10.思案

 宿題が終わったのはこの季節もう早朝と云っても良い時間だった。今からじゃ精々二時間程度しか眠れないだろう。俺は少し悩んだが悩んでいる間にも時間は進んでしまい、結局睡眠を諦めて顔を洗い、着替え、冷めた生姜焼きをレンジでチンしてもそもそ食べた。

 そうしている内に母が起きて来て、朝食の用意を始める。次に父が起きて来て、玄関から新聞を拾って来る。俺はと云うと、今後どうするかを考えていた。

 約束した以上、今夜もケット・シーの国へ行くつもりでは居た。だが、それ以降は? 毎晩あの国へ行くつもりなのか、俺は。

 国賓として扱ってくれると云っていた。悪意は感じなかった。オーエンもダヒも良い奴で、国王様だって優しかった。他のケット・シーも、きっと良い奴らなんだろう。

 現実逃避には持って来いだと思った。だが、毎日行くのは彼らにも負担だろう。週に一回とか、適度な距離感と云うか……気遣いは必要だ。

 行く度にオーエンとダヒに迎えに来てもらうのも悪い気がした。国の場所はもう分かっていたし、二度目に行った時池の畔に出た事から考えて、多分国のすぐ近くにドアは出現するだろう。そうでなくても場所が分かっているのだから一人で行ける。

 そうだ、俺は好きな時にあの場所へ行けるのだ。不思議な、二足歩行の猫達の国へ。

 今更になって、そんな非現実が俺にとっての現実に起こっているのだと実感して、身震いする様な思いだった。

 登校までまだ少し時間があった。俺は自室へ引っ込むとノートパソコンを立ち上げ、ケット・シーについて調べる事にした。だが、まともな文献が見付からない。精々ウィキペディアくらいだ。

「クー・シーってのも居るのか。そっちは犬の姿をしている……?」

 ケット・シーのページにあった単語を辿る。牛並みに大きく、妖精達の番犬とされているらしい。人間を襲う事もあると書いてあって、俺は先とは別の理由で身震いした。

「まあ、でも、俺は国賓だし……お客様だし……あの国やその周りにクー・シーは居ない様だったし」

 大丈夫だろう。……多分、恐らく、きっと。

 妖精の丘や、他にも知らない単語が幾つも出て来た。だが、全部調べている内に遅刻しそうだったので、パソコンを落して家を出る事にした。

 朝食が早かったので、途中コンビニに寄っておにぎりを買う。早弁用だ。

 SHRと一時間目をやり過ごし、おにぎりをぱくついていると、前の席の奴が俺を振り返った。

「何だ、朝飯食いっぱぐれたのか。寝坊か。夜更かしか?」

 ナニしてたんだよ、と揶揄い口調で云われる。俺は口の中の米粒を咀嚼し嚥下して、

「逆。早起きし過ぎて朝飯早かったから。腹減っちゃって」

「ふーん。ま、良いけど。次移動だから、急いだ方が良いぞ」

「ん、そうだっけ。ああ理科室だっけか」

「そ。白衣忘れるなよ」

「オーケイオーケイ」

 今日の理科は実験なので、白衣を着用しなくてはいけないのだ。野暮ったいシルエットの、ダサい白衣。某アリエナイ先生みたいな、とまでは云わないが、もう少し何とかならないだろうかと思う。ウエスト部分を少し引き絞るとか。しかも結構良い値段するし。

 制服、ジャージ、白衣、実習着……どれだけ金をかけさせるんだこの国の教育は。制服や白衣、実習着は仕方無いかもしれないが、ジャージって。それくらい生徒の自由にさせろ。

 俺は少しむかむかしながら、理科室へ向かった。

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