#030 砂漠はつらいよ ~救世主を気取ってみた~

 砂漠。

 風にさらわれて表面に掘り出された自然の紋様。

 そして風に運ばれて形勢された砂の山と谷がいくえにも織り成す風景。

 見上げれば雲ひとつない青い空があって、足元を見ればぽたりぽたりと汗が落ちて、しかししみはすぐ消えていく。

 とにかく。

 熱くて熱くてたまらない。

 歩く度に足が砂に取られるし、下手したらそこに蜥蜴が噛みついてくる。

 ついでに汗が止まらなくて、日差しが強くて皮膚がひりひりしてしまっている。

 渇きは平気だ。ウォーターサービスがある。魔力は尽きない。水だけは無限に確保ができるはず。砂漠で水の心配がいらないというのは大きなメリットだとは思うものの、水分だけじゃなくて塩分も摂らないと意味はない。

 だから発汗量を少なくして、人のいるところへ辿り着かないといけない。日中は日陰を作ってそこで休むという選択肢を考えはしたけれど砂の中からは次々と魔物が出てきてしまう。下手に横たわったら接地面から魔物に齧られてしまうのだ。休むことさえ許されないとはこの砂漠はつらすぎる。


 というか。

 ヴァイオレットめ。

 素直にラ・マルタへ繋げずにこんな辺鄙な砂漠に門を出して、精霊器を紛失したと知った瞬間に尻尾巻いて逃げて。

 思い出すとほんとに腹が立ってしまう。

 チビ、チビって言う癖をして僕と大差ないくせに。そもそもヴァイオレットだなんて名前はこの世界じゃけっこう高貴な印象だ。それがあんな乱暴極まりない性格とか、名前負けってああいうことを言うのだ。

 ほんとに腹立つ。

 暑いからこんなにも怒りっぽくなっているんだろうか。

「……お腹減った」

 そうか、空腹だから尚更に腹が立っちゃうんだ。

 しかし魔物って、食べられるんだろうか。可食部少なそう。……やめとこ。


 ▼


 大きな大きな、お肉があった。

 おいしそうでおいしそうで、お布団へダイブするようにして抱え込んで、いただきますと歯を立てる。かたーいけど、お肉だー。うふふふー。

「――やめてってば!」

「ふぎゅっ!?」

 頭をポカーンと叩かれる。

「あれ、お肉……?」

 今まで目の前にあって、歯を立てていたはずのお肉がなかった。代わりに何故か僕より小さな男の子が怯えた目で僕を見ている。

「何すんの、もう!」

「えっ? あれ?」

 僕と男の子を引き剥がしたのは女の子だった。僕を突き放して睨んでくる。怖い。

「……ここはどこ? 僕はエルです、どうぞよろしく」

「食べない……?」

「そうよ、うちの弟、食べないで!」

「ええと……お肉はいずこに? あれ?」


 陳謝した。土下座して、おでこを踏み固められた地面に擦りつけて謝った。

「申し訳ございませんでした」

「姉ちゃん、やっぱりこの人変だよ……」

「見ちゃダメ、アシル」

 目に入れることさえ禁じられるレベルで僕って悪いことをしてしまったんだろうか。

「ええと……エルといいます」

「……あたしはルネ。この子はアシル」

「……お水と引き換えに、食べ物を恵んでもらえないでしょうか?」

 正座したまま尋ねてみたらルネにじろじろ見られた。

 姉弟はどうもお姉ちゃんのルネは僕と同じくらい、弟のアシルは3つか4つか下というところに見える。あんまり酷い飢餓感のせいでアシルくんが大きなお肉に見えてしまったようだった。往来のど真ん中で。

 で、注目を避けるためにぼけてた僕をルネはお家へ引っ張り込んで上げてくれた。

「お水って……持ってるの?」

「いくらでもあげます、お水なら。でもお腹が空いて……。3、4日、砂漠を水だけでさまよっちゃって……」

「砂漠を3日も水だけっ?」

 ドン引きされた。ぎゅっとアシルくんが抱きしめられてちょっと苦しそうな顔をしている。

「と、とにかくそれなら……えと……ちょっと待って」

 ルネが立ち上がり、解放されたアシルくんがぺたんと座り込んで力を抜く。そしてちらっと僕を見てくる。

「アルソナっていう国から来たんだ。ここは何ていう国かな?」

「国? ……グラシエラ」

「グラシエラ、かあ……。じゃあお隣の国だね」

 ついでに言えば僕はこの瞬間、誰かに奴隷の焼印を見られたら脱走奴隷とみなされる身分に成り下がったということだ。

「お隣なの?」

「うん。……グラシエラの砂漠っていうと東南部だよね。北の方へぐーっと、グラシエラを縦断したらアルソナだよ」

 遠い。どこまで測量が正確な地図かは分からないけれど、それでも一度見ていた大陸の地図に照らしたらかなり遠い。ここにはビンガム商会の威光も届かない。

「どうやって来たの?」

「……精霊器っていう不思議な道具があってね、念じて使うと門ができるんだ」

「門?」

「そう。その門をくぐると好きな場所へ行けるんだけれど、間違った門へ入ってしまって砂漠に放り出されちゃったんだ。それで砂漠をさまよって……お腹減った……」

「もっと教えて、その話」

「砂漠にね、蜥蜴がいたんだ。知ってる? 砂から飛び出してくるやつ」

「知ってるよ。トビトカゲ。噛むの」

「そう。それそれ。トビトカゲっていうのか。このトビトカゲが、ほんとにわんさかいて、寝ても覚めても齧られまくっちゃった……。多分、あいつらからしたら砂漠の旅人なんて動く水筒なんだろうね。噛まれて気がついたけど皮膚の表面を擦りむいたような傷がつくんだ。多分ね、そうして作った傷から血を吸ってると思うんだよね」

「へえ……」

「砂漠の生き物も水分は必要だからね。だからこういう適応をしていったんだろうね。他にもあの、大きな口でさ、砂ごとトビトカゲとかぱっくり食べちゃう魚みたいな……」

「フクロワニ見たの?」

「ワニなの、あれ?」

「フクロワニ!」

 何だろう、アシルくんのテンションが上がってる。もしかして、あれってレアな生き物だったのかな。

「そう、ワニだったんだ……」

「フクロワニのお腹の中はね、宝物が詰まってるって本当?」

「……ある意味、そうかも?」

「本当だったんだ……!」

 アシルくんの目がキラキラしている。そんなにあいつってお子様のハートを鷲掴みにする要素のあるやつなんだろうか。確かに精霊器を丸呑みされちゃったから、あの個体のお腹にはお宝が入ってるということにはなるんだろうけど。

「アシル、真に受けないの。えと……エルだっけ? はい、こんなのしかないけど」

 何だかよく分からないものが出てきた。

 粉ものだろうか。砂色をした、やや焦げた平たくて小さなもの。焼き立てというのは分かった。

「ありがとうございます」

「変なとこ丁寧ね……」

 ありがたく謎のものを食べてみる。――ぼっそぼっそ。うまみ、なし。ついでに何かこう、じゃりっとした。砂とか混じってるのだろうか。苦い。

 でも謎の粉ものを食べていたら、何だかアシルくんが物欲しそうな目をしているのが見えた。

「いる?」

「いいの?」

「アシルっ、それはエルの分でしょ」

「でも――」

 ぐう、と鳴ったお腹の虫の声は僕でもアシルくんでもなかった。ルネだ。顔を赤くしてからくるっと背を向けてしまう。

 一口齧っただけで、もうほぼ3分の1が失われてしまった謎粉もの。だけど、ルネもアシルくんもお腹は減っているっぽい。残っているのを2つに分けて両方をアシルくんにあげる。

「ありがとうっ」

「お礼を言うのはこっちだよ」

 食べかけを申し訳ないけど、空腹の前に人は平等だと思う。

 誰か1人がお腹を空かせることの不公平感こそ争いの種ということで、半端に微量を食べて余計のお腹が空いてきそうな気はしたけれどご馳走さまにしておいた。

「とにかくお水でもゆっくり飲んで、それでお腹を紛らわせるしかないか……。これが水瓶かな?」

 一間しかないお家の隅に置かれていた瓶の蓋を開けると、そこは空っぽだった。どころか、干からびたさそりさんが底でご臨終している。

「……これ、水瓶?」

「瓶に入れるほどのお水なんて手に入らないもの……。物置よ」

「そっか……」

 底の蠍さんをとりあえずお外に出しておいて、水瓶をひっくり返す。けっこう埃とか溜まっちゃっていたっぽいのを綺麗にする。

「この辺の人はみんな、お水が足りないのかな?」

「オアシスが枯れちゃったから……。お金持ちは好きにお水を使えるようだけど」

「なるほど……。どうして枯れちゃったの?」

「分かんないって……」

「ふうん……。とりあえず、お水だね。ウォーターサービスっ」

 水瓶の中に魔術で水を満たしていく。と、両脇に姉弟が詰め寄ってきて水瓶を覗き込み、水を出している僕の手を見て、また水瓶を見て、今度は僕の顔を見る。

「何これ、魔法っ?」

「お水、本物?」

「ええと……魔術といいます。内緒だよ?」

「内緒っ、分かった! しーっ!」

 アシルくんの物分かりはすごく良かったものの、ルネは愕然としていた。

「とにかく……オアシスの枯渇で潤っちゃう人がいるのか、いないのかっていうのはハッキリさせたいなあ。……何か、骨董品ってないかな? 柄杓みたいのがあればいいんだけど」

「こ、骨董品の柄杓? 何をするの?」

「うーん……釣り。詐欺みたいなね」

「フクロワニ釣る?」

「や、フクロワニは……釣り方知らないや」

「なあんだ……」

 アシルくんはフクロワニ大好きっぽかった。


 ▼


 ポーズとして救世主を気取って、持ち上げられて持て囃されるのは、狙ってやったことだから、まあ、大成功って感じで楽しくないはずない。

 砂漠を放浪した末に辿り着いた小さなオアシスの街・ギャラガー。

 豊かなオアシスの水源に依存して、ささやかながらも平和に暮らしていたギャラガーは数ヶ月前に水が出なくなってしまい、ここに住む人達は誰もが飢えていた。水を手に入れるためには歩いて4、5時間という距離の遠くの水源までいかないとならず、しかし——その道中には魔物もいるし、水源にくる人を狙った賊まで出てきたり、水源付近で水料というものを巻き上げる輩までもが出てきていたらしい。

 だがしかーし!

 ある日、突然現れた変な赤髪の美少年は無限に水が湧き出てくる柄杓の精霊器を持っていたのだ。

 これで水を求めていた人々は、どんなに贅沢な使い方もできる無限のお水を一時的に恵んでもらえるようになった。しかもその救世主の美少年が水源が枯れた理由を調べると胸を叩いてお約束をしたのである。

 そう、その美少年とはこの僕だった!!


 と——そんな筋書きはうまくいき、あとは僕のちょっかいをかける人がいるか、いないか、である。

「どうしてわざわざ空き家で寝るの? うちでいいのに」

「餌に食いついてきた人がいたら危ないからね」

「餌って?」

「ううん、こっちのこと」

 ギャラガーの空き家をお借りすることにして、その空き家を掃除している。村の人の家を全部訪ね歩いてお水を好きなだけあげたことで僕の顔は知られたはずだ。

「これで大体、掃除できたかな」

「長逗留するつもりはないし、寝床周りだけ綺麗なら十分だよ。手伝ってくれてありがと、ルネ」

「ううんっ、エルはさ、すごいもの。皆が欲しくって、でもなかなか手に入れられないお水を何もないところから出して。お礼はこっちだよ。ありがとう」

「どういたしまして。……早くお家に戻った方がいいよ。アシルを1人にしてるんでしょ?」

「あ、そうだった。それじゃあこれで。おやすみ、エル」

「うん。おやすみ、ルネ。アシルによろしくね」

 ルネが出ていったところで整えた寝床に腰を下ろす。

 この地域の住居は椅子を使わない。ラグを敷いてその上で食事をするスタイルだからテーブルなんかもあんまりない。家そのものは煉瓦造りだ。少しでも熱の侵入を防ようという知恵だろう。

「いやはや、どうして僕ってこういうお節介をしてしまうんだろう……」

 ただでさえアルソナ帝国――ひいては帝都ラ・マルタは遠いのに、自分から足止めを食ってしまうのだから。

 でもオアシスの水が前兆もなしにいきなり枯れるとか有り得ないし。枯れてすぐに良くない輩が遠くの水源を根城にするとか、都合良すぎるし。

 恥ずかしい勘違いでもなければ、絶対に裏で糸を引いている人がいる。

 しかし問題は辺鄙な砂漠の中の、こんなオアシスの水利権を独占してどうしたいのかという点だ。村の人を困らせたいだけの愉快犯なんかがこれほど大袈裟なことをするはずもないし。水源利権なんかどうでも良くて、ただ村の人を苦しめることに目的があるとか、あるいはこれから先で何かをするための下準備だとか。でもそんなことまで考えると妄想陰謀論と変わらなくなってきてしまう。

 単純にどこかの嗜虐趣味者が面白半分でやっているだけというのが、解決するには一番楽ちんでいいだろう。

 ま――僕がこうして考えることというのは悪い方にばかり当たるのが常だ。我ながら悲しすぎるけれど。

「はああ……日焼けがひりひりするぅー……」

 これって<ルシオラ>で治しちゃおうかな。

 でもちょっとくらい日焼けしておいた方が健康的かも知れないとか思っちゃうし。

 というか、商会の皆が心配していないだろうか。メリッサさんに無用な心労をかけていなければいい。

 僕って小心者だろうか。人に迷惑をかけるって考えると途端に怖くなってくる。申し訳なさで胸がいっぱいになってしまう。

「あーあ、やーな感じ……」

 砂漠の夜は冷える。

 しっかり毛布に包まって横になった。あとは釣りが成功するかどうか――。


 ▼


「こうなってるんだ……。確かに、おいそれと簡単に調べられないですね」

「この奥に水源はあるのですが魔物の巣穴にもなっていまして。中も複雑に入り組んでいると伝わっています」

 村の中心部に枯れた噴水があった。大きな立派な噴水だ。その近くに岩で囲われた洞穴があった。噴水の下には地下水が貯まっていて、この噴水で水をいちいち汲み上げずに生活に利用できていたという。

 そして、この洞穴が水源へ続いているものの、中は複雑で魔物の巣穴でもあるとか。

「それじゃあ行ってきます」

「おひとりで大丈夫ですか?」

「はい。それじゃ」

 村長さんに開けてもらった洞穴へ入る。

 けっこう入口は狭い。<黒迅>が腰でつっかえそうになったけど、角度をつけて四つん這いになって進めた。しばらく四つん這いで行ったら広くなった。

「ここが地下水脈って感じかな……」

 何だか下水道みたい。

 どういう理屈でこんな空間が形成されたのかも気になる。砂漠の地下にどうしてこうもしっかりした地盤の横穴が形成されてしまったのか。天然の横穴を後から人の手で少し手入れしたっていう印象だ。水が通る道になる深い溝の上へ木を組んで作ったキャットウォークみたいな通路が作られている。しかし今は水がさっぱりない。湿っているような感じだ。

「……昨夜は何にもなかったし、釣りでボウズとかみっともなさすぎるなあ……。せめてこっちはどうにかしないと」

 魔物の巣ってどういうのが出てくるんだろう。

 トビトカゲくらいならいいんだけどまだ見たことのない厄介な魔物とかが出ないだろうか。あるいは本当に誰かの工作とかでなく枯れていたりはしないだろうか。

 行けども行けども、ただただ水路は枯れていた。

 魔物のまの字も出てきやしない。ミニ・ファイアボールを光源にして浮かせながら代わり映えのしない横穴をひたすらに歩く。

「お……?」

 傾斜がついて少し上がる。

「おやおや……? あららー、そういう……」

 キャットウォークが終わったかと思ったら、ちょっと広い空間だった。でもその先が無数にある。順番に数えて、1、2、3、4――全部で8つの道。

「順番に潰しますか……」

 ここからがつらいところだろうか。

 仮に全部の道が二股になっていたとして15回もハズレを引かないといけない可能性だ。二股程度で済んでいればいいけれど。いやでも案外、一発目で当たりっていう可能性だってあるんだ。

 めげるな、僕。

 当たりの道を印とかつけておいてくれてもいいのになあ、先人さんめ……。


 数えて23個目の分かれ道。

 最初に想定したのって何回だったっけか。想定以上の分岐点を経たっていうのは分かるけれど数えたくなくなっている。でも間違えて同じところに行っちゃったら意味がないからしっかり覚えていかないと。

 そろそろ当たりに出てほしい。

 でも最初の8つの道の4つしかまだ済んでない。これはもっと長丁場を覚悟するべきなんだろうか。

「……ああっ、ダメダメ、気が滅入っちゃう。こういう時、ギルがいたら軽口で賑やかしてくれるんだけどなあ……」

 ほんと、こういう時こそギルが必要なのにぐーすか寝てるらしいしなあ。

 早いところ叩き起こしてあげないと、ただでさえ脳みそ筋肉なのに、ますます頭が使い物にならなくなっちゃうや。

 いけない。

 ギルがいないだけでさみしくなってる僕がいる。

 くそう、何でか悔しい。どうせならギルをさみしがらせたい。でもなあ、ギルってさみしいとかそんな感情あったとしてもすっごーく薄いんだろうなあ。まず、そういう感情の有無から確かめないとならないくらいだと思う。

「あれ。おっ。おおっ?」

 これまでの行き止まりと違う。下り坂。ここがこの水脈の最奥だろうか。歩いた甲斐があった。

 とか思っちゃったぬか喜び感ね。

 どういうことなのか、緩い傾斜を下っていった先が広くなっていたものの、うじゃうじゃとそこに魔物が溢れ返っていた。蛇に蠍に蜥蜴に蛙かな。どれもこれも砂色だったり、保護色になりやすそうだけどまとめて蠢いていると気味が悪くて仕方がない。

 それにしても奇妙な光景だ。

 くぼんでいる一箇所を目掛けてうぞうぞと魔物が群がり蠢いているといった様子だ。まるで死肉に群がるウジ虫。見たことはないけど、そういう醜悪さがある。

「一気に焼くか……」

 燃やされながら僕の方へ向かってきたら大変だろうから、先に魔物を閉じ込めるように竜巻を起こし、そこへ火を入れる。風を孕んで炎はすぐに大きくなって焦げた嫌な臭いを撒き散らし始めた。炎の竜巻の中で魔物が焼けていく。パチパチと弾ける音がする。暴れて飛び出そうとしてくる魔物もいたけれど魔力障壁をさらに張って閉じ込めた。

 魔物が全て黒焦げになって動かなくなったのを見計らって魔術を止める。死骸は真っ黒焦げ。煙を立てている。何となく気持ち悪くて素手で触りたくもないから<黒迅>を鞘に入れたまま先っちょで死骸をどかす。くぼんだところをほじくる。

「……ここから水が出てるところじゃない? でも、ここっぽいんだけどな」

 スコップみたいにざくざくと<黒迅>で掘ってみる。軽く表面は乾いてしまっている。焼いてしまったからだ。掘っていくと何かに当たった。手で砂を避ける。

「これは……つ、ぼ?」

 壺だ。小さな壺が逆さまに埋まっていた。

 掘り出していた壺を持ち上げると、いきなり水が染み出てくる。何これ。どういうこと。じわじわとこの地面が濡れ始めてくる。この壺が湧き出る水を止めていたということなんだろうか。

「とりあえず退散かな……」

 もしかしたらこのまま水がいっぱいになって溺れちゃうかも。

 理屈は分からないにせよ、とりあえずこれでオアシスは復活するはずだ。この壺が何なのかが気になる。これを外した瞬間に水がまた出始めたのだから、確実に誰かがこれを仕掛けてオアシスを枯渇させようとしたという裏取りに繋がるはずだ。

「しかし……帰り道が憂うつ……」

 まあでも無駄に違う道を進む必要はないのだから楽なはず。

 すぐに水がいっぱいになって窒息するなんてことはないだろうけど足早に帰った。

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