「分かる人だけ分かってくれればいい」という最高の言い訳

天津 虹

第1話

 今から20年ほど前、まだまだ超氷河期と言われていて、後に失われた10年と言われた時代、筆者自身が新卒採用担当者になった時に、採用試験の作成をした時の話。

 まあ、当時、その試験をうけたのは、数十人、そのあと、その会社も社会の例にもれず、一年後採用凍結。その後、合併、統合され、無くなっている。それに、私自身も辞めているし、もはや、時効であろう。


 当時、中途採用だった私は、上司にユニークな問題を頼むといわれて、採用試験を作成する仕事を仰せつかった。

 さてと、まず、一般教養試験は、申し訳ない、過去の公務員試験の一般教養の問題を、数字を変えたり、出題形式を変えて作成したりした。しかし、作文試験をどうするか? これが難問だった。


・学生時代に力を入れたこと? 

・困難になった時、どのように、その困難を乗り越えたか?

・会社に入ったら、どのように、この会社に貢献できるか?


 まあ、こんなところが、一般的な出題だろうか? これらの抽象的な問題は、模範解答をアレンジして、問題を一般論にすり替え、本人の本質を隠して及第点をとることは、いくらでも可能だ。しかし、私は、それらの姑息な学生たちの浅知恵の上をいく、ユニークな問題を作らなければならない。


 それから、私自身、当時のマニュアル化された学生たちに訴えたい主題も考慮に入れたかったのだ。

 私が何を訴えたかったか?

当時、私は社内で選抜され、毎月、経営コンサルタントの研修を外部で受けさせてもらっていた。その時、同じ業種の小売業では、イトーヨーカ堂の一人勝ち、POSレジデーターを用いた単品管理手法が全盛の時であった。


 その研修で、私が何を感じたかというと、社会科学は、自然科学と違って答えが一つではないということと、実際に取り組む人がどれだけ情熱を持って取り組むかで、同じことをしても、成功と失敗という相反する結果になるということだ。


 要は、学生たちに訴えたい主題は、求める結果に導く方法は幾通りもあり、一つのことに固執して悩むな、失敗を糧に、また別ルートを探せばいいだけだということと、その情熱を冷まさないようにするためには、仮説、検証を繰り返すことによって、モチベーションを維持してほしいということであった。


 たぶん、イトーヨーカ堂の社長も、プレ〇デントで同じことを言っていたと思う。

「想像力を持って、仕事にあたる。この商品がなぜ売れるのか、ストーリー仕立てにして考える習慣が身についている人は、経済の動きがよくわかる」

 こんな内容だったが、まあ、これが、仮説検証で、そのストーリーを別の商品に当てはめ、売れない結果に気が付いたのなら、ストーリーの間違えに気が付いて、また、ストーリーを構築すればいいのだ。


 マニュアルを信仰する今の学生って、答えが一つでないと気持ち悪いみたいで、上司や先輩に回答されたやり方でうまくいかないと、すぐに落ち込む。どうしてだめなのかも考えないから、仕事も楽しく感じないだろう。


 そこで、今まで聞いた話や、本を読んで、思ったことを問題にしてみた。

 当時の上司が、言っていたのだ。

「小売業は、時代のトレンドを読むことが、大事なことだから、一週間に一冊は本を読め。それに、200冊も本を読んだら、必ず一冊は本が書けるようになるぞ」

 そういわれて、当時、一週間に2冊、年間100冊ぐらいの本を読んでいました。おかげで、速読も少しマスターしました。Web小説に投稿している人たちも、相当、本を読みこんでいるのでしょう。

 話が横道にそれましたが、もちろん、小売業を受けるのなら、必要最低限の知識があることが前提である。


問1、 あるデパートで、今年の冬の流行を調査するため、紫、赤、白を基調にした100本のスカーフを無料で配ることにした。配った結果は、紫が一番先になくなり、ついで、赤、白の順番だった。

 そのため、今年の流行色は、紫と判断して、紫を大々的に、販売したが、同じ値段にも関わらず、紫のスカーフが一番売れ行きが悪かった。


   その原因に仮説を立て、仮説が実証できる方法を考えよ。


問2、 スーパーマーケットの商品配置には、MD(マーチャンダイジング=一番客単価が上がる商品の陳列の順番、一般的には、入口から野菜(果実)→魚→肉→デイリー商品→惣菜→レジ→出口)というように主通路に沿って並んでいる。

 しかし、店舗や土地の形態により、主通路が、右回りや左回りになる場合がある。

 どちらのほうが、より客単価を上げることができるだろうか。

 ちなみに、弊社では、右回りのほうが客単価が高かった。


 その原因に仮説を立て、仮説が実証できる方法を考えよ。


 皆さんならどう答えるだろうか? 



 本当は、答えなんてないん。というか、社会科学の範疇では、答えは一つではないのだ。

 心理学的に答えて貰ってもいいし、生物行動学的に答えて貰ってもいい。

 最近は行動心理学という言葉もよく聞くようになった。

 ようは、これらの例から、ストーリーを構築し、そのストーリーが正しいかどうかの方法を持ち得ている人が合格なのだ。


 それでも、試験終了後、私に答えを聞きに来る人もいる。

 そういう就職熱心な人にはこう答えていた。そう、解答を持って問題を作る。この作業は与えられたか問いを考えるのと違って、その過程を解説したくなるものだ。


「学校の授業と違って、社会科学には、正解なんてないんだ。仮説を立て、やってみて、思いとおりにことが運んだら大正解。でも、同じことをやって失敗する人もいる。一般企業では、やったことが3割も当たれば、ヒットメーカーって言われているから。失敗は

気にしなくていい。

 だから、これから言うことは、必ずしも正解とは限らない。君たちが、他の小売業を受ける参考になればということで、一応、僕の考えを示しておく。


 まず、最初の問題、君たちが、小物を買うとき、何を考えて買うかなんだけど、普通は、今、持っている服に合わせようとしないか。だから、好みもあるだろうけど、同じような色のものが、洋服ダンスにならんでいるよな。僕のネクタイは、そうなんだけど。

 無料(ただ)なら、今持っていないものが欲しい。でも、お金を出して買うとなれば、スカーフなら、今持っているコートの色とかに合わせるんじゃないか。


 だから、この考えを検証するには、売り場のマネキンに紫のスカーフが見合う。クリーム色とか、今、あまり売れていない明るめの色と合わせて、ファッションを提案しながら売ってみる。

 今、そういう色のコートを持っている人なら、紫も悪くないって考えて買うだろうし、もう一着コートが欲しいと思っている人に、自分のファションの殻を破る提案もできる。

 これで、紫が売れなければ、また、仮説を立てて、検証してみるんだ。


 それから、問2は、たいていの人は、右手で商品をつかむ。運動行動学的にも、左回りのほうが、効率がいいように、思えるが、客単価を上げるなら、なるべく、立ち止まって、商品をじっくり見てもらったほうがいい。

 だから、右回りの場合は、商品を手に取る場合、商品棚に対して正面を向くようになる。結果、関連商品にも、目が行くし、手に取ることになる。


 じゃあ、この仮説を検証するためには、統計学的なサンプル調査だな。一日千人のお客なら、30人ぐらい、行動を調査する。その結果、店舗での滞留時間が長くなっていれば、仮説が正しいことを証明することになる。違っていれば、また、仮説を立てて検証だな」


 そんな、ふうに答えて、少しでも今後の人生で役に立てばと学生にエールを送る。分かる人にだけ分かってくれればいい。だってこの解答が正しいかどうかなんて僕にだってわからないんだ。

でも、勉強熱心な人からの反応がいいと思わず、嬉しくなってしまう。この企業も、その時代の不景気の波を受け、2,3年後には、同系列の小売業者と合併予定だ。

 そうなれば、上の意向で、当分、採用は控えさせられる。それで、今年はかなりお金を使って、優秀な人材の採用に踏み切ったのだった。



 ――現在、――

 POSレジデーターの分析が進んだ今なら、もっといろいろなデーターを駆使して、分析できると思うけど、当時は、単品が何個売れたぐらいしかわからないし、顧客管理なんかはもっとできていない。

 記憶媒体のメモリが今と比べ物にならないぐらい小容量だ。スーパーに並ぶ、8000アイテムから12000アイテムの販売データーをオープンデーターに落とすとなると、何メモリいるか? そのオープンデーターを加工するPCなんてHDが小さすぎて、当時はなかった。今の人には信じられないだろうが、大型冷蔵庫ぐらいのサーバーがあって、オフコンが主流で、できることは、マニュアルに載っていることだけ、カスタマイズ化しようとすれば、莫大な経費が掛かる。

 今は、その気になれば、クレジットカードデーターから、何をどのくらいの頻度で買っているかも、分析可能になっていて、その人の趣味趣向もAIが分析するようになってきている。

 ニーズもウォンツも、AIが生み出している時代がもうすぐなのだ。


 だから、小売業もマスマーケティングから、今のSNS(ソーシャル ネットワーク サービス)に乗って、ワンツーマンマーケティングに変わってきている。

 ネットにつなぐと、過去の購買傾向や、読んだ記事から、その人に合った情報が、画面の最初に出てくる。あれと同じだ。


 より、自分の情報を提供することで、より良いサービスが受けられるようになってきたのは間違いないが、その状況を消費者の人はどう感じているのだろう。

 

 近頃の行動心理学では、その人がとった消費行動は、理性に従い必ずしも最善を選択しているわけではないという考え方が主流だ。所謂、商品でも小説でも、嗜好の多様化と意味が分からないけど売れるという流行というやつだ。

 そこに僕の作品が「カクヨメ」になってもいい理由がある。

 僕は「分かる人だけ分かってくれればいい」と最高の言い訳を用意して、今日もウケる小説ってなんだと試行錯誤を繰り返しているのだ。



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