第4話 ポーカーと夜

「それで、昨日の話って、何?」


 家の中。学校帰りの僕を迎えてくれたのは、ポーカーと名乗る少女だった。彼女は昨日のように、窓をすり抜けて入ってきていた。


「私、アナタにお詫びをしたいの。昨日は巻き込んじゃったから」

「いや、というかあれはキミの仕業だったの?」

「“夜”をつくったのは私。多分その影響で身体の調子が悪くなったんだと思う」

「は、はあ」


 いまいち意味が分からず、気の利いた返答もできずにいた。


「その、“夜”をつくるって、どういう意味?」

「ああ、そこからね。私たちポーカーは、疑似的に“夜”を見せることができるんだよ。その気になれば、満天の空だって見せられるよ」


 当然のような口ぶりで説明する。祖母の話が繋がった。


「どうやって? というか、なんでそんなことできるんだ?」

「原理は企業秘密だけど、理由は明白だよ——の気を引くため」

「えいこん? なんだそれ。」


 聞いたことの無い単語だった。


「影の片割れだよ。人間の魂を喰らう化け物。私たちは、それらを退治してるの」


 ——夜に外に出てはいけません。建物に入るなど、姿を隠してください。

 夜は私たちを食べてしまいます。姿を見せたら最後、肉塊になってしまいます。姿を見せなければ助かります。

 皆さんは、日が完全に暮れる前に帰りましょう——。


 ——影痕……僕たちを食べるもの——。


「その影痕ってやつらは、夜型なのか?」

「そうね」


 ポーカーはこちらに身体を向ける。スカートが浮き上がる様はやはりどこか浮世離れしている。その一挙一動にさえ目を離せない。

こんな人形のような子があの“夜”の中で一人化け物を切り伏せていたなんて、どうにも信じられなかった。


「それと、影痕のこととは別に」

 ポーカーは続ける。

「折角のご縁なんだし、アナタ……えっと……」


 少女は一瞥する。名前を伺っているようだった。


「僕は、藤川 るい。“るい”でいいよ」

「“るい”ね。るいを守ろうと思うの」

「はあ」

「私がいるからには、安心してね!」

「はあ」


 状況を飲み込めず、表情は言うまでもなく隠せない。


「あ、大丈夫。部屋とかはいらないから。ご飯も自分で済ませるし」

「いや、そういう問題ではないんだけど……、じゃあ、寝る場所は?」


 戸惑いながらもるいは返答する。対してポーカーは、さも当然といったように言葉を紡ぐ。


「寝なくても生きていけるんだよ。それに……」



「夜は私たちの時間だから」




 一通りの説明を終え、部屋のベッドに腰掛けるポーカー。


「おお、フカフカだ……!」


 そのまま寝転がる。


「ふぃー……、気持ちいいー……」


 湯舟に浸ったかのようなくつろぎっぷりだ。


「えっと……。守るってことは、ずっといるってこと?」

「さすがにそういうわけじゃないけど、できる限りはね~」


 ベッドに絆され、先ほどまでの凛々しさは失われていた。




 藤川 るいは一人暮らしだ。


 実家から離れた田舎の私立高校に通っている。中学は公立だった彼だが、一念発起し、受験に挑んだ。

 今は学校の近くにあるアパートの3階に住んでいる。寮だと高くつくための措置である。


 家に帰っても、誰もいない。彼も分かってはいた。そもそも、彼が私立受験を決心したのは、一種のけじめだったのだ。


 ——それでも、寂しいものは寂しい。


「なあ、もしよければ……ご飯だけでも、一緒に食べないか?」

「なんで?」

「……独りは、寂しいからさ」


 少し考えて、彼女は答える。


「良いよ。あなたといて悪いことはないし」


 るいの表情が光を差したかのように明るくなる。


「そうか……! さっそく準備するから、待ってて!」


 るいは早足で部屋を後にした。取り残されたポーカーは不思議そうな顔をして、るいが出ていった扉を見ていたが、


「あんなに喜ぶようなこと、私言ったかなあ。それにしても、この弾力はすごい……」


 すぐさま意識はベッドに向かった。




 しばらくすると、声が聞こえてくる。


「おーい、ポーカー! こっちに来いよ-!」


 るいの声がする方向へ向かう。廊下を進んで左側から聞こえる。


「残り物で炒めただけなんだけど、食べてみてくれよ」

「これは……何?」

「チャーハンだ」

「ちゃーはん?」

「そ。ご飯とか肉とか野菜とか卵とかを一緒に炒めた料理だよ」

「へえー」

「初めてって顔だな。食べたこと、無い?」

「うん」


 物珍しそうに料理を眺めるポーカー。


「そんなに見つめても意味ないぞー? 食べようよ。 いただきまーす」


 彼の食べる仕草を真似ながら、チャーハンを口に入れる。


 ポーカーにとって、温かい料理というものは、新鮮そのものであった。口の中であふれ出す熱と湯気は、彼女にとって初めてのものだった。その感覚に少々戸惑う。けれど、そのぬくもりは、悪いものではなかった。


「ほくほくしてて美味しい……!」

「そりゃ良かった」


 るいは、そう微笑んで言った。

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