#022 竜殺しは度胸が肝心みたいでした

「サルヴァスさんって……すごく、何か、気難しそうな人だったんだね……」

「気難しいなんてもんじゃあねえって。偏屈って言うんだよ、ああいうのは。でもって性格が歪んでる」

 ギルの歯に衣着せぬ言い方には苦言を呈したくなるけれど、正直、そういう表現こそが相応しいのかもとも思ってしまう。

 随分と古代文字の読解も自力でできるようになってきた。

 出立する時に何冊かの本を持ってきて、時間が許す限り読んでいる。古代文字の教材としてギルに教わりながら読んだ本もあれば、手つかずの本もある。けっこう読めるようになったと自負はするものの、別の問題が生じてきてしまっていた。

 単語の意味が専門用語らしくて理解ができないという問題だ。特に魔術関連の記述でそれは顕著になっていて、こればかりはギルに意味を教わるわけにもいかない。本人だって分からない言葉なのだから。

 それで仕方なしに持ってきたはいいけど、中身が魔術とはまったくもって関係のない、サルヴァスさんの手記みたいなものを最近は読みふけっている。魔導士というのは当時の知識層で、サルヴァスさんはその中でも極めて鮮烈な才能を発揮した1人だから何か有益なことでも書かれているんじゃないかと思った。

 実際、彼が考案したという魔術についても記述はあったけれど、読んでも理屈や単語が理解できなくて再現できそうにはなかった。が、普通に読み物として興味深くもあった。サルヴァスさんは何というか——ギルの表現した人物像に近い印象を抱く。

 かなり世の中を斜視する。当時の社会の常識であったり、流行であったりということを取り上げては無意味だとか、愚かしいとか、そういう愚痴のようなものがいっぱい書かれていた。当時を知るための重要な資料としての価値がものすごく高い。

 例えば魔導文明時代においては、今でこそ退治する対象でしかない魔物を飼いならす方法を編み出して従えていただとか、その技術――というか、魔術——でペットにして品評会なんかをするということまでしていたらしい。サルヴァスさんからしたら「人の傲慢さに吐き気のするおぞましい催し」とのことらしい。感想はそれぞれだろうけれど、僕は是非ともその様子を見てみたい。色んな部門があったようだし。

「……ねえねえ、ギル、これ読んでたら思ったんだけどさ」

「おう」

「ギルが今の時代で目覚めてから、けっこう何もかも変わっちゃってて驚いたんじゃないの?」

「まあな……。めちゃくちゃ文明は後退してたし。ぶっちゃけ不便だがよ、あんまり便利すぎるってえのも考えもんだからよ。俺はこれくらいでのんびりしてる方がいいってえもんだ」

「なるほど……」

 僕もギルと同じような意見かな。

 文明ばかりが進化していってもそれだけでいいわけじゃない。文明の発展による問題だって生じるのだ。エネルギーの枯渇であるとか、環境破壊であるとか。

「おう、エル。あっちに陸地が見えらぁな。そろそろおかが恋しいから降りちまおうぜ」

「そうだね。僕も揺れないところで過ごしたい……」

 久しぶり――とは言え、ほんの数時間ぶりでも大地というものの偉大さを思い知らされる。

 降り立った時のどっしり安定感。むしろ僕の方がよろめいてしまうくらいで、つくづく人間は大地を離れて暮らすなんてできないんだと思い知らされた。


 ▼


「うおっ、おうおうおう……威勢のいい雷だなあ、おい。早いとこ陸に上がっといて正解だったぜ」

「すごい嵐だね……。海の上で巻き込まれたりしなくて良かった」

 何だか空模様がおかしいと気づいたのは上陸してすぐの林の中で食事の支度をしている時だった。地面に穴を掘って拾った石ころで竈を作っていたら、ぽつりぽつりと雨が降ってきて、あっという間に大雨で、強い風が吹いて、雷まで鳴り始めた。

 大きな木の陰へ急いで避難して雨宿りして嵐が過ぎ去るのを待っている。何も雨風を凌ぐものがない状況では火起こしもできない。

「こりゃ、優雅に船旅ってのも考え直すべきか……。嵐のことまで考えてなかったぜ」

「……もしかして、それさえなければずっと船旅するつもりだった?」

「おう。陸沿いにぐるーっと回れば済むだろ? 歩かねえで済むし」

 呆れてしまう。旅ならやっぱり自分の足で歩くとか、公共の乗り物を使うべきじゃないだろうか。それを実質、燃料いらずの僕の魔術を原動機代わりにしての船旅だなんて。

「ねえギル、このままここにいる? 雷とかが落ちてきたら危ないし、できるだけ安全なところに避難できるならした方がいいと思うんだけど。風で木がなぎ倒されちゃうっていうこともあるだろうし」

「そうさなあ……。確かにこのままってのも心もとねえが、かと言って都合のいい避難場所があるってえわけでもなし……。ま、どこだろうが変わらねえ状況だし、ちっと移動してみるか」

「うん」

 雨粒は林の中だからさほどたくさん浴びずに済むけれど、強風に散らされて飛来する葉っぱだったり、ぬかるんだ足元だったりが厄介だった。たまに雷が近くでぴしゃーんと音を立てると、次は僕らに落ちてくるんじゃないかとかっていう被害妄想も膨らんでしまった。

 しかし歩いていったら林の中に切り拓かれた林道に出ることができた。

「しめたな。道があるってことは人が通る。近くに身を寄せられる村なり町なりもあるかも知れねえ」

「そうだね。行ってみよ。馬小屋でもいいから屋根と壁が欲しい」

「まったくだ」

 意見も一致して早足に林道を僕らは歩き出す。どっちに行けば近いかなんてことは分からなかったけれど何も考えずに歩いた。そうして歩き続けている間に、だんだんと風が弱まっていく。

 もしかして台風の目にでも入ったんだろうかと思ってそのまま歩を進めたら本当に天気が回復してきている。しかも立て札を見つけて、すぐ先に町があるということまで分かった瞬間はギルとハイタッチで喜びを分かち合った。

「酷い目に遭ったけど、どうにかなったね」

「ほんっと、お前って厄介ごと引っかけてくんのな」

「それ僕のせい?」

「違うのか?」

「ギルじゃないの?」

「俺じゃねえだろ」

 押しつけ合いをしている内に町が遠目に見えてきて――雷が落ちた。

 閃いた光で何か妙な影を見た気がして足が止まる。ギルも同じように足を止め、目を凝らすように首を前へ出している。

「……お前、何てもんを呼びつけた?」

「だから僕じゃないもん! でも、何? 一瞬でよく見えなかったけど、大きかったよね?」

「俺も自信がねえというか、当たらないでほしいんだがよ」

「うん」

「……もしかして、この天気も込みで、あれ、ドラゴンかもな」

「……ま、まっさかー。そんなの、だって、あれでしょ? それこそ、天災級の被害を出しちゃうっていう、何かその、魔物のヒエラルキーだと頂点みたいなのでしょ?」

「そうそう、勉強してんじゃねえか。まあ、だからきっと俺の見間違い……だな」

「だ、だよね! そうだよ、まさかもう、ギルったらー、あははは」

「ははは、悪い、悪——」

 雷鳴が轟いた。

 僕らの目の前の大地へ落ちたそれは、まるで神様が投げ落とした槍であるかのように一撃で地面を抉り、大地の表層を引き剥がしたそばから焼き払った。落雷の衝撃波に吹き飛ばされかけてギルに寸でのところで捕まえられ、台風の目の中とばかり思って和らいでいた風が猛烈な勢いで吹き始めていた。

 先の雷鳴のせいで耳はよく聞こえなかった。目も閃光が焼きついてしまって失明したのではないかとさえ思われたけれど一時的に眩んでいただけだった。

 けれど。

 しぱしぱと瞬きを繰り返して、再びちゃんと目の前を見た時に――そこに町はなかった。

 恐らく街の住民は全滅していて。

 それは焼け上がる街の残骸の焔に照らされてその堂々たる姿を見せつけていた。

 翼の生えた蜥蜴なんていう代物ではない。

 巨大な手足に、強靭な翼。どしりと構えた胴と、先端まで稲光がパチパチと瞬く突起を有した尻尾。頭には冠のような角がある。

「……」

 これはもう本能というもので、ヤバい、怖い、とりあえずギルの陰――ということで気づけばギルにしがみついて隠れていた。ギルはギルで<黒轟>と<黒威>を両手で握って身構えている。僕を邪魔だと剥がすほどの余裕さえないっぽい。

「いいか、エル……。ドラゴンってえのはよ、確かに強烈無比な最強に数えていい魔物だが、連中は意外と人間にゃあ好意的って側面もあるんだ。それがああも容赦なく街を丸ごと焼いたってえことは、よっぽどのことをしでかしたバカ野郎がいたか、あるいは何かされてキレて八つ当たりでぶっ壊したってえもんだ」

「こ、好意的なの? 意外……」

「だがそれは奴らが高い知性を持ってて、人間の行動に興味を持てるだけ頭がいいって理由だ。だから味方なんてもんじゃあねえ」

「そうなんだ……。で、意図的に話逸らしちゃったからさ……続きがあるなら、どうぞ?」

「もし、あれが八つ当たりだったんならよ」

「……ごくり」

「現実逃避でおちゃらけてる場合じゃねえ。俺らにも牙ァ剥いてくんぜ」

「……そうでないことを祈ります」

「おう、祈るなんてタダだ。ガンガン祈れ。だが、目ん玉見開いとけ。こっちを気にする仕草があったら、ドラゴンとやり合うことになるぜ」

 祈るなんてとてもできなかった。

 固唾を飲んでドラゴンをじっと見つめるしかできない。

 やがて尻尾をばたんと大地に一度打ちつけてドラゴンが翼を広げる。どこかへ飛び立ってくれるのかと思った、その直後にゆっくりと長い首を巡らせるようにして僕らの方へ顔を向けていた。

「さっきの雷はそうそう何度もぶっ放さねえが、落とされりゃあそこで終いだ! 距離を大袈裟くらいに取れ! リーチは野郎の視界全部だと思っていい! 口から火い吹く上に魔術も使う! ついでに風も操る、天候を変えちまう程度に! 油断した瞬間に死ぬと思え!」

 そこまでギルがしっかり口にして注意してくるということは、それだけヤバいということに他ならない。

 ドラゴンが鎌首をもたげ、火を吹き出していた。僕のファイアボールと同じくらいの大きな火の玉。反射的に僕もファイアボールを放った。とっさの判断が果たして正しかったのかは分からない。ドラゴンと僕と、双方の放った炎は互いの中間地点でぶつかり合って、盛大に爆ぜて熱波を撒き散らかした。

 僕が無意識に盾にしていたギルに振り払われる。ギルがあの巨大なドラゴンへ向かって駆け出していた。ドラゴン相手だろうが基本は近接肉弾戦らしい。ギルはつくづくおかしいけれどその背中がこういう時はともかく頼もしい。

 しかしギルが近づくほどに、そのドラゴンの強大さが浮き彫りになるようで腰が引けた。ドラゴンが人の大人ほどの大きさだとすればギルは足首ほどの高さもない。矮小で脆弱な人間だ。ドラゴンの前には、僕もギルも大差ない。どんぐりの背比べ。

 けれどギルはスケールの違いがあろうとも臆さずに接近している。<黒轟>と<黒威>の同時斉射が初撃だった。——けれどドラゴンの前に不透明な壁みたいなものが現れて防いでしまう。見たことがある。あれってヴォルクスも使っていた。魔術なんだろうか。

 だとしたら、僕にも使えるのかも知れない。

 ぶっつけ本番になってしまうけれど、どうせ手加減していたらこっちが死んでしまうほどの相手だ。近づいてきたギルを振り払おうとしてか、ドラゴンが胴をひねるようにして尻尾を強烈に前へ弾き出した。大地を抉り、地形を変えながらギルへと迫っていったが、土砂とともに迫ってきた尻尾をギルはかなり手前でジャンプし、さらに<黒轟>の発砲で推進力を得て飛び越してドラゴンの尻尾へと着地してしまう。

「この距離で魔力障壁はできねえよなァ、デカブツゥッ!」

 ドラゴンの頭へ向かって<黒威>が高らかにその発砲音を轟かせる。巨大な黒雷にはドラゴンでさえもたまらなかったのか、身悶えするように暴れてギルを振り落とし、さらに前脚でしたたかにギルを打ちつけて地面へぶつけた。そこへまた火の玉でも吐こうというのか、首をもたげる。

「魔力障壁!」

 火を吹く、そのタイミングを見計らってやってみた。

 ギルを守るようにちゃんと、見た通りの半透明の壁ができあがって炎を防いでくれている。けっこう頑丈だ。僕って意外とやれるのかも。

 ちゃんとギルが起き上がって動き出したのを確認して障壁を消す。真正面から再び<黒威>がドラゴン目掛けて炸裂した。やっぱり<黒威>の威力はヤバい。あの巨大なドラゴン相手にちゃんとダメージを与えられているのだ。

 だけどドラゴンの方も、まるで人間相手の戦い方を知っているかのように動く。足場となる地面ごと薙ぎ払ってみたり、それで飛び出したところを叩き落としたり。翼を広げて、一声高らかに咆哮を上げられたら、あまりの音と、ドラゴンから発せられた謎風圧で頭も体もフリーズさせられる。——それなのにギルはつかず離れずの至近距離でドラゴンに肉薄している。

 でも<黒威>をもってしても火力不足に見えた。確かにドラゴンは嫌がり、怯みはするけれど明確に傷ついているようには見えない。

「……よし」

 魔力障壁の頑強さは確かめられた。

 ギルほどの立ち回りはできないし、常に動き続けるだけの体力も脚力もないけど、魔力障壁に頼れば僕だって近づけないことはない。大袈裟なほどの距離を取れとは言われたけれど、ギルと連携をしないと活路は見出せそうにはないのだから踏み込むしかない。

 どうせ魔力を流しても影響を受けない<黒迅>を両手で握って僕もドラゴンの方へと駆け出した。

 すぐにドラゴンが僕を振り返った。けどその横顔に<黒轟>から放たれた杭の雨が注がれてドラゴンの注意はギルに引き戻される。

「ギル! 何をしたらいいっ!?」

「死んでも知らねえぞ、いいのかっ!?」

「ギルが死んだら僕もすぐ殺されちゃうよ!」

 言い返したらギルが舌打ちした気がした。はっきりしないけど、舌打ちされた気はした。

 ドラゴンがめちゃくちゃ鋭くて巨大な爪のある前脚を持ち上げていた。魔力障壁を使ってその一撃を防ぐ。至近距離で受けると、その迫力で平気なはずなのに尻餅をついてしまう。万が一にでも魔力障壁が破られたら即死は免れられない。<ルシオラ>で回復する時間さえない。

 こんなのを相手にギルは身を守る術もなく近接戦をしているだなんて。

「エル、俺が合図したらその壁で野郎を卵みてえに閉じ込めろ!」

「閉じ込め――分かった!」

 意図を探るほどの余裕はない。

「あとこいつはとにかくデケえんだ! お前もサイズ合わせて魔術ぶっ放せ!」

「ギルを巻き込むかも!」

「てめえの身くれえ、てめえで守らァ!」

 頼もしいにもほどがある発言を信じることにした。

 スケール勝負。加減なし。細かなことはまだまだできないけど、大雑把にならばやれる気がする。

「ファイアボール!」

 魔力障壁を使ったまま、全身全霊のつもりでファイアボールを使おうとしたけど、何だか一度に使う魔力の量というものの限度が分からなくなってきて、空中に出した炎の塊がどんどんどんどん大きくなって熱くなってくる。熱とかまで完全に魔力障壁が防げるわけでないのか、僕の魔力障壁が未熟だから熱を貫通させてしまっているのか。

 あまりにも大きくなりすぎた。このままぶっ放したら丸ごと一面を焼け野原にしてしまいかねないけれど出してしまったものはしょうがない。

「……あ、圧縮! ジップ!」

 ぎゅっと手を握ってみた。膨れ上がっていた巨大炎もぐぐっと小さくなってくれた。やった。しかも何か押し固めたら炎の色が濃い赤に近づいた気がする。

「ふむふむ。だとしたら……これを、ひとーつ、ふたーつ、みーっつと出して。さっきと同じくらいにしておいて、で、全部ジップしちゃってー」

 うわ。すごい明るい。

 もう夜中なのに、4つのジップ・ファイアボールが中空で太陽みたいに輝いている。そしてすごく暑い。汗かいてるもん、今。

「とろけるクワトロ・ファイアボール!」

 とろけ要素がどこかって? 僕の体感です。溶けそうなくらい、暑いもの。

 とにかくジップ・ファイアボールの四連発を落としていたらギルが来た。ドラゴンがずっと僕を叩き潰そうとしていた前脚を地面へ降ろして頭上を見上げる。

「入れろ、死ぬ!」

「入れる、死なないで!」

 一瞬だけ障壁を解除してギルを入れた直後に、一発目がドラゴンに落ちた。

「二重、三重で展開しろ! 多けりゃ多い方がいい!」

「わ、分かった!」

 ギルのアドバイスがなかったらどうなっていたか、魔力障壁を重ねるようにたくさん出しておいたけど目の前の視界がとんでもなかった。3D映画にしてしまったら確実にコマーシャルで使われる。続いて二発目、三発目、四発目と続けて落下していくとその迫力さえ麻痺するほどの光景だった。

 ただでさえ抉れていた地面がさらに剥がれて、そのそばから焼失していく。駆け抜けた衝撃波が視覚化されるほどの威力。

「……エル」

「……はい」

「……お前ヤバいのな」

「……我ながら驚いてるところです」

 さすがにこれならドラゴンもやられてくれると思いたい。

 なかなか巻き上がった粉塵が晴れてはくれない。かなりの広範囲をめちゃくちゃ荒らしちゃっているから仕方ない。

「チッ……やぁっぱドラゴンってのは異常だな、おい」

 突如として巻き上がっていた塵埃が振り払われていく。

 ドラゴンが尻尾を振るっていた。

 とうとう視界が晴れるとドラゴンは低い姿勢で、縦に長い瞳孔をギラギラさせてこっちを見据えている。思わず総毛立つほどの迫力。眼力だけで射竦められる。

「嘘でしょ……?」

「だが随分と削れたじゃあねえか。あそこまでいけてりゃ、どうにかなりそうだ」

 ドラゴンの体はびっしりと覆っていた鱗が剥げ落ちている箇所もあるし、鎧のように固そうだった甲殻もところどころが壊れている。

「いいか。俺の合図で障壁だ。それに追加して、今の魔術もぶち込んどけ。それで仕留めるぞ」

「分かった……」

 ギルが前へ出て<黒轟>をぶっ放す。射出されたのは何と鎖だった。まだ折れていなかった頭の角に鎖が絡み、フックショットのように鎖が銃口へ戻ってギルが一気に巻き上げられる。ほんとあれってどういう中身になってるのか謎過ぎる。

 ドラゴンは頭を振って近づいてくるギルを遠ざけようとしたけど徒労だった。振り回されながらも鎖はどんどん短くなっていってギルはドラゴンの頭へ乗ってしまう。

「うおらァッ!!」

 そして<黒轟>の連射に次ぐ連射。秒間何発、何が撃ち出されているかも分からないけど、とにかくギルはフルオートの小銃でも持っているかのように角へしがみつきながらドラゴンの鱗や口角の禿げたところを狙って撃ちまくっている。

 たまったものじゃないドラゴンは激しく身悶えして、犬が大好きな人に自分のお腹でも見せるかのように、とうとうひっくり返ってまでギルを振り払いにかかった。これにはさすがのギルでも離れざるをえなかった。ドラゴンから飛び降りながら中空で体をひねって向き直って<黒威>を放つ。その反動で吹っ飛びながらドラゴンから距離を取ってもいる。とろけるクワトロ・ファイアボールで弱ったところへ<黒威>の一撃が直撃し、ドラゴンが壮絶な大咆哮を上げて暴れ回る。

 まだ残っている角がいきなり光を放った。絶叫とともに角の光が空へ伸びると暗雲がごろごろと鳴り始める。

「もしかして、さっきの……町焼いたやつ……?」

「エル! タイミング外すな! 俺が<黒轟>ぶっ放したのを見てからすぐだ! 一瞬でやれ! でなきゃ死ぬぞ、俺が!」

 戦慄していたらギルから指示が来て、頭の先まで痺れるくらいの緊張が奔ってしまった。

 一体、ギルは何をしようというのか。

 さっきのあのとんでも威力を見たはずだというのに。光が閃いたら、もうその瞬間におしまいだというのに。軽く絶体絶命だ。

 いつそのタイミングが来るのかと身構えつつ、ジップ・ファイアボールの用意もしておく。一緒に閉じ込めろとか言ったけど、あらかじめ準備しておかないとできない。

 雲の中で来光が蠢いて、空から地響きのような凄まじい音がする。ギルもじっとタイミングを見計らうように空を見ている。

 そして。

 その時がきた。

「——今だ、やれ!」

 声を聞いて魔力障壁を卵型で形成する。ジップ・ファイアボールはすでに魔力障壁で覆い込む範囲内に配置していた。

 <黒轟>の音がして、空から雷の光が落ちて目が眩んだ。

「うわっ、えええっ!?」

 無事だった。

 そして僕の作った魔力障壁の卵の中で、凄まじいまでの破壊の光が満ち満ちていた。初めて、魔力障壁が割れるんじゃないかという感覚が起きていた。これが割れてしまったら多分、死ぬ。必死になって魔力障壁を保つことに集中する。

 かろうじて、耐えきった。

 それでも魔力障壁を解除するのが怖くて、まだ保っておく。

「もういいぞ」

「……う、うん」

 僕のところへギルが戻ってきて声をかけられ、魔力障壁を解く。

 閉じ込められていた爆発で生じた塵や、焦げた匂いや、熱気までもが周囲に拡散される。

 ドラゴンは横たわり、身動きひとつ取ろうとしていなかった。

「た、倒した……?」

「意外とやれちまったな……。これで俺らは立派な竜殺しか」

「最後、何が起きたの?」

「あいつの雷はほら、やべえだろ? だが、雷だってえんなら誘導もできる。<黒轟>でドラゴンへ見舞っててめえの雷を食わしてやっただけさ。そいつをお前の障壁で閉じ込めてやりゃあ行き場のねえエネルギーが内部で暴れ回る。お前の魔術はついでだな。多少は威力が跳ね上がるだろうってえ計算だ」

「……もし、ギルがドラゴンの雷をうまく誘導できなかったら」

「終わり」

「僕がタイミング間違ってたら」

「終わり」

「シビアすぎない!?」

「それぐれえしねえとできなかった、ってえこったな」

 あっさり言うけど本当に少しでも僕が躊躇したり、ミスしていたら死んでしまっていた。というかギル自身は当然として、僕がちゃんとできるかっていうところまで込み込みでよくもこんなこと企てられるなと感心してしまう。僕のことを信頼していたっていうことなのかも知れないけど、もしもとか、万が一とか、そういうの考えなかったんだろうか。

「しっかし……3回くらいは死んだな」

「え?」

「いや、そういうヤバい瞬間があったってこと。何にせよ、お前のアホみてえな魔術のお陰か。けっこう胸張っていいぜ、ほんと」

「……ギルがいたからだと、思う」

「なら俺の手柄だな」

「その切り替えは気になるから撤回しようかな……」

「嵐もおさまったし、疲れたし、ここで寝るとしようや」

 疲れたとばかりにギルは座り込んでしまった。

 そう言えばずっとご飯を食べていなかったことに今さら気がついて、するとお腹が鳴って体が主張し始めた。ギルが笑う。恥ずかしい。

「飯にすっか」

「うん。……あ、でも食べものないなあ」

「目の前にあるじゃねえの」

「目の前って――はいっ?」

「ドラゴンの肉なんざ、そうそう食えるもんじゃねえぜ?」

 マジですか、この人。

 ドラゴンのお肉は——硬かったけどまずくはなかった。硬さだけが問題だった。ちゃんとした厨房でならうまいこと料理できるんじゃないかとは思えた。

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