8.会食

「……美味い」

 肉料理を選んで食べてみた。慣れない味だが、美味い事は確かだった。

「これも美味いぞ」

 オーエンがそう云って、ポトフの様な具沢山のスープ的な物を注いだ皿を差し出して来る。

「アイリッシュシチューだ」

 聞いた事はある。

「どれどれ……」

 口へ運ぶと肉には独特の匂いがあった。だが、ラム肉に慣れている俺には美味しく感じられた。

「美味い。これ、羊肉か」

「へえ、良く分かったな」

「そう、これはマトン料理だよ」

「俺が住んでいる土地では、ラム肉を結構食うからな」

 談笑しながら食べる。国王様の方を窺うと、従者が取って来た料理を上品にフォークやナイフ、スプーンを使って食べていた。

「楽しんでいるかね」

 さてそろそろデザートを、と思った時、国王様が声をかけて来た。

「は、はい。とても」

「そう緊張するな。と云っても難しいか」

 にこにこと国王様は云う。

「ダイチよ、訊きたい事があるだろう」

「はい……あり過ぎて、何から訊けば良いか分からないくらいには」

 ふぉっふぉと国王様が笑う。

「何でも訊くが良い」

 少し考える。

「……では、先ず一つ。ここは、夢の中ではないのですか」

「ふむ……」

 国王様は顎の辺りの毛をふわふわと撫でながら少し考え込む様な仕草を見せた。

「ここは、妖精の世界だ。現実世界とは一応、繋がってはいる。だが、誰でも入れる訳ではない。時々ひょっこりニンゲンが迷い込む事はある。お主の様な夢渡りはごく少数だがな」

「夢渡り?」

「夢を渡る能力、もしくはその能力を持つ者の事だ」

「こうしている間、俺の体はどうなっているか分かりますか」

「肉体ごとここに来ていると思って良い」

「肉体ごと?」

 どう云う事だ。俺は確かにベッドで眠ったと云うのに。肉体ごとここに来ている?

 俺が戸惑っている事が分かったのだろう、国王様は一層優しい声で話す。

「世界は不思議で満ちておる。そう云うものだと思いなさい」

「は、はあ……」

 釈然としないが、納得するしかなのだろう。

「では、夢渡りについて詳しく教えてください」

 国王様はまた顎の辺りの毛を撫でながら、ふむ、と考え込む。

「……私達も良くは知らないのだよ。何せ夢渡りをする人間は少なく、こうして妖精の世界に迷い込む者は更に少ないのでな。分かるのは夢を渡り、時には渡ったままそこに永住する者も居ると云う事くらいだ」

「永住、ですか」

 うむ、と国王様は頷く。

「我らがケット・シーの国でも数百年前にそう云うニンゲンがあったと聞く。ここから帰れなくなったのか、帰らなかったのかは分からないが……その人間はケット・シーと冒険に出たと云う記録がある。そしてこの国に戻っては、当時の国王や国民達に、面白おかしく旅の話をしてくれたそうだ」

「冒険……」

 心踊る言葉だ。だが、俺にとっての現実を捨てる覚悟は……。

「ダイチよ。また遊びに来てくれるか」

「それは勿論! でも、昨日も今日も、たまたま来られた様なものなのです。いつ来られるか、本当に来られるのかは……」

「大丈夫」

 知らず下を向いていた顔を上げる。

「夢渡りは望む世界へ導いてくれる。ダイチが望めば、必ずまたここへ来られる」

 国王様は、優しく微笑んでいた。

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