4.期待
家族におはようを云い、顔を洗い、着替え、朝食を食べたのち、俺は学校へ向かった。自転車で十分。その道のりで、漸く夢での出来事を思い返していた。
二匹の、二足歩行の猫達。ケット・シーを名乗っていた。国王様に会わせる、とか云われたが……。
「あれは本当に、夢だったのか」
だが、夢ではないのだとしたら、何だと云うのだろう。
ぼうっと考えている内に学校に着き、授業が始まり、気付けば弁当を食べ終わっていた。
「お前、大丈夫か」
食べ終わった弁当を広げたままぼうっとしていたら、前の席の奴が声をかけて来た。
「……お前、ケット・シーって知ってる?」
「唐突だなあ。何だっけ、長靴を履いた猫?」
「……お前に訊いた俺が馬鹿だったよ」
弁当箱を片付ける。
「何だよ、失礼な奴だな」
もしかしたら、長靴を履いた猫もケット・シーだったのかもしれないな、と考え直しつつも、謝るのも億劫でそのまま机に突っ伏した。前の席から溜息が聞こえてくる。
うとうとする間も無く午後の授業が始まり、俺はまたぼうっと考え事をしながら過ごした。
帰宅部の俺は、放課後真っ先に帰宅した。家には鍵がかかっており、開けて入ると勿論無人だった。両親は共働きだし、祖父母は別居だ。姉は一人居るが、大学に通う為に一人暮らしをしていた。姉は俺と違って頭が良く、生活態度も良ければ要領も良かったので指定校推薦をもぎ取り、奨学金をもぎ取り、バイトをしながら大学生活を送っているのだ。
俺は居間に「昼寝中。晩飯は起こさなくて良い。※食べないとはいっていない。」と書いたメモを置いた。それからシャワーを浴びて部屋着に着替え、自室のベッドに潜り込む。
再びケット・シーに会う事を期待する自分と、会ってしまったらどうしようと怯む自分が居た。
緊張からか中々寝つけずに居たが、窓から差し込むオレンジ色の光に気付いた頃にはうとうとし始めていて、いつの間にかドアのある部屋に立っていた。
服は制服だった。普段は適当な私服なのだが、国王様とやらに会うのだから正装であるべきだと思った。夢の中だからか、服装は俺の自由だった。
そして、ドアは一つ。あの金色のドアだ。どきどきしていた。わくわくもしていた。
ドアノブを握る。深呼吸を一つして、意を決してノブを捻りドアを開けた。さあっと風が吹く。見渡すと、そこは夕べケット・シーに会った池の畔だった。だが、ケット・シーは居ない。
困った。国とやらがどこにあるか、俺は知らない。別れる際に訊いておくのだったと後悔した。
空を見上げる。鳶が飛んでいた。陽は高い。昼前と云った頃だろうか。
「アイルランドとの時差が確か八時間……日本の方が進んでるから、まあ合うっちゃ合うか」
俺は、この夢がただの夢ではないと思い始めていた。夢を通じて異世界――妖精の居る世界へ紛れ込んだのではないか。そう……期待していた。
中二病も良い所だ。一人苦笑する。だが、夕べ会ったケット・シー達は、「ニンゲンにとってここは夢」と云っていた。それはつまり、彼らにとっては夢ではないと云う事で――実際、夢にしてはここはあまりにもリアル過ぎた。
「お! 昨日のニンゲン!」
「あ! 昨日のニンゲン!」
聞き覚えのある声だった。ここは丘になっているらしく、彼らは奥の方からひょっこり顔を出していた。
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