第七話 呼び出し
「…すまない、チヨリ。領主から呼び出しがあった。どうしても街の防衛に協力してくれた女性にも直接お礼を言いたいとのことで、上の者が断りきれなかったらしい」
そんなことをストフさんに言われたのは、魔物を眠らせたら女神扱いされちゃった事件、略して女神事件から十日ほど経った日のことだった。
女神の噂は収まるのをひたすら待っている。大丈夫、噂はいつか忘れ去られるものなのだ。…たぶん、あと、六十五日くらいで。…長いなあ。
でもあの噂も悪いことばかりではなくて、ミゲルさんが開発した音を送受信するアイテムを使った(ということになっている)ことさえ知らない街の人たちは、あれが人間がやったことだとは誰も想像しなかった。そのため、女神を探すとか、あの歌声は誰の声だったんだ、という話には一切ならなかった。
結果的に、私はいつもどおりの穏やかな日常を送ることができている。…たまにシェリーからは妙にジト目で見られているような気はするんだけど…気のせいだよね?
話を最初に戻すと、どうやらあの女神事件が起きた日には、残念なことに普段よりも街の兵士の数が少なかったらしい。この街を治める領主様が仕事で王都に出かけていて、その警備のために兵士を一部隊つけていたのだという。
ストフさんによると、これは別に権力の横暴などではなく、領主の警備も兵士の仕事には元々含まれていることなんだそうだ。もちろん領主様は冬の魔物の危険性は十分に理解しているので、本来ならば雪が積もる前には警備兵も含めて街に戻って来る予定になっていた。
ところが今年は例年より初雪が早く、さらにその五日後には分厚い雪が積もってしまった。その結果領主様がまだ王都に滞在しているうちに、あの女神事件のきっかけとなった魔物の襲撃が発生してしまい、帰りの道中も雪で大幅に時間がかかってしまったそうだ。
結果論ではあるのだけど、領主様としては自分が不在で陣頭指揮を執ることもできず、兵士の数も不足していた状態であのような大きな襲撃が発生し、住民を不安にさせたことをとても申し訳なく思っているらしい。
そして、ストフさんの上司である兵士の偉い人から報告を受け、作戦の協力者としての私のことを知り、なんとしてもお礼をしたいという話になったそうだ。
…なるほど、きっと心優しい良い領主様なんだな。
「分かりました。要するにお食事会のご招待ということですよね?そういうことなら大丈夫ですよ」
「ああ、ありがとう。当日は私も同席するので、面倒なことを聞かれたら黙ってくれて構わない。私の方で適当にごまかす。それとポーラ、チヨリの服を仕立ててもらえるだろうか?」
「はい、かしこまりました。早速採寸の手配をいたしますね」
「えっえっ、そんなわけには!そうか、何も考えてなかったけど領主様ってものすごいエライ方なんですものね?いや、でも服は自分で調達しますよ!能力で仕立てられますし」
「いいえ、チヨ。ストフ様のエスコートで領主館へ行くのですから、ある程度パートナーとしての統一感があった方が良いのです。細かな仕様などは分からないでしょうから、私にお任せください」
「え、えすこーと…?」
日本の普通のアラサーとは縁遠い言葉が出て来た。えっ、縁遠いの私だけじゃないよね?エスコートなるものをされることって日本文化ではあんまりないよね?
「そうだよ、チヨリ。ここは遠慮しないでポーラに任せてくれ。女神は噂ということになっているけど、チヨリがこの街を救ったことは紛れもない事実なんだ。せめてお礼としてドレスの一着くらいは贈らせてほしい」
ストフさんにも眩しい笑顔でそう言われてしまったので、私は黙って頷くことしかできなかった。
…でも、ドレスを仕立てるなんて、当然ながら人生で初めてのことだった。合唱部だった頃に靴まで隠れる長さのロングスカートなら履いたことがあるけれど、ドレスは一度もない。いや、七五三で着せられてた写真があったかな。覚えてないけど。
胸の奥深くに隠れていた自分の乙女心的な何かがちょっとだけときめいたのを感じた。
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