19.どうすべきか

「引けーっ!」

 林に入って幾らか進むと遠くから声がした。妖精達が撤退するのだろう。何とかミッションはこなせた様だ。俺とクー・シーは少し足を速めて、けれどもなるべく国王様の負担にならない様に進んだ。城までは歩くと少し距離がある。辿り着くまで安心は出来ない。奴らはきっとすぐに追って来る。

「追い付かれる前に城に戻らないと」

「大丈夫だ。先程結界の中に入った、簡単には追って来れまい」

 国王様が云う。

「結界ですか」

「ニンゲンに分かり易い云い方をするとな。妖精女王の城には、決まった順路を通らねば辿り着けんのだよ」

 俺はほっとした。

「国王様、脚を折られた以外は何もされていませんか。頭を強く殴られたり、腹を蹴られたりとか……」

 国王様が少し笑う。

「大丈夫だ。脚を折られたのも逃げられない様にと云う理由からだろう。この血も……私のものではない」

 そっと国王様の顔を覗くと、彼は悲し気に色の違う両目を伏せていた。死んでしまった臣下達を偲んでいるのだろう。俺の胸も痛んだ。

「ダニエルも心配していました。オーエンとダヒは泣く程で……自分達が国王様を守らなきゃならなかったのにって」

 そう云うと、国王様はまた小さく笑った。

「嬉しいのう。だが、国民を守るのが王の役目だ。果たせて良かったと思っているよ。……守れなかった命も、多かったが」

 しん、と空気が重くなる。俺達はそこから無言で城を目指した。

「国王様!」

 城に着くとエミリーが駆け寄って来た。側には甲冑なので区別がつかないが、多分コナーだろう妖精が居た。

「ああ、お労しい……クー・シー、こちらに運んで。国王様の手当てをしなくては」

 エミリーに促されて国王を乗せたクー・シーが城内へ入って行く。俺はコナーに連れられて謁見の間へと向かった。

「妖精側の兵に被害は無かったですか。クー・シー達も無事ですか」

 歩きながらコナーに問う。するとコナーは陽気な声で、

「ああ、大丈夫だよ、ダイチ。軽傷者は居るけど、大きな被害が出る前に撤退したからね。救出が間に合って本当に良かった」

 俺は深い安堵の息を漏らした。コナーが励ます様に背中を優しく叩いてくれた。

 安堵した俺は、また怒りが湧いて来る気持ちだった。めらめらと胸の辺りが燃える様な心持ちだった。奴らを何とかせねば。また誰かが襲われ、殺されるかもしれない。否、確実にそうなるだろう。何とかせねば。……何とかって、どうすれば良い?

「面をお上げ」

 考え込んでいる内に謁見の間で俺は頭を下げていた。女王の声で顔を上げる。女王は満足げな顔をしていた。

「良くやった。期待通りの働きだったぞ、ダイチ」

「ありがとうございます。……あ、これ……」

 俺はズボンの尻ポケットからナイフを取り出して返そうとした。だが女王は首を横に振った。

「それは今回のお前の働きへの褒美だ。そのまま持っておくと良い」

「ですが、」

「私に、一度出した物を引っ込めろと云うのか」

「……有難く頂戴致します」

「それで良い」

 うんうんと頷く女王。俺は再び尻ポケットにナイフを戻した。それを見届けると女王はふと真剣な顔をした。

「それで、ダイチ。どう思う」

「どう、とは……」

「異世界から来たと云うニンゲン共だ。どうしたら良いと思う」

「それは……」

 どう答えるべきか分からなくて、俺は思わず顔を下に向けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る