#008 カリストス古代遺跡の探索は完了しました
「どうやら、ここが最後のようだな」
随分と階段を上がってきたような気もする。へとへとだから、ギルの言葉通りならどれほど良いかと思ってしまう。
到達した広間はやはりこれまで通ってきたところと同じような広さ。ここに何かと仕掛けがあったけれど、今回の仕掛けはシンプルそうだった。中央に彫像めいた何かがある。大きなハンマーを肩に担いだ筋肉ムキムキな人の彫像だった。ギリシャ系の神様にこういうのいそうだなって感じ。
「——我が名はカリストス。我らが財を欲す者よ、相応しき力を示すのだ」
つまりボスですね。分かります。
彫像が動き出し、ハンマーを持ち上げた。それを叩き落とす前にギルが容赦なく<黒轟>で発砲していたが無敵と思っていたその弾丸は彫像を破壊することができずにハンマーは床に叩き落とされる。
瞬間、ヤバいのがとりあえず分かった。
喉が締まって、爆風めいたものに煽られて壁に叩きつけられる。それがワンセットで襲いかかってきて、何が起きたか分からないまま顔を上げたらギルは動き出した彫像――カリストスさんに向かって行っていた。
<黒轟>はカリストスさんの彫像の体を壊すには至らない。それでもギルは連射して、カリストスさんの足元を抉っていた。身長3メーター弱の筋骨隆々のカリストスさん。その体は石材だろうから質量も相当なもので、となると足元が弱点になる。ギルの行動でそこまで分かったけど、それを見抜いたとしても足払いとかで仕掛けるのではなかろうか、普通。そりゃ、効果薄いよねと思っちゃう。でもだからって、足元というか、足場を壊しにかかるってちょっと僕には発想できなかったと思う。
よろめいたカリストスさんはそれでも素晴らしい体感で迫ってきたギルにハンマーを振るう。けれどギルはそのハンマーに手をついて、軽々と、ぴょんと飛び乗って至近距離で<黒轟>を顔面に発砲した。反動で吹き飛ばされてギルが後ろに飛んだことで直後のカリストスさんの一撃まで避けている神軽業。
「頑丈だなあ、おい! これまで退屈だった分か? それくらいしてくれねえと面白くねえやな」
「ギルすごい……」
これならほんとに余裕で終わっちゃうんじゃないだろうか。
強いとは分かってたけど、遺跡のトラップも余裕の突破、ボスまで余裕で突破となったら、世界中の古代遺跡をギルだけで荒ら――じゃない、探索し尽くせるのかも知れない。
度胸もそうだけど、反射神経と身体能力、それに機転が利きすぎる。あと精霊器を使いこなしているのも大きいかな。
どれか1つでも欠けていたらギルのこの破格の活躍はない。
まだギルって若いはずだし、一体どこでこんなことができるくらいまで鍛えたんだろう。そもそも鍛えたくらいで到達できるところにいるのかな。
あと僕、完全に空気だ。
一度は遺書をしたためるまで追い詰められていたのに、ギルが来てからというもの危機感をさっぱり感じなくなってしまっている。ちょっと、かなり、お腹は空いているけど。
ギルも凄まじいけどカリストスさんも見ているとヤバい。
ハンマーを振った、その風圧がけっこう離れてる僕のところまで扇風機の強風くらいでやってくるし、それだけ力強いのに動きが俊敏でもある。足元を壊されて一度はグラついていたがすぐにまた無事な足場へと戻るし、また足場を壊そうとして放たれた<黒轟>の弾丸を足の甲で蹴っ飛ばすことで防いでもいる。
というか、一口に古代遺跡と言っていたけれど、この遺跡はカリストスさんの財宝を納めている場所ということなのかな。カリストスさんてどれくらい前の人なんだろう。ていうか、バチバチ、ギルと戦っているけど奥に続いている通路は見えているし、今の僕の空気感ならこそっと入れちゃうんじゃないだろうか。
行ってみた。
後ろでギルがカリストスさんの首に剣を叩きつけたけど、弾かれてしまう。すかさず向かってきたハンマーをギルは足を突っ張って受け止めてしまい、その力を利用してカリストスさんの首に当てていた剣で叩き切ろうという試みだったらしい。でも切ったり砕くことは叶わず、2人揃って倒れていく。
うーん、お金取れそうなくらいに白熱してる。
そんな熱戦を尻目に通路の奥へ向かってみる。これまでと違って螺旋階段が現れた。上がっていくと、遺跡の中とは思えないお部屋になっていた。
埃はいっぱい溜まってしまっている。布を掛けられているものがあったので、布を取ってみたら椅子があった。布が埃を受け止めていてくれたからしっかり座れる。傷みも見えない。ひとまず座ってみる。ちょっと僕には脚が長い。床に踵がつかなくてぷらぷらしちゃう。そうしながら正面を見てみると、本棚だ。
椅子を立って本棚に向き合い、とりあえず眺めて、一冊手にしてみた。ちょっとずつ読み書きの勉強はしてるけど難しそうでちょっと今は読めそうにない。
部屋の奥にも行ってみる。訳ありっぽそうな大きな宝箱があった。蓋のところが横向きの円筒状とでも言おうか、そんな感じに膨らんでいる。見るからに宝箱だ。でも錠前がついているから鍵が必要らしい。大きな宝箱だ。ちょっとしたお風呂サイズじゃないだろうか。僕ならゆったり浸かれそう。
よし。戻ろう。
来た道を引き返して広間まで戻る。
ギルがもう一丁の銃を抜いていた。ハンマーを振り上げてカリストスさんが迫る。もうほんの少し遅れていたらギルは叩き潰されていたと思う。でも、その寸前で銃が火を吹いた。——いや、火じゃない。黒光りする何かだった。稲妻めいたそれをカリストスさんが受けると、<黒轟>ではビクともしていなかったのに吹き飛ばされて広間の天井の角に凄い勢いでぶつかった。落ちてきて、起き上がろうとしたカリストスさんの体がビキビキとひび割れて瓦解していく。
「ちったあ楽しかったぜ。あばよ、カリストス」
最後に残り、首の方から壊れていくカリストスの頭をギルは踏み、そのまま体重をかけてぐしゃりと潰した。
「ん? 何だお前、先に奥行ってたのか?」
「うん、何か取り込み中みたいだったから」
「ま、どうでもいいやな。何かあったか?」
「宝箱があったんだけど、錠前がついてて……鍵がないかなって」
「鍵なあ……。持ってるとすりゃ、こいつだと思うが……」
ギルが砂状になったカリストスさんの彫像の体へ目を落とす。まるで灰のようだった。その中へ手を入れ、手でふるいにかけてすぐにギルがそれを見つけ出した。
「一丁上がりだ」
「鍵!」
「これでお宝は俺らのもんだな。取り分は8:2くらいか?」
「そうだね。ギルが8だよ」
「お?」
「何?」
「いや、冗談のつもりだったのにお前が妙なこと言うもんだから」
「だってギルが来てくれなかったら、餓死してたもん」
「でもお前がいなきゃ、俺はここのことさえ知らねえままだったぞ?」
鍵を僕へ差し出してきたので受け取っておく。ギルに促されて奥の部屋へと向かう。
「うーん、じゃあね、ギル。こういう風にしない?」
「おう、何だ?」
「僕とギルは……その、2人でセットみたいな感じでさ。
毎日の生活のことは僕に任せてよ。その代わり、ギルはこういう腕っぷしが必要な時に活躍するの。僕はそっちはできないから。適材適所っていうことで。……ちょっとの間だったけど、ギルと話したり、別に眠ったりしてたら、何だか寂しかったから
。良かったらだけど……」
「なーにをバカなこと言ってやがんだか……。俺とお前はな、書類上は兄弟になってやがんだから良かったらもクソもねえだろ」
「え、兄弟? 何で?」
「あ? 言ってなかったか? ほら、入国審査の時に名前書けって。1人1枚だったんだがよ、めんどくせえから俺の方の紙にお前のこと弟だって書いといた。そしたら1枚で済むみてえだったから」
聞いてない。でも確かに僕の名前がギルの方の紙に書かれていたことは覚えている。
「そういうわけだ。持ちつ持たれつ、お前の案でいこうぜ」
「兄弟……」
兄弟かあ。ギルはお兄ちゃんってことだよね。
お兄ちゃん。
ギルが。
僕の。
「んだよ、その神妙な顔……? そんなに気に入らねえのか?」
「ううん、そんなこと、ないけど……」
胸がむずむずして、あとビックリしてて、何だかすごく、目が染みた。
「おい、何、泣くほど嫌かっ?」
「違うってば……僕、家族って、いなかったし……」
どうして涙が出ちゃうんだろう。
悲しくないし、痛いわけでもないのに喉までひきつってきそうだ。鼻の奥がつんと熱い。
「だからね……初めてで、分からないけど嬉しいと、思う」
「また他人事みてえな……」
「だって分からないんだもん」
鼻をすすりあげる。
ハンカチを取り出して目元を拭いた。ぐずぐずするのは好きじゃない。泣きべそはかきたくない。
「何だこりゃ?」
ギルがしゃがんで何か拾っていた。紙片――それを開いてじっとギルが見つめる。あれ、見覚えがある紙切れだ。おかしいぞ。
「いしょ……?」
「わあーっ! 見ないで見ないで!」
「何だ何だあ? 俺が来るまでは諦めムードでこんなもん書いてたのか? 下手くそな字だなあ、おいおい」
「見ないでってば!」
取り返そうとしてみるけどギルは紙片を高く上げて、眺めるように目を通している。
「ちょっと! ギル! ギルってばあ!」
「おっと、俺宛てにもしたためてくれてるのかあ? どーれどれ?」
「ギルー! ギル! ねえ! 読まないで! 恥ずかしい!」
「スペル間違いすぎだろうがよ……読みにくいなあ……」
「じゃあ読まないで!」
「ギルへ――僕はきみと出会えたことがとても嬉しかった。親も兄弟も親戚もいないから合っているか分からないけれど、きみと一緒に過ごした短い時間の中で、もしお兄さんがいたらこういう感じなのかなと思った。楽しくて、強くて、少しズボラだけれどきみが僕のお兄さんだったらと、死の淵で考えた時、それはとても素敵なことに思えた。きみの幸せを祈っています」
「あああああもうっ! もう、もう、もうっ! ギルのバカ!」
全部読み上げられてしまった。羞恥心だけで人は死ねるかも知れないとか思ってしまう。さっきとは違う涙がこぼれそうになる。
「ハッ、お前らしいじゃねえの。記念にもらっとくぜ」
「ちょっと!」
「そら、宝箱開けろ。分け前ってのはなしでいいだろう。全部お前が管理しとけ。俺も金が必要になりゃあ、その都度お前からもらうからよ。
血は分け合っちゃいねえが、他のもんは分け合っていくとしようぜ、兄弟」
▼
ヘイネルの街を上げて、古代遺跡探索の成功を祝した宴会が催されてしまった。
その主役には僕が据えられてしまって、どうにかギルを引っ張ってほとんどギルのお陰とスピーチをぶち上げてみて、ようやく持ち上げ続けられる状況を打開できた。ギルは逆に注目の的にされてしまったけど、調子の良いところがあるから嫌がっているという感じではなかった。一安心である。
カリストス古代遺跡から持ってきた宝箱は査定中だけど、これとは別にビンガム商会から報奨金までもらえるという話もあった。査定中の宝物と合わせてどれほどの大金が手に入るのか分からない。
あと、宝箱を丸ごと査定のために引き渡す前にギルが物色した方がいいとか言い出したので中身をとりあえず改めた。ギルが言うには骨董品は精霊器になってくれる場合があるということらしい。あるいは精霊器だったけれど力が失われたものとか。そういったものはまた別の人が使い続けている間にふっと精霊器として戻ることもあるとかで、だから古代遺跡に眠っていた物品というものは貴金属や宝石の類はスルーで査定に回しちゃっていいけどそれ以外のものはよくよく確認しておくのが吉だとか。
そんなわけで。
宝箱から僕が選んで手元に置こうと決めたのは杖だった。まだ自動車や列車といったものにお目にかかっていない。長距離を歩き通す時に杖があれば便利だし、いきなり襲われちゃったりした時に振り回せるものがあったらいいかもと思って、金属のはずなのに軽い素材の立派な杖があったからもらっておいた。しかもかなり硬かった。硬くて軽いなんてすごい。ちょっと今の僕の背だと長すぎるかとも思ったけど、逆に背が伸びても使い続けられると思ったら都合が良かった。
宴は早朝まで続けられた。
ギルは愉快そうに酔っ払った。
エイワスさんは僕の帰還を喜んでくれた。
酒場の旦那さんと女将さんはお店を開けていたから、僕も焼き鳥の仕込み分が終わるまではお手伝いをした。
お店をビンガム商会に売るかどうかという件については、商会に売ってもいいけど体が利かなくなるまでは同じように働き続けたいということと、ビンガム商会に譲ったことでお店のやり方を変えたりしなくちゃいけないならばお店の運営に関する責任者を僕にしてほしいという条件が出たので引き受けることにした。
とにかく、無事に帰ることができて良かった。
遺書はギルに取り上げられたままだったけど、とっても恥ずかしい思いをさせられたけど、そこは早く忘れようと思う。二度と早まって遺書なんか書かないと誓った。
▼
カリストス古代遺跡探索から、早いもので半年が経った。
僕のモーニングルーティンも定まった。
起床して朝食作り。玉子料理とお野菜と黒パンは欠かせない。ギルを起こして、だいたい酒臭いから、うがいするかシャワーを浴びてもらうかして、一緒に朝ご飯を食べる。
それからお洗濯の時間だ。たらいに水を張ってごしごしと服をこするように洗って、綺麗な水に取り換えてまたごしごしして、水を絞ってからお庭に干す。
お洗濯が終わったらギルのお昼ご飯を支度するか、一緒にお昼ご飯を食べる約束をする。お昼を用意する場合はサンドイッチが多い。黒パンで適当に具材を挟んで置いておくだけ。
最後に着替えをする。
エイワスさんに見繕って仕立ててもらった服で出勤だ。シャツとズボン。上着は肩が凝るからあまり着ないけど寒い時は欠かせない。レティシアに刺繍してもらった布はスカーフにして首に巻くのがお気に入り。そしてカリストス古代遺跡から持ち帰ったダマスカス製の杖を持ってビンガム商会の出張所へと向かう。
出張所の僕の部屋に着いたら、お茶をもらう。お菓子もつけてくれることが多い。
午前中は文字の読み書きの勉強をする。独学でも良かったんだけどエイワスさんが家庭教師を紹介してくれた。スペルミスも随分と少なくなってきたし、大体、読み書きは完了かなといった頃合いだ。
でもこのアルソナ帝国であったり、この異世界だったりの歴史というものをよく知らなかったから、読み書きの学習と歴史の勉強を並行していた。これからは歴史のお勉強だけになりそう。歴史と一緒に地理も勉強している。商人たるもの、地理は必須だ。
お勉強が終わったらお昼ご飯の時間だ。
ギルと一緒に食べる約束をしている時はヘイネルの街にあるお店の開拓をしている。知らない料理や、おいしい料理を探して食べ歩くのはすごく楽しい。
でも顔と名前が売れてしまったせいか、普通のお客さんとして食べたいのにふらっと行ってみたらおもてなしをされてしまうことも多くなっていた。こうなると、ちょっと遠慮をしてしまってあんまり面白くない。
ギルと一緒のランチでない時は同じ出張所の人と食べることも多い。秘書職や事務職として雇われている賢いお姉さんがたくさんいるから、そのお姉さん達と一緒に食べる。一緒に料理をすることもあるし、お店へ食べに行ったり、仕出し料理を頼んでおいたり、お弁当を持ち回りで用意して食べようなんていう会もある。
午後になるとお仕事タイムだ。
僕が発案した商品やサービスについての細かい打ち合わせをしたり、売り出したものの経過報告を受けて改善方法を話し合ったり。
そんな話し合いに次ぐ話し合いをしている間に日は暮れて、それが終わったら明日の議題についての準備をする。あらかじめ事務職のお姉さんにお願いしておいた売上であったり、利益率だったりの数字をもらいに行って、それを元に言い訳を考えたり、どういう軌道修正をすべきかと考えたり。それから新商品や新サービスについても考えなくちゃいけなかった。
おおよその明日の打ち合わせ用資料の準備が終わったら帰ることができる。
エイワスさんはこのヘイネル出張所の所長という役職を持っていた。だから雇用についての権限も持っていたし、誰をひいきして、誰を切り捨てるかという権利も持っている。幸い、僕はひいきしてもらえていた。
新商品も新サービスも定期的に提案して、その実績も伸ばし続けている。それにカリストス古代遺跡の探索も大きな査定ポイントになったらしかった。古代遺跡は探索に成功するとトラップが解除される。そしてそのトラップの痕跡を調べることで新技術を手に入れられるということもあるんだとか。
カリストス古代遺跡の目玉技術はレーザー光線だった。連日連夜、技術者さんがその調査をしていると聞いた。その有用性次第ではビンガム商会が買うらしい。でもおかしな話で、ビンガム商会が遺跡の立入をお金を払わせた技術者に許しているのだ。どっちがどれだけ回収できるのやら——。
ともあれ。
日常というものを僕は気がつけば手に入れていた。
毎日が充実していてとっても楽しい。まさかこういう幸せを手に入れられるとは思っていなかった。
「エルくん、出張を頼みたい」
なんて——エイワスさんに言われちゃうまでは。
はじめての出張は、まだいい。けれども、その出張の中身に思わず顔をしかめてしまうのだった。
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