#021 何だかキナ臭いものと遭遇してしまったようです

 バルバロスはギルによって成敗をされた。

 使い手を失った精霊器は単なる道具に過ぎない。その場ですぐに誰かが手にした途端、精霊器としての力を取り戻すということがそもそも有り得ないのだ。

 島の入江からすぐ洞窟の入口がある。その中は広かった。そして随分と海賊が手を入れていたようだった。地面には床板が設置されてランタンであったり、燭台であったりが壁にあって、階段まで設置をされていた。洞窟の形に添って利便性を上げるためにリフォームをしましたという印象だ。

 人質がどこかにいるのならば相場は地下だとギルが主張したので、手の込んだ海賊のアジトを2人で探索して、ギルの読み通りに下の方の階層に牢屋があった。

 けれど、そこはもぬけの殻だった。

「……もうちっと探してみるがよ」

「うん……」

「ここにいねえってことは2つに1つだ。

 とうにぶっ殺されちまってるか、奴隷としてどこぞへ出荷されちまったか……。海賊のしのぎってえのを考えたら……ただ殺すなんざ、捕まえる労力と見合わねえ」

 島中を探し回ったにも関わらず、やはり連れてこられた人はいなかった。僕は同席しなかったけど、ギルが海坊主で蹴散らされて逃げ延びてから、改めて捕まった海賊からも話を聞いてくれたけど嫌な方の想定が当たるだけだった。

 バルバロスと、その部下の精霊器使いの海賊と、この2人がやられたことで海賊はすっかり意気消沈して負けを認めていた。残っていた海賊船を彼らに操船してもらって僕とギルも帰ろうということにした。

「ああ、そうだ。こいつら腐っても海賊なんだからよ、お宝の1つや2つはしけてても貯め込んでるはずだよな。ついでだからもらって行こうぜ。残党がひょっこり戻ってきてお宝くすねて悠々と暮らすなんざ考えただけで虫唾が走らァ」

 確かにこれからマリシアは復興していかなきゃいけないし、その財源確保は課題になってしまう。海賊の財宝があるのであれば有益な使い方をした方がいい。

「やい、てめえら、数は数えてあるぞ。俺とエルが戻った時、1人でも消えてたらてめえら全員、海のど真ん中で落とす。連帯責任だから誰も逃げねえようにてめえらで監視してやがれ」

 海賊に脅しをかけてからギルは海賊船を降りた。ギルの怖さというものは彼らに刻み込まれているから逃げようとはしないだろう。

 でも海賊船に海賊を丸ごと乗せたままだと船ごと全員で逃げられる可能性もあるかと思って、僕も船を降りてから海坊主を出しておいた。別に青坊主が見ているからと言って、僕にそれが伝わるなんていうことはないけれど、そんなの彼らには分からないことだから抑止にはなる――と思う。


「海賊って、どうして海賊になってしまったのかな……?」

「どこの土地にもはみ出し者なんてえのはいるもんだろ。でもって苦労して、汗水垂らして必死になるよかァ、徒党を組んで悪事を働いた方がよっぽど楽に面白おかしく過ごせるってなもんだ。仮に恐怖で縛ってくるボスがいたってよ、そのボスの陰へ寄り添ってりゃあおこぼれももらえるときた。まともに働くなんざできねえ阿呆のなれの果ての1つだ。要するにお天道様に背いたクズどもだな」

「……でも、そういう人をすくいあげるのも社会の果たす役割だよ」

 どれほどの悪事を働こうとて、その前に更生する機会は与えられるべきだ。更生しようのない人というのがいるというのも分かるけれど、同調圧力であったり、一度ダメだと見放されたがゆえの諦念であったりという要因があるにせよ、本気で引き返そうとすればできる人だってきっといたと思う。

 罪を憎んで人を憎まずという綺麗ごとはあるけれど、そんな理想が罷り通ればいいのに。

「あのデブ髭の部屋じゃねえか、ここ。立派だしよ」

 洞窟内に唐突に現れた扉を前にギルが言う。ちゃんと鍵穴のついたドアだった。ノブを回そうとしても鍵がかかってしまっている。お宝はここだと、何故かギルが言い切ってからドアを蹴破った。鍵がかけられてて開かないなら破ってしまえというシンプルすぎる理屈だろう。

「おうおう。ちゃーんとあるじゃあねえの」

 書斎めいた部屋だったけれど、蓋の開いた大きな宝箱があった。宝箱1つに収まらないから開けたままにしておいた感じに見える。全て強奪した物品かも知れないけれど金銭的な価値はありそうな品がたっぷりと詰め込まれていた。

「他にも何かねえか探そうぜ。こいつがブラフで、本命のお宝を隠すなんてえ小細工も考えられるしな」

「うん」

 ギルの探し方は荒っぽかった。机を蹴り飛ばして、壁は蹴り破って穴を空けて隠した空間がないかと探して、床板までべりべりと剥がす。そして何故か手馴れている。壁に飾ってあった立派な角の鹿の頭も外して、その中へ手を突っ込むという徹底ぶりだ。

 あんまりやることがなくて、ギルが壊した残骸を探しやすいよう部屋の外へ僕は移動させておいた。

 そんな作業の最中、洞窟内に敷き詰められた床板を踏む靴音、そして床板の軋む、かすかな音が聞こえた気がして振り返る。


 一目で普通じゃないとは思った。

 黒衣の長い裾や、銀色の金属鎧や、やたらに長くて細い剣や、氷のように冷たくも美しさを感じさせられるような美貌、何より紅い紅蓮のごとく長い髪――。

 この海賊のアジトには不釣り合いだ。

 魅入られてしまうほどの存在感に違和感は働けど、脅威を感じ取ることができなかった。

「——おう、珍客の類かあ?」

 ギルに後ろから肩を掴まれて我に返った。

 目の前にいるそれは人型をしているけど、人にはどうしてか思えなかった。

「珍客はそちらであろう」

「俺は単なる人様だぜ? てめえは違うだろう。この時代にまぁーだしぶとく生き残ってやがったのかよ、魔人様がよ。何の用だ? しけた海賊の財宝目当てじゃねえんだろう?」

「今日はバルバロスから進捗を聞く日であった。……が、死んだか」

「おうともさ。進捗ってえのは何だよ? 教えろって」

「答える必要はない。だが、別件の用はできた。好ましいことだ」

「ほおーん?」

「貴様らの精霊器をもらう」

「んなこったろうと思ったぜェ!」

 すかさずギルは<黒轟>をぶっ放したが、魔人は微動だにしていなかった。撃ちだされた弾丸がどんなものかは分からないけれど魔人の目の前に薄い半透明の壁が現れて弾丸が消し去られていた。

「ちっ……。やぁーっぱめんどくせえな、魔人ってえのは。おう、見逃せ。こんな狭いとこでやったって面白かあねえよ」

「……良かろう。こちらとしても楽しみができた。だが条件がある。名乗れ」

「そういうもんはてめえから名乗るもんだ」

「ヴォルクス」

「そうかい、俺はギル。で、これはエルで通してる」

「……エルか。いずれ、またまみえるとしよう」

 ヴォルクスと名乗ったそれが影に蝕まれるようにして暗くなって、そうしたら姿を消してしまっていた。

「はぁぁ……帰ったか」

「何……今の……? 何か、現実味が……なかったんだけど」

「多分、本体じゃなかっただろうな……。それであんななんだからたまらねえぜ」

「だから、何? ギルの知り合い?」

「知らねえって。魔人つって……そうさなあ、人の何十倍も種として強え連中さ。大昔にゃあちらほらいたもんだが、人とは交わらなかった。ともかく奴らは強え。魔術だってやべえし、素の身体能力もやべえし。でもって、何考えてるかも分かりゃしねえ。ついでにけっこう長生きらしいとは聞いたこともあるが、実際に寿命がどんなもんかは知らん」

 つまり存在が人智超え? それってあまりにもあんまりだ。

「何でお前、野郎に目えつけられたんだ?」

「僕が知りたいよ……」

「ついでに精霊器も集めてるってか? ほんっと、変わらずに意味不明な連中だな……」

「……ねえ、ギル?」

「おう」

「帰ってくれて良かったぁー、って感じに思っちゃうんだけど、ギルでも勝てないの?」

「勝てねえことはねえだろうよ」

「だよね、良かっ――」

「相打ち狙いでワンチャン、生き延びればって感じだろうがな」

「……」

 あかんやん、それ。

 もう二度と会いませんように。


 ▼


 マリシアに帰ってから、何だかすごくいたたまれない時間を過ごした。

 街は悲しみに暮れてしまった。捕まえた海賊がどこの何という奴隷商と取引をしたか、誰も知らなかった。売り払えればどうでもいいということだったのだろう。

 だから奴隷として売られてしまった人々の行方を追う手がかりもなく、もう二度と会うことも叶わないかも知れない。愛する夫を、大事な父を、かけがえのない息子を、得難い友を、失ってしまったという悲しみを目の当たりにすると無力感さえ抱くようだった。

「……こうもしみったれた雰囲気じゃあよ、酒なんざ飲んでも楽しかねえやな」

「……ギルでもそういう時はあるんだね」

「が、お前ってえ前例がある。奴隷にされたからって人生は終わりやしねえんだ。死んだもんだと決めつけんのは早えさ」

「うん……。でも奴隷だったからこそ、思うんだ。僕は突然、目が覚めた。でも一度、奴隷にされてしまったらさ……。思考さえできないほどに体力はなくなって、与えられる痛みから逃れるために懸命に働いて……得られるのは夜中のほんのひと時の睡眠時間と、お腹が膨れようもないほど粗末なご飯だけなんだ。だからね……」

 きっと1割も戻ってくることはできない。

 奴隷というのは生きる屍も同然の存在に成り下がってしまうのだ。

「バァーカ、ガキはガキらしく根拠のねえ理想だけ語ってやがれ。てめえにゃそれが似合いだよ」

 励ましてくれたんだろうか。

 頭をけっこう乱暴に撫でられた。

「船で行くのは難しそうだし、近くで登山道でも探そうか」

「難しくねえだろ。お前が一声、よーそろーって叫べば済むんだからよ」

「……だから、それはね」

「練習だ、練習。何せ、小舟が一隻ありゃあ海を渡れるんだからな。逃す手はねえよ」

「むうう……」

 人を原動機みたいに言っちゃってギルはもう。

 地味に言い返しにくい理屈だから困る。


「この度は何とお礼を言えば良いのか……」

 見送りにはマルカさんだけが来てくれた。昨夜、もう行きますと告げた時にはミーシャさんもその席にいたのに。用事でもできてしまったんだろうか。これからマリシアは復興をしなくちゃいけないし、何かと慌ただしくしていた方が悲しみに暮れる暇もなくて良いという心理もあって女性陣ばかりではありつつも手のつけられるところから急ピッチで街は復興をしている。

「エル様、ギル様、本当にありがとうございました」

「僕らこそ、何十日も泊めてもらえて助かりました。それにおいしいご飯までずっとご馳走になってしまって。お礼を言うのは僕らです。ありがとうございました。……ほら、ギルも」

「お前は俺の保護者か」

「違うよ? 僕の保護者がギルだよ? でも頼りにならないから僕がしっかりしなくちゃいけないでしょ?」

「こんにゃろう」

「ふふ、本当に仲良しなのですね。……ミーシャったら、どこへ行ってしまったのかしら」

「別れは済ませたし、いいんだろうよ」

「え、いつの間に?」

「お前そりゃ野暮ってもんだぞ?」

 脳天を軽く拳骨でぐりぐりされた。地味な痛さ。マルカさんはほほえんでいる。最初は悲しみの色が濃かった顔ばかり見ていたけど、今はちゃんと微笑を浮かべられているようで良かった。

「それじゃあ、これで」

「はい。……しかし本当に、このような小舟を一艘だけでよろしいのですか?」

「このひょろい腕をちったあ太くしてやろうっていう魂胆だよ」

「違うでしょってば」

 ひょろっこいとか言って僕の腕を持ち上げてきたから振り払う。自分が楽したいだけなのだ、きっと。

 好意でもらってしまった小舟へ乗り込んで、食料も積み込む。あんまり人前で魔術は見せない方がいいだろうという判断で最初は自力でオールを使って漕ぐしかなかった。

「またいつか来ますね」

「はい。いつでもお立ち寄りになってください。ありがとうございました」

 そうそう何度も、立て続けに災難に見舞われてたまるかという軽い気持ちでマリシアを訪れたはずだったのに、気がつけばなかなかの出来事に見舞われてしまっていた。

 海賊退治の最中にギルが海中へ沈められてしまったり、海賊のアジトへ乗り込んだはいいけれど危うく殺されかけたり、バルバロスを倒したと思ったらヴォルクスという魔人に出会ってしまったり――。

 けっこう濃厚な出来事ばかりが続いてしまった。

 一番の心残りは海賊に連れ去られてしまった人々を無事に連れ帰ることができなかったことだ。もっと早いタイミングでマリシアへ辿り着いていたら。最初に港で海賊をやっつけてからすぐにアジトへ乗り込んでいたら。

 そんなたらればを考えてしまう。

「エル、ぼちぼちいいだろ。やれ」

「はいはい……。それじゃあ次の目的地へ向けて、よーそろー!」

 今度はちゃんと船だけに作用するように、魔力で船を押すイメージで魔術を使ってみる。無意味に高波が押し寄せてくることもなく、船は舵を切ってあげるだけですいすいと進めた。

 空も青ければ、海も青かった。

 日焼けを覚悟しながら、ひたすらに海を進んだ。白く潮が跳ね、大きな白い雲が遥かな高さから僕らを見下ろしている。

 不思議なもので景色というやつは、ささくれだっているような気分にあってもそれを癒してくれる心地がした。

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