#016 ギルの正体をとうとう教えてもらった

「『チィッ、どうして魔導の道を少なからず志した者が盗掘者なんかと一緒にいる! お前なんて魔導士じゃないぞ、このサルヴァスが断言してやる! この裏切者め! やーい、悔しいか、悔しかったら出ていけ!』——ギグ……」

「何か……すごく、罵られた……」

「自己主張強えな、最後まで」

 ガーゴイルはほぼ消し炭になっていたけど、完全には炭化していなかった。その残った僅かな肉片からいきなり罵倒されて驚いてしまったけど、断末魔の後に肉片も消え去った。

「しっかし、サルヴァスのお宝なら期待できそうだな」

「……有名なの? そのサルヴァスって人」

「おう。この遺跡が作られたころの時代は魔導文明とか言われててよ。大多数の人間が魔術適性を持って生まれてて、それで文明が築かれてたんだ。魔術を専門的に使う人間が魔導士って言われて、それだけで上流階級に食い込めたと。

 でもってサルヴァスは山ほどいる魔導士どもの中でも、三本の指に入るんじゃあねえかってほどの実力者でな。だが性格が偏屈すぎて、さっきの聞いたろ? ま、あんな感じのやつだったから割と孤立してたんだろうな。でもってその孤立を、てめえで孤高だとか言い張るようなめんどいやつ」

「なるほど……」

「だから期待できるだろ。サルヴァスのお宝なんてよ」

「確かにすごく何か、すごそう……」

 ガーゴイルが消えたのと同時に壁の一部が消え去って、奥へ行けるようになっていた。

 カリストス古代遺跡と同じように、サルヴァス古代遺跡も何だか居住空間のような場所があった。

 やっぱりここにもたくさんの本がぎっしりと詰まった本棚がある。

 そのさらに奥に宝箱があった。しかも1つや2つじゃない。10個くらいはある。ギルと目配せをしてから手近な宝箱を開ける。

「うほおー、きたきた」

「すごい……」

 大きな宝箱の中にぎっしりと、金銀宝石ざっくざくだった。こんなのがまだ、たんまりとある。持ち帰る心配を始めてしまうほどの収穫というのは幸せな悩みと言えた。

「カリストスの時はスルーしてたがよ、そういや、書庫もちゃんとあったな。何冊かそれも見繕っておけよ」

「本?」

「理由は分からねえが急に魔術が使えるようになっちまったんだろ? だったら、魔導文明時代の本は貴重な資料になる。普通に売りさばいたら読みに行くのが面倒なとこへ収蔵されちまったり、価値の分からねえ阿呆がケツ拭く紙にでもしちまいかねないからな。ましてサルヴァスの書庫だ。きっとやべえもんがごろごろあるだろうよ」

「なるほど……」

 宝箱はギルに任せて本棚へ向かって、試しに1冊手にしてみたけど中身が読めなかった。これ、言語が違う気がする。そう言えば石碑の文字と似ているかも。古代文字っていうやつかな。これじゃあ中身を吟味できないから、あとでギルに見繕ってもらうことにした。

 それから居住空間のような室内を見渡してみる。

 古代の遺物をもとに新技術を手に入れている——なんて事情がこの異世界にはあるらしいけれど、ていうことは、こういうところにあるありふれたものが意外とすごい発見になったりしないだろうか。

 ベッドに、本棚。よく分からないオブジェの置かれた棚。完全に枯れてしまったのであろう、土だけの植木鉢。天井も松明で照らしてみると、何か小さな玉みたいなものが埋め込まれている。電球みたいな配置にちょっと引っかかる。何かスイッチとかがあったりして、パチッと照明が点いたりしないんだろうか。壁を探してスイッチを探してみたけれど見つからない。

「うーん……」

 魔導文明とかいうくらいだし、さすがに電気のスイッチはないのかなあ。そうしたらあれはどうやって灯すんだろう。

「…………あっ。光れ!」

 天井の玉へ手を向けてみて念じてみたらパッと明るくなった。

 うわあ、松明要らずだ。何これ便利すぎる。

「おい、何だこの明かり——って、ああ、それか……?」

「魔術だったみたい……」

 ギルが戻ってきてすぐ納得したようで天井を眺め上げた。

「魔導文明ってえのはよ、エネルギーが魔力に依存して成り立ってたんだ。だからこういうとこで当時の技術を手に入れてもそのまま使えるようなもんは稀なんだが、お前みたいに魔術適性のあるやつはそういもんを余すことなく使えるんだろうな。他にも何か面白そうなもんがねえか探してみろよ」

「うん。——あ、ねえ、僕が魔術使えた時、そういうことかとか何とか、変に得心いってたよね? あれ、何?」

「ああ、よく覚えてんな。忘れてたわ。んーと……」

 おもむろにギルは本棚へ向き合って、何か探し始めた。上の方に収められていた横長の薄い本を手にするとそれを引っ張り出して開く。

「あった、あった。これ見ろよ」

「……何これ」

 まるでアルバム。その最初のページは、お約束の集合写真。

 見せられた、その最初の見開きにはお揃いのローブみたいなものを着用した人達が映っている。年齢はかなりバラバラで、男女の比率に大差はなさそうな印象だった。見開きの両側に別々のグループ。それぞれ4、50人はいるかな。

「んー、何つうか……記録だな。精密な絵みてえなもんだ。んで、サルヴァスはこれだ」

 ギルが指さしたのは写っている人々の中で一番若そうに見える人だった。せいぜい、15歳とかそれくらいかな。この人の次に若そうな人はギルと大差ないほどの年齢に見える。

「魔導士の派閥でもねえが、まあ所属するもんがいくつかあってよ。そん中で一番優秀だって言われてたとこへ最年少で潜り込んだのがサルヴァスの経歴の第一歩だ」

「つまり超優秀?」

「そういうこった。……お、カリストスもいる」

「えっ、どの人?」

「ほらこれ」

 続いて指を差されたのは髪もお髭も長い、厳格な顔をした壮年ほどの男性だった。

「ま、こいつら全員、大昔におっ死んでるんだがよ」

「それでもこうして自分を後世に残しておけるなんてすごいね……」

「それが人ってえやつさ」

 諸行無常を感じさせられてしまった。

「……で、これが何?」

「こいつらを見て、何か思わねえか?」

 写真をじっと眺める。年齢はバラバラ、男女比は同じくらい。揃いのローブ。背丈も体型もやっぱり違う。変なところ、変なところ——うーん、ここかなあ。

「髪の毛の、色……? 何だか、赤っぽい色が多い気がするけど……」

「ご名答。赤髪、あるいは赤っぽい色の髪ってえのはこの時代は多かった。だが、魔導文明が終焉を迎えて、今に至るまでにそういう髪色のやつはどんどん減って、今じゃ珍しいほどだ。昔、どこぞで聞きかじった眉唾の説だったんだが、赤髪ってえのは魔術に優れた才能があるとか何とか」

「へえ……。それで……」

 確かに僕の髪も、妙にくすんだ赤っぽい髪色だ。あんまり赤髪の人というのは見かけないし。

 パタンとギルはアルバムを閉じて脇へ挟む。

「あ。そうだ。文字、読めなかったんだ、ここにある本の」

「お? ああ、まあ、そっか……」

「だからギル、良さそうなの身繕ってくれない?」

「見繕えって……文字は読めても俺にゃ中身はさっぱりだかんな。……全部持ってくか」

「マジですか」

「マジだぜ」

「でも賛成っ!」

「んじゃ、自分で詰めろ」

「手伝ってくれないんだ……」

 ちょっぴりそれって薄情じゃあるまいか。

 でもギルが本よりもお宝って感じなのは理解できる。諦めて自分でまとめることにした。


 ラ・マルタへ帰還すると、また大宴会が催されそうだった。

 宴は楽しくないわけじゃないにせよ、縁談持ちかけマンがここぞとばかりに押しかけてくるような未来を想像してしまったので、緊急のお仕事があると主張して大急ぎでヘイネルの街へ帰ることにした。

 ほぼほぼ、夜逃げだった。

 お世話になった商会の人、特にメリッサさんにお礼を言う時間があまり取れなかったのが心残りだったけれど、我が身の方がかわいいんだからしょうがなかった。

 ギルは折角の大宴会なのに、まして自分が主役みたいなものなのにとぶうぶう文句を言いまくったけどヘイネルで改めて開いてあげるからと宥めた。僕の財産から街をあげての大宴会を盛大に催すと約束をして一度は納得したのに、帰途でも文句はぶつくさ漏れていた。

 来た道をそのまま辿る帰り道というのは、どうしてか、往路よりも早く感じてしまう。寄り道は最低限にして、懐かしのヘイネルの街へと帰り着いた。

 そうして到着したその夜に酒場のおじさんとおばさんにお願いをして、飲み代は全部僕が払うということで参加資格なしの宴会を開いておいた。これでもうギルに文句をぶうたれられることはない。本人も楽しそうに酔っ払っていたからほっとした。


 これでやっとヘイネルで過ごす日常へと帰ってこられた。

 おばさんに管理をお願いしていた家を掃除するのに1日かけて、荷解きをして、各所へ挨拶周りに向かうのにも1日。ヘイネルの街へ帰って3日で職場復帰を果たすのだった。

 お土産をヘイネル出張所の皆に配ったり、エイワスさんに雑談のような形式での報告をしたり、それから日常業務復帰のための引継ぎをしたり、だんだんと日常に戻っていくのだと思うと、遭難した時や、サルヴァス古代遺跡の毒に犯されていた辛さなんかが薄れていくような感じがして癒された。お仕事サイコー。


 やっぱり世の中は平和が一番なんだなと、そんなことを思いながら季節が移り変わっていくのをのんびり感じて過ごした。

 やらなきゃいけないことや、学ばなくてはならないことはまだまだ山積みだけれどちょっとずつ切り崩していけばいい。——そんな風にしか思っていなかったんだけど、どうも僕はのんびり平和に過ごすということは許されないようだった。


 ▼


「——エルくん、今夜、時間を作ってもらえるか?」

「今夜ですか? ……大丈夫、です」

「それは良かった。場所は、そうだな……」

 営業戦略会議が終わって、明日の資料作りの段取りを頭の中でしていたらエイワスさんに声をかけられてしまった。資料作りを明日の午前に持っていけば別に今夜急いでやる必要はないし、時間を作ることは難しくないからOKしたけれど、一体何の用事だろう。

 すぐに済むようなことなら、このままここで話せるはずなのに場所と時間を改めようというのだから気になる。

「いつもの店でいいだろう。先に行って待っているよ」

「はい。残った仕事を片づけたら向かいます」

 上司から人目を避けてのお呼び出し——。

 もしかして、僕、解雇されちゃうんだろうか。何かミスしたっけ。いや、上手にやってるはず。何か見落とした大きなミスが発覚しちゃったとか? あるいは悪い商売のお誘い? 行ってみたら同業他社の人がいて談合を持ち掛けられちゃって上司からのパワハラも加わってやらざるをえないとか。いやでもアルソナはまだまだ談合なんて取り締まられてはいない。時間の問題かも知れないけど。

 でも、だったらどんな用件なんだろう。

 怖い感じでもなかったし、たまには上司と部下でじっくり話したいとかそういう深い意味のないパターンだって考えられるか。

 でも何だか、不思議と、そこはかとなく、嫌な予感もしている。


 たまにエイワスさんや、出張所の皆と行く高級レストランに入った。二等国民お断りな上にドレスコードまであるという、ヘイネルでも一番の高級店だ。女給のお姉さんに案内された個室に入るとエイワスさんがいて、それから顔の知らない綺麗なお姉さんがいた。オレンジ色に近い綺麗な長い髪で、胸元を見せつけるような大胆なお洋服を着ている。

「思ったより早かったな。こちらがエルくんです」

「はじめまして。ビンガム商会ヘイネル出張所のコーディネーター、エルです」

「こちらは魔導文明の研究をされている学者のアニス・エンタイル女史だ。かけなさい」

「はい」

 魔導文明の研究者。学者さんっていう雰囲気じゃない。どちらかというと、接待飲食店の指名ナンバー1みたいなお姉さん。すごく綺麗で、艶やかで、大人の雰囲気が漂っている。左目の泣き黒子が印象的。

「ラ・マルタから帰ってからしばらくして、古代文字の先生がいないかと尋ねてきたことがあっただろう?」

「はい」

「古代文字の読解ができる人間というのはそうそういなかったんだが、幸いにも知人の伝手で彼女のことを知ってお願いをしてみたら快諾をしてくださったんだ」

「じゃあ……エンタイルさんが、僕に古代文字を教えてくださるんですか?」

「ええ。あなたが嫌じゃなければ」

「嫌じゃないです、有難いです」

「とは言え……彼女も忙しい身ということで、いくつか、条件があるということなんだ。込み入った話になるからこうして、場所を用意させてもらった」

「そうなんですね……。ありがとうございます、エイワスさん」

 でも条件って一体何だろう。

 それに込み入った話というのはすごく気になるワードだ。

「ではここから先はわたくしから説明しますわ。

 エルさん、わたしは今、アルソナ北部に拠点を持って研究をしています。今回は別件の用事もありましたのでこちらまで来ましたが、教えるということとなればわたしの拠点までお越しいただきたく考えておりますわ」

「でも、それじゃあ商会は……」

「あとでその辺は説明をしよう。エンタイルさん、続けてください」

「2つ目の条件は古代文字を教える間、助手として働いていただくというものです。とても聡明だと伺っていますから、あなたにお手伝いいただければ研究もはかどるかと」

「研究……」

 ちょっぴりそそられる響き。歴史って面白いもの。それを実地調査とかをしたりして仮説を立てて推論して。何だか憧れにも似た魅力を感じてしまう。

「以上の2点の条件を飲んでいただければ喜んで、あなたに古代文字の読解法をお教えさせていただきますわ」

「なるほど……。エイワスさん、もし、条件を受け入れた場合は商会の仕事はどうしますか?」

「うむ。エル、きみの手腕は常々認めているし、きみがいなくなってしまうのはビンガム商会として全体の痛手になりうるものと考えている。しかし同時にまだまだ、きみには伸びしろがあり、様々な知識を習得してまた戻ってきてくれるのであれば悪くはない投資であるとも考えているのだ」

「……つまり」

「年単位での休暇を与えて良いというのが商会の判断だ。最大でも5年ほどを見込んでいる。通常の少年であれば大人へと変わる貴重な時期でもあるし、きみはより大きな存在となって戻ってきてくれるだろうと考えている」

 かなり前向きに期待されちゃっている。

 けれどヘイネルを離れることになっちゃう。ギルは何て言うだろう。それに僕はこの街へレティシアが来ることを待っていたい。離れている間にレティシアが来てしまったら入れ以外になって会えなくなっちゃう可能性が高い。

「どうかしら?」

「きみの希望を優先するつもりだ。遠慮をすることはない」

「うーん……考える時間をください。すぐのお返事はちょっとできません」

「そうか。……エンタイルさん、どうですか?」

「もちろん、考える時間が必要ということは理解していますわ。けれどわたしは先を急ぐ理由がございますので、わたしのところで学びたいと思われたら直接いらっしゃってください。再会できることを待ち望んでいますわ」

 古代文字が自分で読めるようにならないと、サルヴァス古代遺跡から持ち帰ってきた本を読めない。その本が読めたらいっぱい魔術について知ることができるかも知れない。

 だからエンタイルさんに教えてもらえるとなったら喜ばしいんだけれど、ヘイネルの街を離れちゃうのは何だかなあ。

 ひとまずの大事なお話は終わってからは3人での会食を楽しんだ。

 エンタイルさんは魔導文明の研究を生業としていた父親の影響で、学者として研究を引き継いでいるということだった。僕が探索した古代遺跡についての話をするとエンタイルさんはじっと聞き入っていた。やっぱり古代遺跡の探索というのは危険すぎるから、興味はあってもなかなか踏み入ることもできないということだった。だからトラップがまだ解除されていない古代遺跡はかなり興味のある事柄らしかった。

 けれどエンタイルさんと話せば話すほどに、妙な疑念が僕の中で膨らんで大きくなっていった。

 専門で研究をしているエンタイルさんが話す魔導文明時代のことと、ギルが教えてくれた魔導文明時代のことを比較すると、ギルがあまりにも詳しすぎるんじゃないかということだ。見てきたかのように語ってくれたのは、それだけよく知っているのだとばかり思い込んでいたけれど親子で研究してきている専門家のエンタイルさんの方が、推論や考察の余地を出ないという内容が多かった。

 どうして魔導文明の研究をしている学者よりも、肉体派のギルの方がよっぽど詳しいのか。

 それに古代文字もあっさり読んでいた。

 ギルは何者なんだろうという疑問が爆発的に増大した夜だった。


 ▼


「ねえギル。……ギルって、何者なの?」

「ああ?」

 エルにせがまれたから、二日酔いの体で真昼間から外へ出てきたかと思えば珍妙なことを尋ねられる。

「ほら。前にもさ、どこで戦い術とかを覚えたのって尋ねたら、長い話になるとか言ってたじゃない? そういうのと関係あるのかなって思って。あとね、古代文字読めたり、魔導文明のことに詳しかったり……」

「別に詳しかあねえよ」

「詳しいよ。昨日、魔導文明時代の研究をしているって人と会って話したんだけど、少し話しただけでも、その時代のことなんてほとんど研究が進んでないってことが分かったのに、ギルはすらすらと教えてくれたでしょ? まして、カリストスさんやサルヴァスさんの顔と名前を照らし合わせたりさ。詳しいっていうか、もう、その時代にいたんじゃないかってくらいだよ」

 勘のいいガキんちょめ。

 つうか、何者かだなんててめえで分かることかってえの。

「ギルって、ほんとに何者?」

「んじゃ、当ててみろよ。ただし、1回きりだ」

「何それ?」

「隠す必要があるわけじゃねえにしろ、話したいことでもねえってこった」

 何もねえ長閑な原っぱで尻を下ろして寝そべる。

 肌寒い日が続いちゃいたが、ようやく暖かくなってきた。今日なんて二日酔いでなければ、いい気分だっただろう。

「ギルは……実は大昔の時代から蘇った、古代人?」

「それでいいのか?」

「いいよ。ギルは古代人、どうだっ!」

 指さされる。その自信はどこから来てやがるのか。

 それにしても古代人か。原人にでもされたような表現だ。

「答えは? 合ってる? はずれ?」

「……」

「ギル?」

「……当たらずも遠からず、ってとこか」

「嘘?」

「じゃあ嘘」

「嘘じゃないでしょ、それ! どういうこと? 当てたんだから教えてよ」

 両膝と両手をついた四つん這いでエルが俺の顔を覗き込んでくる。顎を引くがお構いなしらしい。

「ああもう、分かった、分かった。顔どけろ、近えよ」

「やたっ! 洗いざらい教えてもらうから!」

「何じゃそら。俺は犯罪者かってえの……」

「でも指名手配犯でしょ?」

「そうだ。忘れてたわ……」

「さ。教えて」

 お伽噺をせがむお子様そのもののテンションだ。

 そんなにわくわくして聞くような話じゃねえのに。

「先に言っとくがお前の商売には利用すんなよ?」

「しない、しない。それで? ギルって何がどうなって、今、僕と話してるの?」

「古代人ってえ表現はちと癪だが、お前の言う通り、古代魔導文明って呼ばれてる時代に生まれたよ。それこそこの地上で人間が最大の繁栄を築いた豊かな時代だ。が、ある時に地上は滅亡した」

「滅亡? 魔導文明の終焉? 何があったの?」

「てめえらの欲望で人類は滅びたのさ。魔導の叡智の結晶だか知らねえが、思い上がった一部の魔導士と権力者が、全ての富を手中に収めようとして何かやらかしたんだが、それが失敗して地上は全て焼け野原になっちまった。今残ってる古代遺跡なんて呼ばれてるもんはよ、その時に避難場所として作られたんだ。元々、地下にあった霊廟なんかを改造したりってのが手軽なんでいいやって流行してたもんだぜ」

「地上全てが、焼け野原……。それで一部の人が生き残ったんだっけ? ギルはどうして、今の時代に生きてるの?」

「……色々とあってよ。眠らされたというか、封印されたというか、文明がある程度まで回復したころに目え覚ませってんで、気づいたらこの時代だ。今のお前よか、ちと年上くらいのころにな。

 んで、まあ食い扶持も稼いだりしなきゃならねえってんで、適当にふらふら生きてきたわけだ。アルソナまであと少しってえところでお前とばったり出会ってな。そんだけだ。そもそも信じられるような話でもねえしな。俺自身、意味不明だしよ」

 とりあえず語ってやるとエルは何か考え込むように腕を組んで首をひねっていた。

「ギルって、魔術使えないの?」

「生憎とな。当時はほぼ全員が使えたもんだってのに、俺にゃ使えなかったもんで蔑まれたもんだぜ。――あ、そうそう。あんまりバカにされるもんだからよ、魔術なんざ使わせねえでのしちまおうってんで喧嘩売りまくったんだわ」

「それが、強さの秘訣……?」

「あんまり喧嘩売りまくってたら、サルヴァスとか、その辺の魔導士がな、魔導士の箔が地に落ちるだとか何故か俺に逆上してきやがって、よく泣かしてやったもんだわ」

 俺よかァよっぽど年は上な癖して、ぎゃんぎゃん泣き喚くんだからあのバカ野郎は愉快だった。頭ん中がお花畑とはああいうのを言うんだろう。

「それにしたって、でも、遺跡の構造とか、詳しくない? お約束とか、様式美とか……」

「おうよ。喧嘩売られたから買うだろ? 殴り込みは基本だからな。魔導士のラボってえやつはあの手のトラップ満載なんだわ。危うく何度死にかけたことやら……。それにこの時代で目え覚ましてからも、いくつか、遺跡を回ったしな」

「絶句します」

「そりゃ宣言するもんじゃねえだろう」

 だが本当に言葉を失ったようで、静かに首を捻って神妙に考え込んでいる。

「あのね、ギル」

「おう」

「実は僕も……似たようなのかも」

「おう?」

「で……何か、また、世界は滅亡しちゃうのかも」

「……そりゃ、穏やかじゃあねえな」

「うん」

 言葉を選ぶようにして、慎重にエルは到底、素直には受け入れがたい話を始めた。


 ▼


「では、古代文字の勉強は本当にしなくてもいいのかね?」

「はい。エンタイルさんには僕からお詫び状を送ります。わざわざご紹介していただいたのにすみません」

「……そうかね。残念なような、ほっとしたような、複雑な気持ちだ。やはりきみがここへいてくれると助かるからな」

「ありがとうございます。そう仰っていただけると僕も嬉しいです」

「うむ。では、この件はきみが手紙を送り次第、終了としよう」

 話は終わりという感じでエイワスさんは笑みを浮かべたけれど、実は言いにくいことを伝えなければならなかった。

「……あの、お願いがありまして」

「何かね? また資金繰りか? まあ、きみならば回収も危うげないだろう。今度はどんな事業かね?」

「事業ではなくって……。長期休暇をいただきたく」

「は——?」

「や、あの、今すぐじゃないです! 半年から、1年くらい、後の予定なんですけど早めに伝えておこうかなって……ダメですか?」


 ▼


 僕とギルは互いの身に起きた、不可思議な身の上話をして、このままだと危ないんじゃないのかという共通認識を抱いた。

 具体的に何がどうなるのかということは分からない。

 でも魔導文明は一夜にして滅びたという過去の事実がある。もしかしてそれが関係あるのではないかという結論に行きついて、魔導文明の終焉について調査してみようということになった。

 そこで僕は長期休暇の取得を試みた。

 それから、すでに探索済みの古代遺跡にあった文献の類にヒントがあるんじゃないかということで、古代文字を読めるようになる必要性が高まって、ギルを説得してギルから教えてもらうことにした。その勉強が終わってから、僕らはまた旅へ出ることにした。

 まずはサルヴァス遺跡から持ち帰った文献を全部読むことからだ。これを読みながら古代文字を勉強しつつ、偏屈だけど知恵者だったサルヴァスさんならば何か掴んでいたいんじゃないかと探ることとなった。

「——というわけで、お勉強の時間です。ギル、起きて」

「あとにしようぜ……。二日酔いなんだよ」

「ダメ。この朝の時間しか僕は空いてないんだから。それとも夜、飲みに行くのやめる? それなら夜に勉強の時間取ってもいいんだよ?」

「そりゃ無理な相談だ……」

「じゃ、やります。はい、起きてー」

 なかなか、捗りそうになかった。これは僕が一から十を知るつもりで取り組まないとやばい。

 でも、滅亡というのを回避しないことにはレティシアとの幸せな未来も掴めないのである。

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