#003 薄くてはかなくて細っそいって言われた

 気候が日本とは違うというのは知っていた。

 何というか。うーん、湿気かな。多分だけど湿気が少ないから気温が高くても嫌な蒸し暑さを感じない。

 ずっと炭坑労働をしていたからその場所にあるものしか僕は見知った文明レベルを知らなかったけれど、少なくともどこにでも電気や水道があり、大量生産と大量消費が当たり前で物品がそこら中に溢れ返っている世の中ではない。

 未就学ほどの幼児を奴隷にして炭坑で働かせて、言うことを聞かなければ容赦なく鞭打ちの罰を与えるということに誰も疑問を呈さないというのもはっきりしている。

 でも死にそうなくらいになるまで働かせて採掘していたのは石炭だ。つまりそれを利用しようというほどの技術レベルはある——と思う。どれくらいなのだろう。産業革命が始まったころかな。

 でも、だとしたら産業革命で色々な武器なんかがどんどん生産できるようになったりして、他国への侵略もはかどるだろうってことで戦争とかが起きてしまったりはしないだろうか。


 不安は尽きないながら、現状としては奴隷という身分でうろうろしていることが何より危険な気がしてしまう。

 だからいち早くアルソナを目指すべきだ。

 僕の足でどれほどかかってしまうのかは分からないけれど。


 不安と言えば、色々とある。

 奴隷であることとか、この世界の文明レベルも気にはなるけど、アルソナに辿り着いてからのこととか、道が合っているかとか、食べ物が保つだろうかとか、また病気になったり、大変な怪我をしてしまったりしたら薬なんかがないから対処しようがないとか。

 そもそも僕はどうして奴隷にされていたんだろう。

 物心ついた時には奴隷だったから、親や家族のことを何も知らない。あんまりそういうものに期待はしていないけど気にならないというわけではない。

 知り合いらしい知り合いと言えばレティシアだけ。でも彼女とはしばらく再会が望めないどころか、絶対にまた会えるという保証さえもない。あとは知り合いと言って良いのか分からない、一緒に炭坑労働をしていた奴隷の子達の顔を何となく覚えているといったところだろうか。でも奴隷同士で話はするなと厳命されていたから、コミュニケーションは労働中に少し言葉を交わしたという程度でしかなかった。彼らは結局どうしただろう。

 あのまま、あそこに居続ければ命を使い捨てにされるというのは目に見えている。でもそう簡単に逃げ出すという勇気が持てるのであれば僕らは奴隷として考える力さえ失って利用され続けるということもなかったはずだ。

 それに仮に逃げ出しても、途中で捕まったりしてむごい目に遭わされたりしてしまうのだとしたら——僕は無責任でしかなかったということにもなる。せめて、ほんの一握りでも逃げ延びてくれればと思った。


 考えれば考えるほど、憂うつな心配ごとばかりが思い浮かんでしまう。山積してしまった宿題の方がまだ取り組めば消化できるという理由で気が楽だと思う。

 そう言えば生前、僕は親に殺されたも同然だったけど友達や先生は悲しんだんだろうか。そうだとしたら、申し訳ないことをしてしまったと思う。

 ああ。ダメだ、ダメだ。

 今はもうレティシアにエルという名前をもらって生きているんだから、これから先のことを考えた方がきっとずっと建設的なはずだ。でもこの世界での将来のイメージがさっぱりわいてこない。

 現状抱いているささやかな夢と言えばレティシアと再会することくらいだ。

 あとは、平和に、平穏にいられればいいなと思ってしまう。夢がないなあ、僕。


 歩き通していると、だんだんと足が痛くなってしまう。

 夜に眠る時なんて、暗がりから何かがいきなり飛び出してくるんじゃないかと怖くなる。

 野宿して夜明かしして起きると、体がバキバキになって痛くてたまらない。

 川に行き当たって、橋を探してみたけど通行料に加えて身分の証明まで必要らしいというのを遠目から確認できてしまったので、夜を待って川に流される覚悟で泳いで渡ることを試みた。かなり流されて、途中、何かに足を噛まれたような感覚までしたけどどうにか対岸まで辿り着けた。

 死ぬかと思ったけどどうにかなった。夜の間にどうにか対岸まで渡りきれたけど動けなくて、朝日がすっかり昇りきるまでぼうっと転がるしかできなかった。どうにかこうにか起きて、また歩きだしたら土を平らに均した道路が現れた。アルソナに入る前に大きな街があるとはあらかじめレティシアに聞いていた。そこまで辿り着ければあともう少しのはず——とも。


 国境を越えるのが一番の難関になる。

 だからその手前の街で準備をしなければならないともレティシアは教えてくれていた。

 具体的には国境手前に脱走奴隷を捕まえることで生計を立てるという、奴隷商の仲間みたいな荒くれ者がいるのだとか。だからどうにか奴隷と思われないような身なりをして、偽造でも何でも身分証らしきものをこしらえて、ついでに奴隷でなくても捕まえて奴隷として出荷してしまおうという悪だくみに巻き込まれないようにしなくてはいけない。

 綺麗ごとではとても乗り越えられそうにない。

 もちろん、そういったことが杞憂に終わるということも考えられる。でもレティシア曰く、奴隷がアルソナへ逃げ込み続けてはこの国の産業の基盤となる労働力が失われてしまうから、荒くれ者の商売を国が見て見ぬふりをしている可能性もあるのだそうだ。考えてみたら、確かにそうだ。

 人口が減れば国力は衰える。

 まして誰もやりたがらないけれど必要な重労働を担わされる奴隷がいなくなったら、奴隷ではない国民の負担が増大し、ひいては不満が高まって治安悪化ということだって考えられてしまう。

 そもそも奴隷に頼って発展なんかしなきゃ良かったのに——とは奴隷の身だから言えることだろうか。

 誰かを犠牲にして増大する富というのは、幸福を増やしているわけではない。ただ色々なものを奪い取ってぶくぶくと肥えるだけだ。

 犠牲にするのではなく、互いが利を得て循環させていくような仕組みでやっていかないとならないんじゃないだろうか。

 それが実際にどういう方法になるのかは分からないけれど。


 閑話休題。

 あと少しでアルソナである。

 ここまで来られたからには行かなければならない。


 石畳の広い道路と、その両脇に聳える立派な建物の数には圧倒させられた。ちゃんとした大きな窓ガラスもあるし、街を行き交う人々の服装は何だかクラシカルな装いにも見えた。縫製技術は確かに確立されている。ただ石油由来と思えるようなものはあまり見られない。

 あと鉄砲がある。マスケットというやつだったっけ。銃弾を筒の先から入れてバンと一発ずつ撃つような、銃身の長いものだ。連射ができないという性質上、それだけを主武装にすることはできずに剣を腰に吊るす兵隊さんみたいな人もいっぱいいる。でも兵隊さんとは言え、身につけているものは皮鎧めいたものだ。頑丈な分だけ重いプレートメイルでもマスケット銃の前には敗れ去り、鉄よりも軽い革のものを身につけた方がいいとか、そういう理屈なのかな。

 それとも鉄製品は全部溶かして別の武器に作り替えているとか?

 ピカピカの綺麗さというものはあんまり見かけられないけど、ワイシャツとジャケット、それに口髭をたくわえた紳士もいるし、ふんわりした大きな帽子と肘まである手袋とドレスで着飾った淑女もいる。道端で遊ぶ子もシャツとサスペンダーで吊った半ズボン姿。近世に近い感じだろうか。

 こういう街並み、そして服装だと——途端に僕は浮いてしまう。

 肌の色はコーカソイド系。髪色が、おかしい。栗色だったり、黒だったり、金だったり、そういう髪色の人が多い中で僕のろくに散髪できずに伸び切っている髪はくすんだ赤色だ。赤毛チックな人をごくごくたまーに確認はできていたけど、僕の髪色はやっぱりああいうのとも違う。ただ単に珍しいだけならまだいいけど、例えば髪色の差別や蔑視みたいなものがあったりしたらどうしようか。そうでないことを祈りつつ、頭の布をぎゅっと被っておく。


 しかし準備と言っても何をどうしたものか。

 捕まってしまったらおしまいだ。脱走奴隷とばれれば辿る末路は2つに1つ。持ち主のところへ連れ戻されてきつい罰を見せしめに受けるか。あるいは持ち主のところへ戻されずとも、また奴隷として売り飛ばされたり、脱走奴隷なんて落ちてる玩具も同然とばかりに好き勝手に弄ばれてしまうか。

 いずれにせよ、良いことなど期待できない。

 痩せっぽっちのチビで見るからに非力そうな子どもの奴隷なんて、金に換えても小遣い感覚でしかないと思う。それが今の僕の価値なのだから、どうにかして魔の手を逃れなければ。

 身なりから整えたいところだけれど路銀なんてものはない。ついでに言えば食料は尽きている。水は川をおぼれるようにかろうじて渡った時に飲んだというか、飲まざるをえなかったというか、それきりだ。

 持ち物は一張羅の衣服と短剣程度のもの。素寒貧とはまさにこれだ。

 なかなかに困る。乞食や物乞いをしている人がほんの数人いたけれど、儲かってはいなさそうだ。あれを試みてもカツカツに飢えていくばかりで体力が先になくなっていまいそうだから行動は早い方がきっといい。

 国境まで偵察に行くだけ行って、夜を待って忍び込むというのが現実的かな。

 それしかないような気がする。できるだけ人に見つからないようにして。でも国境へ行くまでの間に奴隷商のお仲間がいるかも知れないし。何なら街中に留まっても危険がある。

 偵察するのも危険かなあ。

 いや、行動してみないことには結局何も分からずじまいか。だったら国境までは明るい内に行くというのが最善かも。白昼堂々と子どもを捕まえようだなんて、そこまで治安が悪いとは思いたくない。


 よし。そうと決まれば、この街の散策は切り上げよう。

 元気な内に、誰かに目をつけられぬ内に早く向かおうと歩調を少し早くして、市場のような露店が軒を連ねる広場を抜けようとしたら、いきなり手首を誰かに掴み止められてビックリした。

 口から心臓が飛び出てしまうんじゃないかというくらいビックリした。

「そなた……大きな運命を背負っているようじゃ」

 僕を止めたのはおばあさんだった。

 いかにもという怪しげな薄汚れた紫色のローブ姿でフードまで被っている。腰が曲がって手も顔もしわくちゃなのに、僕の手首を依然として握っている力は強い。

「お金とか、持っていないので……すみません」

「ふぉふぉふぉ……金などいらぬ、いらぬ。何か力になれようて……。寄っておいで」

 僕の手を放しておばあさんは背を向けて、狭い露店同士の間を杖を突きながら歩いていく。逃げるのは簡単そうだけど、あんなお年寄りを放置して行ってしまうのも何だか悪い気がする。でも急ぎたい。

 悩んだけれどおばあさんの後へついて行った。市場から離れて狭い路地へとおばあさんは入っていった。見失いかけて路地の角をそっと覗き込んだら、その突き当りにいきなりおばあさんがいた。

 まるでというか、まんま、占い師さんという雰囲気だった。

 ささやかな路地の狭い幅にぴったりフィットした小さな机と椅子。その向こうでこちらを向いておばあさんは座っていて、彼女の前には専用にしか思えないクッションを敷いた水晶玉がある。多分、水晶。まさか大きなガラス玉なのかなあ。見た目では判別できない。

「あのう……お金もないですし、何かしてもらってもできるお礼さえないと思うんですけれど」

 そうっと近づいてそう声をかけてみたけど、おばあさんは手で僕に座るよう示しただけだった。促されるままにとりあえず座ったら、おばあさんは手前の水晶玉に手をかざす。

「迷い人を導くことこそがわしの運命じゃてのう……。それが大きな運命を背負った若人であれば見返りなどいらんのじゃ……」

「はあ……」

「では占ってしんぜよう……」

 新手の——あるいは、ここでは古典的な詐欺みたいなものだったらどうしよう。

 そんなことを思っていたらほんのりと水晶玉が光り始めた。思わず覗き込むけど玉の中に電球が仕込んであるとか、水晶玉を乗せているクッションの下で電球が輝いているというわけではないようだった。

 難しそうな顔をしておばあさんは手をかざしたまま水晶を覗き込む。

「何ともきっかいな、これは……」

「きっかいなんですか……?」

「多くの縁が結ばれては切れるじゃろう……。だが何より……薄く儚いものじゃな」

「薄くて、はかない……?」

「これほど薄幸とはわしも長らく人の運命を眺めてきたが、なかなかにない……」

 薄幸って言われた。

 薄くて儚いって僕の幸せみたいなものに対して?

「あの、再会したい人がいるんですけど……ちゃんと会えるか、分かったりしますか?」

「何とも分からん……。だがすでに結ばれた縁だけを辿ればある程度……2人ほど、先の方でまた繋がりそうではあるが……このころまで辿ろうにもお前さんの線が細うて生きていられるものなのか……」

 それって再会する前に僕が死んじゃう可能性が高いっていうこと?

 とっても良くない。

 それとも不安にさせておいて高いつぼを買わせようっていう、そんな商売に引っ掛けられている最中だったりするのかな。まだその方がいい。いや、良くはないけど。比較であったなら。うん。

「長生きしたいです……」

「難しいじゃろうのう……」

「そこを何とか。でもお金とかはないです」

「ふうむ……む、む、む?」

「お金なくてもどうにかなりますか?」

「これからすぐ……生命力に溢れた誰かと出会えるじゃろう」

「生命力に溢れた誰か」

「……随分と、ふらふらとした、何とも奇妙なもんではあるがのう……あるいは、これと一緒にいられればお前さんのこの頼りないくらいひょろくて薄くて細っそい線も……」

 頼りないくらいひょろくて薄くて細っそいんだ、僕って。

「じゃが……この線もまた、奇々怪々……。さらにこじれる可能性も高いのう」

「こじれると、どうなっちゃうんですか?」

「言葉通りじゃのう……」

 ただでさえ色々と不安なことしか言われていないのに、さらにこじれるってどうなるんだろう。でもその奇々怪々な人と一緒ならワンチャンあるっていうことみたいだよね。

「……お金ないですけど、ほんとのほんとですか?」

「金はいらんと言うとるじゃろうが」

「僕、奴隷だけど変わらないですか?」

「そんなもん、とうに知っておるわい」

「じゃあその、こじれちゃう人って僕が奴隷って知ったらまずいですか?」

「……分からんのう、そこは」

「この恰好だと、バレますか?」

「それも分からんが……いずれにせよ、交わる運命にはなっておるのじゃ。その時になってからであろう」

「そういうのが前もって分かるのが占いでは?」

「それが分からんほどきっかいな自分の縁を恨むことじゃのう」

「なるほど……」

 いつの間にか身を乗り出してしまっていたから、座り直した。

 水晶玉の光が収まっていって消える。

「わしから助言を与えるのであれば……ちと、体を鍛えるなり、何なり、襲われても自力で対応できるようにするのがいいじゃろうて」

「ちょっとでいいですか?」

「……ちょっとではない方がいいのう」

「すごく?」

「すごく」

「すごくかあ……。善処します……。ありがとうございました」

「んむ……。大変な運命じゃろうが……」

「はい」

「大変すぎて、わしじゃったら絶対に嫌じゃが……」

「はい……」

「なるようにしかならんからのう……。まあ、がんば」

 おばあさんの最後の言葉が完全に軽かった。きっと水素並みに軽かった。

 椅子を立ってお辞儀をしてから路地を出ていく。こじれさせちゃう人というのはどんな相手なんだろう。すぐに出会うとか言っていたけどどれくらいなんだろう。

 明日か、明後日か。

 はたまた半日後か、一時間後か。

 それともお年寄りの感覚でのすぐ、っていうことで半年とか1年後なんて可能性もあったりするんじゃないだろうか。

 年を取れば取るほど1年過ぎるのが早くなるとか聞いたことがあるし。

 最後の最後にあのおばあちゃん、何故か茶目っ気を出してきたから、案外、可能性は高いかも知れない。いっそ、忘れたことにして自然体でいようか。

 気負わず、気楽に、そんなつもりでいた方が変に身構えちゃうよりいいんじゃないか。うん。きっとそうだ。


 ええと、そう、明るい内に国境近くまで行きたいんだった。

 街をどういう風に抜ければ国境方面に近いんだろう。さっきおばあちゃんに止められた市場まで戻ろうか。あそこは物が集まる場所なんだから、荷物を出したり入れたりする都合、街の出入り口に近かったりするんじゃないだろうか。

 それで当てが外れてしまったんなら、勇気を出して誰かに尋ねてみればいいだけだし。あと市場って初めてだからちょっと散策しているだけでも楽しかったりするし。むしろいっぱい見ていたいし。何ならずっといたい。

「痛った……!?」

 市場の露店が見えかけた時に人にぶつかってしまった。そのまま尻餅をついて顔を上げると、僕を見下ろしているのは皮鎧をつけ、腰に二挺のマスケット銃と1本の剣をまとめて吊るした人だった。

 マスケット銃も剣も黒い。マスケットの方の二挺は銃身が長いものと短いものがあった。短いとは行っても僕の前腕くらいはありそう。長い方はその倍ほどの長さはありそうだった。

「丁度いいっ、ちょっと来い!」

「え、えっ?」

 手を引っ張られて起き上がらされ、かと思ったらそのまま拉致された。肩に担がれ、鎧のお兄さんの背中側を見ながらゆさゆさ運ばれる。何だか追いかけてくる人がいた。

「お兄さん、3人も追いかけているよ!」

「3人? 3人だあっ!? だったらこうだな!」

 いきなり方向転換して路地にお兄さんが入ってしまう。遠心力がすごかった。そのまま路地をずんずんと進んでいくけど追手も細い路地を列になって走って追いかけてくる。

「まだ追ってきているよ!?」

「それでいいんだ。この細い場所ならよ、一列に並んでくれるんだ!」

 放り出された。痛い。擦りむいた。

 振り返ると腰のマスケットの片方を抜いて腕をまっすぐ伸ばして構えていた。短い方だ。銃声が響いて耳の奥がぎゅんと痛む。

「ハッ、バカどもめが。この俺様にたかが3人で敵うはずがねえだろうが!」

「た……倒しちゃったの? でも今、1発しか……」

「やっぱ田舎はダメだな、こら。こいつぁ精霊器。ただの鉛弾を食らわせるもんじゃねえってことだ」

「あと、僕が誘拐された意味について……教えてもらえたら……」

「……だってよ、たかが3人なんて思っちゃなかったんだ。だったら人質のガキが1人や2人もいりゃあ、な? ちったあ有利になれると思うだろ?」

 さらっと僕は人質にされかけていたのか。

 抜いていたマスケット銃を腰へ戻してから彼はしゃがんで、まだ地べたに座り込んでいる僕に手を差し出してくる。そうっとその手を掴むと力強く握り返してくれる。別に立ち上がらせてくれようというわけではなかったらしいと気づいて腰を上げる。

「早いとこ行かねえと。じゃあな」

「あ——ちなみに、どこへ?」

「ん? アルソナ」

「僕も連れて行ってもらえませんか?」

「……何で?」

「ついでに、というか何というか……」

 脱走奴隷だからアルソナ行きたいです、というのはリスクがあるような気がして言えない。ちょっとお兄さんは怪訝な顔をして僕を見つめてくる。

「まあ、そうだな……。ついてくるだけならいいか。でも面倒見たりしてやらねえぞ」

「ありがとう、お兄さん!」

 きっとあの水晶玉のおばあさんが言っていたこじれる人がこのお兄さんに違いない。

 あとはどうにか、このお兄さんと行動をともにできたらいいということなんだろうか。

「僕はエル。お兄さんの名前は?」

「んじゃあ……ギルでいい」

「ギルさん」

「何かむずつくから、ギルでいい。とっとと行くぞ、エル」

 足早に歩き出したギルを追いかけた。

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