ごと一気に崩壊させて砂の津波を起こした。

 頭目らしい人のいるところより奥にはせいぜい、砂埃程度しか被害は与えずにおいた。アシルくんが捕らえられているとすればきっとあっち側だろうという配慮だ。

「まだやるの?」

 魔力障壁を解除して問いかける。

 さすがに顔色が変わっていた。顔を引きつらせている。

「アシルを返してくれればこれで終わりにしてあげる」

「ふざけやがって……!」

「パンツァー・フォー」

 頭目らしい人の顔の横を狙って魔術を放つ。後方で激しく熱波と衝撃が爆散する。いきり立ちかけた頭目は脇を通った炎塊のせいで足を釘付けにされてしまっている。

「お、おい、ガキを連れてこい!」

 ようやく理解してくれたようでまだ無事な部下らしい賊へ命じてくれた。オアシスの泉の向こうの岩陰から轡を噛まされたアシルくんが連れて来られる。遠目には特に傷ついた様子というのは見られなかった。

 突き出されるように放され、アシルくんは僕らの方へ走ってきてルネが抱き留めた。

「アシル、怪我はない? 無事?」

「うん、大丈夫……」

「良かった、アシル……アシル……!」

「お姉ちゃ……苦しい……」

 まだ立てている賊は怖い顔で僕らを睨んでいる。

 僕もその目に対して、油断していないぞと返すつもりで視線を巡らせながら背を向けて姉弟を促して歩き出した。


 ▼


 賊の縄張りをそろそろ抜けただろうかというころ、ルネがくたびれたように転がっていた岩の上へ腰を下ろしてしまった。

「ちょっと、休憩させて……」

「そうだね。そろそろ縄張りからも遠ざかっただろうし、休もうか。アシルも疲れたんじゃない?」

「うん、ちょっと……」

 誘拐されていたにしてはけっこうアシルくんは落ち着いている。

「怖くなかった?」

「ちょっとだけね。……ちょっとだよ」

「どうして?」

「だってエルがいるもん」

「……あのね、昨日、僕がお話したのは僕じゃなくて、ギルっていう人の冒険譚であって」

「え、そうなの?」

「……逆に、じゃあ、何?」

「エルって名前よりもギルって名前の方がかっこいいから変えた?」

 なるほど、発想が自由だ。

 でもその勘違いのお陰であんまり怖い思いをしなかったっていうことならそれはそれかな。

「もうほんと、アシルったら能天気っていうか、マイペースなんだから……。こっちはどれだけ心配したか」

「無事で本当に良かったね、アシル」

「うん。……ねえ、喉乾いちゃった」

「じゃあ水分補給だね」

 水を出してルネとアシルくんに飲ませてあげる。

 アシルくんは無事に取り返すことができたし、彼らでは僕に勝てないと力を見せつけたつもりだ。けれどこれで終わるんだろうかという不安は尽きなかった。

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