研究の性質について

 最後に研究論文について。

 研究で得た結果というのは、最新ではあるものの、正しいとは限らないということを留意してくださいませ。

 なかよ、何を血迷ったことを! 正しい情報でないなら意味なぞない! 成敗してくれる! と勇み足の皆様、しばしのお付き合いを。

 研究成果は確かなものではないというのは、実は研究者の間では当たり前の事なのです。


 例えば私がコロナウィルスに有効な薬を研究したいと思い立ち、感染したマウスをそれぞれグループ分けし、違う種類の薬を与えたとしましょう。Aのマウス達にAの薬、Bのマウス達にBの薬、Cのマウス達は比較のためプラシーボ、つまり毒にも薬にもならないものを一ヵ月与えたとします。結果として、Aのマウス達の大半は発症した後、数日を待たずに改善し、Bのマウス達はそもそも症状が出ずピンピンとしており、Cのマウス達は研究の尊い犠牲となった半数のほか、発症した後ゆっくりと改善したもの、また症状が全く出なかったものが数匹いたとしましょう。


 この実験結果をせっかちな人がまとめたとしたら、「Bのマウスは発症する前の段階で薬が効いたに違いない! よってBの薬が新型コロナウィルスに最も有効である!」と早まった論文を発表してしまうかもしれません。


 慎重な研究者であれば、ここから「かもしれない」運転ならぬ、「かもしれない」解析を始めます。

 Bのマウス達のケージは静かな部屋の隅に置かれており、少ないストレスから他のマウス達より活発な免疫力を持っていたのかもしれない。

 或いはこのマウス達は以前新型コロナウィルスに類似したウィルスに掛かり、そして回復し、つまりは獲得免疫を持っていたのかもしれない。

 はたまた実験の際、慣れない学部生に感染させる手法を任せたため、そもそもBのマウス達はウィルスに感染していなかったのかもしれない。

 そしてどんな研究にも付きまとう、単なる偶然だったのかもしれない。


 こういった経緯から、研究論文から見出された結論というのは、確固たる真実、というよりも断言はできない推測なのです。


 勿論良い研究というのはできるだけこのような要因を排除するように努めます。それでもこの研究結果のみから考えられる結論を少し誇張しながら述べるとすれば「Bの薬はAの薬、又はプラシーボよりも、もしかして、いや本当のところ分からないけれども、新型コロナウィルスに有効? 少なくとも何かしら効果を与えていると考えても差し支えないような気がしないでもない。もしかしたら希望的観測かもしれないけど、若干そうではない方に一票」というものである。


 科学的な研究が信じられないというならば……いったい何を信じれば……? と足元から崩れるような不安に襲われている皆様、風の前のちりと化す前に、しばし待たれよ。


 前述の通り、研究の不確かさというのは研究者の間では当たり前。彼らがそれでも研究し続ける理由、それは不確かなものをより確かなものにするためなのです。


 例えば、先ほどのAの薬とBの薬を使った実験をアメリカの別の研究機関が行い、数値にわずかな差は見られるものの、大方似たような結果が出たとしましょう。次いで中国で更に大きな規模で実験を行い、同じ結果が見られ、最終的にはヨーロッパ各地でマウス以外の生物、ウサギや猿を使った論文が次々に発表される。


 徐々に徐々にですが、研究結果の結論から「もしかして」やら「かもしれない」が剥がれ落ち、いずれ世間一般に事実として受け入れられるようになるのです。そしてこと新型コロナウィルスの研究においてはこの推測から事実に研究が向かうスピードが尋常ではないと同時に、復元できない研究、つまり先ほどの他の要因、実験の手法の不手際、運などによって得られた実験結果も、飛び交っている状態だと言えます。

 昨日の推測は明日の研究で裏付けられているかもしれない。

 明日の研究は明後日の論文で覆されているかもしれない。


 そういう意味では新型コロナウィルスに関する研究論文もまた、情報の海なのです。


 では皆々様、どうぞ船に乗り込んでくださいませ。

 あぁ、中型船なので定員オーバーになりませんようご注意ください。

 あぶれた方々は大変申し訳ございませんが、次の便をどうぞご利用ください。

 なお、隣の方とは適度なソーシャルディスタンスを維持するよう心がけてくださいませ。

 本日の私、なかまことの航海のもと、コロナの研究という海の旅をお楽しみくださいませ。

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