#012 安易にお姫様のハートをゲットするのは控えましょう
「エル様。お客様がまたいらっしゃっています」
「縁談だとか、そういうのだったらお断りをお願いします……」
「かしこまりました」
僕みたいなのが結婚できるだろうかという素朴な疑問は置いておいて。
もしも結婚できるのであれば恋愛結婚をしたい。
相手はもちろん、レティシアだ。
そういう僕の理想を知ってか知らずか、皇帝陛下の結婚記念日記念祝賀会からほんの2日しか経っていないのに僕のところへ次から次へと縁談が持ち込まれてしまっている。メリッサさんに全て断ってもらっているけれど、迂闊に帝都を出歩くことさえできない。
ずぅーっと事務所にこもっての事後処理ばかりだ。ちゃんと宿も用意してあるのに、宿へ向かう道すがらで人に取り囲まれてしまうから帰るのも億劫になってしまっている。結果、24時間労働中みたいな感じで、食う・寝る・休む以外は全部、執務室で過ごしてしまっている。
僕ってワーカホリックなところがあったんだろうか。あんまり苦に感じないのが一番いけないところだと思ってしまう。
「エル様。お客様がまたまたいらっしゃっています」
「さっきと同じ対応でお願いします……」
「縁談ではなく、エル様を取材したいと仰る方でして」
「取材? ……新聞記者さん?」
「ええ。商会としてはエル様の評判が上がれば、商会の評判も上がるので取材に応じていただくことはできますが、どうされますか?」
本当にもう、何だか時の人っていう感じがしてならない。
いっそのこと、怖い。こんなに注目されてしまうことがなかったから、一挙一動に神経を払わなければならないんじゃないかっていう強迫観念が生まれそうになっている。
「……申し訳ないけど、あんまり注目されても困っちゃうので……」
「かしこまりました」
何だか疲労が抜けてくれない感じだ。
いっそ、早いところラ・マルタを去ってしまおうか。でも遺跡探索がまだ残ってる。古代遺跡の探索をするのは権利とやらがいるそうで、今はその順番待ちだ。前の人が遺跡に入ってから20日経たないと成否に関わらず次の探索者が入っちゃいけないんだとか。
だからその順番待ちをしなくちゃいけない。
そんな順番待ちなんかしちゃうから、探索に入った人が帰ってこられないんじゃないかとか思ってしまうけど、探索者同士で欲をかいて争い合ってしまったから管理するようになったとも聞いた。何だかなあ、という感想しか出てこない。
「エル様。……お客様なのですが」
「今度はどういうご用事ですか?」
「それが……お城から」
「へっ?」
まさか、何かやらかした?
後になってから「あいつのあの態度、思い出したら腹立ってきたから打ち首獄門だな」とか?
「ど、どどっ、どう、どういう、用件で……?」
「シャーロット様の使いの方だそうで、ご用件までは伺えていません」
「しゃーろっと、さま……? あ。あの、お姫様?」
「ええ」
てことは、何かこう、悪い用件ではないよね? きっと、多分。
使者の人を手ぶらで追い返すなんてことはできないし、これは会わざるをえないのかな。そうなったらどんな用件でもお断りするのが難しくなりそう。
「会います……」
やっぱり僕ってやや社畜属性があるのかも知れない。
「シャーロット様は先日、あなたがご披露した飴菓子を大層お気に召しました。つきましてはシャーロット様のためにまた、飴菓子を振る舞っていただけないものかと」
「……ああ、なるほど……」
良かった。打ち首じゃない。
よっぽど気に入ってくれたんだ。何だかすごく嬉しい。
「分かりました。そういうことであれば」
「ありがとうございます。シャーロット様はその他にも珍しく、甘美な菓子があれば是非ともご賞味したいと希望されているのですが、何かございますか?」
「えっ」
「……何か、ございますか?」
圧のかけ方に「何かあるとしか言わせない」みたいな風に感じてしまう。
綿飴とフルーツ飴以外に何かっていうことだよね。全然、思い浮かばない。
「別のもの……何か……あり、まぁす」
「ではそちらのご準備もお願いいたします。明日、お迎えにあがりますので」
使者だという人はあっさり帰ってしまった。
ないよ! STAP細胞も、明るい年金の未来予測も、僕のこれ以上のお手軽お菓子レパートリーも、そんなものないんだよ!
「ああああああ……あうあうあうあうあー……どーうーしーよーうー……」
時間がかかりすぎて間に合わないからって諦めたごま油はできたけど、お姫様はきっとお菓子をご所望だから天ぷらを揚げて見せたってしょうがない。
鉄板焼きについても職人さんと打ち合わせながら進め始めたものの、まだまだこれは納得のいく鉄板ができるまでは時間がかかってしまうだろうし。
甘いもの。甘いもの。甘いもの――。
そもそも僕だって甘いものを実際に食べたっていう経験はほとんどないのに。ケーキとか作れればいいけれど、あのスポンジ生地ってどうやって作っていたっけ。それにバニラと出会ったことがないから、ケーキにつきもののあの甘く華やかな香りを再現するのが難しいだろうし。
かと言ってクッキーのような焼き菓子の類はすでにアルソナにはある。せいぜい、お目にかかっていないのはラングドシャくらいのものだけれど、お菓子作りは分量こそが命みたいな部分もあるから知識として知っているだけじゃ再現がきっと難しすぎる。
ううーん、こうなったら考えはしたけど失敗する可能性を考慮して断念したアレをやるしかないだろうか。
飴なことに変わりないから少し気が引けちゃうけれど。
あと美的センスと手の器用さが直で問われてしまうから怖すぎるけれど。
「飴細工……やるしかないか」
できるかなあ。
やるしかないんだけど。
▼
「お招きいただけるとは夢にも思っていませんでした。
変わり映えがせずに申し訳ございませんが、本日も飴菓子の支度をして参りました。どうかお楽しみいただき、お口に合いますれば幸福でございます」
お城の庭ではなく、城内にある一室に通されてしまった。
ここが第三皇女シャーロット様の部屋らしい。
「あの味わいが忘れられなくなってしまったの。
それにね、あなたが飴のお菓子を作っていたでしょう? 白い粉でしかなかったものが雲のようになったり、フルーツにまとわりついてキラキラ輝いたり、まるで魔法を見ているようでとっても楽しかったわ」
「お褒めに預かり光栄でございます、皇女殿下」
第三皇女シャーロット様は15歳とかだったかな。
お姫様の中では一番年少だけど、シャーロット様より下の王子様はいると聞いた。先日の祝賀会でも、そう言えばロイヤルファミリーの中に僕より小さそうな子がいたような気がする。
飴作りやら、周りの反応やら、あとは見られていたりやらでハッキリとは覚えていないけど。
「それじゃあ早速始めてちょうだい。昨日からずっと待ちきれなくて夜も眠れなかったのよ」
僕も反対の意味で夜は眠れなかったです。
気が合うと言えるのだろうか。言えないなあ。
「ではお招きいただいた、心ばかりのお礼にこちらをどうぞ」
徹夜仕事で仕上げた飴細工の薔薇をもってきた箱から取り出す。
「まあっ、キラキラしていて綺麗……。これも飴?」
「はい。お召し上がりいただけますし、鑑賞していただいても」
飴細工の薔薇を持ち上げ、半透明の飴を光にかざすようにしながら眺めてくれる。
その間にそそくさと作り直してもらった綿飴製造機を用意して、フルーツ飴の道具も用意する。お水に砂糖を入れてようく撹拌をしておく。これを小鍋に移して火にかける。コツは火にかけてからは混ぜたりしないこと。ひたすらぐらぐらさせておくのがフルーツ飴のコツ。
フルーツ飴の準備をしたところで、綿飴製造機のセッティングをする。
早くも漂い出した甘い香りにシャーロット様が反応したのか、飴細工の薔薇をお皿へ置いて綿飴製造機の前でわくわくに目を輝かせて待機してくる。
「そうだわ。ごめんなさい、あなたのお名前をね、聞きそびれてしまっていたの。お名前を教えてくださるかしら?」
「エルと申します」
「いくつ?」
「……それが、自分で分からなくって。すみません」
「分からない? どうして?」
言ってしまってもいいんだろうか。
物心ついた時には奴隷で親は愚か、生まれた季節さえ分からないんですとか言ったら、折角、おいしいお菓子を楽しもうっていうシャーロット様の気持ちに水を差してしまうんじゃなかろうか。
あるいは「元奴隷なんかがお城に出入りするんて!」みたいなパターンもあるのではないだろうか。
「その……覚えていないんです」
「覚えてない? 家族はいないの?」
「家族は……いな——あ、いますけれど、血の繋がりはない書類上の兄でして。面白いお話ではありませんから、このくらいでよろしいでしょうか? すみません……」
「そう……。小さいのに大変なのね」
「お心遣い、感謝いたします」
ちょっと笑顔がぎこちなかったかな。
気を取り直して、十分に熱した綿飴製造機の釜に砂糖を入れる。溶けてきた頃合いを見計らってハンドルを回し始める。綿飴を棒で絡め始めるとシャーロット様は覗き込んでくる。
「お顔を近づけすぎると熱いので、お気をつけください」
「ええ、でもこの甘い香りに誘われてしまうの。さあ、できたてをいただけるかしら?」
「ええ。もう少し大きくしますね」
「どれほど大きいのができるのかしら?」
「試してみましょうか?」
「そうしてちょうだい、エル」
皇女殿下様だから、庶民なんて地べたを這いずる虫けらみたいに思っているんじゃないかとか少し思ってしまっていたけど、シャーロット様にそういう嫌味のようなものは感じられなかった。
純粋というか、純真というものなのか、すごく素直な感情表現をして、そこに人の気分を害するような悪いものが一切感じ取ることができない。
綺麗なもの、甘いもの、かわいいものが好きな、普通の女の子らしい感性を持ち合わせた人だと感じられた。
綿飴を作って、フルーツ飴も作って。
それから徹夜で練習した飴細工も披露した。正直、完成度として自分ではあまり満足できてはいないけれど、拙いなりの精一杯が伝わったのか、それとも飴細工というものへの物珍しさによる賜物か、シャーロット様は喜んでくれた。
「またいらっしゃってね、エル。今日からわたくしとあなたはお友達よ?」
「温かいお言葉、ありがとうございます。
お喜びいただけたようでわたしも楽しかったです」
お部屋のドアの前で挨拶をしてお辞儀をしてから出る。
従者さんがドアを閉めてくれて、どっと疲れを感じた。
「どうぞ、こちらへ」
「あ、はい」
お城の外まで案内をしてくれるみたい。
当然か。お客というか、招かれただけの人にお城の中を好き勝手に歩き回られちゃ困るもんね。
お城を出て城門まで来ると従者さんが懐から小さい袋を取り出した。
「エル殿。こちらは本日の謝礼金です」
「えっ」
謝礼金なんてもらえちゃうの。もらっちゃっていいの。
「シャーロット様はお友達と仰られましたが、ご身分のある御方です。妙な勘違いはなさらないよう」
「も、もちろんです……」
なるほど。つけあがるな、ただの客であって間違っても高貴なお姫様のお友達なんてものじゃないんだから身の程を弁えろよ、と。そういう意味合いの強い謝礼金なのか。
「しかし、シャーロット様のご興味を惹く新しい何かがあればご一報いただけますか」
「えっ」
「いただけますね?」
「……はい」
「ご自分の立場と、シャーロット様のご身分をよくご理解いただけるよう念じております。本日はありがとうございました」
「こちらこそ……」
お辞儀をすると、従者さんもお辞儀をしてから踵を返して行ってしまった。
謝礼金かあ。僕がギルみたいに怖いもの知らずだったら「友達なのにお礼のお金はもらえません」ってつっぱねられたんだろうか。
「……僕ってあんまり、褒められる人間じゃないんだなあ……」
さて、帰りの馬車は——あれ。ないのかな。
てことは徒歩帰り? 人混みができませんように……。
▼
「もごが……」
猿ぐつわを噛まされてまともに喋れない。ずた袋を被ってしまっているので周りの様子もうかがえない。
商会本部まで徒歩で帰ろうと歩いていたら、だんだんと周囲でひそひそする人の姿が目につくようになって、勇気なのか、下心なのか、あるいは別の何かを働かせた人が声をかけてきてしまってからは大変だった。
群がってくる人だかりにぞっとしながらそそくさと逃げ出して路地裏をこっそり行くことにしたら、日の届かないそこで
どうにか角を立てないように退散しようとしたのに、言葉が通じても気持ちの通じない相手というのは、いつでもどこでも一定数はいらっしゃるらしくて――ラ・マルタの新しい話の種となってしまっている人物だとバレた瞬間に、彼らは身代金目的の誘拐を企んでしまった。
それからはあっという間だった。
最初に声を出せないように猿ぐつわ。それから手を後ろで縛られた。そのまま頭にずた袋を被せられ、どこかに運ばれて、室内とかに入ったんだろうか。椅子へ座らされて椅子の脚に僕の両脚が括りつけられた。もう動きようがない。
もしも身代金を払うまでもないとか思われてしまったら、僕は殺されてしまうんだろうか。それとも別の国にでも連れて行かれてまた奴隷として売り払われたりしちゃうのかな。
「もごぉ……」
仮に奴隷としてよその国で売り払われてしまって。
また脱走してアルソナまで戻ってきたら、僕はまた二等国民からのスタートになっちゃうのかな。ヘイネルや、このラ・マルタの知人を訪ねても僕のことなんて忘れられちゃっていて、出ていけとか言われちゃったりしちゃうんだろうか。
でも――僕なんて役立たずの単なる子どもでしかないしなあ。致し方ないのかな。
何だか、さみしい。
さみしさは時に胸をくっと締めるような痛みを感じさせる。
僕にどれだけの身代金をふっかけるんだろう。少額なら見込みはあるけれど、大金だと支払ってもらえないかも。
二度の人生で、二度連続で親というものを感じたことがないのだから。赤の他人が僕なんかのために身銭を切ってくれるとは思えない。誰かの役に立っている限りは捨てられないのかもだけど、邪魔ならばいつだって切り捨てられるんだ。僕はきっとそんなものだから望みは薄い。
「——よおう、退屈凌ぎ程度にゃなってくれるんだろうな?」
ギルの声がした。いきなりだった。
それから短い悲鳴が重なり、物音がする。壊れる音、人が倒れるような音、うめき声。それらはすぐに収まって、いきなりずた袋が取り去られた。
「……ギル……」
「元気そうだな。とうとうお前もかどわかされるまでになったか。出世しやがって」
取り出されたナイフで僕を縛っていたものをギルが切ってくれた。
わざわざギルが助けに来てくれたっていうことでいいんだろうか。粗末な室内には4人ほど倒れている。
「どうして……ギルが、助けに来てくれたの? やっぱり……身代金なんて、僕に払う価値ないから、力ずくっていうこと……?」
「は? 何言ってんだ、お前? ほらあのー、姉ちゃん。お前と一緒にいるさ、ほら。おっぱいデカい——そう、メリッサ! あれが血相変えて俺んとこに来てよ、お前が誘拐されたから助けてくれって。50万ロサ要求されたらしいぞ、お前。金はあるけど約束守るような輩にゃ思えねえし、ってんで金の受け渡しでとっ捕まえてこの場所吐かせたってわけだな。取り逃がしたら丸ごと取られちまうってのにほんとに金え用意しててよ、いやはや、大金だったなあ、ありゃあよ」
嘘だ。
信じられない。
夢か、あるいは妄想か。
「……いふぁい」
「何でてめえでてめえをつねってんだ?」
ほっぺをつねってみたらしっかり痛かった。
それじゃあこれは現実っていうことだろうかと思ったら、ぶるっと臓腑が震えるような心地がした。
「おい、何を泣いてやがるんだ、お前?」
「おんぶして……」
「はあ? 何だ、どっか痛えのか?」
「いいから、おんぶして」
ギルの背へ回って飛び乗るとおんぶしてくれた。
ぎゅっとギルにしがみついていると、どうしてか、涙が次から次へとこぼれてきてしまう。
「お前、変なとこでよく泣くのな……」
「泣いてないです……。埃っぽくて、目に染みて……」
「はあ?」
「それかドライアイなだけで……」
「どらいあい?」
「ありがと、ギル……」
ああ、そっか。
変なとこで泣いちゃうというわけじゃない。
嬉しいんだ。嬉しいって、心の底から嬉しいというのは、こういうことになってしまうのか。
「僕なんかのために誰も来ないし、お金なんて払ってくれるとも、思ってなかったから……」
「守銭奴みてえな商会の連中が金え用意したってのは俺も驚いたがよ。
ちゃーんと迎えくらいは俺が行ってやるっての。……誰も来ねえのはガキの身にゃあこたえるだろうが」
ぶっきらぼうにギルはそんなことを言う。
ふとその時に感じた。——多分、ギルには僕と似たような経験があるんじゃないか。言葉の端にどこか、寂れた感情があったような気がした。
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