第5話 ポーカーという名➀

「そう言えば、君の本名って何?」


 チャーハンを頬張りながら、ポーカーに問いかける。

 ポーカーは役職名だと彼女は言っていた。彼ら人間の感覚で言うと、私は高校生です、って言っているだけなんだ。ということは、本当の名前があるということだ。


「なんだっけ……?」

「覚えてないの? 記憶喪失か何かか?」

「ううん。それとは違うけど……。長生きしすぎて、忘れちゃった」

「長生きってどれぐらい?」

「むう、女の子にそういう質問はダメだよ」


 頬を膨らませるポーカー。見た目相応な、幼い反抗。


「あ、ごめん」


 慌てて謝罪する。


「まあ、私も自分が何歳かなんて、覚えてないけど」

「覚えてないのかよっ」

「220ぐらいまでは数えたんだけどね。そこからは飽きちゃって」

「あっ、そうなんだ」


 圧倒的に年上だということが発覚し、るいは気まずさを覚えた。


「敬語、使った方が良い……ですか……?」

「ううん。そもそも、生きてる世界が違うもの。アナタだって、自分より年上のネコにそんな言い方しないでしょ?」

「そうだな。じゃあ普通にする」




「無いにしても、何か良い名前はないもんかなあ」


 夕食を食べ終わり、皿を洗い終えたるいは、ポーカーに問いかける。ポーカーは、テレビを食いつくように見ている。


「ポーカーで良いって」


 彼女にとってはどうでもいいことなのか、テレビに意識をとられている。

「でもなあ……ポーカーって君たちの種族の名前だろ? なんというか、呼び心地悪いというかさ」

「むー…………一応、人間用の名前はあるんだけどね」


 言おうか言うまいか悩んだ末、こちらを振り向いてそう言った。


「どんな名前?」

「羽衣原 ゆい」


 少々不満げなポーカー。


「可愛い名前じゃないか! なんで今までその名前を言わなかったんだ?」

「……私は、ポーカーって名前が好きなの」


 少女は、ぽつりとそう言った。


「……どうしてか、聞いてもいいかい?」

「ポーカーは、ポーカーからもらった名前なの」


 立ち上がったポーカーはソファに座る。礼儀正しく足をそろえる白銀の少女。まるで人形のような姿。その表情からは、儚さと幼さが感じられた。


「私をポーカーにしてくれた人が、昔のポーカーなの。私は彼の役目を受け継がせてもらった。それでね、その人はあなたに似ていた。とてもよく。特に、外はねの髪型がね」


 ——ポーカー?


 死神のような少女の第一声。昔のポーカーに見間違えたのか……。


「その人は、命の恩人なの」


 優しく、柔らかな声。その言い方からして、


「良い人なんだな」


 そう確信できた。


「うん、大好きな人」


 いつになく嬉しそうで、どこか……寂しそうな瞳。


「その人は、もういないの」


 冷たい声が、心臓に突き刺さる。


「あ……その……、ごめん……。悲しいこと、思い出させたな」

「ううん、もうずっと前のことだから。それに、だからこそ私は“ポーカー”って名前が好きなんだ」


 可憐で、しかし確かな力強さをその言葉は秘めていた。


「せめて、ポーカーそっくりなあなたには、ポーカーって呼ばれたいの」


 優しく微笑む。そのお願いは、断ろうと思えば断れる、そんな弱さを持っていた。


「そっか……。なら、仕方ないな」


 それでも、るいに断る理由もない。結局、少女の意思を尊重することにした。


「でも同僚からは、ちゃんと仮名を使えって言われるんだよね」


 ポーカーは、足を前後に揺らす。ぶらぶらと擬音が聞こえそうであり、その口調は他人事のようだ。


「別に今さらって感じだけど」


 悪気も無いらしい。

 話終えると、ポーカーは再びテレビに吸い込まれる。


「そんなに好きなのか? テレビ」

「うん! こんなにピカピカで面白いもの、見たことないもの!」


 こうしてみると、無邪気な少女だ。


「もっと離れろー。目、悪くなるぞー」

「はーい」


 妹ができたようだ。まあ、るい自身は一人っ子なのだが。


 


「じゃあ、また明日ね」

「こんな夜遅くに、どこ行くんだ?」

「影痕退治」


 彼女の役目を果たすのだ。


「明日も来るのか?」

「もちろん、あなたを守るのが目的だからね」

「そっか、じゃあ二人分の夕飯を作らないとな。いや、朝と昼もいるのか……。なんにしても、楽しくなりそうだ」


 るいが微笑みを向ける。


「私も楽しみ」


 そんな他愛もない話を終え、ポーカーは窓をすり抜ける。と思ったら、にゅっとポーカーが顔を覗かせる。その上半身だけ窓を貫き、部屋に乗せる。組んだ腕に体重を預け、るいを見つめていた。


「うわあっ!」


 あまりに滑らかに入ってくる様子に、思わず声が出る。


「言い忘れてたんだけど、」


 少女は死神に豹変する。ずっしりと冷酷な声で、釘を差す。


「あなたは、夜に出歩いてはいけないよ」


 要件を済ませたポーカーは、外へ飛び出す。白い身体が、夜に溶けていった。

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