17.銀のナイフ

 謁見の間で俺とエミリーは片膝をつき首を垂れていた。暫くして、女王陛下のおなーりー!と大きな声がして、かつかつとヒールが床を蹴る音が聞こえて来た。

「面をお上げ」

 威厳のある声だった。思っていたより若そうな声である。

 隣のエミリーが顔を上げるので、俺もゆっくりと顔を上げた。

 深い緋色の髪と瞳、ドレスまで深紅で、肌は透き通る様に白く、彼女は美しかった。思わず息を飲む。彫りの深い顔立ちに、長い髪は艶やかで、身長は百七十以上ありそうだった。

「話は聞いたよ。すぐに追跡にクー・シーをやった。念の為レプラコーンの里にもクー・シーを何匹かやったから、安心おし」

 安堵の溜息が漏れる。

 けれど、と彼女が語を継ぐので、きゅっと心臓を握られた気がした。

「私達は戦い慣れしていない。向こうは武装していると聞いている。……正直に云おう、ケット・シーの王を助け出せる可能性は高くない」

 さあっと血の気が引いた。

「だから、」

 女王は、不敵に笑って俺を見た。

「お前がケット・シーの王を救い出せ」

 その言葉にぽかんとする。意味を理解するのに数秒、理解した途端呼吸が震えた。

「……は、」

 俺が? 武装している連中相手に、国王様を助け出すだって?

「お、俺だって素人です。俺の国日本はここ何十年も平和で、徴兵制度も無いし、俺は何の訓練も受けていない、ただの一般人です」

「だが、奴らはニンゲンがこちら側に居るとは知らない。その点を突くしかないのだ。クー・シーが奴らを相手にするが、相手の数も数だ。隙があれば人質を盾に取られるだろう。クー・シーが突っ込み陽動するから、裏から回ってケット・シーの王を取り戻せ」

「ですが……」

 俺にそんな事が出来るのだろうか。相手は武装している。剣を持っている。その剣で斬り付けられたら? 最悪死んでしまう。

 女王はじっと俺を見ていた。その瞳は力強く燃える様だった。彼女は、俺がはいと云うのを待っている。否、はいと云うと信じている。そう思えた。

 国王様は、俺を暖かく迎え入れてくれた。ケット・シー達は俺を歓迎してくれた。だから俺は、俺の意思で。彼らを、国王様を助けたい。

「……分かりました。出来得る限りの事をします」

「ありがとう、ニンゲン」

 女王が柔らかく笑んだ。

「女王様! 偵察のクー・シーから報告が!」

 突然、背後の扉がばんと開いて入って来た妖精が声を上げる。

 女王が話せ、と云うと、はっと返事をして彼は報告を始めた。

「奴らは妖精の丘の側で野営をしている様です。テントが六つあり、ケット・シーの王は中央の一番大きなテントでリーダー格の者とサブと思われる者と居り、王は未だレプラコーンの里の場所を云ってはいない模様です」

「あの王は、自らの命がかかった場面であろうと、レプラコーンの里の場所は明かすまい」

 女王は目を細めて半分呟く様にそう云った。

「クー・シーをこの者に。ニンゲンよ、その背に乗って奴らの元まで行くと良い。夜明けと共に攻め入る。そしてこちらに被害が出る前に兵を引く。そのタイミングを逃すなよ」

「はい」

「それから……おい」

 女王が側に控えていた妖精に声をかける。するとその妖精が手に何やら台座の様な物を持って俺の元へ来て、それを恭しく掲げた。

 台座に乗っているのは細かな装飾が施された鞘付きのナイフだった。

「それを持ってお行き。護身用にはなるだろう」

「……ありがとうございます」

 俺は少し気後れしながら、そっとナイフを手に取った。恐らくは銀製だろう。銀は魔除けになるから、恐らくお守りの意味も込められている。俺はぎゅっとそれを握り締めた。

 俺は報告に入って来た妖精に案内され、俺を連れて行ってくれるクー・シーの元へ行った。

 クー・シーは言葉を発せない様だった。だが不思議と目を見ると何を思っているかが何となく分かる。俺は彼の顎の辺りを撫で、

「宜しく頼む」

 と、声をかけた。彼は返事をする様に喉をごろごろと鳴らした。

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