#009 トラベルの語源はトラブルだっけ。トラブルの語源がトラベルだっけ。どうでもいいけど遭難した。

 ヘイネルの街から北西方面。

 オーリアール山脈を越えて、さらに北へ。

 そこに帝都ラ・マルタというアルソナ最大の都がある。

 帝都ラ・マルタには皇帝陛下がいる。貴族がいる。国の中枢機関がある。

 ビンガム商会の本部もあるし、一代で巨大商会を興した剛腕商人のビンガム商会長もいる。

「ラ・マルタでまずはボスへのご挨拶だ。

 手紙できみのことは報せているが、ボスの機嫌は損なわないよう気をつけてくれ。きみならば問題はないと考えている」

「はい。……でも、挨拶のためだけに出張じゃないんですよね?」

「うむ。任務は2つだ」


 エイワスさんに指示された任務は思わず顔を引きつらせてしまうものだった。

 何でも今度、アルソナ皇帝の結婚記念祝賀会があるという。毎年のようにビンガム商会はこの祝賀会に一枚どころか、二枚も三枚も噛んでいるらしい。

 で。

 僕のことをボスに報告したエイワスさんは、ボスから直々に指示を受けてしまったそうだ。

『そのエルとかいう新人は本当にそんなに斬新なことを思いつく小僧なの?

 じゃあちょっとお手並み拝見したいから、今度ある結婚記念祝賀会で皇帝陛下が楽しめることでも企画してもらおうよ。よろしく』

 なんて——具合なんだろうか。

 どういう空気感で指示されたのかは分からないけど、何と一等国民になって1年未満の僕が皇帝陛下をお楽しみあそばせさせなくちゃいけないらしく候。

 だから1つ目の任務は、皇帝陛下祝賀会の大成功だ。

 ビンガム商会本部に行ってから色々とリサーチして企画しないとならない。

 こんなの新人の僕にやらせることじゃないと思う。実際、出張所内の同僚さんに同じ話をしたら、ドン引きされてしまっていた。でもそれだけエイワスさんの期待が大きいからチャンスだとも背中を押してくれた。まして、商会のボスや、皇帝陛下の目に留まったら出世は確実だ。

 でもしくじって目をつけられたらクビになっちゃうかも。

 ううん、解雇どころか、さらし首だって可能性としてはあるんじゃないだろうか。

 怖すぎる。

 ハイリスク・ハイリターンって僕の趣味じゃない。地道に手堅くやっていたい。


 そして出張任務の2点目はギル案件だった。

 何でも帝都近くにとっくに探索されていた古代遺跡があったらしいんだけれど、何の弾みか、最奥部からさらに奥へと続く入口が発見されたらしい。調査隊が早速、編成されたものの命からがらに逃げ帰ってきた人は恐慌状態で、間もなく事切れたとか。

 だから、また僕経由で探索をしてこいという任務だった。

 発狂して逃げ帰ってくるってどういうことなのさ。怖すぎる。

 でも僕は天下のビンガム商会の一員で、最年少コーディネーター職。ビンガム商会のコーディネーターと言えば、誰もが羨む高給取りらしいし。けっこうお仕事は大変だけど。そこはとっても大変だけど。文明の技術レベルから乖離した仕事量だけど。

 とんでもないお仕事を与えられるっていうのは、それだけ評価してもらえているからだ。いつか失敗しちゃうかも知れないけど、その時の保険として功績を上げられるなら上げておきたいという気持ちもある。


「ふう、お掃除完了。留守の間のお家のことはおばさんにお願いもしたし、持ち物チェックリストも全部埋めたし、大丈夫だね。だよね、ギル?」

「チェックリストって……まめなことするのな、お前」

「だって忘れ物したら大変だもの」

「しかも出かける前に掃除って……」

「たまにおばさんに風通ししたり、変な人が住みつかないか見ておいてってお願いもしたし……その時に散らかってたら悪いじゃない」

「こまっけえのな……」

「む……別にいいでしょ、ギルはお掃除とかちっとも手伝ってくれなかったんだから」

「なら、人でも雇っとこうぜ。可愛い姉ちゃんとかさ。お前の職場にいるみたいな、上玉の」

「自分でできることは自分でやるの」

「ちぇっ、つまらん……」

 まったくもう、ギルってすぐに楽しようとするんだから。

 その癖、毎日遊んでばっかり。遺跡探索でがっつり稼いで、あとはずぅーっと遊びほうけるっていう感じで今後もずっと続くんだろうか。

 でも目を放したらすぐ散財しちゃうし、ちゃんと僕が見ておいてあげないと破産しちゃうかも知れない。

「ギルって、頼りになる場面がすごく限られるよね……」

「そりゃお前もだろ?」

「えっ。僕ってけっこう何でも役に立つ気がする」

「この前、酔っ払いに絡まれて泣きべそかいてなかったか?」

「かいてないもん。息が臭すぎて目に染みただけだもん」

「ほんとかあ~?」

「はい、出発しまーす! 施錠! 予備の鍵はおばさんに預けてあるから、早く行きましょう」

 玄関を締めて、念のために外から入れそうな窓もちゃんと施錠されていることを確認しておいて出発した。

「まずはオーリアール山脈越え!」

「オーリアールか。絶景らしいな」

「何かね、トンネル開通工事やってるんだって」

「ほおー。あの山脈にトンネルか。よっぽど金がいるんだろうな……」

「ビンガム商会って手広すぎるんだよね……」

「て、お前んとこかよ……。何だ、利権か」

「端的にはね」

「カァーッ、地獄に落ちるんじゃねえか? 金儲け至上主義連中め」

「公共事業を請け負っただけです。これで輸送がはかどるんだよ。オーリアール山脈はね、ビンガム商会じゃあ、文明ストッパーとか言われちゃってるくらいなんだから。山脈の向こう側には最新技術がわんさか溢れてるのに、山脈のせいで邪魔されてなかなかこっち側には降りてこないんだって」

「はいはい、お喋りに夢中でこけるなよ」

「こけませーんー」

 久しぶりの旅にちょっとだけ胸が躍る。

 目的地ラ・マルタへ辿り着いてしまったら気が重いイベントが盛りだくさんだけれど、せめて、それまではしっかり楽しもうと決めた。


 そう。

 この時までは。

 旅路の不安はなかった。——この時は。


 ▼


「寒い……」

「もっと寄れ、冷えるだろうが」

「いっそおんぶ」

「お前だけ楽するのはムカつくから却下」

「ケチ」

「もっと寄れっ」

 ほぼほぼ抱き合うような形で、ギルと一緒に雪の降り積もった山道を歩いている。寒かった。一面、真っ白でもある。もっとちゃんとした防寒具を用意しておけば良かったけど、こんなことになるなんて想像もしていなかった。

「ねえギル……。僕ら、遭難したまま飢え死にとかしちゃわない?」

「するかってえの。飢え死にまで追い込まれたらてめえの腕だろうが足だろうがもいで食っとけ」

「そっかあ……その発想はなかった……。これだけ寒けりゃ、雑菌もきっといないもんね……。出血と痛みのショックにだけ気をつけたら、腕の1本くらいはいけるよね……」

 でもそれなら素直に飢え死にした方がいいんじゃないだろうか。

 指先が痛いほどに寒い。僕の上着のポケットにギルは手を入れている。僕も片手をそこに入れて、ポケットの中でしっかり手を握り合って微かな暖を取りつつ、密着するように寄り合っている。

「しっかし……この状態でさっきの野郎が出てきたら、今度こそお陀仏だな……」

 ぼそりとギルが呟く。

 ギルがそんなことを言うってことは、それだけ状況は悪いということだ。

「いや……エルを餌にしておけば逃げる程度は——」

「ちょっと!?」

「喚くな、喚くな、弱肉強食だ」

「ひどい……」

 冗談だとも言ってこなかった。

 僕らは遭難している。方向感覚も掴めない吹雪の中で、体の感覚さえ失いかけながら、絶体絶命の窮地に陥ってしまっている。

 そもそもこうなったのは、想定外のトラブルに見舞われてしまったからだった。


 ▼


 僕らはヘイネルの街を出て、順調に進んでいた。

 これから寒くなる季節ではあったけれど、山脈越えのための麓の村で防寒具を一式揃えて登山に挑もうという予定だ。年間、多くの人が行き来する、そう危険のある山道ではない。

 まあ、そう身構えるほどのところではなかろうと油断しすぎていた。

 麓の村はそれなりに賑わっていた。山をこれから登る人、降りてきた人、それぞれが、それぞれなりに休憩をしたり、不要になった登山道具を売買していたり、宿屋が盛況だったり、見慣れない文化に興味津々でまずは散策を楽しんだ。

 麓とは言ってもちょっと標高は高いところにある村で、すでに雪が積もっていた。今のエルという名前をもらった体では初めての雪で、ちょっとギルと雪合戦とかして遊んでみたらこてんぱんにされたりしてはしゃいで遊んだ。

 そこまではまだ良かった。

 あれ、となったのは夜になってからだった。少し遊びすぎて、登山道具の買い出しは翌朝早くに済ませてそのまま出発しようと決めた。

 なのにギルはお酒を飲みたがった。ここの名物の蒸留酒があるとかで、それを飲まないとここまで来た意味がないとまで言い切ったから、仕方なく飲ませてあげることにした。——で、酔っ払った。すぐにギルは酔う。けどずぅーっと愉快で楽しそうにしている。ちょっと絡み酒なところが見え隠れするけど、本人は幸せそうだから見逃してあげている。

 それにギルは基本的にお酒に酔っ払っても、いわゆるほろ酔いという段階から先にはどれだけ飲んでも進まない。千鳥足でよろよろ歩くっていうことがないから、少しうざくなる以外は無害だった。

 のに――その夜は久々の旅歩きと、その間の禁酒がたたったのか、軽くふらついていた。

 そして酒場から離れた宿屋へ向かって歩く道すがらに、事件が起きた。

 ひったくりだった。

 ギルを支えて歩いていた、僕の腕から路銀の半分を分けていた鞄を後ろから迫ってひったくり、そのまま走り去られてしまったのだ。酒に酔っていてもサバイバル能力に長けているギルだから即座に<黒轟>を構えた。でも泥棒にそれをぶっ放すのは可哀そうすぎるし、いつもよりは酔っているから狙いが逸れて大惨事になるんじゃないかとか考えてしまってギルを止めて走って追いかけることを提案した。

 ひったくり犯を追いかけると村を出てしまい、そのまま人里離れた雪原へと向かっていくことになった。街灯なんていう文明の利器がない世の中だから、明かりにランプを持っていた。だから暗い雪原を下手に追いかけてしまうことができた。できてしまった。

 とうとう、雪に足を取られたひったくり犯に僕らは追いすがった。

 多分、途中からギルの形相に怖れを成して、逃げ切るしかないと思われてしまったのかも知れない。捕まえた時、必死に泣き叫びながら謝っていた。

 二度とひったくりはしませんとギルが脅しかけると、誓いながらその人は逃げていった。お金を取り戻せて一件落着と——そう思って僕らも村にのんびり帰ることにした。酔い覚ましにはなったとかギルが調子の良いことを言って、完全に気は抜けていたけど、そのせいで僕らは元来た道を辿るなんてことを忘れてだんだんと村とは違う方向へ歩いてしまっていたようだった。

 そして、遭難に気づいた。

 まだここまでなら良かったけど、やんでいた雪が降ってきてしまった。下手に動き回るのは得策じゃないけど救助が来るなんていうことは見込めない。住民ならまだしも、旅人が1人や2人ふらっと消えたくらいで探してくれる人はいないのだ。他に連れがいたりすれば別だろうけれど。

 でもまだ、まだ、この時は大丈夫だった。

 ギルはこういう、ちょっと怖いなあっていう時に限って不思議な安心素材に早変わりしてくれる。お酒に酔った面倒な人から、頼れるサバイバーにジョブチェンジしてくれるのだから。

 なんだけど、雪を凌げるところを探して雪原を歩いて見つけた穴蔵に入ってしまったことで、ギルをもってしても諦めるという選択肢を出してしまうほどの出来事に遭遇してしまうのだった。


 そこは切り立った岩山の下にあった横穴だった。

 ここなら雪を凌げるし、穴蔵というのは温度がある程度、一定に保たれているから凍えずとも済む。そんな計算で入口付近は寒いから、もっと温度が安定していそうな奥を目指した。

 するとそこに魔物がいた。

 魔物程度、ギルならどうってことはないはずだったけど相手が悪かった。

「雪獅子かよ、おい。しかもこのタイミング……。これ、ちっとやべえかもだぜ?」

「ゆき、しし……?」

「魔物の中でも特別に強烈ってのは有名でな。そう気性が荒いやつじゃねえが子育て中の巣に入っちまったら最後、地の果てまで追いかけてくるとかっていう極端な生態らしい」

「その心は?」

「侵入者は殺さないと気が済まないとかじゃねえの?」

 意外となかった奥行き。横穴の最奥には大きな大きな、白熊――でなくて、白い毛皮のライオンさんだ。ふわっふわの柔らかそうな毛並みだけど、その母雪獅子の足元にはぬいぐるみみたいな可愛すぎる白い毛玉ちゃんがいっぱいいた。くりくりの目といい、ころころした動きといい、めちゃくちゃ可愛い。けどそのお母さんはすっごーく怖い。牙を剥き出しにして、毛を逆立てて威嚇されていた。

「どうする?」

「こう狭くちゃ不利だし、外でやり合うってのも雪が邪魔で状況が悪い。一か八かで逃亡ってところだろうな」

「ギルも逃亡するんだね」

「する、する。苦戦が想定されるなら、そうしなきゃならねえ理由の有無をまず考えるもんだ。で、今はない、と」

「なるほど。じゃ、そういうわけで。背中に失礼しても?」

「仕方ねえ、今だけな」

 よいしょ、とギルの背中へ飛び乗ったのと同時、お喋りタイムは終わっていた。

「ガアアアアッ!」

 雪獅子母さんが吼えて、ビリビリと服が振動した。

 同時に猛烈な勢いで走ってきて、ギルが回れ右して走り出す。振り向きもせずに後方へ<黒轟>を放っていた。落盤を狙い、見事に大岩が僕らの後ろへ落ちてくる。

 それでも雪獅子は落ちてきた岩をぶっ飛ばして迫ってきていた。

「マジでやべえ、こいつ!」

 外へギルが駆け出る。背中から振り返ったら、雪獅子も追いかけてきていた。入口で大きく吼えた瞬間、周りの積もっていた雪がいきなりボコボコと動き出して、次の瞬間に鞭みたいにしなって雪が伸びて僕らへ襲いかかってきた。

「いーかァ、エル! やべえって言われてる魔物にゃ、それなりの理由がある! 気性が荒い程度はやべえとか言われねえ!」

「じゃ、雪獅子は何がやばいの!?」

「タフで怪力、環境をてめえで自在に操作する! 牙で噛まれりゃあ骨ごと持ってかれた上、欠損部が凍結! 爪で引き裂かれりゃあ人の胴体なんぞ一撃で真っ二つ! ついでに首がめちゃくちゃ丈夫!」

 うねり、しなり、襲ってくる雪の鞭を<黒轟>の銃身で叩き散らし、あるいは僕を背負ってるのに素晴らしい身のこなしで躱し、さらには自らも向かってくる雪獅子を<黒轟>で牽制し、ギルの背中にいると目まぐるしくてたまらない。でも振り落とされたら死ぬから、必死にしがみつく。

「きもちわるいい……!」

「吐いたら野郎の餌にすんぞ!」

「野郎じゃなくてお母さんですぅー!」

「どーだっていいわ、んなもん!」

「ああああっ、来てる来てる来てるぅっ!」

「分かってらあっ!」

 雪上をものともせずに雪獅子は迫り、僕の胴より何倍も太そうな前脚を振り上げていた。<黒轟>でギルは雪獅子の一撃を受け止める。受け止めてしまった。雪の中にギルの足が埋もれていき、膝をつきかける。でも両手<黒轟>を支えて受け止めたまま、ギルは銃口を雪獅子に向けた。

「とりあえず、これでこの場は収めとけ、獣風情がッ!」

「っぶ――!?」

 慣性を感じた。

 銃口から出たのは氷柱のような――でも、異様に長くて、太くて、力強いものだった。最初に雪獅子を吹っ飛ばし、今度はそのまま僕らが宙へ投げ出されるように飛んでいく。とんでも棒高跳びみたいな感覚だった。


 ▼


 そして今――どうにか雪獅子の難を逃れ、僕らは吹雪にも見舞われて、少しでも寒さを和らげようと肩を寄せ合い、手を繋ぎながらさまよっているのだ。

「雪で、ドームとか作る……?」

「手が死ぬ、無理……」

「だよね……。喉乾いちゃったんだけど、雪ってそのまま口に入れたら体温下がって危険だよね……?」

「ああ。やめとけ。水に溶かすのも手だが、溶かしたそばからまた凍りつきそうだ」

「雪と風を凌げる場所……あればいいんだけど」

「雪獅子のねぐらじゃなければな……。俺はもう穴蔵なんぞに入らん」

「確かに、絶対やだ……」

「……なあ、エル……」

「何……?」

「何か今、急にぞわっときたんだが……寒気が」

「えっ。お酒、飲んでたからとか……?」

「ああ、それか……? なるほど、なあ……」

「ちょっ、ギル!?」

 いきなりギルが両膝をついてしまう。顔が青ざめている。両手を出してギルの顔を摩擦するようにこすってあげるけど、ぶるぶるしている震えが止まってくれそうにない。

「死体は、熱を持たねえから、せいぜい、俺の服でも持ってって暖を取れ……」

「何言ってるの!? ダメダメダメっ、こういう時しか活躍できないんだからっ! ギル、この場面でギルがそうなっちゃうのはダメだよ!」

「俺――雪って、初めてだったんだよなあ……」

「そうだったの!? 僕もだけど、僕もだけどさあ、ねえっ!? しっかりして! ギル、ギルー!!」

 瞼が半開きで表情が虚ろになってしまっている。

 このままだと本当に危ない。どうしよう、どうすればいいんだろう。倒れ込んでしまったギルを仰向けにして、ほっぺを叩くけど反応が薄い。思い切りビンタしてみても変わらない。

「あわわわ……どうしよ、どうしよ」

 周りを見渡してみる。

 いや、雪しかないんだ。そんなの分かって――あれ? 吹雪でよく見えないけど、白い世界の向こうで何かが動いたような気がした。ランプを向ける。でも、よく分からない。

「誰かいるんですかっ!? 助けてください! 凍死しちゃう! 死にかけの人がいるんです!」

 必死に声をかける。

 ランプを回してみる。

 そして吹雪の中から姿を見せたのは——魔物? 狼みたい。毛は黒い。目が血走ってるなんてレベルでなく赤い。そして威嚇してきている。

「嘘でしょ……?」

 ランプをギルのそばに置いて、かじかむ手で腰から吊るしていた杖を取って握りしめた。

「グルル……」

 もしかして、僕やギルがくたばるのを待って食べよう、みたいな?

 遠巻きにこっちを窺っている。でも逃げようとしている感じはない。

「お、お前の餌になんかなってやらないからなっ!? あっち行け!」

 声を張ってみたけど低く唸りながらじりじりと近づいてきてしまった。杖を握りしめる。息が荒くなる。何これ何これ何これ、凍死じゃなくて、僕の死因は出血とか、そういう外傷的なものになっちゃうの?

「ガアアッ!」

 魔物が飛びかかってきて、慌てて杖を振った。

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