分子を定める者は、感染症の危険度を支配する

 感染者総数という分母はなかなかの強敵でした。

 ですが分子である死亡数もまた、一筋縄ではいきません。


 漫画などでは敵の四天王と主人公の戦いで、最初に戦った最弱の四天王との描写があまりにも時間をかけてしまい、次からの四天王の戦いがあっさり終わってしまったりしますが、死亡数もまた感染者数のように厄介な相手です。


 ということで突然ですが、問題です。

 下記の患者のうち、新型コロナウィルスによる死亡として数えられるのはどれらでしょう。

 A 新型コロナウィルス陽性の、基礎疾患を持っていない患者。他の病原菌も検知されず、病状が悪化し、死亡。

 B 新型コロナウィルス陽性の、基礎疾患持ちの患者。感染により、持病が悪化し、死亡。

 C 新型コロナウィルスに感染し回復した患者。しかし陰性反応が出たのち、検査で別の感染症にかかっていると判明。コロナで弱っていた肺が持たず、死亡。

 D 新型コロナウィルスに非常に似た症状の患者。しかし検査を待たずに死亡、そして火葬。

 E 自粛期間中に新型コロナウィルスとは全く異なる体の異変が出た患者。感染を恐れ検診が遅れ、深刻な病状となり死亡。

 F 通院生活を以前から送っていた持病持ちの患者。病院の講じるコロナ対策で治療に必要な機器の使用が大幅に遅れ、病状が悪化し、死亡。


 明らかに新型コロナウィルスによる死亡だと言えるものから、違う死因になるものがあります。

 ですが、全て新型コロナウィルス関連の死と言えます。


 あと、死までには至らない不調はここには含まれていませんので、そこは悪しからず。


 まずは上記のような患者(AからF)が存在し得るのか、軽く検討していきましょう。


 Aの患者は明らかに新型コロナウィルスに感染し、亡くなった方ですので、間違いなく各国で存在が確認されています。


 Bの患者も、基礎疾患のある患者は致死率が高いということが良く知られています。多くの場合は、以前からリスクがあったのが、新型コロナウィルス感染により亡くなってしまった方ですので、これらも多くの場合は新型コロナウィルスによる死亡として数えられるのではないでしょうか。ですが国の精度によっては、持病が死因とされても何らおかしくない事例です。


 以前のH1N1でも見られたことですので、最初の感染で弱っていたところを別の感染で亡くなるCのような患者が出ることは容易に想像できます[3]。


 Dのような死亡例も検査数が追い付いていなかったり、検査精度が低い場合は大いにあり得ます。ただ感知されない死者となるので、完璧に把握するのは難しいかもしれません。


 EやFのように関係ない病気なのに適切な治療を受けられないという患者は、死者はまだ分かりませんが、それらの予備軍らしき存在はアンケート調査などから日本でも、アメリカでも存在が確認されています。


 アメリカで二〇二〇年四月にオンラインアンケートで2,201人に尋ねてみたところ、29%の人達は実際に医者に診てもらったり、治療を受けたりするのを遅らせたり避けたりしたそうです[22]。


 これが六月になるとCDCの調査で5412人にオンラインアンケートに回答してもらったところ治療を遅らせたり避けたりしたと答えた割合が増えていました[23]。

 実に32%が通院など平時に行っていた治療を躊躇し、12%は緊急な怪我や病気ですら遅らせたり避けたりしたそうです[23]。


 日本では病院経営者にアンケートで訊いたところ、二〇二〇年度は去年に比べ外来患者数、入院患者数、救急患者数、手術件数、検査や治療数全てにおいてが四月から七月の間ずっと低いことが確認されています[24]。

 特にひどかったのは五月で、外来患者数は全体で28.0%減、初診患者数は45.0%減、入院患者数は合計で19.7%減、新入院患者数は28.6%減、緊急患者数は35.1%減、手術室での手術件数は33.4%減、そして内視鏡の検査や治療は47.1%減となっています[24]。


 この中には治療が必要なのに病院に行くのを遅らせた、或いは行かなかったという人もいることでしょう。


 という訳で、AからFで挙げられた死亡者というのは、実在するか、存在は確認されてはいないものの理論上はあり得るといえるでしょう。

 問題となるのはこの死亡数がどれくらいに昇るのかということと、どの死亡例を致死率に反映させたいかということになります。


 前回、分母を知ることは感染の規模を把握するものだと言いました。

 ならば分子を決めることは、感染症の危険度をどの範囲までの死亡例を含めて表すかということになります。


 分子を定める者、それすなわち感染症の危険度を支配する者なり。


 前回の分母の台詞は悪の科学者のような台詞でしたが、今回はなんだか育ての親という感じですかね。

 なんだか有名な某科学の子の生い立ちが思い出されます。


 とはいえ、基本的に致死率はウィルス自体が引き起こした死亡(患者AやB程度)を数えるのが通例です。なにせ致死率は分母に感染者の数を据えるので、そもそも感染していない患者を数え始めるとこんがらがってきてしまいますので。


 ただ、それ以外の死者も存在するということも重要な事実であります。


 さて、分子も分母もなかなか把握するのが難しいと理解していただいたところで、本題となります怖さの一つの指標として、致死率の評価に移ろうかと思います。

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