18.国王奪還
クー・シーの背中にしがみ付いて辿り着いたのは綺麗な丘の袂の側にある林だった。昼間であればピクニックにぴったりだっただろう。今は夜明け前で暗く、自分の足元を見るのも難儀する程だった。
俺はクー・シーの背中を降りると彼の顎を撫でた。
「ありがとう」
クー・シーはまたごろごろと喉を鳴らす。その目は、ついて行くと云ってくれていた。頼もしい。
林から様子を窺う。丘の袂には報告通りテントが六つあった。側には馬が繋がれており、松明の明かりが煌々としていた。外には何人か見張りらしき甲冑姿がある。
俺達は出来得る限り身を低くして、辛抱強くタイミングを待った。
やがて東の空が赤く染まり始める。オレンジから夜闇のグラデーションが、溜息の出る程に美しかった。こんな状況じゃなければ感動していただろう。段々と空が明るくなっていき、暗かった空は青みを帯び始め、いつしか太陽が覗いた。
途端、テントの辺りが騒がしくなる。クー・シー達と、甲冑に身を包んだ妖精らしき人影達が、わっとテントの方へ押し寄せて行くのが見えた。テントから一人また一人と見張りと同じ甲冑に身を包んだ者達が出て来て、対応を始める。
俺はクー・シーと顔を見合わせて頷き合うと、なるべく足音を立てない様に駆け出した。
テントは大きな物を頂点に円を描く様に設置されており、俺達はその大きなテントの後ろに貼りついた。
「報告します! 大型の犬と兵士達が攻めて来ました!」
テントの中から話し声が聞こえて来る。
「ケット・シーの兵共は殺した筈だ。それに非戦闘員もそうすぐ動ける様な状態には無かっただろう」
「攻めて来た兵士達は人間サイズです。どうやら援軍と思われます」
「思っていたより動きが早いな。数はどれ程だ」
「ざっとですが犬が二十頭、兵士も二十程と思われます」
「俺達も出よう。さっさと無力化するに限る」
その言葉を最後に、がしゃがしゃと甲冑の擦れる音と足音がして、テントを開ける音がし……静かになった。俺は用心して五分程待つ事にする。焦りがあったから、実際は二、三分だったかもしれないが。物音はせず、戻って来る気配も無い事から、女王から預かったナイフでテントを裂き、クー・シーに見張りを頼んでそっと中へ忍び込んだ。
「国王様……国王様、いらっしゃいますか」
テント内は外から見る以上に広かった。ハリー・ポッターの魔法のテントを思い出す。あいつらは異世界の人間だと云っていたから、もしかしたら魔法も使えるのかもしれないと思った。だとしたら急がねば。被害が出る前に引くと女王は云っていた。敵の兵力が出かければでかい程、引くタイミングは早いだろう。
「国王様、国王様」
「む……その声は、ダイチか」
か細い声が聞こえて来た。俺ははっとして声のした方を見遣る。国王様が無造作に寝かせられていて、見れば縛られていた。慌てて駆け寄り、銀のナイフでロープを切る。
「大丈夫ですか。助けに来ました。妖精女王が兵を出してくれて、今外で奴らを引き付けてくれています」
そうか、と応える国王様は、白い毛が血と泥とで汚れて酷い有様だった。けれど大きな怪我は無さそうで安堵する。見た目で分からないだけで、例えば腹を殴られていて内臓にダメージが……となると、素人が見ただけではどうか知れないが。
「立てますか」
「脚を折られた……すまんが運んでくれるか」
「……分かりました」
泣きたい気持ちだった。こんなに優しい国王様に、なんて酷い事をするんだ。そう思うと怒りも湧いて来る。
奴らはレプラコーンが場所を知る宝が目当てだ。今こうして国王様を助け出しても、また襲って来るかもしれない。他の妖精達を襲うかもしれない。……殺すべきなのではないか。そう思った。だが手段が無い。それに今は国王様を連れ帰る事が優先だ。俺はぶんぶんと首を左右に振って物騒な考えを追い払うと、国王様を抱えてテントを出た。
「クー・シーの背中に乗ってください。林の中に逃げます」
俺はクー・シーの背に国王様をそっと乗せると、なるべく揺らさない様にゆっくりと林の中へ入って行った。未だ戦いは続いている様で喧騒が聞こえて来る。どん、とか派手な音もしたから、やはり奴らは魔法でも使えるのかもしれないと思った。
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