#015 ガーゴイルに負けなくても勝てなかったという可能性があった
生前のことだけれど。
僕を生んだ女性は、そもそも子どもなんて欲しくなかった。好きだった男性との間で僕をお腹に宿してしまった。好きだったし、まあ産んでもいいかと、そんな軽い気持ちで出産を決めたそうだけれど僕の父に当たる男性は行方を眩ませてしまった。
残されたのはもう堕胎することもできないほど大きくなった身重の母と、預金残高が空っぽになった通帳。
僕を生んだ女性は、僕を恨んだ。呪った。嫌った。
でも世間が育児放棄を許さない。そんな人目は気にしてしまった。だから表面上は母親役をしておいて、僕には家のことは喋るなと言いつけて、少しでも口を漏らせばきついお仕置きと称したストレスの捌け口に利用した。
目立たないように服で隠れる背中やお腹を殴るのは躾だった。
目立たないように服で隠れる背中やお腹を蹴るのは教育だった。
目立たないように服で隠れる背中やお腹を炙るのはお仕置きだった。
だから僕は
ご機嫌取りに必死だった。
愛想笑いでにこにこして、刺激しないように丁寧な言葉遣いを心がけて、それでも癪に障ってしまうことはあって、冷めきったお湯のたまったお風呂へ頭を突っ込まれた。窒息する寸前で髪の毛を掴み持ち上げて息を吸わせ、でも一瞬だけでそれは終わりで、また冷たい水へ顔をうずめられてしまった。
それから凍える冬の寒い日に、ベランダへ裸で放り出された。泣き叫んで中に入れてとお願いをすると近所にバレてしまうから、僕は膝を抱えて歯の根をガチガチ言わせながら必死に耐えた。
眠るなんてとてもできなくって、朝日が昇ってきたころに、そのお日様で多少温かく感じさせられて、それでようやくベランダでかろうじて眠れた。
僕は生まれちゃいけなかった。
存在することがきっと許されなかった。
だから、どれだけ勉強をがんばってみても殺されちゃったんだ。
豆知識程度のことから、ニッチな分野の知識や、難しすぎた先端科学のことまで、色々と頭に詰め込もうとしてはみたけど、そんなのはそもそも必要がなかったようだった。
でも。
確かに僕は二度目の生を受けた。
どんどん忘れていってしまっているけれど、色々な名前が出てこなくて、何をしていたかも思い出せなくなっているけれど、確かに僕は別の名前をもらったんだ。
どうして別の世界というものに生まれ直して死ぬ前のことを覚えていたかは分からないけれど、今度はきっと、何かの意味があるんじゃないかと僕は考える。
そうじゃないと、悲しすぎるから。
自分を哀れんじゃいけないんだ。
その瞬間に僕は僕の価値を失ってしまうから。
そんな人間はきっと誰からも認めてもらえないから、誰かに認めてもらうためには自分を認めてあげなくちゃいけないんだと、そう思う。
でも。
僕は誰かに認めてもらえていたっけ。
いたはず——いたと思いたいのに、もう顔さえ思い出せない。
どんどん
仰向けに寝たまま手を上げて、自分の手を眺める。
こんなに綺麗な手ではなかったと思う。もっとボロボロで、いつも汚れていた。どうしてだっけ。土の汚れ。糞尿の嫌な臭い。過酷なところで、多分、何かをして働いていたから、手がボロボロだったんだ。どうしてそんなところで働いていたんだ。
そんなところで働くのは炭坑労働者?
いや、そんな言葉の響きだと健全じゃないかと違和感が沸く。もっと不健全な——そう、例えば奴隷だとかかな。
奴隷。
奴隷なの。
僕って奴隷だったっけ。何だよ、それ。
生まれ直してもまた奴隷って、救いようがないじゃないか。
でもそんな奴隷で終始していたのなら、どうして必死に思い出そうとしなくちゃいけないんだ。忘れていた方がずっといいじゃないか。
僕は奴隷だったけど、きっと違うものになった。
そう、確か——名前をもらったんだ。刺繍をしてもらったんだ。
字なんて読めなかったから、せめて自分の名前を綴れるようにって、やさしい女の子に刺繍してもらった宝物をいつも首に巻いていた。
それを質屋に入れられちゃったから、取り戻したくて黒炭を作って、焼き鳥を焼いて。
下ろした手で、自分の首元をさする。
「あれ——」
さっきまではなかったと思ったのに、それに触れた。
もらった時は綺麗な白い布だったのに汚れてしまった襟巻き。それでも綺麗に洗濯をして、大切に使い続けてきた。端っこに刺繍を入れてもらったんだ。
僕の名前。
襟巻きを寝そべったまま片手で手繰って、端っこを持ち上げる。
「エル——」
読めちゃった。
ああ。そうだよ。
清らかなもの、無邪気という意味なんだと、レティシアが教えてくれたんだ。
これをギルに質屋へ入れられてしまったんだ。
ずっと、欲しかったものにギルがなってくれた。手はかかるけど、状況によっては頼れるお兄ちゃんになってくれたんだった。
兄弟と呼んでくれたんだった。
▼
気づくと場所が変わっていた。
上も下もない、壁も床も天井もない不思議な場所で直立姿勢になっていた。
「ここはどこ? 僕はエル……。よし、覚えてる」
完璧に思い出している。
一時はどうなるかと思ったけど、ここって何だろう。
「ここは、言わば世界の狭間とも呼ぶべき場所さ。
どこでもなく、存在するのは魂だけ」
「それじゃあまるであの世みたい」
「それに近しい場所だね」
「ところで、僕は誰とこんなに違和感もなく会話してるの?」
何だか不思議だ。
自問自答でもしているかのように違和感なく、思考している時や、本を読んでいる時の自分の頭の中の声みたいなものが返ってくる。
「僕はきみの魂をテクスチャーとして利用している存在だよ」
「魂をテクスチャー? 人格みたいなものをコピーして応答するAIみたいなものっていうこと?」
「そういう認識でもいいかな」
「でも、みたいなものっていうことは僕自身ってわけでもないんだよね?」
「そうさ」
うーん、ほんとに別の僕と喋っているような気分になってきた。でも僕じゃないらしいし。
「じゃあきみは誰?」
「きみが、これなんだなとはっきり認識できるようなものじゃないんだ。意思だけを持っている特異なもの。でも怖がるものじゃないから安心しておくれ」
「……難しいなあ。でも、分かったよ。じゃあ、どうして僕はきみと、こんなにおかしな会話をしているの? もしかして僕、精神疾患患者?」
「それはきみと周囲の認識の齟齬によって認められるものじゃないかな。そういう意味では違うと思うよ」
「なら、いっか……。あれ、いいのかなあ?」
「きみと会話をしている理由を早く教えてあげた方が無用な混乱をさせないようだね」
「まったくもって。お願いします」
とは言え、話している相手の姿が見えないんじゃあ、やっぱり僕の頭がおかしいんじゃないかと思ってしまう。
あるいはこれは夢だろうか。
「夢ではないよ。姿を見て話したいなら、そうしよう」
僕の心はお見通しなんだね。
目の前にエルである僕とまったく同じ姿の男の子が出た。最初からそこにいたとばかりに、自然にそこにいた。
「きみをこの異世界へ招いたのは僕だ。
けれどなかなかコネクトできなかったから、こんなに遅れてしまった」
「コネクト?」
「本当は生まれてすぐにこうして接触をしたかったけれど、色々な要因が重なってしまってね。だからきみがあの日、炭坑で生死の狭間へ足を踏み入れた時に記憶だけを挿しこむようにしたんだ」
「生死の狭間……」
「そして、今もまた、同じようにきみは生きるか死ぬかの瀬戸際にいる。だからこうしてコネクトすることができた」
つまり、僕が死にかけないと彼とはこういう接触ができないっていうことか。これきりになるといいなあ。
「そうだね。本当に僕もそう願うけれど、あと何度かここへ来てしまうかも……。きみはとっても、少し——儚いからね」
「また言われた……。それで、用件って?」
「きみは清廉な魂の持ち主だ。
不幸な境遇においても腐らず、人を呪いもせず、利己的にもならない」
「……うん」
「だからね、きみに託したいのさ。
この世界は正しくない滅びを迎える運命にあるから、できることならばきみに救ってもらいたい」
突然スケールが大きすぎないかなあ。
世界を救うだなんて僕にはとてもできそうにない。
「そんなことはないさ。
ただお願いをして、じゃあよろしくね——なんて、そんな無責任なお願いをしたって……ああいや、きみならば奔走してくれるかな。
でもちゃんと支援をするから、それでがんばってもらいたいと願っているんだ」
「支援?」
「そう。とっても強い力だから、人を選ばなくちゃいけなかった。
それでね、きみにお願いをすることに決めたのさ。
報酬というものは用意してあげられないけれど、無事に世界の救済を叶えられたのなら、きみはきみの人生を大事な人々とまっとうできるようになるから。
受け取ってくれるかい?」
「……ちょっと悩んじゃうけど、お願いされたら断れないよ」
「ありがとう、エル。
きみには無限の魔力を贈るよ。
くれぐれも、きみの力を悪用しようとする人に気をつけてね」
「えっ、何その忠告怖い」
にっこりと、目の前の僕の姿をした彼は笑う。でもその顔、きっと僕もよくやる、水を濁す時の愛想笑いだよ。自分の顔だもの、分かる。
「それじゃあ。お願いね。もう、時間だから」
「時間制限あったの? ま、魔力って、何? 魔法が使えるようになるの? どうやって使うの?」
「使い方は自由さ。
大丈夫、きみならば使いこなせるから。
また今度があれば、またね、エル——」
▼
「——うっ……ああ……そうだった……絶賛、体調不良中、だった……」
目が覚めたと思ったら、いきなり酸っぱいものが喉の奥から込み上げてくるような感覚がして軽く後悔した。このまま体を動かしたら胃まで動いて吐き気がのそのそのそーっとまた出ると思って体を強張らせてしまう。
「ギルぅ……?」
きっと近くにいる。
そろそろと動いてどうにかうつぶせになって顔を上げたら、ギルは戦いの真っただ中だった。僕の杖を武器にして、何か気味の悪い魔物と戦っている。
翼が四枚で、尻尾があって、腕と足長すぎないかな。それでいてすっごく細い。細いと言うか、痩せていると言うか、肉らしいものがなくって皮が骨へ直接張りついているような見た目だ。
何故か精霊器を使っていない。
杖で殴り、突き、持ち手のところを相手の首へ引っ掛けて捩じり倒したり、もう変幻自在で一方的に痛めつけている。
「ギギ!」
「るっせえよ!」
どっちが魔物なのか、分からないほどに一方的だった。
しかし魔物の方も随分と頑丈なようで、どれほどギルに攻撃をされても弱りそうにない。
「ギ、ギャ……ギギギャアアアアアア!」
「ううっ、耳痛い……!」
魔物が吼えるとおぞましさに思わず全身が震えた。
それなのにギルは魔物の口内へ杖を突き込んでいる。喉の後ろの皮が押し込まれた分だけ伸びていた。それでも破れることはない。そのままギルは魔物を床へ叩きつける。
「どんだけしぶといんだってえの、お前……」
「ギッ!」
「うぜえ!」
不意打ちでも狙ったかのように魔物が尻尾をギルに突き刺そうと動かしたけど、完璧に見切られて杖で弾かれていた。さらには弾いた杖でついでとばかりに魔物の顎を強かに打ちつけ、喉を踏みにじってから後頭部をぽりぽりとかく。
「こいつ、死なねえのか、もしかして……? あり得るが——ん? おう、エル、起きたか」
「……何で、精霊器、使ってないの?」
「何でかこいつに効かねえんだよ」
効かないなんてことがあったんだ。
「ねえギル……立てない……」
「マジか」
「マジです」
しょうがねえな、と言いながらギルは魔物の首へ乗せていた足を外す。即座に魔物は起き上がったが、ギルは振り返りもせずに杖で頭を振り抜いていた。吹っ飛ばされた魔物が壁へぶつかってうめく。
ほんとにギルって何なんだろう。強すぎる。
きっと普通の人だったら数人がかりで挑んで苦戦するんじゃないだろうか。
「あの魔物……頑丈なの?」
「かなりな。どんだけ力込めようがさっぱり効かねえ。手応えはあるんだが、痛みは与えられても壊れねえって印象だ。関節も折ってやろうとしたんだが、方法を変えてもいかなかったしな」
「じゃあ、物理以外で倒すとか……?」
「だが<黒轟>も<黒威>も効かねえ。手詰まりに近い状況だ」
「ギギッ!」
「もうあしらうのも面倒臭くてたまんねえし……」
ぼやきながらもギルは魔物が引っ掻いてきた腕を杖で叩いて弾き、さらに振ってきた反対の腕を掴み止めるなりぐりんと捩じり込むようにしながら回転させて床へ叩きつけて動こうとした尻尾を踏み止め、魔物の頭を杖で大上段から叩きつける。
怯んではいるけど、この繰り返しで全く弱る様子を見せないということなら、何かしらの攻略法を見つけるしかないということだ。
「どうしたもんかな、こりゃ」
ギルの態度は余裕そのものだけど、倒せないんじゃあ苦境だ。
というか、このままじゃ僕がやばい。
「刃物はっ? はい、<黒迅>」
「試すか」
杖を返してくれ、代わりにギルが<黒迅>を握る。魔物の頭へ体重を乗せたサッカーボールキックをかまして吹き飛ばしたところへ、<黒迅>を抜きながらギルは追撃を仕掛ける。
抜かれた黒い刃は魔物の細い首へぶつかったが、切れることはなかった。弾き飛ばされて魔物はまた床を転がる。そこへギルは跳び上がってから、思い切り剣を突き落としたが、やはり切っ先は魔物を切り裂くことはできていない。ゴムのような弾性がある感じだった。しかし切れないほどの弾性って何だそれ。
「ギギャギャ!」
「やっぱダメみてえだわ!」
銃無効。
打撃無効。
斬撃無効。
それってどうしろというのか。
魔物は翼を広げて飛び上がってギルの周囲を飛び回ってから、いきなり角度を変えて滑空するように迫る。それでもギルの隙を突こうなどということは敵わない。容赦なく<黒迅>の刃によって叩き伏せられた。
バウンドしたところで刃先で顎の下を引っかけるように持ち上げられ、ガラ空きになった顎へ裏拳、<黒迅>の柄尻で胸へ一撃、抉り込んで下へ叩きつけるような回し蹴りと三連続コンボが決まっても魔物はやはり悲鳴を上げるだけで倒れそうな様子は見せない。
何だか格ゲーとかの練習モードでも見ているような感じだ。それほど綺麗にギルの攻撃は魔物へ叩き込まれていくのに、相手はノーダメージで傷つくことはない。吹き飛ばされるし、怯むけれど、それだけで起き上がってくるサンドバッグ。
もうこうなったら、手当たり次第に試すしかない。多分、ギルも同じことを考えてはいるだろうけど攻撃手段がもう物理しかなくて、体のどこかが弱点じゃないかと探っている感じじゃないだろうか。
僕にできるのは別の攻撃手段を提供することくらいだろうか。
刃はダメだったから、あとは——火とか、かな。
「ギル、火は!?」
「まだ試してねえ!」
壁の松明を外してギルへ投げる。
けど力が入らなすぎて、ほんの2メートルくらいしか投げられなかった。それでもギルは魔物の相手をしながら回収し、殴り倒してから松明の火を押しつけた。
「ギギャ!」
「焦げもしねえ!」
火もダメなんて。
だったらあとは何だろう。
ええと、ええーっと、ゲームとかだと物理一切無効で、魔法だけ通用するみたいなのもいるっけ。でも<黒轟>とか<黒威>って魔法みたいなものだよね。だったら意味ないのかな。
いや——でも、もしかしたら別かも?
でも魔法なんてないじゃない。精霊器ならあるけど——いや、あった。そうだ。魔法なんてワードがぽんと自然と出てきちゃったのは、何かよく分からないけど僕の姿を借りた誰かに無限の魔力だか何だかっていうのをもらったから紐づけられて出てきたんだ。
「ギル、魔法って存在するもの?」
「大昔はな! だが、今は魔術適性のある人間がそもそも希少すぎて、滅多にお目にかかれるもんじゃあねえし、俺も使えやしねえよ!」
「ど、どうやって使うの!?」
「ああっ? んなもん知るか! 俺は魔導士じゃあねえ!」
魔物の尻尾を掴んで振り回してギルが壁へ投げつけた。
魔術適性とか言ってたけど、僕にはそれがあるんだろうか。
でも僕の姿を借りた彼は無限の魔力とかいうものをくれたし、使いこなせるとか言っていた。使い方は自由だとか、そんなこともきっと言ってた。はず。
信じるから、使わせてほしい。
「とりあえずお約束のっ——ファイアボール!」
きっと何もなかったらギルにものすごく神妙な顔で観察されることになると思いながらも、そんな羞恥心はきっと訪れないと信じた。
「おい、エル……お前、とうとう頭まで——」
顔がすごく熱く感じた。
毒のせいでなく、何だか想像通りの顔でギルに心配をされたから。
でもその直後に一度、ものすごく大きな鼓動を感じた。毒とも、羞恥心とも違う熱が胸の中で爆発した。そしてその熱さが大波のように全身へ広がって波打ち、ポーズを決めて前へ出していた僕の手の平へ向かい始めた。
「あ、ちょ、待っ——ギル、避けて!」
「はっ?」
溢れたら、それは僕が思い描いたものより、よっぽど盛大な炎だった。
「ギギャ!?」
「うお、っぶねえ!?」
流れ星か何かかと思うほどの速度でその炎の大きな塊は飛び出していって向かいの壁へぶつかって盛大に弾けて熱波を僕へ届けた。頭の先まで、びりびりと痺れのようなものが奔る。
「……何か、すごいの、出ちゃった」
顔がひきつってしまう。
「出ちゃったじゃねえ! お前、何した? 精霊器——じゃねえよな?」
「ま、魔術っていうの……かな?」
「つうか、お前、毒……」
「毒?」
思わず手を見たら、元の皮膚の色へ戻っている。何だか、吐き気もないし、嫌な感じの熱っぽさも感じない。
「魔力あったのか、お前……? だが、そういうことか……?」
「どういうこと?」
「その話は後でいい。朗報だ、ガーゴイルの弱点は魔術だ。ほんっとに、嫌味な野郎だぜ、サルヴァスめ」
サルヴァスさんって誰。——あ、この遺跡の人かな。カリストスさんみたいな。
「いいか、エル。魔術は俺も門外漢だが、今の魔術でガーゴイルが掠めたとこが焦げてやがる。俺が誘導してやるから、合図したらぶっ放せ」
「わ、分かった!」
「大詰めだぜぃ!」
嬉々としてギルはガーゴイルとかいうらしい魔物へ迫って<黒迅>を叩きつけた。まずは焦げていない側の脇腹。それから即座に回し蹴りで黒く焦げたガーゴイルの反対側の脇腹を攻撃すると、今までとは違う苦しげな声をガーゴイルが絞り出した。ギルの蹴りが炸裂したところが炭のようにぼろぼろと砕けて落ちる。——効いている。
それをギルもしっかり確かめた。
「3秒数えたらぶっ放せ!」
「分かった!」
「いーち!」
ガーゴイルの尻尾で刺されそうになったのを掴み止め、ギルが振り回す。
「にーい!」
足元へ盛大にガーゴイルを叩きつける。
また同じように手を前へ出して、さっきと同じ炎を出そうとする。さっきの鼓動から、ずっと体の中で熱いものがずっとうねり、波打って、皮膚の内側でぐるぐると滾っているのを感じている。今度はタイムラグなしにできそうな気がした。
「さー、ん! ——やれェッ!」
ガーゴイルの体をギルが<黒迅>で思い切りついて僕の方へと吹き飛ばした。
「ファイアボール!」
今度はスムーズに行き過ぎたのか、さっきよりさらに大きなのが出てしまっていた。あれに似てる、あの、あれ——そう、シャンプーの中身を詰め替えてから一発目のプッシュ。中の管に空気が入っちゃっているから、しゅぽって押しただけだとうまくシャンプーを汲み上げられなくて、管に残っていた僅かなやつだけ出ちゃう現象。
まあつまり、管の中がシャンプーでまた満たされたら、プッシュした分だけ出てくるわけで。それは残りかすみたいなものじゃあなくって、そりゃあもう、盛大に出ちゃうわけだ。
「——熱っつうーい!」
自分で炎を出しておいて、あんまり大きくて、熱量が高すぎて、自分で熱がってしまった。
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