16.女王の城
「どうするべきか……この何百年も、妖精の世界で戦争などの争いは起きませんでしたから」
神話の時代は妖精同士、時には人間とも揉め事があったそうだが、今はそんな事も無く平和に過ごしていたところに今回の騒ぎだ。ダニエルはほとほと困った様子だった。
「兵士達は最後まで抵抗したのでしょう、皆死んでしまいました。我々には国王様をお助けする手段が無いのです」
俺は顎に手を当て下を向いた。
確かに兵力が無くては国王様を助け出す事は難しいだろう。
「他の妖精達に協力を仰ぐ事は出来ないのか」
「それは……、しかし、どこも戦う用意は無いでしょう」
「クー・シーと云う妖精は? 彼らは妖精の丘へ侵入した人間を追い立てるんだろう。子牛程の大きさがあるって話じゃないか。戦えないのか」
今度はダニエルが下を向いて考え込んだ。
「確かに彼らなら戦えるでしょう。しかし彼らを管理するのは妖精の女王です。女王の管理する丘に繋がれています。女王の許可を得るのは、簡単ではありません」
「時間がかかり過ぎるって事か。国王様の無事の為には、あまり時間はかけられないんだが……」
「妖精の女王になら、わたくしが取り次げます」
不意に上がった声に、俺達は周囲を見回した。侍女であるシャムっぽいケット・シーのメスがよろよろと上体を起こした。頭部に包帯を巻いている。
「我が国で採れる蜂蜜を、女王に納めているのです。それも直接。わたくしの仕事の一つです。女王は慈悲深いお方。きっとお力をお貸しくださいます」
「それには、俺もついて行けるか? それともダニエルの方が良いか」
どちらにせよ二人共自力での歩行は難しい。俺がついて行けるのが一番良いのだが。
「ダイチ様にご同行頂いた方が宜しいかと。……戦については、何百年も平和ボケしたわたくし達より、ニンゲンの方が多少は詳しいでしょうから」
ヒトの歴史は戦争と共にある。そう思われても仕方が無い。
「確かに女王は慈悲深いお方です。我らが国王様の様にフランクでもある。ニンゲンの事を嫌いではない。しかし少々気難しいお方です。決して、言葉選びを間違えられませぬ様に」
心配してくれるダニエルに、俺は頷く事で答えた。
「オーエン、ダヒ。みんなの事を頼むな」
「任せろよ、ダイチ」
「安心して行って来て、ダイチ」
俺は侍女であるケット・シーを背負うと城を出て、裏門から街を出て、侍女に云われるがままに進んだ。暫く行くと巨木があり、根元にぽっかりと穴が空いていた。
「この中に入るのか」
ケット・シーなら快適に進めるだろうが、俺には少し狭い。背負っているケット・シーを降ろすとお姫様抱っこに切り替え、腰を屈めて穴に足を踏み入れた。
五メートル程進むと道が広くなる。普通に立って歩けるくらい天井が高くなり、横幅も人間が三人並べるくらいになった。俺は再びケット・シーを背負い、分かれ道では彼女の指差す方向に従って更に進んだ。
光源は不思議な光る苔とキノコ達で、人間の目は殆ど役立たずになった。ケット・シーでなければ進めない道だと思う。
暫く進むと上り坂になっている道に出た。ケット・シーに云われてその坂を進むと、そこはまた巨木の根元にある穴だった。狭いので再びケット・シーをお姫様抱っこして外に出る。星明りが眩しかった。
周囲を見回すとそこは城の裏手だった。豪奢な城だ。白く美しい。天高く聳えている。思わずぽかんと口を開けて城を見上げた。
「コナー!」
ケット・シーが声を上げる。彼女の視線の先を見ると、裏門に甲冑姿の人があった。多分、彼も妖精なのだろう。名前を呼ばれた彼は、少し周囲を見渡し俺とケット・シーに気付くと、がしゃがしゃと甲冑を鳴らしてこちらに向かって来た。
「エミリーじゃないか。どうした。そいつはニンゲンじゃあないか。いつからニンゲンがケット・シーの恋人になったんだ」
「もう、冗談を云っている場合じゃなくってよ。大変なの」
エミリーが手短に事情を話すとコナーは驚いた様な仕草をして、そりゃ大変だ!と叫んだ。
「女王様に取り次ぐから、急いで、こっちこっち」
コナーに呼ばれ、俺はケット・シーを抱いたまま城内へ入った。
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