#024 何度でも言いたい! だからラ・マルタに来たくなかったのに!!

「何だか物騒な事件も起きてるんだね……」

「物騒な事件?」

「うん……。使い手のいない精霊器が貴族のお屋敷から盗まれたとか、有名な精霊器使いの人が暗殺されて、精霊器を盗まれただとか……。そういう事件が起きてるんだって。犯人は不明って」

「ほおーん? 俺んとこにでも来てくれりゃあぶっ飛ばしてやんだけどなあ……」

 またまたギルったら、どうしてこう世間一般の感覚とずれちゃっているのやら。

 今のところはラ・マルタでは起きていないようだけれど、一体、犯人は何をしたいのか。精霊器を持っている人を襲うなんて、返り討ちにしてくださいと言うようなものだ。

「……あれ?」

 そう言えば精霊器を手に入れようとしている人を知っている。

「どうした?」

「ヴォルクスって魔人も、精霊器を集めようとしてた……よね?」

「野郎の仕業だってか?」

「でもギルがヤバいって言うくらい強いなら、精霊器を集めようとしても不思議はないかなって」

「確かにそうだろうが……魔人がわざわざ人間の社会に加わってくるってえのは考えにくいんだよな」

「そうなの?」

「ま、誰だろうが喧嘩売ってくるんなら買ってやろうや」

「ギルはいいけどさあ……。夜道で僕が襲われたらどうなることか」

「何アホ言ってやがらァ。精霊器ドロごとき、お前なら一捻りだろうによ」

 そういうものなんだろうか。

 新聞を畳んで朝ご飯を食べきってから、仕事のために出かけた。どうして休暇中だというのに僕は出勤しているのだろうか。

 商会に一番近い宿を取っているから徒歩5分くらいで出勤できる。今日は宿のロビーに3人くらい出待ちをしてくれている人がいたから厨房の勝手口を使わせてもらって外へ出た。

 商会の玄関前にも待ち構える人がいた。裏口へそっと回ってみたら、そっちにまで人がいた。仕方ないから表でも裏でもなく、建物脇の窓から中へ入った。

「おはようございまーす」

「エル様……どうして窓から?」

「いつもの事情です」

「またですか。……注意してもきりがありませんね」

「別の人が来ちゃいますからね。張り紙なんかしても、お貴族様はそんなもの読もうともしませんし……」

「エル様も貴族ではありませんか」

「……そうでした。でも特権なんかないし。特級国民とは言え、所領がなければ別の方法でお金を稼がなきゃいけないんだからね。……さーて、今日もお仕事しなくちゃ」

 僕用の部屋で資料を広げて書き物を始める。

 そう言えば僕、休暇中のはずなんだよなあ……。こうしてどれだけ文字を書き綴ってもお給料出ないんだよなあ……。

「エル様、お茶を淹れました」

「ありがとうございます。……ねえ、メリッサさん」

「はい?」

「今朝の新聞見ました? 精霊器盗難とか強盗致死って」

「ええ、目は通しております。エル様も十分にお気をつけてくださいね」

「うん……。ケチな泥棒くらいならいいんだけれどね……」

 持ち歩いている<ルシオラ>が腰の裏にちゃんとあるのを確認する。メリッサさんが淹れてくれたお茶を一口飲んだらドアがノックされた。

「失礼します。エル殿、お時間をいただきたく」

「はい、ええと……はじめまして?」

「はじめまして。アルソナ帝国軍のベッカーと申します。精霊器強盗の事件が多発している情勢下にて、精霊器を有する方にお話をして回っています」

「お話ですか……。どうぞ、おかけになってください」

「短く済みますのでけっこうです」

 何だかすごーく事務的だ。

「ご所持されている精霊器は1つでよろしいですか?」

「…………はい」

 トラブルはごめんだから嘘をついておく。

 本当は<黒迅>も僕のものだけど宿に置いてきているし、使えた試しもないから<ルシオラ>だけということで1つが厳密かなとも思うし。

「もし、何者かに襲われてしまった際は犯人の顔をよくご記憶ください。そして軍部までご報告をお願いいたします。以上です。失礼」

「ご苦労様です……」

 あっさりと帰っていった。

 思わずメリッサさんと顔を見合わせる。

「物騒で嫌ですね……」

「本当にね」

「……そう言えばエル様の精霊器はどのようにして入手されたのです?」

「うーん、あれは吹雪の酷い雪山のことでした……」

 僕の遭難話をひとしきり聞いたメリッサさんはドン引きしてしまっていた。それからギルのダメさ加減の愚痴をしっかりと聞いて共感してくれた。

「エル様、ご自分の旅を本にでもされたらヒットするのではないでしょうか?」

「僕の本なんて面白くないって、きっと」

「そのようなことはありません。遺跡探索やドラゴン退治、普通は体験のできないことをエル様はご経験されているのですから。きっとエル様と同年のお子様から大人まで夢中になって読みふけるのではないでしょうか」

「……なるほど、本かあ。……じゃあ書けたらメリッサさんに送るからいいように出版してください」

「わたしですか?」

「言い出しっぺだもの。書き出しはどうしようかな。……吾輩は人である? トンネルを抜けるとそこは雪国でした? エルは激怒した? ある日のことでございます? うーん、オマージュにせよオリジナリティーは大事だしなあ……」

「オマージュ? いずれもわたしは知らない書き出しに思えますが」

「……うん、まあね。今はいいんだけどね」

 印税生活ができれば働かなくても良くなる。旅をする限りネタも集められる。悪くない考えかも。

「そう言えばこの前の打ち合わせで決まった新商品の試作品ってできたかな?」

「それでしたら、こちらの資料です」

「ありがとう、メリッサさん」

 朝に出勤する度、新しい資料がガンガン積まれていくから自分では探し出せない。でもメリッサさんは迷うことなく瞬時に目当てのものを取り出してくれる。

「ふむふむ……。こういうのはやっぱり、自分の目で見たいよね。メリッサさんも食べたいんじゃない?」

「興味はありますが他の仕事もございますし」

「それなら仕事で行けばいいんだよ。支度お願いします」

「はい。ではしばらくお待ちください」

「あ、馬車お願いね、馬車」

 別にVIP移動をしたいというわけではない。人の目につかないのは大事なことなのである。


 ▼


 甘くて薄い生地が鉄板の上で焼き上げられると、その甘い香ばしい匂いに思わず鼻を鳴らしてしまう。焼き上げた薄い生地を鉄板から削ぐようにぺらりと剥がしてから作業台へ広げて生クリームと小さめにカットした果物をトッピングして折り畳むように巻き上げる。

「では試食しましょう。クレープです。メリッサさんどうぞ」

「あ、はい。では、いただきます」

「…………どうですか?」

「甘くて、とてもおいしいです。果物の酸味が、この白くて甘いクリームととても合っているようですね」

 感触はいいらしい。ビンガム商会の料理人達も真剣に味わっている。僕も一口、試食をしてみる。――けど、僕が想定していたクレープとは何だか違うなあ。香りだろうか。バニラの甘い香りがやっぱり欲しい。でもバニラの代用品になるようなものが調達部で見つけてもらえてないんだよなあ。

「このクレープ生地とクリームを同じ厚みになるように重ねていってください。端っこまでクリームは広げないでいいので、完成形が緩い丘みたいな感じで、中央だけ盛り上がるような感じで」

「かしこまりました」

「あ、生地はちゃんと冷ましてからでお願いしますね。生クリームの脂肪分が溶けちゃうといけないので」

 指示をして今度はミルクレープを作ってもらう。

 できあがったそれを包丁で切り分けてこれも試食をしてもらった。香ばしさが少なくなったのが物足りないという意見が出たので溶かした飴を薄く表面へ塗ってみた。完全に飴が固まってから食べてみる。薄めに塗ったはずなのにけっこう硬い。飴を溶かす時の水分量を多めにしてみた。どうやら飴とは違うらしい。うーん、ミルクレープの表面に何か照りのあるものが塗られてた気がしたんだけどなあ。

 単なる飴とは違うようだったから、色々と試してみた。

 ジャムを溶いてみたものが具合が良かった。レモンのジャムが良かった。レモンの爽やかな酸味と甘味が加えられて絶妙。でも全体として甘味が強くなりすぎたからミルクレープの砂糖を少なくして味を再調整する。

「クレープは屋台料理として売り出したいから、そのノウハウをまとめてください。ミルクレープは高級感を演出したいから、専門店か何かを出したいけど……ミルクレープだけっていうのも何だかなあ……」

「最近、ラ・マルタで流行しつつあるカフェをビンガム商会でも出すと言う話もありますが」

「ううん、カフェなんて庶民が気軽に出入りできるところでもないし……。もう少し一般的に気軽に食べてもらいたいから、もっと別の形態がいいな。それに折角の甘味なのに子どもがカフェなんてなかなか入れないから」

「では、どのような提供を?」

「うーん……デパ地下?」

「でぱちか?」

「そうだ。デパートだよ。百貨店、作りましょう」

「ひゃっか、てん……?」

「ビンガム商会の資本力にものを言わせた、新しい形態のお店だね。けど購買部が大変なことになりそうだなあ……。まあ、いっか。メリッサさん、帰って早速、建築部との打ち合わせをスケジューリングしてください」

「内容は?」

「ラ・マルタの一等地に大きな高い建物を作ります。目玉は何と言っても、自動昇降機です」

「自動、昇降……?」

「できれば明日の午後以降で。それまでに資料作るけど、とりあえず10階建てを目指しましょう」

「そんなに高い建物を? 許可が下りるでしょうか……?」

「ああ、そっか、許可がいるのか……。その辺の申請方法とかも調べて教えてください」

「承知いたしました。では戻りましょう」

「エル様、この試食品はどうします?」

 帰ろうとしたらビンガム商会の料理人さんに呼び止められてしまった。まだ切り分けてもいないミルクレープであったり、生地を焼くだけ焼いてクレープとして巻いていないものであったり、ちょっともったいない。

「ご家族やご近所さんに分けていただいてもいいですし——あ、ミルクレープ、一番綺麗なやつだけ箱に入れてくれます? それとメリッサさん、大急ぎでシャーロット皇女殿下の従者のクライドさんに手紙を渡してもらえるよう手配してもらえますか? あの人に教えないまま販売なんかしちゃったら、絶対にクライドさんに叱られちゃうから……」

「分かりました」

 しかしまた、仕事が増えてしまった。

 これっていつになったら、旅を再開できるのだろうか。


 ▼


「良い心がけです、エル様。この調子でシャーロット様にまた献上品をお持ちになられてください」

「はい……」

 思い立ったら何とやらとはよく聞くけど、クライドさんは手紙を届けさせたその日に僕のところへやって来てお城へ連行された。シャーロット様にミルクレープを披露して、そのまま茶飲み話をした。

 解放されたのは夜遅くになってしまってからだった。

 遅くなってしまったからと、わざわざクライドさんが宿まで僕を送ってくれると申し出てくれて夜道を一緒に歩いている。

「クライドさんはずっと、シャーロット様のお世話をされているんですか?」

「ええ。生まれる前よりそう決まっておりましたので」

「……世襲で、代々?」

「はい。所領の持たぬ貴族ですので、城勤めをしなければなりませんでした。しかし皇帝陛下の傍仕えは決して叶わぬ程度の身分です。上り詰めていずれは他国か、国内の有力貴族へ嫁ぐシャーロット様の従者です」

「じゃあ、シャーロット様がご結婚されたら、クライドさんは?」

「……シャーロット様が嫁がれる家でわたしも仕えさせていただければ場所が変わるだけでしょう。そうでなければ終わりです」

「大変なんですね……」

「貴族というだけで裕福でいられたのはひと昔もふた昔も前のことです。あなたに今さらご説明申し上げる必要はないかと存じますが」

 確かに僕も爵位こそ与えられてしまったものの、得したことというのは大してない。むしろ、爵位を得てしまったことで縁談話が桁違いに増加している。前はお金持ちの豪商であったり、位の低い貴族であったりというのがボリューム層だったのに、今は中級程度の爵位の貴族からも縁談が持ち込まれてしまっている。

 いつか断るのに疲れてしまった時にぽろっと了解しちゃうんじゃないかとさえ思ってしまう。

「お貴族様って大変ですよね……。しがらみというか、軋轢だとか、時代によっては陰謀みたいなものもあったんでしょうし」

「陰謀など、軽微なものまで含めてしまえば渦巻いていない時などはないでしょう。生活苦より解き放たれれば人間は足を引っ張り合うものです。恐らくは古い時代の方が良かったのです。人に知恵はいらなかった。獣であった方が幸福だったのです。単純な社会、単純な生活。生まれ、飯を作り、食らい、死ぬ。そんな明快な、社会とも言えぬ人の営みこそが良かったのでしょう」

「寂しい意見ですね……。考え方はそれぞれですから、良いとも悪いとも僕は言いませんが、寂しいです」

「ではあなたはどう思われるのです?」

「社会がどれだけ単純でも、複雑であっても、人は相争う関係だと思います。それが口喧嘩程度であるのか、国家間同士の大戦となるかというスケールの違いだけで。でもその全てが不要とも思わないです。好きな人を巡って対立するのは人だけでなく動物同士でも起こりますし、競争を通じて自分の限界へ挑み成長することもできます。より良いものを追い求めるのは本能ですから、その過程で様々な形の争いが生じることは否定できないと思うんです。だから、僕は文明とともに人の倫理・道徳を社会全体で健全に育んでいくことが必要であると考えます。教育の必要性、健全な社会を育むための環境を当然のものとして備えるべきだと思います」

「……理想ですね」

「はい。理想だからこそ、未来の希望になるんじゃないかと」

「あなたの考え方は一見すると地に足のついたもののようですが、何故か着地点だけがふわりと浮いているように感じてしまいます」

「だって僕みたいな子どもの口から、堅実そのものの重苦しい言葉ばかり出てきたら気分を悪くする方もいますでしょう?」

「……なるほど、あなたは異常者ですね」

 異常者って言われた。何それすごいショック。冷静に分析された上での異常者呼ばわりな気がした。

「どうか、シャーロット様の前では純真無垢な少年を演じていただきたく」

「まるで僕が純真無垢ではないかのような……」

「違うのですか?」

「違いますとも……」

 とは言ってみたものの、純真無垢って突き詰めるとどういうことだろう。人の顔色をうかがって上手な立ち居振る舞いばかりを気にしている時点でアウトなのかも?

「では、今はそのようにしておきましょう」

「そうしておいてください……」

 絶対にクライドさんは納得してくれてはいない。

 近道のために細い路地へ入り、複雑に入り組んだ小路を進む。

「……今さらではありますが、精霊器を狙った強盗事件が起きている時世で、このような道を選ばれるのは危険では?」

「でももうすぐ着いちゃいますから。それにクライドさんがいますし」

「わたしは護身術さえまともにできません」

「えっ」

「しかし、すぐに到着するのであれば問題はないでしょう」

「そ、そうですね……」

 てっきり、何でもかんでもそつなくこなせるタイプかと思ったのに護身術もできないなんて。まあでも、あと10分くらいで着くはず。

 すぐなんだから大丈夫。

 あれ――こういう油断パターン、危険な気がする。いやいや。天下の帝都ラ・マルタで一体どんな危険があるというのか。……そう言えば前に誘拐されちゃったっけ。でも今は大丈夫だし。チンピラくらいならやっつけられるはず。だから大丈夫。


 ところがどっこい。

 どうしてこういう予感を僕は当ててしまうのか。謎。

「精霊器を出せば痛い目には遭わせないでやる」

 フードで顔を隠した人が現れた。あと3ブロック先がゴールだというのに、路地の前に1人。背後に2人現れて通せんぼをしてきた。

「問題がございましたね、エル様」

「……ですね」

 クライドさんがいるし、街中でもあるし、魔術をぶっ放すわけにはいかない。杖と<ルシオラ>を両手で握って構える。

「壁際に寄ってください。目当ては僕らしいので、隙があればお逃げになってください」

「大丈夫ですか?」

「ダメでもどうにかします……。とにかく隙があればわき目を振らずに逃げてください」

 精霊器狩りっていう表現が正しいんだろうか。

 絶対に僕を待ち伏せての襲撃だから、何か精霊器対策があるのかも知れない。あるいは彼らも精霊器使いということだって考えられる。

「<ルシオラ>先生、お願いしまぁす!」

 杖を掲げて魔術で光を発した。目が眩むくらいの強い光で相手の動きを止めておいて、まずは背後を塞いでいた2人に駆け寄った。杖で鳩尾を突き込んで、くるっと杖を回して持ち手で首に引っ掛けて、もう1人を巻き込むようにして倒してやる。

 これで精霊器は杖の方だと誤認させられたと思う。僕の精霊器がどういうものかというのはギルしか知らないのだ。ただ光を発するだけならば被害というものは生じない。

 とは言え、発光させる程度の魔術だけでこの場を切り抜けないとならない。

 2人まとめてやっつけたところで振り返ると、前を塞いでいた人が迫ってきていた。ナイフを繰り出されて危うく杖で叩いて逸らそうとしたのに、杖を繰り出した右手を思い切り切り裂かれた。手首の付け根から肘のところまで熱い激痛が奔って思わず歯を食いしばる。それでもとどめを刺そうとしてきた次の攻撃は左手で持っていた<ルシオラ>で弾けた。

 杖は落としたし右手は痛すぎて使えない。

 左手だけでやらないとならない上に杖をこぼしたということは<ルシオラ>が杖だと誤解させておくためには魔術さえ使うことはできない。

「小細工をして楽しいか?」

「っ――」

 小声で囁かれてドキッとした。足先で杖を引っかけるようにして蹴り上げて左手で指を目いっぱい広げて、<ルシオラ>を持ったまま杖も掴む。

「レーザーワークス!」

 光線を杖の先端から放ったけど外れた。杖1本分の太さの光線であっても眩しさはカメラのフラッシュ並み。それが消えてくれないのだからまともに目を開けておくことなんて難しすぎる。だと言うのに一度放った光線を曲げてラ・マルタ上空へ打ち上げておいて、そこから拡散させて降り注がせてみても空いてはどこへ落ちてくるかが分かっているかのようにステップを踏むように避けてしまう。

 一体これはどういうことなのか。

 必ず何かある。それこそ精霊器の仕業だ。目が見えない、音や匂いで察知することもできないという状態で完璧に躱したのならば、危機察知能力が高いとか、未来のことが分かるとか、あるいは相手の頭が読めるとか、そういう絡繰りがあるに違いない。

 だったら可能性を潰していかないと。

 この期に及んで手の内を隠すとかやっていられない。最悪の想像が当たっていた場合はまったくの無意味なのだから。

「ミラービット! からの、レーザーワークス!」

 水を出してそれを凍結。小さな無数の鏡めいた氷を作り上げておいて、そこに魔術の光線を当てて乱反射させる。これも躱しきるのであれば恐らく未来予知や、何かしらの感覚の特化、純粋な動体視力と反射神経というフィジカルゴリ押しと分かる。

「当たりだ。が、分かったところでどうにもなるまい?」

 乱反射させた光線を彼は避けようともしなかった。

 最初はちゃんと避けていたのに、今度は避けることさえしなかった。ただの光であって直射されたところで眩しい程度でしかないと二度目で見切ってきた。

「……それじゃあ僕の勝利条件はとっくに整えてあって、あとは防戦主体でいればいいっていうのも分かるよね?」

「その前に片をつけるだけだ」

「できるといいですね。もう痛くも痒くもない探りはしませんよ」

 <ルシオラ>に魔力を通して右腕に刺す。刃を刺したその瞬間は痛いけど、その一瞬さえ過ぎてしまえば傷は癒えて痛みも、その疼きも消えていく。

「ええと……じゃあアドリビトゥムっていうことで。今度はちゃんと痛いのを」

「あどりびとぅむ――即興――?」

 やっぱり僕の頭の中を読んでいる。読むのか、聞こえるのか、そういうのは分からないけど僕が解説してあげないと意味までは分からないっていう感じか。

 だったら荷電粒子のレーザー光線なんていうものの理屈までは分からないんじゃないだろうか。

「かで、ん——何だ、貴様、何をする!?」

「何するかなんて、お見通しでしょう?」

 説明してあげる必要なんかないじゃないか。

 そもそも理屈で知っているだけで具体的にどうなってしまうのかなんて僕は知らないのだから、ちゃんと説明をしてあげるなんていうこともできやしない。

「名づけて、夢と希望のロマンビーム!」

 ぴゅんっ。

「…………」

「…………」

 おかしい。ほんのちょびっと、終わりかけのおしっこくらいの勢いで何かが出たような、出ていないような、そんな程度の何かしか起きなかった。

 さらには何も起きていないようにしか見えない。

「科学に失敗はつきものだよね……」

「ふ、ざ、けやがって……!」

「フラッシュ猫騙し」

 両手をパンと叩き合わせるのと同時に閃光も発した。

 怒って向かってきた相手が僕の謎挙動と光に目をやられる。いくら頭の中が分かっていたってとっさの思いつきにまで対応はできないらしいし、目を潰されてしまえばいくら思考が分かったところで手の打ちようはない——はず。

「からーの、痛いところ! ていっ! とうっ!」

 鳩尾に一発、そのまま杖の先端を跳ね上げるようにして顎を叩き上げる。フードが外れた顔が見える。若い——女の子?

「だったら、どうした!」

「うわ、おおっ!?」

 後ずさっただけだった。ナイフを振られて慌てて僕もたじろぐけどほっぺを切られる。壁に背が当たる。――ヤバい、逃げ先がなくなった。

「魔力障壁!」

 寸でのところで彼女のナイフを障壁で防げた。

 ここからどうしたものかと考えかけた時、聞きなれたけたたましい銃声がして彼女が飛びずさる。

「――いよーう、何を面白いこと一人占めしてやがらァ。俺も混ぜろよ」

「ギル!」

「ちっ、時間か」

「逃げられると思うんじゃ――おっ?」

 フードを被り直して襲撃者が踵を返した直後、その姿がいきなり消えてしまった。

「……消えた?」

「消えちゃったね……。あ、他にも2人——いない……」

 ついでにクライドさんもとっくに避難してくれていたっぽかった。不完全燃焼とばかりにギルは口を尖らせて舌打ちする。

「んだよ、つっまんねえの!」

 つまらないって、そんな言葉で終わらせちゃいけないのに。

 どっと疲労が押し寄せてきた。しかし本当に精霊器強盗が出てきてしまっただなんて。それも僕を狙って。絶対にまた襲ってくる。予感がする。

 ヤダなあ、つくづく――。

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