23.依頼

「悪いが、ミシャが来たら部屋に防音と侵入不可の魔法をかけさせてもらうが良いかね。精査前の情報を誰かに聞かれる訳にはいかないから」

「分かりました」

 向かい側に座りながら提案するオンに頷く。数分、沈黙が少し居心地悪く感じたが、待っているとミシャがお茶を三つ持ってやって来た。こっそり安堵の溜息を吐く。オンは少し威圧感があって、正直云って怖いのだ。息が詰まってしまう。

「では、早速話を聞こう」

 お茶が俺の前、オンの前へと置かれ、ミシャが最後のお茶を持ってオンの隣へと腰かけた。

 するとオンは持っていた杖をついと軽く動かす。きん、と一瞬耳鳴りがして、何となく空気が変わった様な気がした。これが防音と侵入不可の魔法だろうか。

 俺は言葉を間違えない様に気を付けながら、正直に話し始めた。

「正確には俺は旅人では無いのです。助けを求めて別の世界からこの世界へやって来ました。と云うのも、この世界の、恐らくジャンドゥハの兵と思われる者達が二十名程、こちらの世界の妖精の国へ攻め入って来たのです。ケット・シーと云う猫の妖精の国王様が攫われ、彼は何とか助け出したのですが、奴らの狙いはレプラコーンと云う妖精が知る宝の壷の在処で……このままでは、再びケット・シーの国が襲われるか、他の妖精達が襲われるか……」

 そこまで云って、一度息を吐く。オンは酷く難しい顔をしていて、その表情のままミシャ、と隣に座る彼女に声をかけた。

「嘘は云ってないよ」

 思わず目をぱちくりとさせる。

「分かるんですか」

「私の固有能力でね。嘘を吐いているかどうかが分かるんだ」

 ミシャはそう云ってお茶を啜った。

 本当の事を話して良かったと心底安堵する。

「君の世界で奴らに対応は出来ないのか」

 オンに問われ、俺は何と云ったものか数秒思案してから口を開いた。

「妖精達には戦う準備がありません。人間は妖精とは違う世界に住んでいると云うか……好きに行き来が出来ませんし、そもそも殆どの人間が妖精を認識していないのです。そんな人間達に、妖精が困っているから戦ってくれとは……信じてもらえないでしょう」

 自然と顔が下を向く。思わず溜息が漏れた。

「君はどうやって行き来している? どうやってここへ来た」

「俺には夢渡りと云う能力があります」

「夢渡り?」

 ミシャが首を傾げる。が、オンは知っている様で成程と頷いた。

「夢を渡ってどんな世界へも行けると云う、あの夢渡りか」

「らしいですね。俺も最近知ったのですが」

「どうりで、異世界の者であるのに言葉が通じる訳だ」

 そうなのだ。国が違えば言葉も違って当然であるのに、俺はケット・シー達との会話も、この世界の人達との会話も、問題無く行えている。それもどうやら、夢渡りと云う能力の特性らしかった。

「しかし、どうして我々エディラの兵に助けを求める?」

「夢渡りで、助けてくれる人の元へと願ってこの街へ来ました。聞いたところによると、エディラはジャンドゥハと戦争中だそうですね。そのジャンドゥハが、異世界の宝を手に入れるのは、エディラにとっても良くない話ではないですか」

 ふむ、とオンが腕を組む。

「妖精の国に来ているのは二十名程です。どうして宝の事を知ったのか、こちらの状況をどれだけ知っているのかは分かりませんが、恐らく戦う用意が無い事も知っていてその人数なのでしょう。奴らは人間、それも夢渡りが妖精の味方をしている事を知りません。だから、今なら、エディラの力を借りられれば、簡単に叩く事が出来ると思います」

「それはそうだろうな」

 ちらり、オンがミシャを見る。嘘は云ってないよ、と先と同じ言葉をミシャは繰り返した。オンが唸る。

「魔法を使えばそちらの世界の妖精の国へ行くのは簡単だ。兵力が分かっている点からしても我々の有利に事を運べるだろう。確かにそちらの世界の宝を手に入れられるのはこちらにとっても良くない」

「じゃあ、」

「だが、俺の一存では決められない。少し時間を貰えないか」

「……どれくらい待てば」

 オンは腕を組んだまま少し首を傾げ、ちらりとミシャを見る。ミシャもちらりとオンを見て、それからオンは俺に向き直った。

「日が暮れ切るまでには結論を出そう。ここで待っていてくれ」

 そう云うとオンは、俺が頷くのを待って、また杖をついと動かした。ぱっと耳の奥で何か小さく弾ける様な感覚が起こる。魔法が解かれたのだろう。オンは杖を持って部屋をあとにした。

 ミシャは、

「話し相手になってあげる」

 と、冗談めかしてその場に残った。見張りの意味もあるのだろう。

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