#006 産声から断末魔までをビジネスシーンに! byビンガム商会
「鶏さんを捌いたら、部位ごとに一口サイズに切り分けて、細い木の串に刺します。それを苦労して作った、この炭で焼き上げます」
「こんな黒い燃えカスの木で焼くのか……?」
「これで焼くことでおいしくなるし、このことを秘密にしておけば別の誰かが真似しようとしてもおいしくできないから差別化できます。ここのじゃないとおいしくないって思われないと、淘汰されちゃう可能性もあるからね。
かるーくお塩を振ってから、こうして炭で焼きます。遠赤外線効果で中までしっかりと火が通るから外カリ、中ふっくらでおいしくなります。鶏肉じゃなくて、お魚とかも同じように美味しく焼けます。焼いている間はあんまり動かさず、理想としては一度ひっくり返しただけで焼き上がりが望ましいです」
「なるほど……」
「こういう焼きもの料理と、エールの組み合わせでお客さんを誘致します。お酒とお料理をセット注文してもらうことで、別々に注文するよりもお得! ただし、おかわり分は通常料金。セット料金をお安め設定して、印象づけてあげることでおかわり分も同じくらい安いのだろうと思わせてたくさん注文を取り、精算時には思ったより高かったと思わせつつ、味は良かったし良かろうなのだと思わせます!」
「
「全然、阿漕じゃありません。これは商売です。
そろそろ焼き上がったかな。はい、これ。試食にどうぞ。焼き鳥のももと皮です」
焼き鳥を炭から下ろして旦那さんと女将さんに渡す。小さく切って塩振って焼いただけのものだから、抵抗なく一口食べてくれた。でも一口食べてから、目を大きくして顔を見合わせている。
「あら、おいしい」
「うん。これはいけそうだ」
「でしょう? はい、エールもセットでどうぞ」
「どれ……んんっ!」
「ぷはあっ……たまらんねえ。これは売れるよ、あんた!」
「だが、客が入って、本当に儲けてからだな」
「じゃあ、とりあえずこれでセールしてみましょう! 大儲けした、その時は……お願いしまぁす!」
すっごく炭作りに苦労したけど、納得のいく焼き鳥を作ることができた。あとはこれでお客さんをいっぱい呼び込めれば大儲けだ。
「いらっしゃーい、いらっしゃいませー! 新発売の焼き鳥! 他のどんなお店でも食べられない極上のおつまみとエールで1日の癒しにしていきませんかー!」
「エルちゃん、呼び込みはいいから中、手伝っておくれ! 追いつかないんだよ!」
「えっ? はーい! 食べなきゃ損ですよー!」
女将さんに呼ばれて店先から中に戻ると本当にいっぱいだった。席が埋まっちゃって立ち飲みをしている人もいる。旦那さんは焼き鳥を焼くのに大忙しで、女将さんは次から次へとエールを運ぶのに必死だ。
「じゃあ注文取って焼き鳥運ぶのやります!」
「そうしとくれ! あとできたら、焼き場も手伝ってやっとくれ。できるかい?」
「はーい!」
酒場は大忙しだった。
次から次へとお客さんが入って、焼き鳥とエールをどんどん注文してくる。多めに在庫を用意しておいてもらって良かった。こういうのは初日が肝心だ。
そうしてどうにか焼き鳥販売初日の営業が終わると、僕も旦那さんも女将さんもへとへとで疲れ果てていた。
それでもどうにか、今日の分の収益を計算してみた。
「……5日分の利益が今日だけで稼げちゃいました」
「5日分? エルちゃん、あんたそんな算術できるのかい……?」
「ちなみに、僕の人件費は1日分で計算しました……」
「だがこう忙しくちゃ、体が保たないな……」
「じゃあもっと効率的な仕組みとか考えてみましょう」
「それもエルちゃんが考えてくれるのかい?」
「はい。提案だけしますから、良さそうだったらやってください」
まずは現状の席注文と配膳が人手として足りていないから、注文ごとにカウンターで受けるということにした。焼き鳥のネタをもも、皮、つくねだけに絞り、他の余ったお肉は煮込みにしちゃおうということにもした。
これでもも、皮、つくね、煮込みという4つの食事メニューだけに注力することができて厨房負担を軽減させる。加えて配膳という労力も消えた。さらには持ち帰るという選択肢も与えられることになって、お店がいっぱいだから入れないという層も幾分は解消できる。
何より初日営業では仕込んでおいた分が全て売れての営業終了だったけど、この仕組みにすることで営業中だってある程度は仕込みができそうになる。それでも大量に仕入れておくという前提があってのことだけど。
そんな提案をしたらすんなりと受け入れてくれた。でもお客さんが戸惑うかもって心配をされたから、僕が案内をするということになった。
焼き鳥販売2日目は早くも口コミが広がったのか、大勢のお客さんがさらに訪れた。開店の時間までがんばってたくさん仕込みをしておいて良かった。
問題は列を作って並んでもらうと、横入りをしたとかでもめ事が起きてしまうということだった。お酒が入っちゃって愉快になってる人は話も聞いてくれないから宥めすかしたり、仲裁に入るのが大変だった。
それでも売り上げは初日以上。この調子だとどこまで儲けられるのかが怖くなるほどだった。
「さらに売上を伸ばすべく、新商品を試作してみました。
その名もマヨネーィズ! 通称マヨちゃん。これは調味料なので、何につけても割と合います。おすすめはおなじみ食材のお芋さん。ふかしたこのお芋にマヨネーズをたっぷりつけてー、さあ、召し上がれ」
「白くてねとっとしてて……ちょっと気味が悪いねえ」
「だがエルの言うことだしなあ……どれどれ」
2人が試食してくれる。複雑な顔でしっかりと吟味してから、旦那さんが力強く頷いた。
「うまい」
「あたしは何だか……初めての感じで、ちょっと苦手かねえ」
「お芋以外にも生食できるお野菜にそのままつけてもおいしいです。これはマヨちゃんだけ量産しておいて、こんな風にふかして上げただけのお芋や、生のスティック状にしたお野菜を盛りつけて、端っこにマヨちゃんを添えて……こんな感じで提供できるので工数がほとんどかかりません」
「なるほどなあ……」
「あと、マヨちゃんだけ小さい容器に入れて店頭販売とかをしてもいいかも」
「売れればいいねえ……」
「そんなわけで、今日もがんばって営業しましょう!」
マヨネーズメニューの販売開始日も大繁盛だった。
純利益はすでに概算で一月分どころか、三月分をも上回っている。ほんの半月程度でこれだけ利益が出ているということは——それなりにもらえるんじゃないかとも思った。
けど。
世の中、そう簡単に上手には回らないということだった。
▼
「た、大変だよ! エルちゃん、ちょっと来ておくれ!」
「むにゃ……どうしたの、おばさん?」
「いいからっ!」
さっき寝床に入れたと思ったのに女将さんに起こされて、引っ張られた。そうして階下の酒場へ来るとお店のものじゃない上等な立派な椅子に腰かけた、立派なお洋服の人がいた。スーツにハットにステッキ。そしてたっぷり蓄えて整えられた口髭。
「こ、この子のアイデアでして……」
「ふむ……。きみかね、最近この店が出している新しいメニューを考案したというのは」
「は、はい……。はじめまして。エルです。あなたは……?」
「ビンガム商会のワイエスだ。試食させてもらったが、実に斬新なメニューであった。まったくもって素晴らしいの一言に尽きる」
ワイエスさんという人は歴史の教科書に出てきそうな立派な紳士さんだった。顔が渋くてちょっと厳格そうで怖い。
「それで、一体、僕にどのような……?」
「この店をビンガム商会が買い取らせてもらいたい。その上でエルくん、きみにはビンガム商会の一員として働いてもらいたい」
「僕が、ビンガム商会……?」
「そうだ。これからの社会において商取引は重要なものとなるだろう。我々、ビンガム商会は産声から断末魔までをキャッチフレーズに、ありとあらゆるシーンをビジネスシーンに変えていくことを至上命題として掲げている」
「……産声から断末魔まで……」
ゆりかごから墓場まで、みたいなもの?
だとしてもちょっと根性入りすぎに聞こえてしまう。
「ビンガム商会へ入りたいと願う者は大勢いるが、本当に優秀な者しか入れない規則となっている。そこでわたしがきみをスカウトに来たのだ」
「ちなみにおいくら稼げますか?」
「上限はない。働き相応に払うが、サンプルケースとしてわたしであれば50万ロサを稼いだこともある」
「年に50万ロサ……」
「うん? 勘違いをしないでもらいたいな」
「え?」
「1日に50万ロサを稼いだということだ」
「……入ります」
これで晴れて僕も一等国民だ!!
「ではビンガム商会ヘイネル出張所に案内しよう」
「あ。でも、お店を商会が買い取るとかっていうのは、おじさん達と個別に相談してください。多分、考える時間もいると思うから日を改めてお願いします。——ってことで、ちょっと行ってくるね、おじさん、おばさん」
お店の前に馬車が用意されていて、それにワイエスさんと一緒に乗った。
「きみはどういう事情で、あの店にいたのかね?」
「実は先日、アルソナに移住して来たんです。二等国民になっちゃったんですけど。それで1年で5万ロサを払って一等国民になろうってことにしたんですけど、一緒にきた連れのお兄さんが働いてくれなくって……。仕方ないから僕が稼ごうと思ったんですけど、宿泊費がお店で働いた分とトントンになっちゃっていたから、お店の収益を上げたらいいかもって思いまして……」
「なるほど。それであれほど評判を高めたと……。その手腕について、後で詳しくお聞かせ願いたいものだな」
「いえいえ……」
出張所という建物は立派な石造りのものだった。外観は立派なお屋敷だったけど中にはいくつも机が並べられた事務室があって、他にも倉庫があって、たくさんの馬や馬車もあった。
「様々な分野において、ビジネスとすることが我々の経済活動である。まずはどのような分野に適性があるかということを見極めたいため、わたしの下でしばらくは働いてもらおうと思う。きみが思いつく限りのビジネス案を考え、わたしに報告してくれたまえ。この部屋を好きに使ってもらって構わん」
案内された部屋はこじんまりしていた。机と椅子がワンセット。それにペンや紙、空っぽの本棚といったものが一通り揃えられている。
「とりあえず夕刻に一度、進捗を報告してもらおう」
「あの……申し上げにくいんですが」
「何かね」
「文字の読み書きができません」
「……何、だと……?」
「ごめんなさい……」
全て口頭で伝えるということになってしまった。
事務所は快適だった。出張所で雇っている綺麗なお姉さんがお茶やお菓子を持ってきてくれたし、商会の蔵書もお姉さんに読んでもらえた。楽しかった。
満喫して大満足だしそろそろ帰ろうかなと思ったら、エイワスさんが戻ってきた。
「進捗はどうかね?」
「身に余る光栄ってこういうことを言うんだなと思いました」
「そうかね。それは良かった。——で、何かビジネス案は?」
「ええと……保険ってあるのかな、と」
「保険?」
「万が一、加入者が怪我や病気でお金を稼げなくなってしまった時にお金を渡しますよ、っていう契約をするんです。死亡してしまった時とか。その代わり、定期的にお金を払ってもらうんです。
一人頭5000ロサをもらって、怪我をした時に1万ロサを支払いますという契約だったとして。100人に加入してもらえたら50万ロサを集められます。でも実際に保険が適用される傷病にかかった人が5人程度だったら、45万ロサがそのまま手に入ります。
適用の条件をあらかじめ、念入りにしっかり細かく決めておけばうまくその穴をついて保険金を支払いしないという悪辣なこともできるけど、あんまりそういう悪徳商法をしちゃうと加入者が減ってしまうと思うので、できるだけ良心的な価格設定をした方がいいのかなって。
むしろ、保険加入者にはこういう特典がありますよ、って優先的にプロモーションを仕掛けることで多角的にビンガム商会のビジネスシーンを保険加入者に周知させて、ビンガム商会の利用シーンを拡大させられるんじゃないかなって。そっちを主目的に保険加入者を増やしたら、ビンガム保険加入者がそのままビンガム商会の利用者って図式にできるかも知れません」
「……素晴らしいではないか、エルくん。素晴らしい、本当に素晴らしい!」
「えへへへ……」
自分で考えたっていうものじゃないけど、こんなに褒められちゃうと照れちゃう。
「あ。それであの……お願いがあるんですけど」
「何でも言ってみなさい」
「できたら報酬の前借り……」
「無論だとも。ではきみのその保険制度のアイデア料として、100万ロサを支払おう。一括でいいかね?」
「えっ。……じゃあ、一括で」
「良かろう」
鞄いっぱいに詰まったお金を受け取って、ついでに質屋まで馬車で送ってもらった。ギルが質屋に入れてしまったものはまだ流れていなかったから買い戻せた。良かった。レティシアにもらったものなのに、勝手に質屋へ入れちゃうなんてほんとに信じられない。
それから服の仕立て屋さんにエイワスさんに連れて行かれて服をあつらえてもらった。吊るしまでその場で買ってもらっちゃった。
「ありがとうございます」
「商会の一員として恥ずべきことはしないと約束をしてもらいたい。きみならば心配はないだろうがね。それにこれはわたしからの投資だ。これからも、きみとともに素晴らしいビジネス活動を展開したいと考えている」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
「他にもまだまだ思いつくことはあるだろう? 何か準備がありそうなことがあれば思いついた時に言ってくれたまえ」
「はい。……じゃあ、ええと、魔狩りって……分かりますか?」
「魔狩り? ああ、もちろんだとも」
「ギル――僕の友達が、凄腕なんですけど、魔狩りのお仕事ってどうやって見つければいいかが分からなくって。何かそういう情報を仕入れられる場所とかってあるでしょうか?」
「凄腕か……。しかしその手の連中は口先だけ立派な者が多い」
「本物です」
「ふむ……。きみが言うのであればわたしの情報網で何か探してみよう」
「ありがとうございます、エイワスさん! お願いします!」
これであとはギルに働いてもらうだけだ。
喜んでくれるかな。喧嘩してから顔は合わせて、一緒のベッドで眠っていても会話は一切していないし。言いすぎちゃってごめんって謝らなきゃ。
「あの……僕が飲むわけじゃないんですけど、ギルにお酒のお土産持っていきたいんです。1本でも買いたいので、選んでもらえませんか? 僕はお酒って分からないので……」
「もちろんだとも。では行こうか」
ちゃんと仲直りできるかな。
気難しいタイプでもないし、きっと大丈夫だよね。
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