第2話 出会い

  テスト期間の学校。人通りの無い廊下で、少女の短い銀の髪が、風になびく。

 少女は、人形のようにすべらかな口を開いた。


「あれ? ポーカーじゃない?」


 あっけない言葉に意表を突かれた。あまりにも人間っぽかったからだ。


「なんのことかさっぱりだけど、人違いです」


 僕はそう答えたが、まだぞくぞくと寒気がする。


「髪型がそれっぽかったから、間違えちゃったみたい。ごめんね?」


 申し訳なさそうにほほ笑んだ。第一印象とはかけ離れた笑顔だ。死神とは思えない。

「ところアナタ、大丈夫? 気分悪そうだけど。……ひょっとして、感度が高いのかな?」


 パンっ、と両手を合わせる。


「だったらなおさら悪いことしちゃったね。でも……」


 声色が変わる。殺意がこもっているのが分かったが、どうやら僕に向けてではないようだ。銀色の瞳は真っ暗な空を見つめていた。それでも、口を開けても声が出てこない。


「少し、我慢してね」


 その言葉と同時に、少女は窓をすり抜けた。僕は思わず目をこすり、夢じゃないかと自問した。窓を開け、外に目を向ける。途方もなく闇が続いている。真っ黒な絵具やクレヨンで空を塗りつぶした、なんて安っぽいものではない。そんな平面的なものではなかった。たとえ手を伸ばしても自分のいる場所を探しても、その手の行方が分からなくなる——樹海だったのだ。


 そんな中、辛うじて浮き上がる白い少女を見つけた。少女は暗がりの中、跳び回っていた。着地、跳ぶ、着地を繰り返しており、人間の為せる技でない。


「何を……?」


 身を乗り出し、少女の見つめる先を追いかける。

 目を凝らしても何も見えない。視線を少女に戻すと、彼女の周りで光るものが見えた。月光に反射して、まばらに光沢が揺らめいていたのだ。


「えっ……!?」


 少女の腕が伸びた。いや、正確には、光るものが伸びたのだ。勢いよく伸びた光の手は、何かをつかみ、あっけなく握り潰した。

僕は、それを呆然と眺めるほかなかった。闇の中、少女がモールス信号を出しながら連続走り高跳びをしていた光景など、そう簡単に呑み込めまい。




 光の反射が消えたかと思えば、僕の真横を白い身体が掠める。またも窓をすり抜けたのだ。反射的に距離をとる。


「これで大丈夫。安心して」


 その言葉と同時に、プラネタリウムは終わりを迎えた。窓の外は、柔らかな日の光に照らされていた。いつも通りの昼。一瞬で、時間が逆走したというのか。


「あなたの身体、もう何ともないでしょ?」


 もう寒気は消えていた。身体も軽い。


「君は…何者なんだ?」


 半ば無意識に、僕は問うた。


「私は、ポーカー」


 それが、少女の答え。春の小川のように、透き通った声で言った。

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