21.両替

「あんたが旅人かい」

 嗄れた声だった。男とも女ともつかない声だ。

「ああ。両替屋って、こっちの通貨にこれを替えてもらえるのか」

「ええ、ええ。金なら問題無く替えられますよ。どれ程かね」

 両替屋の顔は辛うじて口元が見えるくらいだった。深い皺が見える。声も合わせて考えるに、結構な歳なのだろう。

 俺は女王から預かった金子の五分程を出して、

「一先ずこれを頼みたいんだが」

 と云うと、両替屋は明るい声を出した。

「これはこれは。随分と景気の良い旅人さんだ。まずは重さを計らないとね……テーブルを一つ借りるよ」

 両替屋はそう云うと近くのテーブルに手に持っていた大きな巾着袋から上皿天秤を取り出して置いた。そして上皿の片方に俺が渡した金子を置くと、また巾着袋から今度は手のひらサイズの箱を取り出し、その中から黒い小さな豆粒の様な物を取り出してもう片方の上皿に数を数えながら置いていく。

「この重さなら金貨六枚と銀貨五枚、銅貨が六枚ってところだね。ああ、ちなみに銅貨が十枚で銀貨一枚、銀貨が十枚で金貨一枚だよ。この店ならそのウイスキーが銅貨六枚だよ。安宿なら銀貨二、三枚ってとこだね」

 日本ならバーで飲むと一杯千円前後だった筈だ。以前父が云っていた、店で飲むより家で飲む方が安いだのなんだのと。ホテルの方は安いドミトリーやカプセルだと二、三千円だと就活中の姉から愚痴ラインが来ていたっけ。金がかかって仕方が無いので、削れる所として宿代をケチった結果、ろくに眠れなかったとか。

 それらから考えるに大体銅貨一枚百円と少し、と云う所だろう。と云う事は女王から預かった金は日本円換算で……百万以上!? そんな大金…き、気を付けなくては。

「それで良いかね」

「あ、ああ。それで良いよ」

「ええと、金貨が六枚、銀貨が五枚、銅貨が……はい、六枚。袋はおまけだよ」

 そう云って布袋に入れた硬貨を差し出して来る。俺は礼を云ってそれを受け取った。

「両替屋の店はどこかな。また訊ねるかもしれないから」

「私は店を構えている訳じゃ無いんだ。私自身もあちこち旅していてね、今日は偶々ここに居たんだ。ここは色んな世界のもんが来るからね、私以外にも両替屋は居る。その都度探せば良い」

 両替屋は天秤や豆をしまいながら云う。俺はそうか、と云って、店を出て行く彼(彼女?)を見送った。それからミランダと呼ばれた犬の獣人に、両替屋を呼んで来てくれた礼として銀貨を一枚渡す。バーテンは、だったら俺が呼びに行けば良かったよ、と残念そうに云った。

「じゃあ、バーテンさん。少し話を聞かせてよ。そしたら銀貨……話の内容によっては金貨をあげても良い」

「へえ、気前の良い旅人さんだ! 何が聞きたい」

 俺はこの辺りの事と、最近変わった事が無いかを訊いた。

 この世界には幾つかの国があり、今はその内の二国が戦争しているそうだ。ここはその二国の内の片方、エディラ。そのわりに平和そうに見えるのは、もう長い事戦争が続きここ暫くは睨み合いが続いている状況で、直接的な戦闘行為が殆ど行われていないからだと云う。また、兵力的にも魔法力的にも財力的にも、大国であるエディラの方が優勢だからと云うのもあるそうだ。あとは海を挟んでいるので、海上戦がメインになる為あまり内陸の方には戦火が及ばないらしい。

 もう一方の国はジャンドゥハと云う小国で、位置的にはエディラの近くにある幾つもの島からなる国だそうだ。水産資源やレアメタルが豊富に採れる国らしく、周囲の強国に常に狙われているらしい。今はエディラと戦争状態にあるが、いつ他国からも宣戦布告されるか知れない状況なのだと云う。兵力的にも魔法力的にもエディラや他国に劣るが、兎に角資源が豊富でどうにも攻め落とせないのだと云う。

 しかも戦争を仕掛けたのはジャンドゥハの方だと云う。何でもジャンドゥハはエディラとは反対側に位置する国と当初戦争しており、それに勝って勢い付いてエディラにまで攻め込んで来たのだと云う。

「魔法がある世界なんだな。俺が元居た所は魔法なんて無い、が共通認識だったから何だか新鮮だよ」

「それなのに旅人をやっているのかい」

「魔法は無くても不思議はあったって事だな」

「成程」

 そんな会話を挟みながら、更に話を聞く。

 変わった事と云えば、ジャンドゥハの兵が余所の世界へ遠征しているらしい、と云う噂話が流れている事だった。この戦争の最中にそんな事する訳が無いだろう、と、殆どの者が笑い飛ばす様な噂だが、バーテンはジャンドゥハが何か企んでいるのでは、と睨んでいると云う。

 俺はピンと来た。

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