第6話 ポーカーという名➁
「お、時間ぴったりとは、珍しいな」
上弦、半月の夜。
そうポーカーに声をかけたのは、ポーカー仲間で同僚の赤段 なぎ。ポーカーが中学生ぐらいの身体つきであるのに対し、彼は大学生ぐらいの姿をしている。真っ白な学ランを纏っており、金髪のチャラい髪が特徴的だ。
「いつもはもっと早いのに」
「そういう日もあるよ」
ポーカーは冷たく返す。正直、ポーカーはなぎを苦手としている。あっけらかんとした態度がなんとなく気に食わない。その上、彼は時折全てを見通したかのような視線を向けてくる。仲間であり、長く協力関係にあるものの、気を抜けない。そのくせ普段は気安く話しかけてくるため、対応の面倒な相手だった。
「それで、今日の標的は?」
「この雑木林の中に潜伏している。数はだいたい20。子どもの影痕もいることから、巣を作って長期間潜んでいる可能性が高いな」
「やりがいも報酬も十分ね」
表情一つ変えず、ポーカーは淡々と言葉を編んだ。
ポーカーたちは雑木林に飛び込む。漆黒の茂みを颯爽と泳ぎ、影痕の巣を探す。形をもった風が駆け抜け跳躍する。
走りつつも、冷徹な視線は闇の正体を捉えていた。見張りの影に銀の巨針を穿つ。
袖から溢れ出る銀色の液体——正確に言えば半液体——は、高密度のムチとして機能する。その密度をさらに高め、圧縮させて飛ばすことで、巨針として刺すことも可能の代物だ。
刃先は刻を数える間もなく影を破砕した。いや、影ははち切れたのだ。その姿はあたかもロールシャッハ、或いは形を保てなくなった水風船である。
——しかし、弱いな。
木々を縫いながら、銀髪の死神はつぶやいた。
「はあ?! お前が腕を上げただけだ」
聞こえていたのか。なぎが反抗してくる。
「お前、自覚ないのか?」
呆れた表情を向ける。
「まあ、そんだけ長ぁい間やってるんだもんな」
「年寄りって言いたいの?」
苛立ちをそのままに言い返すポーカー。
「ははっ、そう聞こえたか?」
こんなしょうもない言い合いをしながらも、彼女らは影痕を殺しているのだ。変形した鞭を振って三、四体まとめて上下真っ二つに切っていく。さらに一太刀、もう一太刀。跡形もなく霧散する奴らを悼むことなく過ぎ去っていく。
「お、あれが巣だな」
木の枝に、真っ黒い塊がへばりついている。その重さ故、木は大きく傾いていた。まるで巨大な蜂の巣だ。
中から巣の倍以上の大きさをした影痕が、雪崩れるように現れる。
「内部で繁殖したのか。育ちが良いんだろうな」
大真面目に感心するなぎ。
「そうなの?」
「知らん、適当に言ってみた」
聞いておきながら、答えなんて期待していない。右から左に流しておく。
鞭を思いっきり振り払うと、銀色の水飛沫が勢いよく飛ぶ。月光に反射した露は、一瞬の後に鋭利なナイフとなり影痕の身体を貫く。
ひるんだかと思われたが、突進してくる影痕たち。
「よし、俺が囮をしよう」
そう言ってなぎは、影痕の目につくように動き始める。奴らは、影で物や人を察知する習性がある。影がかかる距離に移動し、相手の反応を伺う。すると、あっちから、こっちから影痕は群がってくる。それを、のらりくらりとかわすのだ。囲まれれば抜け出し、逃げるように走る。自身の影が影痕から離れすぎないよう、そして影痕が追いつかない程度の距離感を守って。
ポーカーは影痕を飛び越え、見下ろす。その瞳は光を捉えることもなく——眼下に渦巻く影のみを真っすぐ見据えている。侮蔑か、はたまた無関心か。鋭利な視線は、永い時間をかけて凍てついた氷を思わせた。
なぎを先頭に、まっすぐ群がる影痕。大きく見開いた目は、黒い影たちの脳天を正確に捉えた。影痕は影で相手を見ている——月光に照らされ、長い影は一方向を指していた。
死神は逆光に陰った。
次の瞬間、影は引き裂かれた——。
「ふう……巣はどうだった?」
影痕の始末を終えたポーカーは、巣の方向に向かったなぎに問う。
「うーん……小っこいのばっか。残しておいた方が良いだろうな。さあてと……」
急いで寄ってくる。
「今日は大漁だ! 俺の囮の賜物だな!」
「そう? 倒したのは私だけど」
「いいや、俺がいてこその作戦だったんだぞ!それになあ、振り下ろすときは周りもちゃんと見ろって。危うく一緒に潰されるところだったぜ」
「あー、ごめんごめん」
影痕は“肉体”を有していた。それこそが、奴らが人間を喰う理由であり……。
……彼女らが、奴らを喰らう理由なのだ。
「脂っこくて美味しい……! いい人間を食べていたんだね」
「こっちは、普通か……ちょっと分けてくれよー」
「え、口つけてるけど……良いの?」
「……やっぱいい」
ポーカーとは、影痕を喰らう生き物なのだ。
唯一、影痕を喰ってのみ空腹を満たすことができる。
人間……特に、負の感情の強い大人を喰った影痕は美味い。彼女らにとっての、至福の一つだ。
——ポーカーとは、影痕の上に存在する生き物なのだ。
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