#011 甘美なお菓子はお姫様のハートを掴める

「早く早くっ、ギル!」

「急かすない、こんにゃろう。もう目に見えてんだから変わらねえよ」

「一分一秒が惜しいの! 僕もう先に行くから、ビンガム商会の本部ってところに来てね! ちゃんとギルが後から来るって伝えておくから! ふらふら寄り道しないでね! じゃあね!」

「へいへい……」

「あと荷物、重いからギル持ってきて。お願いね。じゃ!」

 荷物を俺に押しつけてエルのやつが走っていく。

 雪獅子との死闘のせいで湯治をがっつりしてたらスケジュールが云々と騒ぎだしてからというもの、俺は何百回エルに急かされたのか。早く起きろから始まって、早く飯を食べ終われ、早く寝ろ、クソを早く済ませろ――やかましくてたまらなかったが、どうにか帝都ラ・マルタに辿り着いた。

 これでもうしばらくは急かされちまうということもないだろう。

 何だっけか。皇帝だかのパーティーでお楽しませあそばせ願わなきゃならないんだっけか。どうしてそんなもんを引き受けたのやら。商売人のさがってえほど、年季が入っているわけでもねえのに。

「酒飲みてえな……。帝都ってえほどだし、色々と集まってんのか……?」

 だったら、あれだな。

 のんびり行く体でさっさと行けば、一杯ひっかける程度の時間は捻出できるのか? そういうことだよな?

「ふっ――待ってろ、ラ・マルタァ!」


 ▼


「こちらでございます」

「はい、ありがとうございます」

 ラ・マルタのビンガム商会本部に到着したら、すぐに見たこともないボスに挨拶することになってしまった。すぐに旅装からエイワスさんにもらった服へ着替えて身だしなみも整えた。

 ビンガム商会のボスがいる。出張所でも、この本部でも、商会長のことを皆がボスと呼ぶ。僕もボスって呼んだ方がいいんだろうか。それともビンガムさんとか? いやでも上司の上司どころか、僕の組織のトップ・オブ・ザ・トップだものなあ。

「ボス。ヘイネル出張所のコーディネーターのエル様がご到着されました」

 案内してくれた商会本部のお姉さんが立派な扉をノックする。奥から「どうぞ」と低くしゃがれた声が返ってくる。お姉さんがドアの脇へ立ち、僕にほほえみを見せて促してくれる。

「失礼します」

 ドアを開けて中に入る。

 窓を背にした、大きな人がいた。

 後ろ手にドアを閉めてその場で立つ。

「はじめまして。ヘイネル出張所のエルです」

 挨拶をするとようやく、ボスが振り返った。

 想像していたくらいの年頃の、まあ、中年のおじいさん手前といった人だけど体がものすごく大きい。ガタイがいい。上背があって、服の上からもハッキリ分かっちゃう筋肉質なマッチョおじさん。立派な立派な口髭もある。

「……わたしのことはボスと、そう呼ぶのだ」

「……はい、ボス」

 これはボスだ。

 これ以外にボスはない。

 それくらいにボスとしか言えない風格まである。

「エイワスはお前を随分と買っているようだ。

 そこでわたしが指示をして、お前に2つの仕事を与えることとした。理解しているな」

「はい。皇帝陛下のご結婚記念日祝賀会にて、陛下にお喜びいただく催しを用意することと、この帝都ラ・マルタの近辺にあるという古代遺跡探索の任をボスより賜ったと聞いています」

「うむ。して、お前は何を考えている」

「まずは帝都にて皇帝陛下のご趣味を調査しようと考えておりましたが、旅の最中でトラブルに見舞われてしまいまして、その時間が捻出できそうにありません」

「予定より随分と遅かったが、何があったのかね」

「オーリアール山脈の手前で遭難して、雪獅子と戦った連れが大怪我を負いまして。その遭難と療養で時間がかかってしまいました」

「雪獅子? あの、雪獅子かね? それでは大層な怪我であっただろう」

「……少し縫って、腕を折った程度で、済みました」

「何?」

「やたら、頑丈で……」

「雪獅子を相手に……? そうか」

 やっぱり驚くことなんだよね。

 でもギルだからって少し驚けなくなっている僕もいる。

「その話はことが済んでからにしよう。

 皇帝陛下の好みについて知りたいのであれば資料室を使うのだ。過去の同行事にて何を催し、どのようなご反応であったのかの記録がある」

「そんなものが……。是非、拝見させていただきます」

「うむ。祝賀会はあと3日しかない。早急に準備を整えよ」

「はい」

 ボスへの挨拶が終わった。

 ぎらぎらした商売の鬼みたいな人物像を勝手に想像していたけど、むしろ、貫禄と筋肉がみなぎるばかりで商売人というのが感じられなかった。一体どんな人生を辿ったらボスがボスとなったのかがすごく気になる。伝記とか出さないのかなあ。

「エル様」

「あ、はい」

「ラ・マルタにて、エル様の助手を務めるよう命じられました。メリッサと申します。どのようなことでもお手伝いさせていただきますので、どうぞ、存分にお使いになってください」

 ボスの部屋を出ると、案内をしてくれたお姉さんが待ってくれていて挨拶されてしまった。

「僕の、助手さん……をしてくれるんですか?」

「はい」

「じゃあ資料室で、過去の記録を調べたいです。食べ物。どんなものが好きかっていうのを」

「お食事についてピックアップをすればよろしいですか?」

「うん。それからね、えーと……皇帝陛下のお食事を、目の前でご用意して食べていただきたいんだけどそういう前例ってあるのかなって。ともかく資料室に連れてってください」

「かしこまりました」

 メリッサさんは、やっぱり美人だ。

 ビンガム商会の女性って美人さんばっかり。職場結婚が多いとかヘイネル出張所では聞いたことがある。でもコーディネーターはお見合いの話とかも多いんだったっけ。

 僕にはレティシアがいるから関係ないけど。


 ▼


 時間がないというのは往々にして様々な予定を台無しにさせてしまう。

 そんなことをつくづく思い知らされてしまっている。

 結婚記念日祝賀会というから、とりあえず僕はご馳走を振る舞おうと考えた。皇帝陛下ともなれば色んなご馳走を食べ飽きているかも知れないけど、幸いなことに僕は生前の記憶というものがあるから、外国人にもウケの良い日本食のご馳走とか作ったら物珍しくて、かつ、おいしさも備えられるんじゃないかと考えた。

 けれど。

 鉄板焼きでステーキを振る舞おうと思えば、鉄板や小手を用意する時間がない。最適な厚みを持った鉄板を試作する時間もないし、何より安定した火力を生み出すガス火というものがなくて調理そのものも難関になりすぎる。

 別のプランとして天ぷらを作ってしまおうとも考えていた。胡麻がアルソナで流通されているのは知っていた。けれど胡麻油を作ろうとしたら、苦労して石臼で磨り潰した油の沈殿にどうも時間がかかりすぎてピュアで美しい薄い黄金色の油を精製するのに時間がかかりすぎると判明した。

 それならばお寿司とも思ったけど、お魚の生食文化がアルソナにはない。そんな奇異なものを出してしまったら侮辱罪とか言われかねないし、お刺身を食べなれない人っていうのは食感さえ気持ち悪く感じかねないから却下とした。

 だったらすき焼きだと頭を切り替えた。——お醤油がなかった。

 調理の難易度というものから鑑みて、事前に想定だけしておいたプランは全て潰えてしまった。全ては時間が足りないというところに終始してしまう。

「万策尽きた……」

 皇帝陛下を相手に焼き鳥なんてものは庶民的すぎて出せない。

 煮込みなんて尚更でもある。

 所詮、僕なんて他の誰かが考案したものをローカライズして提案するしかできない泥棒にすぎないんだなと思い知らされた気分だ。ちゃんとした料理人だったなら苦労はしたって何かしら生み出せるかも知れないけど、僕はすでにあったものを再現するのが関の山なわけで、オリジナリティーだとか、創造性だとかっていうものは皆無である。

 他にもおいしい食べ物というのは、そりゃあある。だけど目の前で火を入れて作り上げていくパフォーマンス性を取り入れるのがいいんじゃないかと、そんなコンセプトでいたから、それを挫かれてしまって絶望しかない。我ながら安い絶望だけれど。


 メリッサさんにも遅いからと帰ってもらった深夜に、商会本部で僕に貸し与えられた執務室で頭を抱える。

 お祝いは気持ちが大事、なんて聞いたことがあるけれど、そういうのは身内でのお話のはずだ。おもてなしをさせてください、とわざわざ商会から首を突っ込んで言い出したんだから、ささやかですが、なんて許されたりしない。豪華絢爛に、華美の限りを尽くすのがやり方だ。

「おお、いたいたぁ……。エル、宿はどこだあ?」

 頭を抱えたまま完璧にフリーズしていたと気づいたのは、いきなりギルが入ってきた時だった。

「ギル……」

 完璧に忘れちゃっていた。

 ていうか、今の今までどこで油売っていたんだろう。酔っ払ってるし。お酒臭いし。ほんともう、街中に入った瞬間にギルってダメ人間になってしまうんだろうか。

「何してんだ?」

「……考えごと。時間がないせいで何もかも、考えてたことがおじゃんになっちゃったから、どうしようって……」

「ほおう……。ま、そういう時は飴ちゃんでも舐めとけ。ほれ」

 どこで買ったのか、包み紙に包まった飴を渡された。

「……甘い」

 口に入れる。香料は感じられない、ただただ甘い、飴玉。脳みそはブドウ糖で動くから糖分は大切にしろ、どれほど頭を捻ってみても妙案が浮かびそうな気がしない。

「ラ・マルタってえのは首都だけあってすげえもんだな。酒にしか期待しちゃいなかったがよ、甘いもんもありゃ、果物も豊富に揃っていやがるし……。だがこういうもんはたらふく食うと飽きちまうよな」

「ただ甘いだけじゃあね……。おいしさは舌だけじゃなくって、鼻でも感じるものだから」

「鼻?」

「香りだよ。食べる前の香り、それと口の中に入れて嗅ぎ取る香り……。そういったものがおいしさには関わるから」

「ほう……」

「それから食感も大切なファクターだよね。味、香り、食感、それに見た目の期待感。そういう複合的な要素でおいしさはできあがるんだよ。味わう本人の好みにもよるけどね」

「そんじゃ、お前の言うそういう要素さえ揃えちまえば、こんなつまらねえ飴玉だってうまいって感じるようになんのか?」

「理屈ではね。でも飴玉ってそこまで派手においしいってするのは……」

 ただ甘いだけの飴。

 それでもラ・マルタじゃなくちゃ見かけられなかったということは、おいしい飴なんていうのはまだないのかも知れない。ただ甘いだけで高級な嗜好品という扱いなのに、おいしい飴ができたら革命になっちゃうのかな。

 飴細工というのは難しいけれど飴の性質さえ把握しておけばある程度の再現ができるのかも。

「どうした?」

「……ねえ、ギルって手先器用だったりする?」

「それなりにな」

「……じゃあ手伝ってくれる?」

「何するんだよ?」

「綿飴」

「わた……?」

「それとラグジュアリーな飴」

「らぐじゅありー?」

「とりあえず綿飴作る装置からだね」

 設計図から書こう。

 皇帝陛下が気に入った、なんてセールス文句があったらビンガム商会で売り出した時にバカ売れするかも知れないし。量産に備える必要がある。

「綿飴って何だ?」

「ふわふわした飴だよ」

「雨がふわふわ? 飴ってのはカチカチなもんだろう?」

「だから面白いじゃない」

「面白いが……何をどうやって、飴玉を硬くすんだ?」

「玉じゃなくしちゃうの」

「……なるほど? 分からん」

 百聞は一見に如かずだから説明はしないでおいた。

 設計図は描けたからあとは素材だ。樹脂素材は期待できそうにないけど、金属製なら代用はできるだろう。回転する釜も構造はクリアした。あとは技術的に設計図通りに作ってもらえるかどうか。

「……ま、いっか」

「おい。俺は何を手伝えってんだよ?」

「試作と試食だよ。今、道具と材料を探してくるから」

 設計図は朝イチでメリッサさんにお願いして職人さんのところへ依頼してもらうとして、あとはラグジュアリーな飴ちゃんができるかどうかの試作からだ。

 はてさて、商会の中で調達できればいいんだけれど。あるかなあ、お砂糖って。


 ▼


 バタバタで時間は過ぎてとうとう、皇帝陛下の結婚記念日祝賀会の日が来てしまった。会場は城内の庭園だ。このお祝いのために国内の諸侯が駆けつけ、贈物も用意している。

 見事に手入れの行き届いた美しい庭園にテーブルが出され、タープも張られてしまい、そこかしこに贈物ブースが設けられる。その中にビンガム商会も混じり、与えられたスペースで皇帝陛下をご接待するのだ。

 とは言え、皇帝陛下も忙しかったり、あるいは面倒だったりするから、全部のブースを見て回るということはない。どれだけ目を惹き、あるいはどれだけ名前を憶えられているか、そんなところで勝負をしておかないとガン無視を決め込まれてしまう。今回、そこのところは僕は気にしないでいいとメリッサさんに伝えられている。

 ビンガム商会だから、とわざわざ皇帝陛下は毎年足を運んでくれるらしい。殿様商売みたい。後ろ盾というのはこういう時にこそ発揮されてくれないと困る。

 しかし皇帝陛下ってどういう人なんだろう。

 名前を始めとした情報は知っているけれど人となりや、外見といったものは知らない。怖い人でなければいいなあ。

「エル様。皇帝陛下がいらっしゃいます」

「あ、はい」

 ブースの奥で緊張を和らげようとスカーフを緩めてリラックスしていたらメリッサさんに声をかけられた。腰を下ろしていた椅子を立ち、スカーフをきゅっと締めて身だしなみの最終チェックをする。髪の毛もジェルでがっつり固めた七三分けの前髪アップだし、服も昨日の内にお洗濯して、乾いたのを夜の内にアイロンしておいた。すごくアナログなアイロン方法だったけど。

 ブースにはテーブルを用意してある。高価な真紅の布をクロスにして、その上に全ての準備を済ませてある。僕はテーブル越しに陛下と対面できるよう背筋を伸ばしてしっかり立って待機する。


「今年はどのようなものを用意したのだ?」

「ハッ、有望な少年が我が商会に入りまして。彼の独創的なアイデアで是非、陛下をお喜ばせすることができればと呼びつけました」

 ボスが皇帝陛下をエスコートしてきていた。

 皇帝陛下というだけあって豪奢な服装をしている。冠を被り、マントをつけ、後ろに何人もの従者を引き連れている。ボスと比べたらそりゃあ小さくも見えるけど、背は高めだと思う。御年56歳だったっけ。一見すると柔和なおじさんに見える。

「陛下。こちらがその新入りのエルでございます」

「お初にお目にかかります。素晴らしき御記念の日にお呼びいただけたこと、我が身に余る光栄でございます」

 胸へ右手を添えて深々と、腰を折るように頭を下げる。

「うむ……。まだ小さいではないか。ビンガムが有望と称するほどだ。年端もいかぬとて、甘くは見ぬぞ。……して、何を用意した?」

 甘く見てくれないのか。

 でもこっちも厳しく評価されるつもりで臨んでいる。

「陛下に相応しい、甘美な菓子をご用意いたします」

「菓子か。出すが良い」

「はい。ですがこの菓子は出来上がる工程をご覧になることでも楽しめるよう苦心いたしました。どうぞ、ごゆるりとご覧になってください」

「出来上がる工程……?」

「まずご覧いただきますは、飴にして飴にあらぬ、あの青空に浮かぶ雲がごとく飴にございます」

「雲とな?」

 また深々と一礼をしてから、苦心して作り上げた綿飴製造機をテーブルへ置く。

 綿飴の作り方というのは単純だ。

 ざらめを溶かし、溶かしたそれを細かく空けた穴から取り出してあげる。すると紐状の飴が出てきて、それを棒で巻き取ってあげるというだけ。

 そのために必要なものは回転する釜である。空き缶なんていうものがあれば、それに穴を空けて、下から炙って回してあげればいいけれど、そんなものはない。だから小さな丸鍋を用意してもらった。側面には無数の小さな穴空きである。ここにざらめ代わりのお砂糖を投入する。釜の下で火を点けて、砂糖が溶けるのを待つ。

 溶けてきたところで、装置についているハンドルを回して釜を回転させる。釜はたらいのようなもので囲っているので、綿飴が飛び散るということはない。少し大袈裟なほどに囲いの高さをつけておいたのは、万が一、皇帝陛下のお召し物を綿飴でべとべとに汚さないためだ。

 ぐるぐるぐるぐると思い切りハンドルを回すと綿が出てくる。これを棒で絡めて巻き取っていく。

 生前、お祭りで見かけた屋台の綿飴ほど立派なものはできないが、そもそもそういう完成形を知らない人には綿状の飴というだけできっと満足してもらえる。——と信じてる。

 砂糖が熱せられて甘い香りが漂うと、皇帝陛下も、周りの人もその匂いを吸い込もうとするかのように鼻で息を吸っていた。掴みはよし。

「どうぞ。お召し上がりください。綿飴にございます」

 手がべたつかないように紙で棒を折り挟んで差し出す。陛下の周りの人達が物珍しそうに眺めている。陛下自身も何だか困惑顔をしている。

 あ。もしかして毒見とかいるのかな。

 でも準備で入ってきた時に徹底的に荷物とか所持品のチェックもされたし、メリッサさんもそういうこと言っていなかったし、大丈夫なんだよね。あれ、ちょっと不安になってきた。

「父上、わたくしがいただいてもよろしいですか? とっても香ばしくて甘い、素敵な香りなんですもの」

「ああ、いいだろう」

 陛下の横から綺麗なドレスの女の子が口を挟んできて、僕の手から綿飴をそっともらっていった。そして、頬張るのがお行儀に反してしまうからか、少し困ったようにしげしげと眺める。

「よろしければ、こちらをお使いください」

「あら。ありがとう」

 何本も綿飴を作れるように棒はたんまり用意している。それを1本出して渡すと、うまく綿を棒で引っ掛けるようにして持ち上げて女の子が——きっとお姫様だろうけど——口に入れた。

「…………」

 僕を含めて、彼女以外の誰もが固唾を飲んで見守る。

「まあ……あら、まあっ、おいしいですわ。とっても甘くて、ふわりとして、口の中でとろけて消えてしまいました。父上も母上も、お召しになって。とってもおいしいですわ。ねえ、あなた、これ1つしか用意はないの?」

「いえ、たくさん作る用意があります。すぐに作ります」

 火を点けて量産を始める。

 2本目、3本目と皇帝陛下も、皇后陛下も、それから最初の一口を食べたお姫様以外の——恐らくロイヤルファミリーであろう人達も綿飴を食べてくれた。

 ひとしきり綿飴を行き渡らせている間に、後ろで次の用意をメリッサさん達にやっておいてもらった。その頃合いを見計らって、綿飴製造機を脇へ移す。

「もう一品、同じく飴の菓子を準備しています。用意をさせていただいてよろしいでしょうか?」

「ええ、もちろんよ。早くしてちょうだい」

 最初のお姫様は自分の綿飴をぺろりと食べるなり、僕が綿飴を作る様子をずっと目を丸くして見ていた。すごい食いつき具合にちょっと驚いてしまっている。

「今度はどんなものなの?」

「キラキラと輝く飴にございます」

「まあ、素敵っ」

 お姫様の目の方がキラッキラかも知れない。

 後ろで準備をしておいてもらったのは、水と砂糖を混ぜた液体だった。それを火にかけてもらって、ぐつぐつと沸かしてもらった。火にかけたままの小鍋を慎重に綿飴製造機の横へ用意する。

 それから4種のフルーツだ。

 イチゴ。ブドウ。オレンジ。ブルーベリー。

 イチゴはヘタのあった頭をすとんと落としている。ブドウは房から外してある。オレンジは皮を剥いて房ごとに切り分けた。ブルーベリーは洗って水気をよく切っただけ。それらを串の先端に刺している。ブルーベリー以外は。

 串の先にぐつぐつに溶けた飴を少しつけて持ち上げる。すぐに飴が固まったのを確認してから、串を1つずつ、先端に刺さったフルーツに飴をからめるようにくぐらせて持ち上げる。

 飴は持ち上げられた時に空気にさらされてすぐにカチリと固まる。フルーツの表面の飴を厚くすると硬くなりすぎたり、べたっとくっつくことになったりしてしまう。

 目指した食感は、パリじゅわだ。

 飴でパリッ。フルーツ果汁でじゅわっ。

 そして砂糖の溶けた甘い香ばしさと、フルーツの酸味、飴そのものの甘さ。そういったものを一口で感じられるようにと苦心した。

 感激しきったお姫様が僕の手からフルーツ飴を引っ手繰るように取っていき、可愛らしい小さな口でイチゴ飴をかじる。

「まあっ……! あなた、そちらの残りのフルーツも同じように飴に変えてくださいな」

「はい」

 皇帝陛下は分からないけどお姫様のハートはゲットできている気がする。

 ブドウもオレンジも要領は同じだ。薄くパリっと飴を絡められる。

 難しいのがブルーベリーだった。一粒ごとが大きくないから。とは言え、串に縦に一粒ずつ刺して飴を絡めてもじゅわ感が薄い。かと言って飴で団子状にしてしまうとべたっと噛む度に歯と歯がくっつく大惨事になりかねない。

 そこで綿飴の出番である。小さな綿飴を作って、その中にブルーベリーを適量埋め込み、これをフルーツ飴用の液状熱々飴に一瞬転がし、すぐに掬い上げる。

 表面はさっくりと、そしてふわっとした綿飴に受け止められてブルーベリーがその甘酸っぱさを爆発させるというおすすめフルーツ飴になる。

 フルーツ飴も綿飴もロイヤルファミリーには行き渡った。お姫様はずっと僕がフルーツ飴や綿飴を作る様子を至近距離でじいっと眺めていたので何だか余計に緊張をしてしまった。

「素晴らしい菓子であった。さすがはビンガムが目をつけたというだけはあるようだ」

「身に余るお言葉です」

 皇帝陛下に言葉をかけられてお辞儀をした。しばらく様子をうかがってからそっと顔を上げたら、皇帝陛下は別のところへ行っていた。

「……成功?」

「おめでとうございます、エル様! 大成功ですよ」

「うわぷ――」

 メリッサさんにハグ――というか抱きしめられた。解放されたら今度はボスに背中を叩かれてつんのめって、メリッサさんの豊満なお胸に顔が埋まってしまったけどそのまま受け止められてしまう。息苦しいけど嫌じゃない。

「よくやった。今夜はわたしが宴を開いてやろう。メリッサ。商会に今日いる全員に通達をしておくのだ」

「はい、ボス」

「えと……もしかして、大金星ですか?」


 試食をしてもらったし、色々と手伝ってもらったからとギルもビンガム商会本部の宴に呼んだら誰よりもお酒を飲んで、用意されたご馳走を食べて、誰よりも楽しんでいた。

 とりあえず僕は疲れたので、早々に退散しようともしたけど主役が早々に帰るものじゃないと軽く叱られてしまったから、隅っこで眠ることにしておいた。

 準備までの日数もなくて大変だったけれど、結果は最上に近かった。

 甘味でおもてなしをするというのは盲点だった。ご馳走という頭しかなかったから。

 あとは綿飴とフルーツ飴をビンガム商会で大々的に売り出すだけだ。綿飴製造機が抱える重大な問題をどうにかクリアしなければその先へは進めない。

 そう。重大な欠点――綿飴を受け止めるたらい部分が鉄製だと、飴を落としきれずに汚れきってしまうから使い捨てなければならないという、ステンレスさえあれば解決のできる、そんな欠陥をどうにかしなければ。

 ステンレスってどう作るんだったっけか。鉄と——クロム・ニッケルだったっけ。何だかとっても大変そう。どうにかなってくれるんだろうか。

 うん。

 難しいことはよして、寝よう。

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