#005 ギルは頼れるけど頼れそうになかった
奴隷狩りの人達をあっさりとギルが撃退してしまってからは順調に進めて、ようやく国境まで辿り着けた。
けれど到着したころには日もほとんど暮れかけで、国境に設けられている大きな門が閉ざされていた。一足遅かったらしい。ギルが門の前にいた衛兵らしい人に声をかけたところ、明日になったらまた門が開くとか。
そして、ついでに。
「身分確認だとよ……。考えてなかったわ」
「何が目的の身分確認?」
「そりゃ、出て行かれたら困っちまうやつを通せんぼするんだろ」
「例えば?」
「奴隷」
「ですよねー」
「あとは犯罪者とかか? 特に賞金首」
「賞金首は心配しないでもいいんだろうけど……」
「いや、ところが、ってわけでな」
「ところが?」
「俺、一応、賞金首」
「何で!?」
「ほら、言ったろ? やっかみと嫉妬って。ムカついたからぶちのめしてやったらよ、それを取り上げてあることないこと、とにかく、罪状並べ立ててきやがって。だから俺、賞金首になっちった」
それって出国させられない二種をコンプリートしちゃっているってことじゃない。僕は奴隷で、ギルは賞金首。あるいは朝まで猶予が持てる時刻に到着して良かったのかも。
「どうやって突破する?」
「押し通ってもいいんだが、ここで問題起こすと、向こう側で止められちまうかも知れねえ。んで、すったもんだで言い合ってたら追いつかれて連れ戻されるってこともあるだろうな……」
「じゃあ、できるだけ穏便にしたいってことだね……」
「ま、押し通るのがいいだろ。中に入っちまえばいいんだ」
「でも入国した時のことがちゃんとしてないと、アルソナで市民権とかもらえなくなっちゃうかも……。そしたら脱走奴隷のままと変わらないし、賞金首のギルがアルソナにいるぞって知られちゃうことにもなるかもしれないよ。だから騒ぎにはしない方がきっと……」
「そんならどうしろってんだ?」
「……身分を偽るとか。例えば僕はギルの奴隷。奴隷と一緒にアルソナへ行く。それなら僕のことはスルーしてもらえるでしょ?」
「まあ、そうだろうな……。が、俺はどうする?」
「それなんだけど、ギルが賞金首っていうのは分かったけど、それはどういう風に周知されてるの? 例えば似顔絵が出回ってるとか……」
「おう。そんなら持ってるぜ。ほら」
ギルが上着をまさぐってくしゃくしゃの折り畳まれた紙を取り出した。文字は読めないけどその紙はイメージするものと合致した。
紙の中央にギルの似顔絵があって、その下に数字みたいなものがある。
そして肝心の似顔絵の精度が——上手、ではある。すごい上手。スケッチとして。だけどすっごくギルが美化されて、ついでに怖ろしいほどの人相にされてしまっている。ザ・悪党みたいな感じと、謀略を張り巡らせる冷酷非道系とを掛け合わせた極悪人面そのものだ。
見れば見るほど、特徴は捉えているんだけれど——表情が違うから別人に見えなくもない。あとすごい美形に描かれてる。ギルの顔は美形というより、かっこいい系だ。いや美形ってことなんだろうか。うーん。
「どうだ、かっこいいだろ?」
「かっこいい……?」
「かっこよくないか?」
「ううん、まあ、うん――まあ、ね。かっこいいとは思うけど、すごく悪人っぽいよね。もっと、こう、人の好さそうな、にこってした表情なら良かったのに」
「そんじゃ箔がつかねえだろうよ」
「ところでこれって、数字? 賞金額だよね? いくら?」
「んーと、550万ロサってところか」
「毎日でも食べられる庶民向けの果物1つで、いくらくらい?」
「30ロサくらいだろうな」
「じゃあ……もしかして、とっても高額賞金首?」
「当たり前だろ?」
勝ち誇ってもらいたくなかった。
それだけの金額っていうことは顔を知られている可能性も高くなるのかも。
「……変装してみる?」
「変装? んなもんできるか」
「どうして?」
「この俺に隠すべきもんなんざねえ」
「……でも服は着るでしょ?」
「ハッ、何ならこの鍛えた体を見せつけるために裸でうろついたっていいんだ。が、誰彼構わず、俺の肉体美に情欲しちゃあ悪いからこの色気を隠すために服を着てやってるってえわけだ」
「でもほんとの裸って話じゃないでしょ、それ? ほら、その……お股とか」
「はあ? 恥ずかしいサイズでもねえよ。バカにすんじゃねえ」
この羞恥心の感覚の違いは一体。
素っ裸だなんて恥ずかしいよ、普通。
「でもでも、じゃあ、ギルはほら、存在が目を惹いちゃうから。変装ちょっとして、その色気を抑えるって感じで。それくらいのスターなんだよ」
「すたあ?」
「ほ、ほら、お星様みたいに輝いちゃってるってニュアンスで……」
「なるほど? なるほどな、確かに……俺はそうかも知れんな」
「だから。ね? ギル、変装しよ?」
「しょうがねえ、そうするか。——んで、何に変装すりゃいい? この俺にふさわしいのは何だろうな?」
「ええと……ぎ、義賊とか?」
「義賊? 義賊か……。でもそれじゃ、犯罪者と変わらねえんじゃねえか?」
「あっ」
「おい、あっ、て」
「いやっ、ほら。あの……そう、義賊だからね、みすぼらしい格好で、そうと分からないように変装をしなくちゃってことだよ」
「つまり?」
「脱いでください」
「何で脱ぐんだよ」
「だって、今の格好が立派すぎちゃうから……。武器とかそういうのは全部、布で包むように隠しちゃって、ギルの今の服もちょっと泥とかで汚しちゃおう?」
「みすぼらしいってのはどうだよ……。かっこ悪いじゃねえか」
「何言ってるの。ギルはボロっぽくなってないと、眩い限りなんだよ。ねっ?」
「そうか? まあ、そんならしょうがねえなあ……」
そうしてギルは割とあっさり変装をしてくれた。
完成した変装は、本当にみすぼらしかった。そこで逆にまた問題が生じてしまう。
「想像以上にギルって、何でも着こなしちゃうんだね……。むしろギルが奴隷っぽい」
「まあ、俺にかかればどんな服を着たって着こなしちゃうのは必然という誤算だったな……。だが奴隷はねえだろう?」
「だってほら、荷物たくさん背負って、ボロボロで……。むしろ、ちょっと僕の方が身綺麗な分、逆転しちゃわない?」
「……まあ、お前、顔は綺麗だしな。それに奴隷とは思えねえほど会話がしっかりしてやがるし。そもそもほんとに奴隷か?」
「ほんとだよ。ほら、服の下にここ……奴隷の焼印」
「マジだな。お前はあんま肌さらす服とか着るなよ。ガキの癖に痛々しくて見てられねえやな」
焼印の他にもいっぱい傷はある。炭坑労働で怪我をした痕だったり、それ以上に多いのは鞭で叩かれて皮膚が切れたり、腫れ上がってしまったりという傷跡だ。
「でも背中ばっかりで、あんまり僕からは見えなくって……」
「見たら卒倒するかも知れねえぞ?」
「そんなに酷いの?」
「いや、そう言われるとそうでもねえか。ああ、大丈夫だ、大丈夫」
「すごく適当……」
「んで? 何だ、俺が奴隷でお前が主人? それはそれでどうだ? そんなもん、どういう背景があってアルソナへ行きたい? そもそも奴隷がいるのに身分がねえとなるとどう説明をつける?」
「……ギルって、僕が本気で叩いても痛くない?」
「は? 何で?」
「いや、演技をちょっとしてみるのはどうかなーって……」
提案してみてから、ちょっと試しにギルを叩いてみた。でも痛くないって言われた。じゃあこれでとりあえずやってみようということにして、野宿で夜明かしをすることにした。
▼
「父に紹介状をしたためていただいたのですが、この奴隷が紛失してしまったんです。ついでに貴重な路銀まで。何でこんなに愚図なのか! 口も利けないのに!」
衛兵の前でギルを叩く。ビクともしない。痛がってうずくまってもらったところをどんどん執拗に叩いてしまって、衛兵にどん引きさせておいてなあなあで通り過ぎてしまうという予定なのに、痛がってくれないんじゃあ次に進めない。
「もっと痛がって!」
演技を思い出したのか、僕が言ってお腹をパンチしたらようやくギルが、おもむろに、といった具合にうずくまった。そこで踏んでみたり、また叩いてみたり、とりあえずやっておく。
「ああもう、それくらいにしてくれよ。分かった、分かった。通っていいから」
「本当ですか? ありがとうございます。……もういいから、行こう」
ギルに声をかけて立ってもらい、何だか渋い顔をしているギルの手を引いてようやく出国することができた。
「なあ、エル。お前さ」
「うん……?」
「ちっとも痛くなかったぞ? 演技とは言え、手加減することねえのによ」
「本気だったんだけど……」
「嘘だろ?」
「ほんとだよ?」
「マジでかあ……」
「マジなんだよ……」
「お前、貧弱だな。ほんとに炭坑労働してたのか……?」
「してた……」
「ま、男は体が丈夫か、頭が上等なら困りゃしねえさ。気い落とすこともねえよ」
やっぱりギルってけっこうやさしい。
でもこんなやさしさを見せてくれるものの、敵には容赦しない。
これってどういうことなんだろう。ギルの相反しそうなこの2つの側面が不思議で仕方がない。
「落ち着けたら、僕も体とか鍛えてみたいと思うんだけど……どうすればいいか分からないから、教えてくれる?」
「ああ。いいぜ。……おお、入国審査所みてえだ」
「これで晴れて、奴隷脱却……。アルソナでレティシアを待てる……」
「さあって、新生活への第一歩だな」
アーチをくぐるとそこにアルソナ側の兵隊さんがいた。
「ようこそ、アルソナ帝刻へ。身分の証明できるものはありますか?」
「……ない、です」
「そちらの方は?」
「ああ、俺はこういう——」
「ギル、それはいけない」
手配書を取り出しかけたギルを止める。じっと見られた。ダメ、と首を振って見せるとポケットへ戻した。
「ない」
「……では、二等国民となります」
「二等?」
「二等国民は納税の義務が免除される代わり、1年に1万ロサ分に相当する労働の義務が生じます。5年間通して5万ロサ分に相当する労働を終えることで、一等国民となります。労働の代わりに1年で5万ロサを現金で納めることで、一等国民になることもできます。詳しい説明はこの後にありますが、詳細に二等国民と一等国民の違いが知りたければ掲示を見つけてよく読むといい。文字が読めればな。二等国民として入国を認めよう。あっちに行きなさい」
何だか事務的に、そしてそこそこ雑に対応されてしまった。
「二等国民って、言われちゃったね……」
「こっち行けって言ってたか? ま、1万ロサ程度の労働なんざたかが知れるだろうよ」
「むしろお仕事の世話もしてくれてるってこと? 親切だよね」
「だが1年で5万ロサを納めてやりゃあ、労働せずに済むって話だろう?」
「でも5万ってそう簡単に稼げる金額?」
「商売で儲けるなり、魔狩りの仕事をちょびっとやりゃあすぐさ」
案内された方へ歩いていくとまた衛兵みたいな人がいた。
「二等国民としての登録をする。名前をここに」
「……ねえギル、僕の名前、書いてくれる? 綴りはこれ」
「へいへい、待ってろ……。年やらも書くのか? ん? 何だ、この項目……。ま、適当に、んー……よし、これでいいや」
1枚の紙にギルが色々と書いていくけど、文字が読めないから何と書いているのかが分からない。けどレティシアに刺繍で入れてもらった僕の名前が書きつけられている。
「……よし。いいだろう。では二等国民の義務について説明をする」
またちょっと雑で、少し丁寧な説明を長々と受けた。
二等国民になるにはやっぱり例のごとく労働5年か、5万ロサの納金が必要。労働をする場合は住む家や食事を提供してくれるけど天引きされてしまうんだとか。説明ではちゃんと真面目に1年の労働をすれば天引き分も込みでしっかり1年に1万ロサを納められるらしいけど、ちょっと質問をしてみたら、例えば体調を崩したとかで働けなかったら家賃や食費始め雑費で1万ロサを稼げないというケースもあるらしい。その場合はまた1年労働期間が追加となってしまう。
5万ロサを納めるという場合でも、1年の内に何度か、定期的にお金を納めていかないといけなくて、その1年以内に5万ロサに到達しなかったら来年はまた0ロサから納金を始めなきゃいけないんだとか。
これって、実態はよく分からないけど国ぐるみで嵌めようとしたらいくらでも二等国民から搾取し続けられる仕組みなんじゃないだろうかとか勘繰ってしまう。
ついでに労働をしない場合はお家とかの住む場所とかは自分で探さなきゃいけないらしいけど、二等国民はそういう審査が厳しいからなかなか見つけることさえ大変らしい。
「どうする? 5年の労働で一等国民目指してみる?」
「いや、5年なんざ長すぎるだろ。1年だ。とっとと稼いで終わらせようぜ」
「うん、分かった。がんばろう。それじゃあお家探しだね」
「1年と言わず、速攻で終わらしてやらあな」
ギルはやっぱり頼もしかった。
▼
アルソナの二等国民になってから3日が経ち、ギルの頼もしさというものに疑問を抱くようになった。
初日の夜は酒場で祝杯と言い出したのでついて行ったら酔い潰れてしまい、酒場の二階にある宿へ泊まることになった。そうしたら、ぼったくり価格だった。親切にお世話をしてくれているのかと思ったら、その親切の1つずつがサービス料がかかるものでしかなかった。それで、一晩にしてギルの持っていた路銀は全て失われた。
2日目からは早速、僕はアルバイト生活となった。とにかく泊まる場所が必要だったから、サービスは最低限にしてもらってシングルベッドの最安値の部屋に変え、その宿賃は僕が酒場で雑用働きをしながら賄うという計算だった。
僕がバイトをしている間にギルには商売でも魔狩りでも、何か稼げるお仕事を探してもらうという話をしていたんだけれど——5日経っても、ギルは昼過ぎまで寝て、夕方にふらっと出かけて酔っ払って帰ってきて深夜に寝るという生活をしていた。
「ギル。お話しましょう」
「んだよぉ……。お前は働いておけ。いい子だから……寝かせろ……」
「もうお昼なんだから起きてもいいでしょ」
ベッドは1つしかない部屋だから、2人で寝ているけどギルは寝相が悪いから毎度のように寝ている最中に床へ落とされてしまう。落とされないよう壁際を陣取って寝てみても、今度は寝返りで潰されてしまいそうになった。
「お金を稼がなくちゃ、ずっと二等国民のままだよ。二等国民だと結婚はさせてもらえないし、職業選択にも制限がかかるし、仮に財産があっても死んじゃった時に国に没収されるし、1ロサも納めずに1年過ぎちゃったら、強制労働にされちゃうんだよ?」
「だったらお前、1ロサ払ってこい。そのくらいの小銭はあんだろ……?」
「一口500ロサからしか納められないよ。僕は毎日100から130ロサくらいしか稼げないし、この部屋代が100ロサしちゃうんだから。それに差額の分は食費になっちゃうし……。だからギル、早く仕事見つけてきてよ」
「んなこと言ってもな、仕事なんざそうそう見つかりゃあしねえんだよ」
「見つからないにしても何かはしたの?」
「した、した」
「ほんと……?」
「……ほんとはしてねえ」
「ほらーっ!」
そうだと思った。
そういうタイプじゃないかなーって思ってた。
「でも考えてみろ、どうすりゃいいかなんて分かるかよ?」
「それは……分からないけど、でも、お酒飲んで帰ってくることないじゃない。むしろそのお金ってどうしてるの?」
「そりゃ、質屋だろ」
「質屋?」
「ま、つまらねえ小物ばっかだがよ。一晩程度の酒代にはなるってもんだ」
「……いらないものなら、別にいいけど……」
「そこは問題ねえよ。ハンカチやら、誰にもらったかも忘れた指輪やら、あとはほら、お前が頭に巻いてた布きれとか、ほらお前ここで服借りてたろ? だからお前の着てた服とかさ」
「ちょっと待って。……僕のものまで、質に入れちゃったの?」
「おう。いらねえだろ?」
「いるよっ! もうっ、ギルのバカ!」
「バカだあっ!? バカとは何だこのガキんちょがっ!」
「もう知らない!」
部屋を出て酒場へ降りていくと、旦那さんと女将さんがすでに仕事を始めている。僕もお掃除に加わって床を拭いてテーブルを拭いて、椅子の足まできっちり拭きあげる。
「エルちゃん、どうしたの。そんなに気合い入っちゃって」
「ギルがさっぱりお仕事探してもくれない上に、お酒飲むために僕のものまで質に入れちゃったんです……。だからどうにかして質入れしちゃった僕の分だけでも取り戻したいんですけど……部屋賃もあるし……」
「そりゃ大変だねえ……」
「何かいい商売とかできたらいいんですけど、先立つものもないし……」
「商売? 何か稼げるあてはあるのかい?」
「あてと言われると、難しいんですけど……」
「ここの店でも繁盛させてくれたら、その分だけちょっと多くお金を出してあげてもいいんだけどねえ……」
「……お店を、繁盛……」
例えば新メニューで商売繁盛とか?
それならちょっとできるかも知れない。
「おばちゃん。ちょっと挑戦してみてもいいですか?」
「挑戦? 何したいんだい?」
「ここのお店でおいしいって評判の料理が出るようになったら、繁盛するかなって。
おじさん、おじさん、ちょっとお話してもいいっ?」
カウンターの向こうの厨房で仕込みをしていた旦那さんの方へ行って話をしてみた。うまくいけば部屋賃に圧迫されることもなくなって、ギルを監督できるかも知れない。
そうだ。ギルは腕はすごいけど、生活力がちょっと弱い。
だったら僕がギルならへっちゃらで稼げるっていうようなお仕事を探してくればいいんだ。やってみなくちゃ分からないけど――とりあえずやってみなくちゃ、強制労働まっしぐらなんだから。
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