第九話 馬車は雪の街道を進む

 領主様との昼食会から四日が経ち、ストフさんと私は今、王都へ向かうため馬車に揺られている。


 昨日の早朝にインスの街を出発し、昨夜はヴァーイの街にあるミゲルさんのお屋敷に泊まらせてもらった。

 ミゲルさんと執事のロイさんは王都に出かけていて不在だったんだけど、状況を説明したところ遠慮なく使えと言われ、それどころか「子どもたちとポーラを屋敷で預かる」と提案された。


 確かに、ストフさんと私が街を長く空けることになると、その間ずっとポーラさんがひとりで子どもたちのお世話をすることになってしまい大変だし、先日の魔物の襲撃のような緊急事態が起きたときに心配だった。


 ミゲルさんのお屋敷は広く、主と執事が不在でも侍女のゾーイさんをはじめ、守衛さんや料理人さんもいるので力になってもらえるだろう。…というか、私はこのときに初めて知ったのだけど、なんとポーラさんは元々ミゲルさんのお屋敷で働いていたところを、ワンオペ育児が限界になったストフさんの要請で借り受けていた状態なんだそうだ。


 子どもたちの人見知りも最初の頃に比べるとかなり改善されているので、他の人に慣れるためにもあのお屋敷での生活は悪くないと思えたし、何よりポーラさんの負担を減らすことを優先した。


 昨日の行きの道中は子どもたちは初めての馬車の旅に大興奮だったし、ミゲルさんの広いお屋敷を駆け回って終始ご機嫌だった。しばらく会えなくなってしまうのが淋しいけれど、元気に楽しく過ごしてもらえたらと思う。




 子どもたちとポーラさん、ミゲルさんのお屋敷の皆さんに別れを済ませ、ストフさんとふたりで馬車に乗り込んだのが今朝のこと。

 雪景色の街道をガタンゴトンと揺られながら、あの日に領主様と話したことを反芻する。


 女神事件…インスの街で魔物の襲撃が発生し、それを大きな被害なしに撃退したという知らせは、そのとき王都にいた領主様まで急いで届けられた。情報は速度が命。そのため知らせは三段階に分けて届いたのだという。


 まず第一報は東側に魔物の群れが現れ、対処にあたるという内容。その次は西側にも魔物の群れが現れたが、突如聞こえた女神の声によって魔物が眠ってしまい、難なく退治が完了したという内容。


 そして最後の報告は、兵士長ラメントさんへの報告に則ったもので、「国有数の能力者であるミゲル氏が開発した箱を使って、音声を利用した伝令をある女性が担当した。その声が民の間では女神の声だったと誤解されて噂が広まってしまっただけである。子守歌で魔物が眠ってしまった理由は分からないが、おそらくは箱の力だと思われる。女性は協力者として伝令役を担っただけ。作戦の立案者はインスの街の副兵長であった」といった内容だった。


 その日領主様は王宮で開かれた半年に一度の領主会議に出席していて、インスの街から王都までは距離もあるため、第一報と第二報はほぼ同時に届いたのだという。報告を受けた際にその場には各地の領主や国の重鎮、そして女王陛下もいらっしゃったのだという。


 第三報のストフさんからの報告に基づいた情報が届くまでは少し時間が空いたため、第二報を受け取った時点で、「インスの街の奇跡」として領主会議で大変な話題になってしまったのだそうだ。そしてその段階で女王陛下も「奇跡の力で魔物を眠らせた女神」の存在に興味を示したのだと。


 その後に第三報が届いて、「どうやら女神ではなくこういう状況だったようだ」と領主様は再度女王陛下に報告をしたのだけれど、女王様はそこにミゲルさんの名前があったためか、余計に興味を持ってしまったという。


「その作戦を考えたという副兵長と、伝令をしたという女性はおそらく只者ではないだろう。例え神や女神ではなかろうと、その知見と能力は是が非でも欲しい。その者たちに北端の砦への協力を求めよ」


 女王陛下にこう言われてしまえば、領主様としては当然ながら頷くしかない


 そうして、あの領主館での昼食会は開かれた。もちろん私たちにお礼をしたいという思いは本物だったけれど、いちばんの理由はこの状況を説明し、陛下の命を伝えることだった。


 

 北端の砦のことはよく新聞で目にしていたので、私も状況については知っていた。


 その近くに大きな魔物のねぐらが出来ていて、討伐しても討伐しても魔物が減るどころか溢れてくる状態になっており、この一年ほど国を挙げて対処に当たっていた。


 魔物に追われた動物たちが大きく移動したことにより、近くの街の作物が食い荒らされてダメになったり、一部の街道は危険指定されて通行止めになったりと、この国の人々の生活にも大きな影響が出ている。


 領主様によると、先日の領主会議の一番の議題がまさにその砦の話だったそうだ。

 北端の砦に詰めている兵士たちの決死の調査により、魔物がねぐらにしている死火山の地下深くに大きな魔力溜まりがあることを突き止めた。


 魔力溜まりと魔物の生態については解明されていないことも多いけれど、少なくとも真冬の雪が深まる時期になると魔力溜まりの力が弱まることは分かっている。冬に魔物が街へ出現しやすくなるのも、別のエネルギー源を求めての行動だと言われている。


「女王陛下は、魔力溜まりの機能が低下する真冬を待って、北端の砦から魔物の塒に出撃し、やつらを一掃しようと考えていらっしゃる。今年はとくに北部での魔物の増加により、動物や魔物が南下する傾向があり、例年よりも早く各地で魔物の出没が相次いでましてな。先日の我が街への魔物の襲来も、これまで東と西側の両方から違う群れが一度に現れるなんて考えられなかったことでした。おそらくはそれも魔物の数が増えた影響だと考えておるのです」


「…なるほど。それで、チヨリの歌で魔物を眠らせることができるのであれば、相当な力になると考えてのことなのですね」


「はい、それが女王陛下のお考えです。チヨさんには失礼ですが、本当に魔物に効果があるのかどうかはこの目で見てみないと信じ難いことです。しかし、ほんのわずかでも魔物を弱体化させ、作戦の成功確率を上げることができるのであれば、猫の手も借りたい状況なのです」


 領主様の話を聞くストフさんの表情は強張っている。領主様は苦し気な表情で私を見ながら続けた。


「…こんな可愛らしいお嬢さんに戦地へ行けと言うのは酷なことでしょう。しかし、それでも我々は民を治める者としてお願いしなくてはならない。チヨさんを守るための戦力はいくらでも用意しましょう。…手助けに行ってはもらえませんか?」


「…チヨリ。無理に決める必要はないし、要請に応える義務もない。あなたは今この街に仮住まいをしているだけなのだから、この街の法やこの国の理に従う必要はないんだよ」


 ストフさんは、たぶん私がどう答えようとしているのか分かった上で、行かなくて良い理由を挙げてくれた。

 確かに、義務ではないのかもしれない。でもこの街は私にとってはもう大切な場所になっていて、大事な人たちが住んでいる街だ。北端の砦はかなり遠い場所ではあるけれど、その問題が解決しない限りまたすぐにでも同じような魔物の襲撃が発生する危険は消えない。いつか魔物が私の大切な人たちに襲い掛かる日が来るかもしれない。


 そして、報告の中では私の力をかなり隠してもらったけれど、間違いなく私には魔物を眠らせることのできる力がある。この力で、魔物を倒すことはできなくても、被害を減らすことは確実にできる。


「…ストフさん、ありがとうございます。でも、行かなかったら、きっと私は自分を許せなくなると思います」


 まずは、女王陛下の命令ですら断って良いと言い切ってくれたストフさんにお礼を言う。そして、領主様と向き合う。


「領主様。私にどの程度のことができるかは分かりません。でも、微力ながら、お手伝いさせていただきたいと思います」


 領主様には手を取って何度もお礼を言われ、ストフさんには、やはりそうかと呆れたような、困ったような笑顔を向けられた。




 ヴァーイの街から馬車で四時間ほど。遠くに王都が見えてきた。


 雪道だし本当はもっと時間がかかるはずなんだけど、ミゲルさんの高性能な馬車と有能な御者さん、そしてパワーも申し分ない駿馬を四頭も貸してくれたおかげで、予想よりも相当はやく着きそうだ。


「チヨリ、王都で叔父上と合流したらそのまま北端の砦へと向かって出発する予定だが、ちょっとだけ買い物に付き合ってくれないか?」


 それまで黙り込んでいたストフさんから、そんなことを言われた。何か欲しい物でもあるのかな?


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