第八話 領主館での昼食会

 生まれて初めてオーダーメイドで作ってもらったロングドレスと格闘していると、ドタバタしている音が聞こえていたのかシェリーが私の部屋にやって来た。


「…予想通りね。手伝うわ」


 シェリーはきびきびと私の服装を整え、不器用な私の代わりに髪を結い上げてくれた。

 この世界に来て間もなく半年。肩につくくらいの長さのボブだった髪もすっかり伸びていた。普段は適当にポニーテールにしているけれど、今朝はシェリーが品良くまとめてくれたおかげで少し大人っぽく見える。…いや、そもそも大人なんだけどね私。


 ドレスの生地は少し光沢のある紺色。ポーラさんにはもっと明るい色をと薦められたけれど、アラサーだし落ち着いた感じにしたくて無難な色にした。ドレスと言ってもおとぎ話の舞踏会で着るようなふわふわに広がったタイプではなくて、足元まで隠れる丈のワンピースという感じ。


 それでも襟ぐりには見事な刺繍が施され、背中のウエスト部分にはふんわりとしたリボンも付いていて、地味という印象はまったくない。いろいろとポーラさんとデザイナーさんがこだわってくれたおかげだ。


 ポーラさんはドレスに合わせた髪飾りもオーダーしてくれていたので、仕上げにシェリーに差してもらった。


 ついでだからと言って、メイクもシェリーに仕上げられ、我ながら馬子にも衣裳というか、それなりの見栄えにはなったような気がする。テーブルマナーは元々まったく問題ないとストフさんにもポーラさんにも太鼓判を押してもらえたので、これなら同行者のストフさんにも恥はかかせずにすみそうだ。


 ドレスの裾さばきに苦戦しながら、階段を下りて宿屋の玄関へと向かうと、そこにはすでにストフさんがいた。


「おはよう、チヨリ。…ドレスも髪型もとてもよく似合っているな。まさに空から地上に舞い降りてきた女神のように神秘的に見えるよ」


 驚くほど滑らかに発せられた美辞麗句に思わずピキりと固まった。日本にいた頃には男性から女の子扱いされたことさえほとんどないのに、いきなりお世辞レベルが高すぎる。


 それに、そう言うストフさんこそ、金髪碧眼美形に兵士用の礼服が恐ろしいほど似合っている。


「…おはようございます、ストフさん。…お願いですから女神はやめてください」


「では、天使に言い換えよう」


「いや、そういうことじゃなくてですね…」


 お世辞への正しい受け答えが分からずにオロオロしてると、後ろからついてきていたシェリーのため息が聞こえた。


「ほらほら、ストフさん。可愛いチヨが困ってますから、からかうのもその辺にしておいてください」


「おはよう、シェリーさん。からかうだなんてとんでもない。ただ事実を述べただけだよ。…でもまあ確かにチヨリを困らせたいわけじゃないので仕方ないな。…今日は大事なチヨリをお借りするよ。昼食会だから夕方までにはお送りする」


「はい。チヨをよろしくお願いしますね」


「無論だ。さあ行こう、チヨリ」


「あっ、はい!じゃあシェリー、行ってくるね!」


「はーい、楽しんでいらっしゃいな。転ばないようにね!」


 そんな風にシェリーに見送られ、ストフさんと私は馬車に乗り、領主館へと向かった。


 …馬車に乗るとき、ストフさんにナチュラルに手を差し出されて内心では大いに慌てたんだけど、たぶんこの世界のエスコートとしては普通なんだよね?いちいち心臓に悪くて困る。

 


 ∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴ 


 街の南側の高台に、領主館はあった。


 前に街をぐるっと散歩したときにあの大きなお屋敷はなんだろうと思ったんだけど、領主の住む家だと聞けば納得だった。

 

 インスの街はこの国では大きくもなく小さくもなく、一般的なサイズの街で、人口は三千人くらいだと聞いている。日本で言えば“町”の規模なので、領主というのは町長さんに近いのかと思いきや、行政システムがまったく違うので権限はもっと強いらしい。


 領主は基本的には世襲制だけど、代替わりの際には必ず国家元首である国王陛下からの承認と任命を受けて統治を任されている。イメージ的には都道府県知事のような権限に加えて、街全体の農業や商工業の舵取り、資金の調達や運用も行っているので、街というひとつの大きな会社の社長さんのような役割でもある。

 …ていうか、領主の仕事、めちゃくちゃ大変そうだな。私は生涯平民が良いわ。



 そんなことをぼんやりと考えているうちに、馬車は領主館へ到着した。ストフさんの手を借りて慎重に馬車を下りると、この屋敷の執事さんと思われる男性の他に、体格の良いおじさまが立っていた。服装はストフさんと同じ兵士の礼服なので、ストフさんの知り合いだろう。


「あ、ストフさ…ストフ、休みの日にすみませんね。そちらが例のお嬢さんですね?」


「おはようございます、ラメント。はい、こちらが先日の作戦に協力してくれた女性で、チヨリといいます。チヨリ、こちらは私の上官でこの街の兵士長のラメントだよ」


「はじめまして、ラメントと申します。先日は街の危機に多大なご協力をいただきありがとうございました。あなたのおかげで大切な部下たちの誰一人、命を落とすこともなく乗り切ることができました。今日もご足労いただきましてありがとうございます」


「いえ、とんでもないことです!大したことはしておりませんのに恐縮です…。あらためまして、チヨリと申します。呼びにくい名前ですのでチヨでかまいません」


 少し早く領主館に到着していた兵士長のラメントさんは、中で待っていても良かったのに、わざわざ私たちの到着を待ってくれていたらしい。先に私に一度挨拶をしたかったそうで、律儀な人だと思う。


 その行動もそうだけど、ラメントさんは見た目は立派な筋肉の鎧に身を包んだ屈強なおじさまなのに、驚くほど物腰が柔らかく低姿勢だった。


 上官なのにストフさんが呼び捨てにしているので不思議に思っていると、兵士は緊急事態に瞬時に呼んだり、敵に階級や役職がバレるのを防いだりするために、呼び捨てタメ口が当たり前なんだと教えてくれた。ラメントさんが言葉まで丁寧なのは、本人の人柄によるものらしい。


 戦場において「やあやあ我こそはなんちゃらの国の何々でござる~」みたいに名乗りを上げる方がおかしいのか。あれ、ござるは違うんだっけ?いろいろ誤った時代劇知識が混ざってる気がするな。



 私たちの挨拶がすむのを見計らって、執事さんが領主館の中へと案内してくれた。派手ではないけれど豪華な造りの建物で、自分がもっと委縮してしまうかと思ったんだけどそうでもなかった。

 理由を考えてみると、前に数日滞在させてもらったヴァーイの街のミゲルさんのお屋敷が同じくらい立派だったことを思い出した。そういえばすっかり忘れていたけれど、ミゲルさんは貴族だって聞いてたっけ。あのときに十分にビビったので、今回は大丈夫そうだった。


 食事の前にまずは応接間に通され、少し待つと領主様がやって来た。


「ようこそいらっしゃいました。我が街の英雄たちをお招きできて嬉しく思いますぞ。どうぞ顔を上げてくだされ」


 来る前にポーラさんからざっくりと教えてもらった作法に則り、ラメントさんとストフさんと並んで、私も頭を下げて領主様を出迎えた。


 顔を上げて初めて見たこの街の領主様は、たぶん年齢は五十代くらい。チョビ髭があるのがエライ人っぽい。(偏見)

 さすがに仕立ての良い服を着ているけれど、華美ではないし悪趣味な感じでもなく、表情も穏やか。いかにも人の良い領主様というイメージそのものでちょっと安心した。


「……!あ、あなたは…」


 …ん?顔を上げた私たちを見て、領主様が何か驚いているような?


 なぜか固まってしまった領主様と、どこかオロオロとした様子の兵士長のラメントさん。それを見たストフさんが話を進めてくれた。


「はじめまして領主様。兵士長ラメントの下、現在副兵士長を務めております、ストフと申します。…この国では珍しい、彼女の黒髪と黒目に驚かれたのでしょう。こちらはチヨリと申しまして、先日の魔物の襲撃の際に伝令役を務めてくれた者です。さ、チヨリもご挨拶を」


 ストフさんに促され、私も挨拶をする流れとなる。

 さりげなく、私がしたことは「伝令役」であって、魔物を眠らせたことには触れないあたり、ストフさんは口がうまいなあと感心してしまう。


 あれ、そういえばストフさんの役職をちゃんと聞いたのは初めてかも。確か前に何かで見た組織図だと、兵士長がトップで、その下に副兵士長がいて、その下に数名の部隊長、さらに下に班長だったかな…。え、つまりストフさんってこの街の兵士の中のナンバーツーってこと?前々からなんとなく位が高そうだとは思ってたけど、本当にエライ人だったんだなあ…


 ついつい思考が逸れてしまったけれど、今は挨拶をする場だった。ロングドレスを着たときのお辞儀の仕方もポーラさんが仕込んでくれたので丁寧に実践する。


「お初にお目にかかります、チヨリと申します。本日はお招きにあずかり光栄です」


 挨拶もポーラさんに習ったとおりだ。


「…ああ、よくぞおいでくださいましたな。インスの街領主のゲネロソです。…いやあ、いきなりジロジロと見てしまい大変失礼いたしました。おっしゃるとおり、見たことのないような見事な黒髪と漆黒の瞳をお持ちですし、話に聞いて想像していたよりもずっとお若いお嬢さんでしたので驚いてしまいましたぞ」


 その後も少しこの場で歓談をしてから、別室へ通され、ランチの流れとなった。


 最初は私も緊張していたし、領主様もどこかぎこちないような気がしたけれど、話しているうちにだいぶ打ち解けることができた。基本的に気さくな方のようで助かる。


 食事は兵士であるラメントさんとストフさんを意識してか、だいぶボリュームがあったけれど、全体的に上品な味付けでお肉やお魚のソースもおいしく、私もすべて平らげてしまった。うう…太るかもなあ…。食べ過ぎなのは分かっていたけれど、勿体ない精神が骨の髄まで染み込んでるから残せないのよ…


 領主様とのお話はストフさんが中心となって受け答えをしてくれたので、私も必要以上に話す必要がなくて助かった。能力のこともそうだけど、私の経歴なんかも触れられたら困る部分だったので、ストフさんの見事な会話術には本当に助けられた。




 デザートのムースと食後の紅茶までおいしくいただき、和やかな雰囲気のままお開きの流れが見えてきたところで、領主様から思いがけない言葉が出てきた。


「…領主様、今、なんとおっしゃいました…?」


 ストフさんがめちゃくちゃ良い笑顔で聞き返した。…笑顔だよね?なんか室内の温度が五度くらい下がった気がしたんだけど。


「…いや、私としても本当に心苦しいのですが……ストフさ…んと、チヨさんに、北端の砦の助っ人をお願いしたくてですな…。…女王陛下の要請でして、お断りするわけにもいかず…」


 …なんだかとんでもない爆弾が降ってきたようだ。


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