#026 ギルの弱点は美女とかお酒とかじゃなくて油断っぽいです

 ギルがナンパしていた――ように僕の目に見えてしまったフェロメナさんは、何と僕と同僚の人だった。別の出張所でコーディネーターをしていて、出張でラ・マルタに来たは良いものの、精霊器強盗事件のせいで彼女もまた狙われてもおかしくない身の上ということでボスに護衛をつけられた。――その護衛がギルだった、ということらしい。

 僕なんかよりずっと仕事の酸いも甘いも知っている大先輩だとは思うけど、それでも年上のお姉さんだ。ただ、いまいち年頃を読みきれない。20台だとは思うという感じ。

 でも美人さんだ。ギルがデレデレしていたのも分かる。一定ラインより上の美人にギルはすぐデレデレしちゃうし。

 たっぷりとした黒髪を綺麗に結い上げていて、眼鏡が知的な印象を与えてくるタイプのお上品文系お姉さんっていう感じだろうか。それでいて物腰も柔らかい。ちゃんと気遣いができるタイプ。

 そんなフェロメナさんは1日、ギルにつきまとわれるように行動していたという。

 あちこち視察へ行けばギルが必ず隣についていて、鼻の下を少し伸ばしただけの男性相手にギラギラした殺気を向けて怯えさせ。視察先で何か口にしようとすればギルが味見とか言って横からつまみ食いヒョイパクをして。次の目的地に心当たりがあれば近道だと言って細い路地へ入り、柄の悪いお兄さんに案の定絡まれた時なんて嬉々としてぶっ飛ばしたらしい。


 そんなことを3人で入ったお店で聞いた。

 一応、今日の予定は済んだから晩ご飯を食べにいくところだったとかで、フェロメナさんにお誘いされて僕もご相伴にあずかっている。さっきご飯食べたからほとんどギルにあげるつもりではいる。おいしいとこだけ食べるのだ。

「ギルさあ、浮かれすぎだよ……」

「俺はちゃーんと働いてただけだってえの」

「程度があるじゃない……。シャーロット様の護衛の人なんて、完璧に近いくらい普段は空気に徹してるよ?」

「知るか」

 まったくもう、ギルって根が自己中心的だ。

 自分さえ良ければっていうようなタイプ。本当にもう、これでよく今まで生きてこられたなと感心しそうになる。――いや、何かあっても腕っぷしで乗り越えられちゃったイレギュラーケースか。

「ふふ、でもご一緒していただいて楽しかったです。今日はありがとうございます、ギルさん」

「おう。……聞いたか、エル? 今の?」

「社交辞令だって」

「んなわけあるか」

「あっ、僕のお肉! ギル!」

「うっせー、弱肉強食だ」

 取っておいたお肉を一切れギルに奪われる。一番おいしいところだったのに、わざわざそれを持っていくだなんて。その一切れのためだけに頼んだようなものだったのに。

 悔しいからギルの皿のお肉へフォークを伸ばしたけど、ギルのフォークで防がれた。そのままフォークの股の間で僕のフォークを挟み込んでぐりんと捻って僕の手からこぼしてきて、それから悠々と僕が報復に奪おうとしていたお肉を食べてしまう。

「ぐぬぬ……」

「俺から肉を奪おうなんざ100年早えよ」

「うっふふ……仲良しなんですね」

 ほほえましいとばかりにフェロメナさんに笑われてしまった。

 こっちは本気の取り合いをしていたのにそんな風に笑われちゃうとやる気は削がれる。

「もういいよ。ギルに全部あげる」

「野菜ばっかじゃねえか。いらねえよ。てめえで食え」

「お腹いっぱいだし、ギルのせいで食欲も失せちゃったもん。もったいないから食べて」

 せめてもの仕返しに残っていた僕の料理を全部ギルに押しつけてやった。

「それにしてもエルくんがこんなに小さいとは思っていませんでした」

「えっ?」

「分野を問わずに様々な発想を形にして商会全体の利益に貢献している、コーディネーターでとっても若いとは聞いていましたけれど、もっと常識的に若い方だとばかり」

「いやあ、それほどでも……」

「おう、こいつは調子に乗るとつけあがるから、ほどほどがいいぞ」

「それ僕じゃなくてギルでしょ……」

「それにギルさんも」

「おう?」

「エルくんが遺跡探索を二度も成功させたのは、とっても頼りがいのあるお兄さんがいたからだというのは有名ですから。わたしのいる出張所では、どうして兄弟がギルさんみたいに強くて頼れる人じゃないんだろうって同僚も多いんですよ」

「……まあ、俺だしな」

「あ、照れた?」

「るっせ!」

「痛いっ、ちょ、ギル! ご飯食べるとこでこんな――痛い痛い痛いっ!」

 ヘッドロックされ、タップしてもやめてくれなかった。ようやく解放されると頭が割れるんじゃないかってくらい痛くてそのままギルの膝へ倒れ込む。しかし硬い膝枕もあったものだ。

「ああ、そういやよ。あんたも精霊器持ってんだってな?」

「はい。とは言えギルさんのように戦いに役立つようなものではないのですが……。それに受け継いだものでして、わたしには精霊器としての力を引き出すこともできませんので」

「ほおーん……。受け継いだってえと親しい相手からか?」

「ええ。祖母の形見分けでいただきました」

「てことは、ばあちゃんは精霊器使えてたのか?」

「いえ、それは分かっていないんです。ただ、昔、祖母に精霊が宿っている大切な品だということを教わっていまして。わたし以外の家族や親戚が精霊器だったということを知っていたのかさえ分からないほどで」

「なるほどなあ……」

 頭を乗せていたギルの膝が動いた。足踏みでもするかのように上下に動くものだからたまりかねて体を起こす。何かお腹もいっぱいになって眠くなってきた。

「そんじゃま、今日はこの辺で切り上げるとしますかい。うちのチビがもう眠りかけだし」

「まだそこまでじゃないよ」

「うっせ、ガキは寝る時間だ」

 普段なら、下手すればまだ仕事中だというのにいきなりのお子様扱い。何さ、ギルったら本当にもう。誰のために普段、働いているというのか。

 フェロメナさんを宿まで送り届けて帰途につくと欠伸が漏れた。すっかり日は暮れてしまった。賑やかなのは酒場くらいのものだった。明かりとともに喧騒が外へ漏れている。

「エル」

「うん?」

 もうすぐ宿というところでギルに呼びかけられる。

「明日は皇女様んとこでも行っとけ」

「はあ? 何でまた?」

「いいから、言うこと聞いとけって」

「理由教えてくれないと無理だよ。そもそも行く用事ないし。できれば行きたくもないし」

 言い返すとギルはしかめっ面で僕を見下ろしてからため息を漏らした。

「皇女様んとこなら安全だろうから言ってんだよ」

「安全? ……何か、危険なことが起きるの?」

「分からんが、何か臭う」

「臭うって……」

 でもギルが危ないかもというのならば何かあるのかも。

 とは言え、シャーロット様のところに行くとなったら手土産必須なんだよなあ。

「……うーん」

「俺がお前に悪いこと言ったことあったか?」

「……ちょいちょい、あるね」

「そうか……」

「でも、分かった。何か適当に用意して行くよ。どれくらいいればいいの?」

「んー、とりあえずあと2日とか」

「えっ」

「できればお前、城に泊めてもらっとけ」

「何それ」

「前にやってんだからいいだろ?」

「いやでもそれは、話がめちゃくちゃ長くなっちゃったからであって……」

「だったら長くやりゃいいだろうよ」

 クライドさんが何ていうだろうか。

「できるだけ、そうしてみる……」

「あといつでもまた旅に出られるよう準備もしとけよ」

 確実にギルは何かを嗅ぎ取っている。

 だったらその通りにしておいた方が多分、安全なんだろうと思うことにした。


 ▼


「あんたよ、どうしてビンガム商会で働いてんだ?」

「最初はただの事務係として採用していただきました。その時、お世話になった上役に推薦されまして、コーディネーター職にさせていただいて……。でもとっても大変で……。エルくんはすごいですね、この激務をあの年でこなしているのですから……」

「……あれはちと、なかなかに特別だからな」

 ビンガム商会の倉庫とやらは一体、ラ・マルタにいくつあるものなのか。

 けっこう外れの方にあった倉庫に今日は用事があるようだった。倉庫内にある大量の荷物で作り上げられた通路を歩き回っては何か探しているようだった。

「世の中にはいらっしゃるのですね、特別な方というのは……」

「特別ねえ……。そんなもん、他人から言われちまうだけのもんで意識するこたぁねえんだろうが……」

「いえ……。いらっしゃいます、特別な方というのは。その存在感で人を惹きつけて眩しく輝けるような方が」

「それがエルだってか?」

「エルくんもそうですし……ギルさんもきっと」

「他には?」

「他、ですか? ……身近なところではボスもそうですし」

「他は?」

「ええと……」

「例えばよ、何かこう、精霊器を集めて悪さしようとかそういう連中もあんたが言うところの特別な方――てえやつに分類されるのか?」

 箱を眺め上げていたフェロメナが動きを止めて、ゆっくり振り向く。

「美人に手え出すのはあんまり主義じゃあねえしよ、なーんとなく、かなーり、あんたからキナ臭いもんを嗅ぎ取っちゃってよ」

「な、何でです……?」

「おお、やましいねえ、フェロメナ。隠し事をしたいってえんならよ、追及された時に何でとか、どうしてとか、そんなこと言っちゃいけねえんだぜ? 単純で本能的な心理の動きなんだと。油断したかあ? どおーせよう、俺みてえなチンピラ紛いの野郎は脳みそまで筋肉なんじゃねえかとか」

 まあ確かに学はねえし、エルみてえに妙なことわんさか知ってるわけでもねえが。

 が、胸中を覗き込まれて、考えを透かされたような人の顔ってくらいなら見分けはつけられる。

「はあーあ……折角の美女と思ったのに、残念だなあ、こりゃ。そいで、どうするよ? 表向きは使えねえってことにしてる精霊器を俺に使ってみるか?」

「……失敗は、許されないんです」

「そうかい……」

 腕に抱えていた紙束の中からフェロメナが出したのは栞――にしては、何だか贅沢そうな代物だった。薄い金属製に見える栞で木の枝めいた意匠をしている。あれが、あんなもんが精霊器か。

「そんじゃま、詮索はしねえでおくか。やれるもんなら、いつでもやりゃあいいさ。きっちり護衛は続けてやらぁな」

「え……」

「ん?」

「あの……見透かされているのでは? これから、わたしは……あの、あなたに、ですね」

「おう。だからやれるもんなら、好きにやってくれや。か弱い細腕の姉ちゃんが、簡単に俺のタマぁ取れるわけねえしな」

「…………は、はい、では、お言葉に甘え、ます?」

「どーぞご勝手に……はぁぁ……」

 折角の美女だったってえのに、どうしてこうなるかねえ。

 戦いに役立つもんじゃねえと断言してんのに、精霊器かどうかも分からねえだとか。そんなもん、取り繕って露見した嘘に決まってんのに、ぽろっと口にしちゃうんだから、つくづく暗殺にゃ向かないタイプだ。

 ほんっとにもう、せめて一晩だったなあ。

 へっぴり腰でフェロメナが栞を指に挟んで構えている。しかしどんな精霊器かは気になる。

 が、戦闘向きじゃあねえのに俺に手え出そうってんだから、物理的に危険なもんじゃあねえだろう。だからこそもらっちまったらアウトなんだろうが、まあ、大したことはねえだろう。

「えい」

 栞で叩こうとしてきたのを躱したら、またため息が漏れ出る。

 ほんとにもう、こんなへっぴり腰、相手をしたことさえねえや。

「続けるかあ? もっとこう……寝込みを襲うとか、飯の最中を狙うとか、そういう風にやってくんねえかな?」

「……え」

「だって無理だから。仕事は? 終わりでいいなら飲みにでも行こうや」

「で、ですが、あの……えいっ」

「だぁーから無理だってば」

 栞を持ったまま、またぶつけてこようとして手首を掴み止める。栞の端っこで切ろうという魂胆なのか。それが精霊器としての発動条件になっているのかも知れんが、あんまりにもあんまりすぎる。

 どうして俺はてめえに危害を加えようって輩に気遣ってやっているのか。――美人だからだったわ。これが不細工だったら問答無用でぶん殴ってやってるところだってえのに。

「…………あのう」

「おうよ」

「よく、足元を掬われることってございます?」

「おう?」

 そりゃどういうこっちゃと聞き返しかけた時、倉庫内の燭台の微かな炎を反射して栞が少しだけ光った。

「っ――な、おい……それ、何だ……?」

「<マルクパージュ>と申します」

「はあ? マルクパージュだあ……?」

「はい。栞ですので、こうして……人と人の間に挟まれることで、精霊器としての力を発揮することができます」

 挟むたって、そりゃ、精霊器を持ってるフェロメナの手え捕まえちまってるこの行為も含むってえのか。

「……白状するとよ……よく、やらかすわ、な……。ところでこれ、致死……のはずは、ねえよな?」

「はい。命には別条ないですが、栞を抜くまでは止まります。……それ以上、お話が進まないように。恐らく何十年とそのままにしても、次に目を覚ますまでは何も変わらず止まり続けるはずです」

「……そりゃ、ダメだわ」

 なるほど確かに。

 だんだんと思考も痺れるつうか、石化つうか、硬く、なってきた。

「あの、おやすみなさい」

 最後に見たのは精霊器が光って、かと思ったら形を失って俺の中へ飛び込んでくる光景だった。

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