#028 どうやら僕は天狗になっていたようで鼻をポッキリやられました

「――やあ、エル。また来てしまったね」

「あれっ?」

 目の前に僕がいた。

 それから周りを見て、上下も左右もない不可思議な空間と知って、いつぞやの誰かだと気づく。

「……ええと、確か、死にかけだと、ここ、みたいな」

「そうさ。きみはまた死にかけてしまった。とは言え、ちゃんと目は覚めると思うよ。左足を切断された失血と、そこへちょっと当たりどころを間違えば首が折れて死んでしまうほどの急所攻撃で失神させられたダブルパンチだった」

 きっと気がついたら酷い状態なんだろうなあ。

「<ルシオラ>で治せるかな?」

「そうだね。<ルシオラ>ならばちゃんと治してくれるさ」

「……ところで、僕は死にかけちゃう度にここへ出ちゃうの?」

「瀕死の状態になった時にここへ入る資格を得られるのさ。実際にここへ来るためには僕が招かなくちゃならない」

「じゃあ、呼ばれなかった可能性もある? どうして呼んだの?」

「基本的に僕はきみの味方でありたいのさ。だから何か力になりたいと思って、常日頃のきみを観察していてね、きみへの支援を思いついていたのさ」

「支援? あ、魔力! すごい役立ってるよ、ありがとう」

「お礼を言われることではないさ。そのせいで事件に巻き込まれるということもあるだろうからね」

「そういうもの? あ……それで今度は何を?」

「古代語をがんばって勉強していただろう? だからそれも分かるようにしてあげようと思って」

「えっ。そんなことまで?」

「そうさ。母国語のようにすんなりと意味が分かるようにしてあげるよ」

「……でも、それだと夜な夜な、勉強してた努力が水の泡というか」

 長距離走を頑張っていたのに、いきなりゴールを目前に移動させられたみたいな有難迷惑というか、何だかこれまでが何だったのだろうと思ってしまうような。

「嬉しくはなかったかい?」

「……正直あんまり……」

 答えると僕の姿をした彼はしゅんと肩を落としてしまった。寂しそうな表情。自分の顔とは言え、何だかいたたまれない。

「あ、で、でも、有難いことには変わりないし」

「いいのさ。きみはひょいひょいと贈物をもらいたがるタイプではなかったよね。それじゃあ、この支援は取りやめにしよう。その代わり、別の支援をさせてもらうよ」

 逆に気を遣わせてしまったみたいでちょっと申し訳ない。

「気にしないでおくれ」

「そう……?」

「それでね、ちょっときみに尋ねたいのだけれど……きみはペットとかは可愛がるタイプかい?」

「ペット? 飼ったことがないから何とも……。でもかわいいのは好きだよ」

「嫌いな動物とかはいるかい?」

「うーん……ちょっと噛み殺されそうになった経験から、凶暴なわんちゃんは苦手かも……?」

「ふむふむ。それじゃあきみに眷属を与えよう」

「けんぞく?」

「その内に思い出しておくれ。きっときみの力になってくれるよ」

「ありがとう?」

「どういたしまして、と言うほどでもないんだけれどね。きみへのお願いに比べてしまったら、ささやかな支援だから。それじゃあそろそろ、目が覚める時間だ。気を抜けない状況だと思うけれどがんばっておくれよ」

 にっこりと彼が笑う。

 僕の笑顔ってけっこう素敵かも知れないと思った。


 ▼


 左足が焼けつくように痛い。

 膝に刃を入れられて、膝関節をご丁寧に折り砕くようにして切断されたせいだ。あんまりにも痛くて目が覚めた。脂汗が止まらない。痛くて熱くて痛くて痛い。

「う、うう……<ルシオラ>……」

 <ルシオラ>さえあれば治せる。

 それなのに、ない。

「痛っ……ふう、ふうう……」

 傷は手当てがされているけれど、閉じ込められているこの部屋は衛生的とは言えない。

 そもそも、どこなんだろう。

 痛い。

 物置部屋めいた小部屋だ。空っぽの木箱があって、ネズミの糞尿が隅でこびりついている。

 連れてこられた時に、僕を狙ってきた女の子と別に、大人の男の人もいた。だけど声だけで姿は見られなかった。組織的な犯罪に巻き込まれていると見ていい。

 ギルはこのことを分かっていたんだろうか。

 いや、きっと確信はなかった。どこの誰というのが分かっていたなら、ギルの性格上は待ち受けるより、攻め込むことを選ぶはずだ。

 そのギルは今、どこにいるんだろう。

 帰ってこなかったのは、すでに僕を拉致した彼らに何かされてしまったからだったのかな。

「痛い……」

 まるで僕は芋虫だ。横になったまま、のたうち回ることしかできない。

 とにかくこういう時は状況の整理と、優先順位をつけた行動をするしかない。

 状況。

 敵は複数人かつ精霊器所持で、容赦がない。

 僕はまともに歩けないし、精霊器も取り上げられてしまっている。でも僕に死なれてしまうのは困るらしいから、最悪、殺されてしまうということはない。大きなアドバンテージだ。

 居場所は不明。ラ・マルタなのか、アルソナ国内なのか、あるいは外国、あるいは人が近づくことのできないへき地であるのかも分からない。海の底とか、雲の上という可能性もあるかも。いや、雲の上はないかな。呼吸に異常は感じられないから、酸素の薄い高所ということはないはず。

 ギルが彼らの手中に落ちている可能性もある。当たりだったらヤバい。でもギルが正面切っての戦いで撒けるとは考えにくい。真正面からぶつかって負けていたら僕がどんなことをしても太刀打ちはできないけど、ギルのことだから舐めプでもしていたところをどうにかされたんじゃないだろうか。それならばまだ希望はある。

 さて。状況を分析したら、あとは何をするかだ。

 最優先事項を僕の安全確保とするべきか、ギルの無事を確認して合流することか。

 これは、ギルだ。僕だけがどうにかなったとしても、ギルがいなくちゃ僕はきっと、この先の困難に立ち向かってはいけない。ひいてはギルこそが僕の安全確保になる。つまり僕の命を守るのはギルがあってこそだ。

 そしてギルと合流するためには<ルシオラ>を手に入れなければいけない。<ルシオラ>を使って足を治す。そうすればこの苦痛からも逃れられる。戦える。

 脱出なんて後から考えればいいことだ。

 <ルシオラ>の奪還と、ギルとの合流。ここのどこかにギルがいないのであれば<ルシオラ>奪還と脱出だ。

 精霊器のあまり語られない性能の1つに、名前を呼べば手元にくるというのがある。ギルが何度かしているのを見たし、バルバロスもやっていた。はず。

 だから僕にもできると思ってるのに、何度呼んでもやってこない。

「<ルシオラ>来て……。お願いだから。<ルシオラ>」

 呼びかけてみても、何も変わることはなかった。

 仰向けになって包帯を巻かれている左足を押さえて撫でさする。さすってみても痛みに変わりはないけれどそうせざるをえなかった。

 魔術は使えるだろうけれど、片足では満足に歩けない。まさか匍匐前進するみたいにして移動するというわけにも――いや、もうこれしか手はないのかも。なりふりを構っていられる状況ではないし、足一本持っていかれている状態で僕がすぐに行動を起こすとは考えられてはいないはず。だからこそ、やる意味がある。

「ふうう……。ようし、やるぞ。僕はやる。やってやる。反撃だ」

 鎖されているドアへ向かって魔術を放つ。

 火力でなく破壊力に比重を置いた火球をライフリング加工した砲身でぶっ放すような、貫通力と破壊力を目指して。

「――パンツァー・フォー!」

 射出音はなくとも、破壊音は激しかった。

 目論見通りにドアは内側からぶっ壊れて、直後に爆発が起きる。瓦礫や粉じんが巻き上がっていく中を這いつくばったまま進む。

 ここは一体どこなのか。

 窓がなくて暗いから、地下かな。内装を見た感じだと地下であるにも関わらず、装飾の掘り込まれた柱なんかがあって、廊下に絨毯まで敷かれてしまっているから立派なお屋敷なのかも知れない。階段は厄介だ。この体で上がるのは辛すぎる。

 それにしても、足が痛い。ドアをぶっ放した時の衝撃で痛みがぶり返したような気さえする。

「ふううー、ふぅー……痛い痛い痛い痛い……!」

 いっそ、この痛みが取れるならつけねから足がなくなってしまってもいい。だけど、それはそれでどうせ痛いし、むしろ足のつけねからいってしまったら確実に失血死だ。痛みを忘れたい。痛覚なくしたい。でも痛覚なくなったら色んなことの力加減とかも分からなくなって不便そう。うん、結論は変わらない。

「<ルシオラ>ァ!!」

 叫んでみた。

 すると、ごんっ、と音がした。僕が閉じ込められていたのと一部屋挟んだところの部屋だ。ごんっ、ごとん、と音は続いていた。もしかして、ドアとか壁とかに邪魔されていたとか。有り得る。その部屋のドアをまたぶち破った。

「<ルシオラ>! 来て!」

 一瞬ビビるくらいの勢いで<ルシオラ>は来てくれた。刃の方からぎゅんと飛んでくるもんだから怖かったけど手を上げたらそこに柄から収まってくれる。

「良かった……。ありがとね」

 柄を撫でてから、魔力を<ルシオラ>に流す。背中を壁へもたれるように座る姿勢になって、左足の包帯をむしり取る。傷口が露出するとすごく痛んだけど、<ルシオラ>をそこに突き刺した。

「っ――痛い、けど……よし、よしよし、よしっ!」

 刃を抜くと始めの痛みは強かったものの、すぐそれも引いていって足が生えてくる。変な光景だった。骨が伸びて、肉が増殖して、そして最後には皮膚が生じて元の通りの足になる。壁に手を突きながら立ち上がってみる。違和感はあまりない。むしろ、足がなかった時の感覚に早くも体が対応し始めてしまっていたのか、あるということへの違和感が強い。

 これまでもそうだったけど、これからもどれだけ<ルシオラ>の世話になってしまうんだろう。何だか今までも持っていたつもりだったけど、さらに愛着がわいてくる。

「ん……?」

 ふと<ルシオラ>が出てきてくれた部屋を見る。

「うわ……何これ」

 棚、棚、棚。そしてそこに置かれている物、物、物。

 何だこれと思って眺めていたら、隅に置かれていた壺に<黒迅>が突っ込まれていた。慌てて回収したところで、ふと思う。

「もしかしてこれ、全部、精霊器……?」

 一通りの刃物、鎧に盾に兜に、手袋、長靴、手鏡、櫛、鍋に乗馬鞭、縄、何かのヘラ、存在感のある鍵、腕輪やネックレスといった宝石・貴金属類。もうたくさんの物品がある。

「……やっぱり精霊器を集めてるんだ」

 だけど、どうして精霊器を集める必要があるんだろう。精霊器を集めて何をしようというのか。それも事件を起こしてまで人から強奪をして。

「……<黒轟>と<黒威>はない、かあ」

 ギルは本当にどうなっているんだろう。

 というか、こんなにたくさん精霊器を集めておいて本当にどうするつもりなんだろう。精霊器は持ち主を選ぶから強奪をしたところで使えやしないはずなのに。僕だってギルに<黒迅>をもらったけれど、いまだに精霊器として使ったことはない。

「借りても、いいかな……。いいよね。お借りします」

 手刀を切ってから僕でも使えそうなものがないか探してみた。

 盾とか便利そうだと思ったけど重くて腕が上がらなくなるものばかりで、結果、篭手みたいなものを拝借することにした。サイズは少し僕には大きすぎるものの、ちゃんと紐をキツく縛り上げれば腕にフィットできた。でも何故か右腕分しかなかった。まあ、いいよね。利き腕だし、咄嗟の反応が出やすいけどこれで防げると思えば。

 どれも多分、精霊器というだけあって古そうなものであっても、それだけ長く使えそうな、あるいは使われたのが分かるような立派な品に見えた。

 篭手にしたって見たことのない素材が使われている。アルマジロトカゲとか、ああいう感じの甲殻と言えばいいんだろうか。一部ずつ重ね合わせたような感じでとっても格好いい。

 もっと他にも使えそうなものがないかと物色しかけたら、足音が聞こえてきて息を殺した。光学迷彩魔術を使って息を殺していたら、壊されたドアに気がついたのか、走り寄ってくるような音になった。

「これは……まさか」

 僕のいる部屋を覗き込んだ人を見て目を疑った。――フェロメナさんだ。どうして彼女がこんなところにいるのかと思っていたら、ハッと気づいたように僕が閉じ込められていた部屋の方へ行く。

「逃げられ……左足をもいだとか仰られていたのに……? 一体どうやって――ああいえ、お伝えしなければ」

 フェロメナさんが慌てた様子で引き返していく。こっそりその後をついていく。階段を上がるとやっぱり立派なお屋敷だった。光学迷彩魔術のお陰で気づかれてはいないらしい。

 それでも距離を置きながら、できるだけ静かにフェロメナさんの後をつけた。廊下の窓から見えた外は林ばかりで居場所の手がかりにはならなかった。

 建物の中には人の姿がない。

 お屋敷かと思ったけどよくよく観察すると、造りが堅牢そうだった。これはお屋敷というよりもお城なのかも知れない。地下から2階へ上がってフェロメナさんが入った部屋は広い空間だった。

 廃墟であるかのように片側の壁が丸ごと打ち壊されていて、奥行きがあった。

 不思議な印象だった。まだ残っている建物側の壁にはタペストリーがあり、しかし反対側は無作為に破られた壁。絨毯は雨風にさらされたのか薄汚れている。

 そして部屋の最奥には玉座があり、堂々たる偉丈夫が居座っている。彼の前では地べたとそう大差ない床の上で胡坐をかいて座る少女。

「クリフォード様、大変です。エルくんがいません」

「はあっ? 足もねえのに逃げたのかよ?」

 粗暴な印象の強い少女がフェロメナさんの顔色を変えた報告で反射的に言い返して立ち上がった。

「そう焦ることはない。仮に見失ったとて<グロリア・オクリース>を使えばすぐに見つかろう」

「あれってどこにしまったっけ?」

「倉庫でしょうか……?」

「よっし、持ってく――」

「待て、ヴァイオレット。ちゃんとフェロメナが案内をしてきた」

 少女を制した男性の言葉でドキッとした。

 灰色の力強い視線がまっすぐ僕を射竦めたように感じられた。いや、見つめられている。

「小賢しい魔術を使うようだが、魔術に頼りきりで気配の方はだだ漏れだ。姿を見せなさい。それとも害虫のように隠れ潜むのが好みかね?」

 玉座の男性は完全に僕を見破っている。

 姿を見せることのメリットというのはほとんどない。だけど問答無用でまた手足をもぎ取りにくるということはなさそうだった。それならば交渉の余地がある。魔術を解いて姿を見せるとフェロメナさんが後ずさって、ヴァイオレットと呼ばれた少女が口角を釣り上げる。

「ギルの居場所を知ってたら教えてください」

「はあ? どうして教えてやる必要があるんだよ」

「この建物を焼き潰してもいいよ。瓦礫に埋もれた精霊器をかき集めるのは手間だと思うし、僕も見失ってまた捕まえるのは大変になる。それでもいい?」

 壊れた壁の向こうへジップ・ファイアボールを出現させるとフェロメナさんとヴァイオレットが身構えた。でも玉座の男性だけは微動だにしない。

「素晴らしい魔術だ。古代魔導文明においても、あっさりとこれだけの魔術を見せる者はいなかったかも知れん」

「ギルの居場所を――」

「彼は眠りの最中にいる。精霊器を用いているから自力で目を覚ますことはなく、この朽ちた古城にもおらぬ。そして教えるつもりはない」

「だったら、すぐに本物の廃墟だよ」

「好きにしなさい。だが、その時はきみが瓦礫の中で命を落とす」

「……そんなことない」

「そうかな。自慢ではないが我々は秘法によって、精霊器を自在に扱うことができる。例えば、これはきみの目から見てどう映るかな?」

 玉座の裏に彼は手を伸ばし、それを取り出す。

「<黒轟>……」

「至極の精霊器だ。よく使い込まれ、よく性能が引き出されている。そしてこの<黒轟>であれば……きみを即座に仕留めることも、またきみの足をもぎ、今度は魔術さえ使えないように拘束することもできる。

 さて。抗ってみるかね? 賢明な判断を下せることは知っているが」

「僕はギルの居場所を知りたい。僕にどんな用事があるか知らないけど、協力してあげるつもりはありません。足を危うく失いかけるところだった。そんな相手と交渉の余地はない」

「では。――少し遊んであげようか」

 <黒轟>の銃口を向けられ、発砲された。魔力障壁を発動して撃ちだされた弾丸を止めるが、バチバチと弾けるその弾丸は僕の魔力障壁を削るようにして押し進もうとしてくる。そしてさらに3発の弾丸が放たれると同じところへ、それはぶつけられて魔力障壁が破られそうな感覚がした。

「ジップ・ファイアボール!」

 外に待機させていたジップ・ファイアボールをぶつけようとしたら、その前に<黒轟>から放たれた黒い何かが火球を貫通して爆発してしまった。その衝撃と熱波で魔力障壁がはじけ飛ぶように破られる。

「どうしたのかね。防戦一方だ」

「嘘――」

 目の前に、玉座にいた男性が迫っていた。

 護拳つきのサーベルが抜き放たれている。一瞬、目をやられたかと思った。でも目と鼻の間だった。頭蓋骨まで真っ二つにされてもおかしくなかった。顔の皮一枚で手加減をされた。それでも――痛い、目を、閉じるな、僕!

 咄嗟に<黒迅>を抜いて牽制したかと思ったら、飛びずさってからすぐに前へ詰め寄ってきている。また振られたサーベルを右腕の篭手でぶつけて軌道を逸らせた。左手で<ルシオラ>を抜いて繰り出す。<黒轟>の銃身で受けられて火花が散った。そしてその銃口が僕の腹部へ突きつけられる。

 <ルシオラ>で弾き上げると同時に魔力障壁を張った。寸でのところで発砲を受けずに済んだ。魔力障壁の発動で生じた反発力を使ったことで<ルシオラ>で弾き上げるだけでは免れられなかった銃口の角度をさらに跳ね上げられた。でも天井が破られて瓦礫が降り注いでくる。

「うわ、と——」

「チェックだ」

 後ろへ慌てて飛びずさる最中、まっすぐ僕へ向けて<黒轟>が向けられているのを見た。魔力障壁はまだ生きている。警戒のために二重で張ったところへ<黒轟>から射出されたものを見た。ぶわっと広がってくる――網、だった。魔力障壁に引っかかりながらも完璧に広がった網は、魔力障壁ごと、僕を包んでくる。絡め取られて足がもつれそのまま後ろへ倒れ込む。

「<グラヴィオール>!」

 サーベルが振り下ろされる。

 二重の魔力障壁ごと、僕を絡めた網ごと、そのサーベルは一刀の下で両断してきた。まるで手応えもなく二重の魔力障壁は砕け散り、刃が深々と僕の体を抉り切る。

「この精霊器は這いつくばらせることが得意だ。大地の持つ、落とす力を増幅させる。ひいては切ったものから力を失わせる。筋力では抗えぬ重力を与え、魔力の流れさえもを断ち斬る。――これできみはもう魔力さえ使えぬ愚かな少年へと成り下がったのだ」

 重力に圧し潰されそうなほどの苦しみがあった。

 何かが僕へ乗っているわけでもないのに圧し潰されそうで、斬られた傷口もさることながら、ただただ重みという苦痛までもが加えられている。

 サーベルについた血を振って払うと男性は鞘へそれを納めた。

「案ずることはない。死なれてはきみを利用できないのだから」

「げふっ――」

 重力が増し、詰まった息が漏れた。直後、背中が——床が抜けたのが分かって叩き落されて僕はまた意識を失ったようだった。

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