#004 精霊器・黒轟とギル
ギルと名乗ってくれたけど本名ではないんじゃないかと、何となく思った。
年は尋ねてみたものの数えてないとか言われた。多分、まだ20歳前後くらいだとは思うけど大人の年齢ってよく分からない。
色の濃い——黄金に近いような髪は短い。皮鎧は黒い。身につけてる銃や剣も黒い。金属製の膝下丈のブーツが歩く度にがちゃがちゃと音を鳴らしている。
体格は良い方だと思うけど、鎧がそう見せているだけかも分からない。でも袖から見える腕は筋肉がはっきりついてるし、太く見える。さっき担ぎ上げられた時だって僕の重さなんて感じてないようでもあった。
彼は一体、何をしている人なんだろう。
堂々と武器を持ち歩いていて、しかも兵士みたいな人に追われていた。それって普通なんだろうか。普通でないといいけど、そうしたらギルがどうなんだろうとも思ってしまう。
悩みどころだ。
「何を小難しい顔してんだ?」
「……ギルって、何者なのかなと思って」
「何者? ま、ガキんちょでも分かりやすく言うんなら……」
「分かりやすく言うなら……?」
言葉を待ってみたけど、ギルは目をぐるっと左上から右上へ動かして止まってしまった。
「やべ、無職だった……」
「無職……」
「ちと、やらかしてなあ。これでも優秀な戦士じゃあったんだが、優秀すぎたのが仇になった。やっかみだか妬みだか知らねえが、俺の精霊器を盗品だ何だといちゃもんつけやがって。だからおさらば決め込むってわけだ」
出る杭は打つみたいな発想はこの世界にもあるのか。
まあでも人間の基本的な感情っていうことなんだろうか。妬みつらみは。
「だが、あれだな。アルソナで士官の口でも見つけるだけだ」
「そんなにギルは……その、強い、の?」
「当然。むしろ本来は引く手あまたがしかるべきってもんだ。何たって精霊器を複数所持してる野郎なんざそうはいねえんだ」
「せいれいき……って、何?」
「んなことも知らねえのかよ? 最近のガキはよく物を知らねえな……」
最近の若者は、みたいな? これもどこでもお約束かあ。
それよりもせいれいきとかいうものが気になる。さっきギルが使っていたマスケットのことだとは思うけど。
「精霊器ってえのは、平たく言えば精霊の力が宿った道具のことだ。例えばこの<黒轟>なら銃が精霊器ってえわけだ」
「じゃあその精霊器というのはどんなことができるの?」
「どんなことって……そりゃ千差万別だ。精霊器の形状やら、持ち主やらによって変わる。<黒轟>だったら弾丸がいらねえ」
「弾丸がいらない?」
「おうともさ。引き金を絞ればそんだけで勝手に発射だ。指さえ追いつけば何発だろうがずっと撃ち続けられる。それに弾丸そのものもただの鉛玉じゃあねえもんを撃てる。こいつは俺の持ってる精霊器でも極上の一品ってえわけだ」
<黒轟>というらしいその精霊器を抜いて、くるくると回してからギルは得意気にまた腰へ戻した。
「だが、どれだけ上質な精霊器を持ってようが、使い手が未熟じゃあそのポテンシャルは引き出されやしねえ。精霊器の力を引き出すのに必要なもんは使い手の体力・精神力・知力——そういう総合的な強さだ」
「なるほど……」
「ほんとに分かったのかあ?」
「質問していい?」
「何だよ?」
「じゃあその精霊器って、ギルはどうやって手に入れたの? 売買されているもの? それとも作るの?」
「精霊器は作るもんじゃあねえのは確かだな。だが、ある日気がついたら毎日使っていた道具が精霊器になっていたなんてケースもある。堂々と取引されるほど価値が低いもんじゃあねえから、売買されるとしたらとんでもねえ金額になっちまうだろう」
何それ、ある日起きたら愛用品が超高額商品に大変身っていうこと? それって何だかすごい。でも何だか
「あるいは大昔から受け継がれてるってえもんもある。これも金じゃあ人に譲るもんじゃあねえ。よっぽど名のある武器の類なら、そいつを賭けた大会なんてのが催されることもあるし、個人でこいつなら託せるだろうってえ譲渡することもありゃ、これっぽっちの才能もねえのにてめえのガキだからとか、そんな理由で受け継がせるなんてこともあるだろうよ。そういうのは大抵、金に換えられちまうんだろうが……ずっと使っていなかったり、新しい持ち主がさっぱり使えねえとなると精霊器がただの道具に戻っちまうこともあるって話だ」
「そんなすごいものを、ギルはいくつも持っているの?」
「ああ、そうさ」
「持っていたって、普通は1つくらい?」
「そもそも普通の野郎は手に入れることさえできねえだろうよ」
「へえええ……すごいんだね、ギル」
「すごいなんて言葉じゃあ収まらねえさ」
自画自賛だ。でもギルのこの自信が本当だとすれば、ちょっとやそっとの危険なんてへっちゃらかも。アルソナに辿り着いてからも一緒にいられるような関係になりたいなあ。お友達になってくれるかな。でも僕よりずっと年上のようだし、僕みたいのと友達になりたくなんてないか。
だったらギルから、僕と一緒にいた方が得だっていう風に思ってもらえたら万々歳かな。でも僕は何かでギルに必要とされることができるんだろうか。
「——おい、ちょっと止まれ」
歩いていたらギルに肩をそっと掴まれて止められた。足を止めてギルを振り返りながら見ると彼の目は両脇の林へ注がれている。何か探るようにじっと見渡そうとするかのように首を巡らせる。
「こういうやり口はつまらねえ賊どもか……。あんま離れんなよ」
「何かあったんですか?」
ギルがまた歩き出したので、言われたようにあまり離れないよう脇へぴったりつきながら歩く。
「どうもこっちを見てるような連中がいるな。誰だかは知らねえが……」
「奴隷狩り……とか?」
「ああ。なるほどな。つっても——奴隷狩りなんて、あれだろう? 奴隷だったら成す術もねえんだろうが、別に俺らは奴隷じゃねえんだ。奴隷にできるもんならしてみやがれってな話だよなあ」
「……なるほど」
早めに僕は奴隷ですって教えておいた方がいいんだろうか。
でもその瞬間にギルが態度を変えてしまったりとか。あるのかな。ないのかな。
「ね、ねえギル……」
「ん?」
「……あの、僕ね」
「おう」
「……実は脱走奴隷……」
「マァジでか?」
「マジで……。だからアルソナに行きたいんだけど、連れていってくれる……?」
「つってもな……。脱走奴隷を取っ捕まえりゃあ報奨金やらがもらえるとか聞いたしな……。金はいくらあっても困りゃあしねえし……。どうすっかな」
「お願いします」
「奴隷か……。割と、あれか? 高級奴隷だったのか?」
「高級な奴隷ってどういうのですか?」
「そりゃ、あれだろう。……お前、男だよな?」
「男……」
「男でも、まあ、いる……のか? いるな、多分、いる。ほら、夜によ、ご主人のとこに行って裸になったりとか。しなかったのか?」
「何でそんなことするの?」
「そりゃ、セッ――いや、知らねえならいいが。じゃあ別に高級ってわけじゃなかったか。何してたんだ?」
「炭坑で……」
「ああ。間違いなく低級の使い捨て奴隷だな。だったら大した価値もねえし、持ち主に戻したとこで謝礼金も望めねえや。手え出してきたなら追い返すが、そのどさくさでさらわれちまってもそこは知らねえ。それでいいな」
「……いいの?」
「何がダメなんだよ?」
「だって、何か……僕、奴隷なのに」
「どうせ明日にゃあ、アルソナに入って奴隷じゃなくなるんだ。誤差だろ、そんなもんはよ」
ぽんと僕の頭へ手を置いてきたかと思うと、そのままぐりぐりと撫でつけられた。手が大きい。そしてちょっと痛いくらい力が強いけど何だかとっても安心できてしまう。
「ねえ、ギル。ギルはアルソナに着いたら士官の口を見つけるって言ってたけど、士官っていうと兵隊さんになるの?」
「兵隊だなんて下っ端みてえなもんはすっ飛ばすさ。一足飛びで将軍か、近衛兵なんてのもありだよな」
「でもそういうのって、コネがいるんじゃない?」
「んなもん実力で黙らせるだけさ」
「でも、それができなかったから、今、アルソナに向かってるんでしょう?」
尋ねるとギルは仏頂面で固まりかけた。
けどそのまま歩いている。
「……まあ、だが、やってみねえと分からねえだろう?」
「そうだと思うけど……他に、ないのかな? できたら、僕はギルと一緒にいられたら嬉しいんだ。……奴隷じゃなくなっても僕は天涯孤独だし、子どもだから。あ、でも、全部の面倒見てもらいたいってことじゃないよ。僕もギルのことを手伝ったり、助けられたりできるならそうしたいし……。だから、士官以外とか、ないかな?」
けっこうなわがままを言っている自覚はあるけどギルは無碍に即答することはなかった。難しい顔をして歩いている。
「……無理にとは、言えないんだけど」
「士官以外ってえと……商売人にでもなって
「魔狩り?」
「ああ。魔物やら、魔に属するもんを相手にトラブルバスターするわけだ。かなり危険とか言うが、俺は精霊器を持ってるしな。大概の事態には対処もできる」
「……でもそれ、僕は足手まといになっちゃうんじゃ……」
「なーにを言いやがる。どうせガキんちょだろうが。それでも手伝いてえだなんて言ったとこで荷物持ちやら雑用係が関の山だ。だったら商売だろうが魔狩りだろうが変わりやしねえ。それでどうだ?」
というか、それってつまり、僕を連れて行ってくれる前提で進んでいるということになるのかな。なっているよね。
「むしろ、いいの? 何でもするよ!」
「おう。じゃあ、それで決まりだな」
「うん、ありがとう、ギル!」
「……いいってことよ」
また頭を撫でられた。
良かった。ギルっていい人だ。
と、ほっとした瞬間に茂みの方からいきなり銃声が響いた。慌ててギルの腰へしがみついたら邪魔そうに腕で払われる。
「ただの威嚇だ。ビビんな」
「だ、だって……」
「いいかあ? こういう手合いは威嚇してから道を塞ぐように出てくるが、同時に退路も塞ごうとしてくるだろう。んで、普通は命か、金かと迫るわけだが奴隷狩りだってえんなら命か、身分かってえことになるだろうよ。だが俺らの答えはそうじゃねえ」
説明してくれている間にも、ぞろぞろと明らかにガラの悪い人々が道を塞ぐように出てきていた。ちょっと気になってギルの話を聞きつつ後ろを見てみたら、そっちも塞ぐように人が出てきている。
「おい。てめえらは脱走奴隷か?」
「だったらどうした? どっちでもいいけどよ」
「それならよ、ここで死ぬか、奴隷になるか、どっちがいい?」
いっぱい、マスケット銃が僕らに向けられている。彼らからしたら、別に殺してもいいなんてことだろうか。むしろギルの装備を殺してから剥ぎ取ってしまいたいとかかな。
「どっちがいいかって? 抜かせよ、バカ野郎。——クソ食らえだ!」
思ったよりお下品な言葉の返事だった。
とか思った時には始まっていた。ギルが<黒轟>を抜いて続けざまに3度の銃声を轟かせる。威嚇射撃で響いた銃声とはまったく違っている。太く強く、本当に地鳴りのように<黒轟>は銃声を轟かせるのだ。怖ろしい野獣の吼え声にも思ってしまう。
そしてそのたった3度の銃声だけで前後に展開していた奴隷狩りの一団が食い潰されていた。
三方向に放たれたものは猟犬のように迫って体の一部を穿つと、次の獲物目掛けて勝手に動いては噛みちぎりにかかるのだ。それが3発分。ものの5秒でろくに悲鳴も上げさせず、困惑させたまま全滅させてしまった。
「ったく、手間ァ取らせやがって雑魚の分際でよ」
「……すごい」
「さ、とっとと行こうぜ、エル」
「死んじゃったの……?」
「いや? 痛そうに呻いてんのもいるだろ? あとは気絶程度だろ。殺すまでもねえよ、こんな雑魚なんか。死んでようがどうでもいいけど」
片足を吹き飛ばされている可哀そうな賊の人を踏んづけてギルは行ってしまう。それを追いかけていってから一度、振り返った。地面には血や、肉片がばら撒かれているといった惨状だった。
「ギルって、すごく強いように思うけど……ギルが思う、ギルより強い人っているの?」
「いねえな」
「……苦戦した人」
「いねえ」
「……悔しい思いをさせられた人」
「いねえ」
「ちっちゃいころとか」
「ほぼいねえ」
「ギルすごい……」
「俺がすごいんじゃねえ、周りの連中が雑魚なだけだ」
言い切ってギルが笑う。
自信満々でかっこいいけど、後にした痛々しい賊の人達を考えるとちょびっと怖くもあった。
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