24.交渉成立
「ミシャさんは……」
そう声をかけると、ミシャは首を左右に振った。
「呼び捨てで良いよ。私十六歳だから。そんなに歳、変わらないでしょ」
「そんなに若いんですか。いや、若いとは思ってたけど、年下だとは……」
ミシャは楽しそうに小さく笑った。
「良く云われる。この国でも珍しいくらい若くして兵になったからね。うちは貧しくて……入隊するのが一番給金が良いんだ、この国だと」
「でも、大変でしょう。まだ十代で、しかも女性なのに」
「確かに男社会なとこはあるけど、少なくともエディラは女性兵結構多いよ。上層部も三割くらいは女性だったかな。ジャンドゥハなんかは、兵の一割も女性が居ないらしいけど」
「国によるんですね」
「……タメ口で良いよ。年上なんでしょ」
「でも……」
助けてくれとお願いに来た身で、こちらの方が立場は下であるべきなのに、良いのだろうか。
「私なんか隊長にタメ口だよ。ダイチは畏まり過ぎ。私にはそんな気を遣わなくて良いよ」
「……じゃあ、遠慮無く。ミシャは、ジャンドゥハが俺の世界に遠征して来た事、どう思う」
ミシャはうーんと上向き気味に首を傾げると、椅子の背もたれに身を預けた。ぎっと軋む音がする。
「多分、大分切羽詰まってるんだろうね。水産資源とレアメタル、あとは技術力は結構良い線行ってるんだけど、如何せん小さな国だし、ちょっと前まで隣国と戦争してたから、財力がね……多分、遠征しているチームは、他にもあると思う」
「そうか……こっちの世界だけとは限らないか」
ミシャがこちらに身を乗り出した。
「だからこそ、多分、隊長はダイチの救援依頼を受けるよ。そしてそいつらをとっ捕まえて、他の遠征先を聞き出して、全部潰すね。そうすればあっちの財源を潰せるし、兵力も減らせる。少ないリスクで大きなうま味がある」
成程、と頷く。
ミシャは、あとは……と口元に手を置いた。
「もう少しリターンが欲しいね。余所の世界を助けに行くんだから、こう云っちゃなんだけど、報酬が欲しい」
「それは……俺にはどうにも出来ないな。直接妖精女王やケット・シーの国王様に相談してもらわないと」
「ダイチから見て、報酬は出せそう?」
「……今回、助けを求める為の路銀として、百万円……こっちの金貨で百枚分くらいかな、女王から預かっている。だから、最低でもそれくらい……としか」
ミシャは身を引いて、うーんと唸る。
「最低ラインでそれかあ。それだと十人分ってとこかな。相手は二十人くらいって話だから、こっちも最低それくらいは連れて行きたいんだけど」
「どう云う事だ」
「今回の件、正式に国として動くのは先ず無理なんだ。だって色々手続きがあったりして、時間がかかり過ぎるもの。それはダイチ的にも困るでしょ」
もう冷めただろうお茶を啜ってからミシャが口を開く。
「そりゃあ、まあ……なるべく早く来て欲しいけど」
「そうなると反則すれすれだけど、私達個人として動く事になる。つまり国から報酬が出ない」
「それを女王に出せるかって事か」
「そう云う事」
ミシャは冷めた茶を飲み干して、ぐぐっと伸びをした。
「遠征するにも魔力を消費するし、ジャンドゥハと戦うって事はこっちだって怪我したり最悪死ぬ危険性がある。一人当たり金貨十枚じゃ、ほんとは全然足りないんだけど。こちらがかなり有利だし、国に利益があるからそれだけで動いてあげようか、って感じかな」
成程、確かに命を賭けるのに一人十万は安過ぎる。俺は少し考えてから、
「俺一人の旅の路銀に金貨百枚分が出せるんだ。その倍くらいなら出して貰えるだろう」
「……うん、確かに。うん、そうだね。それなら……」
半分独り言の様にミシャは云う。それからばっと立ち上がって、ごめん、と突然頭を下げた。
「実は、ここでの私達の会話、隊長に筒抜けなんだ。ダイチの世界には魔法が無いみたいだから全然警戒もされなかったみたいだけど……私達は魔法で遠くに居る人とリアルタイムで会話する事が出来るんだ」
ケータイ代わりの魔法と云う感じなんだろうか。ここでの会話がオンに筒抜けなら、どちらかと云うと盗聴の方がイメージは近いかもしれない。
「あ、いや……謝らなくて良いよ。実はそう云う事が出来るんじゃないかって、ちょっと疑ってたんだ。ほら、俺がここに来た時に、ミシャは『その人間が?』って云ってただろ。その前に隊長さんが独り言云ってたから、もしかしてって思ってたんだ」
ミシャはそれを聞いて椅子に再び腰を下ろし、かと思えば両腕を前に伸ばして机に突っ伏する様にした。
「なーんだ、ばれてたのかー。いや、でも、悪意があって黙ってたとかじゃないんだよって云いたくて。明らかに非力そうに見える私と二人っきりになった途端にダイチが豹変しないかとか、口を滑らせないかとか、つまり警戒してたんだよね。でもそう云うのが無かったから、途中から報酬の話にシフトしたってワケ」
成程、と納得する。納得していると、背後のドアが開いてオンと他の隊員達がやって来た。
「決まりだ、ダイチ。我々はお前達に力を貸そう」
俺は慌てて立ち上がった。オンが握手を求めて来る。
「……本当に良いんですか」
「お前の人柄が決め手だ。お前は嘘を吐かず、真摯で、そして打算もあった。信用出来る」
「……宜しくお願いします」
俺達は固い握手を交わした。
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