20.大人ぶる

 沈黙が流れる。女王は俺の答えを待っている。云わなければ。何か……どうするべきなのか。俺達に何が出来るのか。

 ふっと、頭の中に、白い部屋が浮かんだ。金色の扉が一つ。望む世界へ導いてくれる。

「……俺が、奴らの世界へ行って来ます。そこで権力のある人間に会って、奴らを何とかしてくれる様に話します」

「話の通じない奴だったら? そもそもその権力者が、奴らを嗾けたんだとしたら?」

「それは……」

 言葉に詰まってしまう。また下を向いてしまう。ぐるぐる考えを巡らせて、俺はまた顔を上げて女王を見た。

「国や、世界を代表してやって来たのだとしたら、規模が小さ過ぎます。多分、組織で動いていたとしても、そう大きな組織ではないと思います。必ず奴らのグループより大きく、力のあるグループがあります。そこに協力を仰ぎます。……異世界の人間のやった事は、異世界の人間にケツを拭かせます」

「あっはっはっ!」

 俺の云い方が面白かった様で、女王は思わずと云った調子で声を上げて笑った。

「ああおかしい。……どうやって異世界へ行く。どうやってその組織に辿り着く。時間はあまり無いぞ」

「俺は夢渡りです。望んだ場所へ行けます。ベッドを一つ貸してください。絶対に、約束を取り付けて来ます」

「そうか、お前は夢渡りだったか。成程成程……面白い。お前に任せよう。……一人で大丈夫なんだな」

「夢渡りに他者を連れて行けるか分かりませんし……俺一人なら、敵意の無い証明になります」

「任せるぞ」

「はい」

 俺はコナーに案内され、客室の一つへと連れて行かれた。そこで軽食を貰って食べてからトイレとシャワーを済ませる。

「無理はするなよ。やばいと思ったらすぐに戻って来い」

 そう何度も会った訳ではないが、毎度軽い調子だったコナーが珍しく真剣にそう云ってきた。俺は一つ頷くと、表に居るから、と云う彼に礼を云って部屋に一人籠った。

 女王から授けられた銀のナイフを尻ポケットに、そして与えられた路銀を手にふかふかのベッドに横になる。気持ち良い。疲れた体が解れる様で、俺はいつの間にか眠っていた。

 そこは金色のドアが一つある、白い部屋だった。ドアノブを握る。意を決して、捻った。

 路地裏だった。俺はドアを閉めると、周囲を見回した。すぐそこに広い道がある様だったのでそちらに行く。そこは、西部劇に出て来そうな街だった。地面は土、家屋は木造。だが、通り過ぎる人々が異様だった。一つ目、三つ目、三メートルありそうな巨体、猫や犬やトカゲが人間サイズで二足歩行している、翼のある者、エトセトラ。所謂亜人達が大勢居た。見た感じ俺と同じ様な普通の人間も居るが、どちらかと云うと少数と云った印象だ。

 でかい者が居るからか建物も大きな物が多く、自分が小人にでもなった様な気になって来る。ケット・シーの街と真逆の印象だった。

 俺はすぐ横に酒場がある事に気付いて、そこに入ってみた。情報収集と云えば酒場だろう、と云うゲーム脳が出てしまった。

 カウンター席について、少し悩んで

「あまり甘くない酒が良いんだが」

 とカウンターの向こうに居るバーテンに声をかけた。バーテンは猫の獣人で、俺をちらりと見ると、

「カクテルで良いかい。それともウイスキー?」

「……じゃあ、ウイスキー。ロックで」

「シングル? ダブル?」

 辛うじて分かる注文をしたら、分からない言葉が返って来た。何だ、シングルとダブルって。何となくシングルの方が度数が少なそうだ、と云う直感を得て、俺はシングル、と言葉少なに答えた。

 出て来たのはグラスに大きな氷と、指一本分の幅程度の酒が入った物だった。

 恐る恐る、しかしそれを悟られない様にグラスを手に取り、舐める様に一口飲んだ。口の中にアルコールが広がって、苦い様な甘い様な何とも云えない味に顔を顰めそうになるのを何とか堪えながら、飲み下した。喉がかっと熱くなる。

「あ、そうだバーテンさん、俺色んな世界を旅してるんだけど、ここの通貨ってこれで大丈夫かな」

 俺は女王から渡された金子を一つ取り出して見せた。それは大抵どこの世界でも使えるだろう、金の粒だった。

「へえ、お客さん旅の人かい。それだったら……おい、ミランダ。両替屋を呼んでやれ」

 バーテンさんがカウンターの外で接客していた女性に声をかける。彼女は犬の獣人だった。何だここは獣人バーか。

「はい。お客さん、少々お待ちくださいね」

 そう云って彼女は店の外に行くと、数分後に戻って来た。後ろには背が低く、ぼろいローブを身に纏って顔をフードで隠した、多分男だろう人物がついていた。

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